Another elf
キメラ殺すなら三兄弟で。そんな諺が私達の集落にある。獅子頭蛇尾で背中に山羊を背負った生物だが、一つでも頭を潰し損ねて逃してしまうと途端に厄介な事態になる。だから、長男は獅子頭を潰し、次男が蛇尾を切り、三男が弓で山羊の頭を貫く。という史実を元にした、殺し忘れぬように兄弟で仲良く殺せ。心温まる逸話を元にしている。
「ヒャッハーッ! 頭パッカーンっ! 見ろコレ、プリンみたいだぜ!? 脳みそプルンプルン!」
出るとこが出た豊満な体形の女が片手斧を手にしてナニカを切り刻んで弄ぶ。陽の光は彼女の顔を隙間なく埋める赤を鮮明に映す。
キメラの厄介な所は、生き残った部位が死んだ部位を吸収して別の生き物に変身してしまうことだ。山羊の頭が残れば獅子の牙や蛇の鱗を山羊の身体に吸収して活かす。どんな姿になるかは負傷の程度によるが、往々にして定まっていない。
「ヒィーハァっ!! 今日はホルモンパーティだ! 腸長ぇー! なぁ、コレで縄跳びしようぜ! ピョンピョンしてーな?」
腰のクビレが素晴らしい女が同じように棍棒を雑に振り回し、叩き付ける。大きなミミズのように唸った内臓は森の土に水分を与える。ぬめった手でクリーム色の長髪をかきあげると赤黒い髪色へと変わる。
「この魔物も可哀想だ。あのイカレ頭二人に遭わなきゃミンチにならずに済んだのに」
隣に並び、青っ白い顔で女達の蛮行を眺めている美人の名はミアだ。陽の光を避けるように森の中でも日傘を差している。白い肌とは対照的な血色を感じる唇は、生娘でも欲を覚えるという。
「あの二人がイカレなのは昔からだって。ミアは知らないかもだけど、子供の頃も酷かったよ?」
「うわっ、また出た! 最古参アピール! いいなー、みんなの幼い頃知ってるって羨ましーなー」
口では悪態をついているが、子猫が甘えるように頭を私の顔にゴツゴツとぶつけてくる。声も文字通り猫撫で声だ。
「最古参じゃないさ。分かってるだろ? 最初にアイツの味方になったのはアノ子だ」
私が訂正を促すとミアはふーっと長い溜め息を吐く。
「ほんっと嫌になるよねー。久遠に続く長い人生、嫌な事やしんどい事も、歯痛の如くまた思い出すのかな? 長生きしたくないもんだわ」
「おやっ、お悩みかい? 吸血鬼も真祖となると人間らしいボヤキをするんだね」
睨むではなく、ただジッとこちらを見返すミアの口からは人間やオーク共より遥かに長い犬歯が見えていた。
「エルフの禁忌に触れた存在、ダークエルフにならボヤクよ。お互い忌み嫌われていただろ?」
私は手を陽向から出して影に当てる。隣の純白が如く白い肌と比べると黒々として木々の影に馴染みやすい。
あそこで魔物を解体してる二人は純粋なエルフである。茶が混じったクリーム色の金髪に真新しい木を割ったような白めの肌。私から見てもキレイだと思う。それに比べて湿った土と同じ色の私の肌はどうなのだろうか。自分で自分の美醜を判断するのは難しい。
「お前達は人間から存在が、私達はエルフから存在理由が嫌われてるんだ。少し違うさ」
「同じよ、私とアンタは。区別や差別したがるクズ共にとって」
私は思わずクスッと笑ってしまった。プライドの高い吸血鬼一族が、特に昔は選民思想と差別意識が高かった彼女が私達は同じっと言ったことに。
「なんかおかしい?」
「あぁ、肌の色も目の色も髪の色も違うのに、考えてることは同じだなんてさ?」
返答すると嘲笑混じりで言葉を繋ぐ。
「見かけの色なんてどうでもいいよ、腹の中の色じゃない?」
「さすが吸血鬼、長生きしてるだけあって良いこと言う」
「おまえが最年長だけどね」
「女性に年齢のことを言うモンじゃないよ」
「何を今更」
お互いを揶揄うと解体が進む魔物を見る。切断された蛇の尾に真上から潰れた獅子の頭、欠けた山羊の角。
キメラは決して弱い魔物ではない。並の戦士が戦うには十人以上の隊で挑むことが推奨される。
トドメの詰めが甘いとはいえここまで追い詰めたのならば、イコールでその戦士は並みではないことの証明だ。
では、誰がやったのか。察しは既についている。
「おいコレ焼いたらプディングになるんじゃね!? クチサケ! 火を起こせよ」
クチサケと呼ばれた彼女はクビレた腰に手を当て眉間に皺を寄せる。そして耳まで裂けた口を歪ませ不機嫌な顔で呼ばれた方を見る。
「あっ? 今お前、私に火をつけろって言ったのか? ハナナシ、てめぇ今、私に命令しやがったのか?」
ハナナシと呼ばれた彼女は飛び出た胸の衣服で血を拭い、無い鼻を一度啜り嘲るように言う。
「火を起こせカスって言ったんだよ。耳の中まで裂けてて聞こえなかったか? いいから、火を付けろゴミカス野郎」
和気藹々とした雰囲気から一転、不穏な空気が流れ始める。私とミアは互いに顔を見合わせた。
「ヤバい、またアイツらおっ始めるよ! 止めないと!」
「ヤダヨ、ミアが止めてくれ。私は怪我したくないからさ」
「ヤダよアイツら見境ないもん! 同族でもうっかり殺すのに吸血鬼はもっとでしょ!」
私達が損な役割を押し付けあっていると、クチサケとハナナシの二人が互いに近付きあい額をゴツッとぶつけ合う。
「謙虚さがねぇな。あっ、スマン! 礼儀は脳みそから流れ出ちまったんだっけか? 抉れた鼻から汁垂れてんぞ? 啜れよ、豚みたいに。ブー、ブーってよ」
「大口叩くじゃねぇか。おっと、口のデカさは三人分だったかな? 戯言謳うんならラッパでも咥えて吹いてろよ。バカの行進だっけか? お得意曲はよ」
二人の間で空気がぐにゃりと歪む。不穏さが可視化されたのではないかと思える。グリグリと額を押し付け合い今にも手が出そうだ。
「鼻息クセェよ。腐れ脳ミソが下水みたいに溜まってんだよ」
「クセェ口を閉じろ。吐瀉物みてぇなツバ飛ばすんじゃねぇ」
一拍だけ辺りの空気が止まる。一拍だけ。
突如、空中に火花が散るのではないかと思える威力の右ストレートが両方の顔に入る。お互いの拳が鼻と口に直撃し、両方とも盛大に血を噴き出す。そしてガードなんてまるで考えず、投げ槍を投擲するかのよう振りかぶる。
「「死ねクソヤロォォぇぇぇッッッ!!!」」
ドズンッ。自然豊かな森に全く相応しく無い音が二人の顔から聞こえる。
「うわっ、ホントに止めなきゃじゃない?」
「そのうち止まるさ。どっちかが死ねば。あるいは両方」
「そんなの手遅れじゃん!」
あたふたと私と奴らを交互に見てる。私に止めてもらいたそうだが、無理な話だ。アイツらは死を目前にした今際の際でも互いに殴り合うぐらいなのだから。
「口で止められるのはマールーだけだぞ?」
「じゃあマールーをここに呼ぼうよ! 今すぐに!」
「無茶言うなって。アイツが今どこにいると思ってる?」
殴り合いを眺めつつ、私は淡々と返答する。
女エルフ二人がお互いにボディを意識しだして、昼飯の木の実を出そうと躍起になっている。鳩尾への前蹴りが同時に当たって悶絶し合う。見るに堪えないキャットファイトだ。
「えっと、確か南の方で龍の素材を集めてるんだっけ? 例の件でさ」
「そう、例の件でね。だから私達も急がなきゃならないんだよ」
「だったら尚更止めようって! ほら、アイツら武器使いだしたよ」
鼻無し女と口裂け女の両名の戦いは武器を抜くとこまで来てしまった。ギラついた鋭利な斧と金属で補強された棍棒だ。
「その口ぶった斬って一周させてやんぜ! クチサケェッ!」
「面白えっ! 頭フルスイングして鼻飛び出させてやんよ! ハナナシィッ!」
お互いの武器がぶつかり合い火花が散る。幾度も打ち合い森の草木に火花が散り、煙が燻り出す。風が一つ強いのが吹けば森が燃えるだろう。互いが死ぬのが早いか森が燃えるが早いかどちらかだ。
「もういい! 私が止めるわ! 死んだら骨を拾ってよね!」
「あっ、待て」
静止も聞かず、ミアは走り出して無理やり二人の間に入る。
「やめーい! この勝負やめれー!」
声を張り上げ、左右の手を双方に突き出して戦いを止めた。クチサケとハナナシの二人は吸血鬼の手の前に止まり互いに目を見合わせて呼吸を整える。
それはたった一拍だけの静止であった。
「死ネーッ!」
「ぶっ殺スッ!」
重たい棍棒がハナナシの頭頂部を強打し木製の柄が折れる。金属の切先は頭に当たったあとはどこかへ転がっていき、その後を追うように彼女の頭が地面に激突する。
鋭利な斧がクチサケの左腹に真横から突き刺さり、深くメり込む。血で滑り、ズルッ抜け落ちると腹の中から腑の一部が垂れてくる。身体はそのままうつ伏せに倒れ地面に臥す。
間に入ったミアをうまく避けるように放たれた二人の一撃は、両名の撃沈によって成果を果たす。
「うわーっ! 二人ともバカーっ!」
悲鳴をあげたミアは手を双方の頭と腹にそれぞれ置く。
「操血診ッ!」
指先から溢れんばかりの血が生み出される。それらは倒れた二人の頭と腹に纏わりつき、生きてるかのように脈打つ。
「どう? まだ生きてる?」
私の質問に首を縦に振る。太いパイプのような血管に変化した血の塊は二人の身体を這うように伸びていく。
「ハナナシは頭部陥没に首の骨が三個ぐらいヒビ入ってる。食いしばって耐えたんだね。死ぬまで秒読み状態だけど」
血管というよりむしろ触手に近い様相になった血の塊は変わらず這い回る。
「クチサケも危ない。刃が腸にまで達して内臓が破けてる。出血多量で今死ぬか、感染症で後で死ぬかのどっちかだね」
額に冷や汗を流して焦りつつも的確に診察する。
「治せる?」
私への返答よりも前に魔法を使う。一般的な光の治療魔法ではなく、指先に小さな針のように尖った血と細い血管糸を作り左右の手でそれぞれの重傷者へと突き刺す。
「治すよ。私が何のために吸血鬼の身で治療師になったと思ってんの?」
一生懸命にエルフの治療をする吸血鬼。昔の彼女からは信じられない姿に私は思わず口元が緩む。
「助かる」
「もう誰も死んで欲しくないからさ。私の周りで」
陥没して割れた頭を、大口開けた横っ腹を、血の針と糸が縫って塞いでいく。瞬く間に傷は塞がり、先ほどまで荒かった二人の息も落ち着く。
「血も補給したから大丈夫。でもしばらく絶対安静だね」
一仕事終え、額を埋めていた汗を拭い水滴を垂らす。そんな頭を私はポンポンと撫でて労をねぎらう。
「絶対安静か。ふむ、ある意味都合がイイかもな」
「何でよ?」
「そりゃあの二人がいたら、新兵達の訓練にならんしな」
私は後ろを振り返る。そこにいたのは沢山のエルフの兵達だ。その数、総勢二百名。
天幕や焚き火を用意して野営の準備をするモノ、歩哨として木の上に立ち四周を警戒するモノ、槍や剣を持ち、デク人形相手に武器を振り下ろすモノなど、みんな思い思いに行動をしている。
「エルフとパーゲタリィが同盟を結んでしまっては、彼らの領土のオークの里は襲えないからな。戦えるのは今のウチだ」
一人の兵士が近付いて来て綺麗に磨かれ剣を渡してきた。整備を頼んでいたのだが、すぐに仕上げてくれたのだろう。仕事が早いのは勤勉な我らエルフの長所だ。
「ザラ様、我らにご指示を」
名前を呼ばれた私は、気付けば周囲の視線がこちらに向いているのを理解する。
別に、ただ振り返っただけで特に言うことも無いのだがここらで一つ士気をあげておくのも指揮官の責務ではある。面倒だが今の私の大事な仕事だ。
私はわざとゆっくり立ち上がり、周りを見据え、後ろでノびている二人と治療師以外に語りかける。
「皆よく聞け! ……不倶戴天、怨敵討ち果たすべし! オークの残党を! かの英雄の子孫を! 先祖が受けてきた屈辱を! オークの首魁、ゲルダを我らが手で討たんッ!」
皆の視線が集まる。熱が上がっていくのをひしひしと肌で感じる。もう一段階士気を上げていこうか。
「思い出せ! 母の悲鳴をっ! 父の慟哭をっ! 子の泣き声をっ! 己の手が愛しき者の血で染まるのをっ!」
沸々とエルフの兵達の熱が上がっていくのを感じる。かくいう私も口にした言葉に過去を思い出し臓腑の底が熱くなる。
あまり長く話すのも得意では無い。さっさと仕上げてしまおう。無駄話とパスタは短い方が好みだ。
「案ずるなッ! 皆の命、このミナミノ・ザラが預かった! 存分に戦い尽くせっ!」
剣を上げ、木漏れ日へ鏡のように磨かれた刀身を当て光らせる。この光景を見た周りの兵士は鬨の声を上げて士気を上げる。
「……ふぅっ、何で最近の若いのは激を入れられなきゃ戦えないかね?」
慣れないことはするモノではない。思ったより疲れてしまった。気疲れだ。
「……ねー、ザラ。英雄の子孫ってなに? 私、作戦聞いてなかったんよね。たっくさん暴れられるとしかさ」
「そーそー、私ら知んないのよね。今回の遠征の目的。教えてよザラ」
名を呼ばれて振り返ると治療を終えた二人がもう意識を取り戻していた。致命傷を負っていたのにタフ過ぎる。流石は歴戦の狂戦士だ。
「残党狩りさ。我らが大将の遺恨だが、今のアイツは昔と比べて優しくなってしまったからな。虐殺なんてやらせず少しでも負担を減らしてやりたい」
「あー? 大将って優しくなった? 本当に?」
「子供の頃も大人になっても元気に暴れ回ってるけど?」
声だけこちらに向けて話す二人に私は返答する。
「いや、アレでも憑き物が落ちたかのように穏やかになったよ。以前は復讐が果たせるなら馬糞でもゴブリンのションベンでも喰らってやるって意気込んでたし」
二人がヴェッと吐くそぶりを見せる。こう言うところは女の子なのだと思える。
「今回のオークの件もアイツが復讐を果たす道中の遺恨だ。後の世に余計な怨嗟の声はいらん。アイツはもう報われるべきなんだ」
私の本心だ。アイツの人生はこの森の中よりも深く、空よりも際限のない復讐譚だ。それが終わって三十年しかまだ経って無いのだ。
「そういや知ってる? オークの名前をさ」
「名前?」
私がミアに聞き返すと何やら含みのある顔をしてみせる。
「情報によるとミナミノっていうらしいよ。ミナミノ・ゲルダだってさ。どう思う? ミナミノ・ザラとしてはさ?」
ミナミノという名前を聞いて私の頬は思わず緩む。丁度良い、個人的な遺恨も丸ごと潰せる。しかも厄介なモノをだ。ミナミノの名を他種族に名乗らせると思うと虫唾が走る。
「今回は新兵の教育が主だから気が抜けそうだったが、面白い。訓練ゆえに出来るだけ手は出さんが……」
剣を納めて鞘の位置を調整する。良い感じ収まった所で私は三人を見る。
「我らが大将サーシャの為なら、アイツの為になるのならば、オークの血で赤髪のエルフになってもいい」
決意を固めた私は三人へ視線を送る。この三人と私がいれば新兵全てが使えなくなっても余裕でオークの集落ごときは潰せる。戦略性も無い獣が如き兵に遅れは取らない。
(余計な援軍さえなければ……な)
森の奥から風が吹き、首筋を撫でる。私は一つ思考をしてからその場を離れていった。