表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
169/192

懐かしいセリフ

 言語が違う。種族が違う。性別は関係ないだろう。何故言葉が通じぬか。一つだけ分かっていて確かなモノがある。いや、モノが無いと言おうか。


 自身の胸元をそっと触る。そこには俺の見事な大胸筋とセクシーな鎖骨があるだけだ。つまりモノはなにも無いのだ。


「ペンダントが無い……」


 この世界においての生命線。言語の翻訳を可能とするウェスタの能力が込められた蒼い宝石付きのペンダントが無いのだ。

 思えば目を覚ましてから荷物の確認をしたが胸元はあまり見てなかった。腕時計を常につけているのと同じで身体の一部のようになっていたから確認を怠ってしまっていたのだ。

 普段ならば朝起きてルチアやら誰なりと話すので身につけてなければ会話不能ですぐ分かる。しかし起きてすぐ一人だった今の状況では気づかなかった。


 ポケットから汗でじっとり濡れた煙草を取り出し火を点ける。濡れた先端に火は中々つかなかったが、幸いにも目の前のアラクネは俺が持つライターに興味を惹かれ襲ってくる気配はなさそうだ。


「ブォヅ。シメィクユ……」


「……今のは分かった。煙い、だろ? それか臭いかな?」


 出会った当初のルチアを思い出す。あの時も散々文句を言われた。後々王都であの時の気持ちを聞くと、仕事でなければ剣の腹でボコボコにブン殴りたかったと言われたのはよく覚えている。兵士にとって任務とは理性のタガを守る欠かせないモノという証拠だ。


「ンホエオレウユオィ? アホォ? ンホエオレウユオィッ!」


「俺をアホって言ったか?」


 当然言ってない。言ってないし、困ったことになっている。

 言葉が通じるのならば会話をして事なきを得られる可能性が高い。このアラクネ、見た目は傷付きズタボロだが、四つの片目の奥に理性が見える。化け物と呼ぶのは些か失礼とみえる。


 理性があるなら話が出来るはずだ。人類史に刻まれた世界のあらゆる出来事は会話から始まる。平和も戦争も。


 その会話が出来ないので非常に困っている。煙草の煙は夜の空間を漂う。


「アモアントロウブリゥ。トロウブリゥ。ンホエ、ウーケ? エル、フイミーオン?」


「……恐らくアンタも困ってるのだけは分かるな」


 言葉の良いところは単語が分からなくともイントネーションで感情が分かることだ。幸いなことにこのアラクネは俺に対して敵意は今のところ無いと見ていいだろう。拾った剣を鞘に納めているのが論より証拠だ。居合術の使い手なら話は別だが。


「あー、王国の言葉は通じるか? えっと何と言ったか……」


 身振り手振りはしどろもどろに、慣れない口の形で必死に言葉を紡ぐ。


「えっと、自己紹介は……ムーヨ、ンアムーエ、ハジメ。あなたの名前は……ヨォウ、ンアムーエ?」


「ンホエト? ……グロリヤ? グロリヤフイミーオン? ンエト、エンプレスフイミーオン? ンホアサホ?」


「グロリヤ? そうっ! グロリヤだよグロリヤ王国。王国の人間だ!」


 王国出身の旨を伝えるとアラクネはそっと剣を抜き始める。拭いきれなかった魔物の血が薄っすら残る汚れた刃。


「わわわっ!? 止めろっ! ストップッ! 違う、英語だ。グロリヤ語はステオぺ! あっ違う! 日本人だっ! 俺はグロリヤ人じゃない! 剣を抜くなッ!」


「シッエプッ!」


「うぉっ!? スパイダーっ!?」


 慌てて両手を振って制止をするとアラクネは剣を納めなおした。代わりとばかりに手から白い糸を放出し俺の手足を拘束する。煙草は火が付いたまま地面へと転がり落ちる。


「食うなっ! 美味くねぇぞ俺は!」


 タンパク質はタップリだと冗談を言いたいがそんな余裕は無いし、言葉を間違えると斬られそうだ。


「ハジメっ?」


 どうしたものかと頭をフル回転させ考えていると、森の奥から俺の名を呼ぶ声が聞こえる。


「えっ? ……ルチア?」


 彼女がこんなところにいる訳が無い。だが俺の名の呼び方、抑揚、声の高さ、それぞれがそのまんま彼女の雰囲気だ。まさかと思い、俺は声がした森の方へと視線を向ける。


 視線を向き終えるやいなや、俺の胸部に大型バイクが突っ込んで来たかのような衝撃が飛び込んでくる。


「ハジメっ、ハジメッ! ハッジメーッ!」


「オゥイエッ!? イテェっ! 誰だお前!?」


 ルチアとは、桃色の髪で中肉中背で俺より背が低いぐらい。肌は色白で目の色は蒼っぽいはず、いや茶色だったか。とにかく可愛らしい女性である。それに対して今、俺の胸元へと抱きついてきた女性は全く異なる姿をしたオークだった。


 肌は灰色に若干緑が混じった皮膚。頭部には他のオークには無い暗赤色の髪の毛がある。長い髪の毛はボサボサだが束ねられており常識程度の身支度は整えてる模様。着ているモノも腰ミノばかりの他のオークと比べて革鎧に金属の鉢金と装備がしっかりしている。そして他のモノと比べて太く見事な腕と胸元に果実でも溜め込んでるのかと思うほどの膨らみ。背後に無骨な鋼鉄の金棒が地面に倒れていて、それを扱うにふさわしい巨躯だ。


「ゲホッ、重っ! イテェ!?」


「ハジメっ! アメッ! ハジメっ! アメッ!」


 咳き込む俺を無視し、オークの大柄な女性は俺の身体を弄る。ゴツゴツした手だが女性特有の柔らかさを兼ね備えた何とも言えない触られ心地だ。


「アメッ!」


「アメって、もしかして飴玉のことか?」


「ルゥッ! アメッ!」


 なんかこの言葉に覚えがある気がするが、俺はとにかく捕食から気を逸らせるために不自由な手でポケットを指し示す。


「ルルウゥッ!」


 俺の胸ポケットからのど飴を強奪すると、手先で器用に包装を破き中の飴玉をコロンっと口の中に入れる。


「フッフッーンッ!」


 御満足げな様子だ。どうかそれでお腹も満足して欲しい。いや無理か。豚一頭ぐらい朝飯に食べそうな体格だ。小ちゃい飴一つで腹が満たされる訳は無い。


「クソっ、もうヤケッパチだ! 文句言ってやる!」


 遅かれ早かれ、かつて魔法都市でロジー先生が言ってたような酷い目に合わされるのなら今のうちに大声で悪態をついてやる。もぞもぞと不自由な身体を動かしてオークへ顔を向ける。


「ルゥルゥうるせーぞオーク野郎! ルゥ以外の言葉喋れねーのか? ルゥ子って名付けるぞお前ッ! うん? あれ? おろ?」


 今際の際で悪態でもついてやったところ、何かに気付く。今自分が口にした名前と全く同じことを過去に言った気がするのだ。


 疲れた頭脳を稼働させ、記憶を総動員する。


 ダークエルフのサウスとの再会。あれとは魔法都市で出会っていた。それだけでなくあの街では色んな人間に会ってる。

 魔法使い。百歳エルフ。エリート先生。ゴーレム開発者。転生者。シスター。色んなモノを食べ、人に会った記憶。その中の一つに彼女がいた。目の前の女性と全く似通わない彼女の名は。


「まさかお前、ルゥ子か!? 檻に入ってた女オークか?」


「ンン? ンー……グァヴウミーア、アメ!」


 飴と叫ぶと俺の身体に抱き着いてくる。偶然にも頭頂部がゴチンっと顎に当たり、()()()()()のが入る。普段ならたいして問題無いが、本日は龍退治の傷も言えぬままの野営、そしてキメラからの逃亡劇に戦闘と続き、手足も縛られ満身創痍である。


 グラッと視界が揺れ地面に倒れ伏す俺。その身体をアラクネの糸がぐるぐる巻きにし、簀巻きとなった俺をルゥ子が背負う。

 ドッと出た疲労感と持ち上げられたことによる浮遊感に俺の意識が薄れていく。薄れていく意識の中で確実に心に浮かんだのは、俺のひとりぼっちの異世界サバイバル生活はたった一日で終わってしまったという確信のみであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ