What is this
足の裏に小さな石が食い込む。子供の頃にエアガン用のBB弾を風呂上がりに踏んだことを思い出す。痛くは無いが、張り付く石はどうにもウザったい。
「ンホォツ、オルウ、ヨアイ、ヅエアンゲ? リォルヴォ、オツウ」
何か横で喋っているが、全く分からない。これがルチアだったらご飯の話をしていそうだが。
「どこいくつもりなんだ? 磔刑場?」
「ルー、ンエツ、ツオクウ、オ、ンオプ。ゴエ、ツエ、シウゥ、ツルオアンアンゴ、ゴルエインヅシ。ブイツ、シエ、ヅオンゲウル?」
試しに声を掛けてみたが通じてない。この行為、イオンだったら何を無駄なことをしてるんだと呆れられてたかもしれない。
「ルッ! ンウォプエン! オルミーエル! ンエツ、ンオクゥヅ?」
何かに気付いたように手を合わせると、俺の下半身に目線を向けてくる。まじまじと嬲るように見るな、シスターエレットのように恥じらいを持て。
「ルー……サリエツホゥシ! サリエツホゥシ! ンエツ、ンオクゥヅ?」
鈴音ハルカのように……いや、アレは比べるのはよろしくない。いくらなんでも欲望が飛び抜けすぎだ。異端な存在だ。
女性の思考が少しでも分かるようにこの世界で仲良くなった女性陣を思い浮かべるが、参考にならない。女性を前に、他の女性を考える。不貞男のような思考をしてみたがなんの成果も得られなかった。
「ンホォツ、ヅエ、ヨエイ、ンオンツ、ヒエレ、ヨエイレ、シンエレヅ。……ルッ!? ヨエイ、ホォヴウアツ、ハジメ、シンエレヅ?」
しきりに長文で話しかけてくるが、もしかして王都に着いてからのルチアのように、実は言葉が分かっているのだろうか。適当な言葉で様子をみようか。
「タケノコルゥ子ちゃん、自分の顔を指差せる?」
「ル?」
お腹をポリポリとかき、割れた腹筋にうっすら赤い線がつく。
「あー、コーヒー好き? 好きなら頷いてくれ」
「ルゥ?」
俺の目を真っ直ぐ見たままだ。澄んだ目の色だ。北欧の暖炉の炭のような灰色をしている。
「んー、俺の左側歩いて」
「ルル? ツエヅオヨ、アシ、ンアサウ、ヅオヨ!」
右斜め前を歩いたまま、空を指差し呑気な顔だ。天気がいいねとでも言っているのか。
決定だ。何も伝わってない。彼女は犬猫に話しかけるのと同じように一方的に話してるだけだ。コミニュケーションのへったくれもない。困ったモノだ。
何よりも厄介なこととして、恐らくだが彼女は俺の言葉を理解しようとしていない。
この世界に来た最初の日、ルチアと出会ったときは言葉が分からなかったが理解しようと互いに歩みよっていた。しかし、彼女は歩み寄ろうとすらせずにただ話すだけだ。こっちの理解を求めてないので歩み寄ろうという考えすら無いのだろう。
これが人間とオークの違いか。身体的な違いのみならず、思考回路まで違うのだろう。それとも彼女だけなのかは分からない。
「ルー、サエミーアンゲ、ミーヨ、ホエミーウ!」
声が一音高くなっている。考え込む思考を放棄して彼女が指差す方を見る。
「大きな建物だな。本部的なヤツか?」
石材と木材を組み合わせ、雑な工事の様相を醸し出すも頑丈さを感じる建物がそこにある。
ぐるりと地面に円を描くよう配置された石造りの基礎、木材を重ね合わせた壁。窓は十時の格子が頑丈に嵌め込まれていて外からの侵入を防ぐ。半開きになっているドアは木板が二重になって丈夫そうだ。
周りの家屋は入り口のドアすら無く、雑に繋ぎ合わせた木材の家や布を掛けただけのテントなどが多い。粗末な家々のなかでここだけしっかりとした建築物だ。
「ゲエ!」
「あっ、おいっ」
急かされ手を引っぱられた俺は建物の中に入る。
「むっ、汗と獣臭……」
外開きのドアから中に入ると漂う濃い空気。まるで強豪ラグビー部の練習後の部室だ。野生味満載な臭いが室内一杯に漂う。
「換気していい?」
「サエミーウ、ホウレウ!」
願いはスルーだ。手を引かれた俺は為されるがままに階段を上がり、建物の二階へと連れて行かれる。もう片方の手で口を覆うしかできない。
二階に上がると暗めな室内へと入って行く。何かモノがゴチャゴチャしてそうだが暗くて分からない。
「レアゴホツ」
彼女が何かを唱えると手からとても小さな光の球が現れる。室内をほんのりと照らす程度の光球だが何もないより視界は効く。
「おま、お前も……オークも魔法使えんのかよ……」
「ルゥ?」
魔物もオークもドラゴンも、オタクな女子高生もみんな魔法が使えるのに俺だけが使えない。納得いかない、大きな舌打ちしたくなる。
やはりあの夢の中で無理矢理にでもそういう能力をもらうべきだったか。しかし、あの女の子の必死な感情を無下にするのも人としてどうかと思う。
「ル! ル! リエェク!」
何かを発見したのか、なにやら騒いで俺の腕をしきりに引っ張ってくる。
「なんだよ、小さい秋でも見つけたか?」
「ル!」
差し出されたのは乾いた草を編み込んだ衣服だ。手触りは悪くゴワゴワしていて、これも例外なく獣臭が香る。
「ゲゥツツアンゲ、エン」
「着ろってか?」
半ば押し付けるように服を渡され、試しに着てみると案外着心地は悪くない。肌荒れしないタイプで助かった。
だが、如何ともし難いのはこの臭いだ。夏場に三日間、防御掩体を掘り続けた後の身体よりも臭う。
「一回洗いたいなこれ。ノミとかついてそう」
「ル?」
洗うとは言ったが、この村に井戸の類いは見当たらなかった。雨水を貯める桶は建物の屋根に伝う形で置いてあったが、他に水源を確保するようなモノは無い。
「そーだな。川か。川があるはずだ。川は近くにあるか?」
「ル? カワカワ?」
何を言っても理解してくれない。分かってない顔で首を傾げるだけだ。
このままではなにをしても埒が明かない。良い手段は無いだろうか。
「あっ、そうだ! 来い、タケノ子」
「ルルゥ!?」
閃いた俺は彼女の手を握って引っ張り、階段を駆け降りて外へそのまま飛び出す。
「いいか? タケノ子ルゥ子オークの子。俺がやることよーく見とけよ! ルック、ケアフリーってヤツだ!」
「ルッルッ!」
喋っている言葉を理解してないはずだが、何かを思いついた俺のテンションに合わせて彼女も声の抑揚が上がっている。
俺は人差し指で地面をなぞる。二本の蛇行した線、その間にさざなみを書く。周りには石とか木々を描いていく。あっという間に俺なりの川の絵が完成だ。
「川! 川だ分かるか? 川行きたいんだ!」
そう、身振り手振りが通じなければ描けばいいのだ。絵は言葉が通じなくとも万国共通で伝わると俺は確信している。しかもこれは自信満々の力作だ。早速出来上がった絵を彼女に見せる。
「ル? ンホォツス、ツホアス?」
俺の描いた絵を見て首を傾げる。指で指してみてまた傾げられた。
「えっ、分からん? よく描けたのに? 分からんの?」
「ルー?」
釈然としないが、どうやらヒノモト画伯の絵はオークの感性には高尚すぎたらしい。
どうしたモノか、一旦分かりやすい絵を書いてみるか。
適当に丸いグニャグニャの絵を書いて眼を付ける。これで分かるだろうか。
「ンホォツス、ツアホス?」
「分からんのか? 虫だよ、食べ物!」
俺が手で何かを掴む動作をして口に運んでモグモグと咀嚼する動きを見せる。
「ルッ! リォルヴォ!」
通じたのか、素早く立ち上がり近くの木の根元を掘り始める。そしてこっちに戻ってくると丸々と太った幼虫を見せてくる。
「そうそれ! いや、いらんいらん! 食べたくない!」
せっかく取ったのだから食べろと言わんばかりに押し付けてくる。俺はそれを受け取るとそっと後ろ手に回す。
また食わされそうになったが、これは大きな前進だ。言葉が通じなくとも絵は通じる。
ならばもう一度絵を描こう。今度の川の絵は気合いを入れて描いてやる。
「ル? ンホォツス、ツァオス?」
「えー、分からん?」
指でなぞっている途中で首を傾げられてしまう。自信作を作り上げていたつもりなのでショックだ。
「じゃあ、お前も描いてみろよ!」
俺は何度も彼女と地面を交互に指差し画伯になることを勧める。すると察したのか指で地面に何かをグニャグニャと描き始める。
U字の横に尖った三角、その上に乗ったのはよく分からない、複数のぐにゃぐにゃとした長い線。そしてU字の中に点を三つだ。
「なにこれ?」
そして描きあげた瞬間、拳を振り上げ描いた絵に殴り掛かる。砂が巻き上がり俺の顔に石飛礫が飛んでくる。
「ンーッヅ!!」
「わぷっ!? 何してんだ!」
「ルー……」
しょぼくれた顔で項垂れる。何か逆鱗に触れてしまったのだろうか。
「分かんなくて、なにこれって言ったのを怒ってんのか? 言葉は通じてないだろ?」
いや、もしかしたらニュアンスで伝わったのかもしれない。俺もそれで相手の感情を察しているのだから、同じなのだろう。
「ってゆーかよ。お前も大概よぉ、俺の絵をよぉ、なにこれって言ってんだろ? 分かってんだぞ?」
そして俺はぐにゃぐにゃした丸の絵をいくつか書いた。
「ンホォツス、ツァオス?」
「ンホとぅす、たぁオっス? っだろ?」
俺は描いた絵を手で消していく。
「こんだけ喋ればな、その言葉がナニコレって意味だって分かってんだよ。ワット、イズ、ディス。グロリヤ語だとワハテだろ?」
俺だって呑気に生きてる訳ではない。むしろ、自衛隊という有事の際は生死に関わる事を生業としてるのだ。気付きと思考することに関しては鍛えられてきたと言っていい。
「ルー! ツホォツス、ゲレゥオツ!」
なにやら喜んでいるが、その言葉は分からない。早く他の言葉を覚えなければ。
「まっ、一個だけ分かってもな。せめて名前が分かれば……ん?」
俺は今、自分で言葉を口にしながら自分をバカだと思った。こんな簡単すぎることに、この異世界に来てから一回も気付かなかったのか。園児でも分かる、いや、幼い子供ではなく大人だから考えなかったのか。どっちにしろ俺は阿呆であった。
「んほぉつす、タァオス!」
俺はそう叫ぶと後ろ手に回した虫を彼女に見せる。焦ってしまって発音が怪しくなってしまった。
「ル? リォルヴォ?」
俺は立ち上がり、彼女の手を引く。そして空いた手で家屋の近くにある木を指差す。
「んふぉとぅす、ツぁオス?」
「ツレイイ?」
さらに俺は足元に生えていた草を抜き取り、彼女に見せる。
「ンファつす、すぁヲス?」
「ゲレオシシ!」
怪しい発音からの返事をもらい草を地面に埋め直し、俺は最後に彼女を緊張で震える手で指差す。
「ン、ンフォとぅス、たぁオっス?」
彼女は自分が指差されたのを意外に思ったのか、自分の顔に俺と同じように指を向ける。そして少しだけ考えたのちに口を開く。
「ンホォツス、ツァオス?」
全く同じ文言で俺に返してくる。そして互いが交差するように手を伸ばし、指で俺の鼻を指し示す。
「は、はじめ! ヒノモトハジメ!」
俺が答えると彼女はブツブツと俺の名をまるで反芻するかのように繰り返す。そんな彼女に俺は一度咳払いをして、鼻に指先が触れるほど近付け最後にまた同じ言葉を口にした。
「ンホォツス、ツァオス?」
今度は完璧な発音だ。ツァの部分に大分苦戦したが今回は花丸満点発音だ。
俺が自分の発音に満足した顔をすると、彼女も何故か満足気だ。お互いにナニコレ言い合い人を指すことにより、自己紹介つまるとこ互いの名前を知ることができるのだ。
「ルッ! ルーッ! シウリヒ、アンツレエヅイサツアエン!」
意図を理解したのか、彼女は俺の手を片手でしっかり握り、もう一方の手で自分の顔を指差す。そしてニコニコと満面の笑みを浮かべ口を開き、言葉を発する。
「ゲルダ! 南野ゲルダ!」