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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
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エネミー

 木のコップに注がれた得体の知れないお茶を飲み、俺は深く、とても深く息を吐く。青空の下で飲む茶は得たいが知れなくても美味いモノだ。

 周りを見ると木々の青さがまだ眩しく見える。陽は傾き始めたがまだまだ明るい時間は続く。

 差し出された何かのタネのようなお茶請けには手をつけず、木製の椅子に座ったままテーブル越しの相手を見る。


「つまり、アンタの名前はダカなんだな?」


「ヨウシ。アッ、スォルルヨ。ヨェスアルエ、グロリヤフィミーオン。ハジメヒオオト、ヨォウ?」


 頷いた後、手の腹をむけて頭を下げる。そして出てきた流暢な言語はグロリヤ語。お茶を飲む動作もどこか作法を感じる。貴族とかそんな大層なモノではないかもしれないが、高い地位に就いていたことを伺え、多言語を操る教養の高さ伝わってくる。ヒノモトを舌足らずにヒオオトと言ってるのは可愛いポイントの方を高めにしてるが。


 正直、ダカとの会話はかなり分かりやすい。ルゥルゥばかり口にするゲルダとは大違いだ。いや、ダカの言葉も相変わらず分からないのだが、分からない言葉がグロリヤ語なのがとても助かる。


 フランス語やドイツ語に韓国語や中国語とその他諸々。元の世界でも多種多様な言語が存在するが、俺は勿論分からない。だがしかし、英語ならばなんとなく理解できる。

 俺は学が無い方なので英語もできないが、日常で触れる機会が多いことからニュアンスはなんとなく分かる。意味を察する感覚はあるのだ。

 なんだかんだ、この世界に来てから月日が経っている。日本語溢れる日常に紛れる簡単な英語を理解する。それと同じ様になったのがグロリヤ語なのだ。


「会話はやや通じるとして、何を聞く?」


 質問出来る環境になったところで迷ってしまう。元の世界でも文化や風習の違いで言葉一つが火種となり得る。ましてやここは異世界、そしてオークの集落、相手はアラクネと来たもんだ。地雷がどこに埋まっているのか分からない。ハエとか食べるのとか聞いたら殺されるかもしれん。


 あとはもう一つ。単純に俺はルチアとの日常会話レベルのグロリヤ語しか分からない。なので難しい話や込み入った話が行うのは難しい。


「ええと、好きな食べ物は? ヨォウ、ファヴォロイテェ、フオオデ?」


 ルチアの顔を思い浮かべたら馬鹿な質問をしてしまった。会話の初手が下手すぎる。


「ムーエ、ルイケェ、フオオデス?  ヨォウ、フゥンンヨ、ペェロスオン」


「あ、好きはファヴォロイテェじゃなくてルイケェか。ヨォウが貴方でフゥンヨは知らん単語だな。ペェロスオンは人って意味だから……分からん」


 どこか警戒した雰囲気を彼女はまだ持っていたが今の質問で少し和らいだ気がする。それはともかくとして口と頭の中で必死に翻訳する。多分、面白い男だなっとでも思ってるはずだ。


「ええと、ここはどこですか? ハエロエ、イス、ワハエロエ?」


 気を取り直して違う質問をする。今度はまともな問いだろう。


「ハエロエ、イス、ワハエロエ? アー、ン~?」


 俺の質問に少し考えるダカ。二本の片手を顎に当て短く思考してから口を開く。


「パーゲタリィ。パーゲタリィ、ア、ロエムーオテエ、ロエガイオン」


「うわぁ、全部の単語聞いたことない」


 察するにパーゲタリィが地名だろうか。以前にイオンからこの世界の地名や国はあらかた聞いたが、それでも知らない土地の名前だ。っということは未開の地域なのだろう。僻地とでも言おうか。


「俺がどうなるのか聞きたいけど、言葉が分からんなー」


 まさかここまできて俺を食うとかないだろう。そんな思考をしたらヒトデナシだ。人外だが。


「ル! ダガ! ハジメ、オ、ズェエアンツ、シツレイゴゴリウ!?」


「サホアリリ、エイツ、ゲルダ! ンホォツ、ヅエ、ヨエイ、ツホアンク」


 そう、ゲルダがアラクネのことをダガと濁点を付けて名前を呼ぶので名前を理解するのに時間が掛かった。おかげで二回名前を訂正させられ怪訝な顔をされてしまった。発音は綺麗だが、こうなってくると果たして意味も正しく使えているのか分からなくなる。


「ハジメ、セエ、クアンヅ、ホウオレツウヅ! ゴアヴア、ミーウ、アメ!」


「イ、ゴエツ、アツ、ゴエツ、アツ。ゲルダ、イ、ゴエツ、アツ!」


「待て待て二人で話すな。分からんぞ?」


 オークの言葉で話を進められると俺が全く理解できない。申し訳ないがゲルダには黙っていてもらおう。


「ゲルダ。シー、シー、黙っていてくれ」


「シー? ンホゥツ?」


 俺が指を口元に立ててジェスチャーをするが多分伝わってない。俺と同じ動作をしてるだけだ。再現性が高くて助かるが、お淑やかにしてほしい。


「ワゥリリ……ンホォツ、ヨェイ、ヅエ」


 ゴホンっと話を遮る咳払いをするダガ。奇数の眼光はとても鋭い。


「ヨォウ、グロリヤン、テオ、ロエテウロン、テオ、ヨォウ、ハォムーエツォワン。ベウツ、テハァテス、イムーペオススイベルエ。アルオウンデ、パーゲタリィ、オウロ、エンエムーイエス。ア、ルォテ、オフ、エンエムーイエス」


「待ってくれ。グロリヤ語でも長いと訳せないんだって! えっと、エンエムーイエスは敵って意味だから……何かと戦ってんのか? 魔物か? ムーオンステロスだっけ魔物って意味は?」


「ア、ルォテ、オフ、ムーオンステロス。イテス、ア、ディフフシウルテ、ペロォベルエムー 、エンエムーイエス……」


 話が分ってなさそうなゲルダの方を一瞥してから口を開く。


「サウス、エルフ、ルエアデェロ、サウス」


「サウス!?」


「ウピャッ!?」


 思いがけない名に俺は茶を噴き出してしまい、盛大にゲルダへぶっかけてしまう。


「あのサウス? ダークエルフの? あっ、すまんゲルダ。汚かったよな」


「ヅアレツヨ!」


 肩をパンチされて注意を受けてしまった。俺が悪かったとはいえシャレでは済まされないジンジンとした痛さに肩を抑える。


「ヨォウ、ケンオワ、サウス? スハエ、イズ、ヴェロヨ、ステロォンガ」


 ダカは無い腕の根本を擦り、残ったもう一つの手で潰れた目を触る。


 鋭利な刃で断ち切られたような断面。縦に深々と刻まれた目の太刀傷。歴戦の猛者といえば雰囲気は良いが、この場合は戦傷での後遺症といった方が良さそうだ。


「テハイロテエェン、ヨェアロス、アガオ。パーゲタリィ、ガエンェロアル、ベアテテルエ、サウス。ワエルル、ンオ、ムーアテシハ、フオロ、テハエムー」


「待てって! だから言葉が長いんだって! 訳すの大変だな。ええっと十三年前に、パーゲタリィに、将軍に戦いっと……」


 幾つかの単語は聞き取れた。要約するにダカはサウスとの戦いに破れここに逃げ延びたということだろうか。戦いによってかなりの致命傷を負い、治療に長い年月が掛かり最近になってようやく戦えるレベルにまで戻った。っと話を仮定する。


 蜘蛛の骨格はよく分からないが、人間でも片目や片腕を無くすと生活するだけで困難になる。適切で高度な現代医療、先進的なリハビリテーションを受けていても人並みの日常生活動作を取り戻すのは大変なのである。

 それをこんな医療のイの字も無さそうな未開の僻地では治療スピードがかなり遅いのも分かる。ルチアのように治癒の魔法があれば別だが、傷跡から想像するにそうはならなかったのだろう。


「お前はそんな危険な土地だから俺に護身用の装備までくれたのか? それとも闘わせる為か?」


 前者の考えよりも恐らくは後者よりだと判断する。


 下町人情溢れる人の暖かさを、昨日今日会ったばかりの人間にもてなすはずが無い。いくらゲルダを救ったとはいえ、そこまでではない。


 ならば何故、武器を渡すか。恐らくは戦闘員としての活躍を期待してるのだと思う。


 異世界基準で見ても筋骨隆々の男が、巨大蜘蛛やキメラとの戦闘を経た男が、同族を命懸けで救った男が、戦士として戦えるか否かを考えたらどうか。俺がコイツらオークだったら戦わせる。捕まえて捕虜にしたのもそういう所だろう。古来より戦奴という言葉を世の歴史は生み出している。


「ズェエアンツ、シツレイゴゴリウ!!」


「ゲルダ、ホアシ、エプアンアエン。ワゥリリ……ン?」


 言い合う二人の会話は唐突に止まる。止まった理由は俺にも分かった。視界の端にノロノロと動くモノ、オークの集落では既に見飽きた緑色っぽい体色と異なり、赤み掛かったソレは液体を地面に垂らしている。


「あれは血? 血だっ!? 大怪我してるじゃねぇか!」


 全身血だらけの男のオークはこちらに気付くとノロノロとした動作で近付いてくる。だが、二歩ほど進んだところで倒れ伏し、同時に二人が飛び出すように走る。


「キサワカっ!?」


「ンホォ、ヅァヅ。アツ!?」


 俺も遅れて近付くとオークの酷い有様に気付く。

 全身に裂傷、刺し傷、鋭利な刃物による切り傷らしきモノが見受けられる。明らかにナニカに襲われた状況だ。よく見ればこのオークは俺に食事を振舞った奴だ。一体何があったのだろうか。何にせよ只事ではないのは確かだ。


「ウリヒ、ウリヒッ、オ、リエツ、エヒ! ヒエレゥシツ、ヒアウリヅ!」


 声を絞り出すと彼は意識を失ってしまう。胸が上下してるので息はしてるが依然として容態は油断ならない。騒ぎを聞きつけた周りのオーク達が心配そうに彼の顔を覗き込む。


「ツレィオツ、ホアミー、ウリヒ。ゲルダ、ゴエッ!」


「ルッ!」


 ダカは周りのオークに声を掛けるとゲルダを片手で掴んで背中に背負う。人の身体の部分に手を回し、さながら姉が妹を背負うような姿に見えて緊急事態といえど微笑ましい。


「ルッ! ハジメ、ゴエ!」


「ゲルダ! ンエ!」


 俺の名を呼び、手を伸ばしたゲルダを諌めるように言葉を放つダカ。二人の言葉はよく分からないが意味は理解できる。

 俺は手を伸ばしてゲルダの腕を掴み、ダカの背中に乗る。不安定な体勢となったがなんとかバランスを取り、声を張り上げる。


「コイツをヤッた奴を探しに行くんだろ? 任せろ、一宿二飯分の働きはしてやんぜ!」


「ワハテ、アロエ、ヨォウ、テアルケインガ、アベオウテ? ……スシロエワ、イテ、ヒオオト、ガオ!」


「ルッ! ダガ、ゴエ、ゴエ!」


 ゲルダが大きな声で吠えるとダカはブツクサと何か文句のような言葉を吐き、跳躍する。風よりも速く、四本の足を巧みに駆使し疾走すると、俺達はあっという間に森の中へと吸い込まれて行った。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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