鈴音ハルカSIDE。其の二
「やってられるかってんだッ!」
血が滴る生レバーを私が頬張っているとスパーダがサウスさんへの怒りを顕にし始める。立ち上がり指を差し、剣こそ抜いていないが殺気はムンムンしてる。
「なんだお前さん、発情期のオークのほうがお行儀良いぞ?」
怒気溢れる姿に対してサウスさんは全く慌てず、極太のソーセージを手掴みで食べている。私が男なら卑猥な妄想をしてるところだが、あいにく私は銃に欲情こそすれど女への劣情は抱かない。バリッと噛んで良い音だしてるな。っとしか思ってない。
「うるせぇ! こっちが大人しくしてりゃ良い気になりやがって! 俺はまだ完璧に許してねぇからな! つーか許す気はねぇ!」
憤慨し、まだ何か言いたげな雰囲気を出すが、ザビーが落ち着くように宥めると不満を露わにした顔で座り直す。
「だーかーら言ってんだろ? 悪いってよ。悪いと思ってんだから街まで護衛してやろうって言ったのによー。そこのお嬢ちゃんも納得してんだろ?」
話を振られた私はコクリと頷き、龍血のソーセージを横から食べる。
ぶっちゃけた話、私達はほぼ詰んでいた。
帰るまでが遠足との格言があるように、龍を討伐しただけで万事解決となるほど実は甘くない。龍の討伐証明となる素材。今回の場合は龍の鱗や爪になる。龍という素材の採取や討伐隊の被害の計算などやることは諸々とある。
その中でまず前提になるモノがある。生きて街に戻ることだ。
円の山脈。このヴィカロ大陸の真ん中に存在する連なった山々だ。正しくいえば、大陸中央を丸で囲むように存在している。
円の中心はいわゆる魔族と呼ばれる種族や、様々な亜人種が住んでいてエルフやオークなどもこの円の山脈の内側に国があるとの噂だ。
そんな土地柄だ。危険な生物が数多く存在するし、南の商人連合の国の治安だって王国や帝国と比べると大分悪い。追い剥ぎや報酬の掠め取りとかは日常茶飯事なのである。
行きは良い良い、百人規模の集団だ。襲おうとするお馬鹿さんはいない。しかし、その百人規模の武闘派集団はいなくなってしまった。帰りはなんとやらなのだ。
仲間達と安全に家に帰る為には、仲間達を殺した相手と行動を共にする。これが私が考えた論理的な考え方なのだ。私はニキータの街の代表の妹なのでとりあえず私の判断でこうなった。
「麓まで行きゃ馬車の見張り番してる奴らいるだろ? 街までこいつと一緒にいるなんて嫌だね」
「お前ってアホだろ? 先に帰った奴らが待つわけないだろうが。冒険者なんて自分のことしか考えないんだからよ。命を大事に、自分のだけね。知らねえのかマヌケ面さんよ。エルフでも理解してんぞ?」
自己中心的の擬人化したような男であるスパーダは何も言えずギリギリと悔しそうに歯を食いしばる。
「あの、サウスさん。いくつか質問よろしいですか?」
「おう、いいぜ。コボルトのお嬢ちゃん」
「人狼族です。犬人族と一緒にしないでください」
ムッとした表情のザビーは手に持っていた食器を置くとサウスさんの顔を正面に見る。
「目的はなんですか? 正直な話、あなたは信用できません」
開いた言葉に同意と言わんばかりに皆が食器を置いて耳を傾ける。
「だってそうでしょう? 龍を倒したり冒険者達を皆殺ししたりする。にも関わらず蘇った龍相手にはヒノモトさんと共闘する。さらにその後の護衛を申し出て今は食事を共にする。正直、行動原理が分かりかねます」
「確かにな。負傷して意識のない俺は狙わず、一番強いジョンを執拗に狙っていたのも気になるな」
「戦いは足手纏いからぶっ潰しますもんね。穴狙いってヤーツですねー」
穴と言われたテッドさんは思うところがあるのかバツが悪そうに禿げた頭を地面へ下げる。
「ふーん。言わんとすることは分かるな。うん、とりあえず順を追って説明すっか」
サウスさんは分厚い布手袋を右手に付けると、火にかけてあった鉄のポットを持ち上げる。鉄製のマグカップによく分からない乾いた葉をいくつか入れると、コポポっと音を鳴らして湯を注ぐ。
「龍を殺した理由は肉が欲しかったんだ。知り合いへの素材も含めた手土産が欲しくてさ。気になるあの子にプレゼントってな感じよ。一途だろ俺は?」
豊満な身体をわざとらしく揺らしてこちらの劣情を刺激してくる。私が女性に操を立てるタイプのオタクだったら今のはヤバかった。銃に欲情するタイプだから我慢できたけど。
「苦労して働いて、お給金もらって、いざ豪華なプレゼントを買おうってときに、プレゼントと金を掠め取る奴がいたらどうする?」
三切れ目となる生レバーをサウスさんは飲み込むように食べる。さっきエルフは一切れまでと言っていたがお腹は壊さないのだろうか。ポンポンが心配だ。
「ブッ殺すだろ? 問答無用でな。盗人の腕は切り落としても良いと古来から決まってんだ。俺は命ごとぶった斬るがな。それが皆殺しにした理由だな」
盗人死すべし慈悲は無い。確かに転売ヤーに好きなプラモデルを買い占められたときは全員一人残らず地獄の業火に焼かれろと私は思う。
なんかムカムカしてきた。子供の頃に誕生日プレゼントでプラモ屋の高いオモチャを目の前で他人に二十個も買われたのを思い出す。あの転売ヤー野郎はここに転移してきてこの人に斬り殺されてほしい。
スパーダがなんか言ってるが、私は童心のイラつきを思い出してて聞けるところじゃない。
「あとは、あの男と共闘した理由だな。奴に惚れたとかでいいか?」
惚れた、との言葉に今まで黙って聞いていたルチアさんの身体がピクリと動く。伏せていた目もサウスさんの方に向けられた。
「冗談だぜ? 言っただろ、俺は一途だってよ。長生きしてっからよ。空すら燃え焦がすような熱い恋はとっくの昔に終わっちまったんだ」
冗談と聞いて安堵の表情を漏らしたルチアさん。その顔や良しと言いたいが、それよりもダークエルフの顔が恋を語った途端、聖人君子のように穏やかな表情になったのを私は見逃さなかった。そのギャップに思わず私は銃の擬人化イラスト以外で初めてトキめいた。
「知らぬ仲じゃねえからな。顔見知りってだけだが」
それだけ言うと食べかけの肩ロースステーキをナイフで突き刺して食べ始める。
知らぬ仲と聞いた私は頭の中で整理し始める。
「えっ!? まさか食パン咥えた転校生ってヤーツですか? お前は今朝の失礼なオトコーっ! ってパターンですか!?」
「お嬢ちゃん、パン食いたかったのか? 言えよ。準備してやったのによ。……イースト菌が無いから無理か」
「あっ、マジレス勘弁っす」
悪い癖が出てしまったので気を取り直して話をすすめる。
「そっちの元気の無いお嬢さんは会っただろ? 魔法都市でよ。ぶっ飛ばしちゃったから記憶ねぇのか?」
「……覚えてるわよ」
元気なく応え、カットされた肉をちびちびと食べている。食欲の権化ともいえる人がこの調子なのは、よっぽど自衛官さんがいなくなってしまったのがショックなのだろう。
「あの男、弱いくせに俺に真っ向から戦ってきやがった。今回もだ。弱弱人間のクセに生意気にも俺を倒そうとしやがった。身の程知らずってヤツだな。だが……」
言葉の途中で熱々のお茶をグイッとすべて飲み干し、プハっと大きく息を吐き出す。
「其の意気や良し! 他者を守る為に命を掛けて護りきる。其の意気、殊更良しッ!」
湯気立つ吐息を気にもせず、サウスさんは熱弁を繰り返す。
「誰も彼もが自分のことしか考えねぇ世界で、奴は他者のために命を投げ打った。百年を添い遂げた仲ならまだしも、他人のために命を賭けるなんざ中々できねーんだよ! それを奴はやりやがった。男前じゃねぇか? だから気にいったんだよ」
同意を求められるが、正直な話をいうと体育会系のノリを生粋のオタク畑の特産品である私には一ミリたりとも理解出来ない。しかし、首を左右に振ったら往復ビンタされそうな勢いなので縦に振ることにする。
「ここ一番で大切な人を守れない強さなんてよ。意味ないのさ。あぁ、全く意味ねぇのさ」
最後の言葉は絞り出すように吐き出された。興奮と郷愁が入り混じった顔は本人がとてつもない美女なのも相まって良い絵面になる。一枚絵をイラストレーターに頼みたいぐらいだ。
話を聞くに、この人も転売ヤーに最後の逸品を横取りされたのだろうか。心中お察しする。やはり転売死すべし、今生も来世もさっさとくたばれ。転生して公衆トイレの便所紙になりたまえ。
「そう、だから俺は悪くねぇ。弱いお前の仲間と弱いお前が悪い。弱っちいクソ雑魚なら街の便所の隅でガタガタ震える人生歩んでろ。人様の前で文句垂れるんじゃねえよ。それと、息クセェから離れて喋れ」
わざわざ中指でスパーダを指して挑発するサウスさん。彼は咄嗟に剣を抜いて掴み掛かろうとしたところでジョンさんに制止された。
「黒顔のお前。やっぱり反応良いな。強いだろ? 俺と戦いで渡り合える奴は滅多にいないからな」
「お褒めに預かり光栄ですぞ。ただ、剣を折られ最大火力の魔法を防がれ、あまつさえ死なない程度に痛めつけられる。小生はそれで渡り合えたと思ってはいませんぞ?」
不貞腐れではないが、評価に不服なジョンさん。褒められたのだから言葉通りに受け止めれば良いのに。謙遜がカッコいいと思う中学生なのか。
「あれだけ立ち会えたんだ。剣士としての格はそれだけで上澄みなんだがな」
茶を飲み、口にくっついた茶葉を焚き火に向かって吐き捨てる。
「今度はもっとやり合いたいから頑丈な剣を持って来いよ。簡単に死ぬとつまらんからな。俺を楽しませろ。三百年以上も生きてると娯楽が少ないんだぜ?」
「三百年ッ!?」
私が驚くとサウスさんはにっこりと笑って私に空いた鉄のマグを渡し湯を注ぐ。独特な茶の香りが鼻腔を通っていく。
「長寿の秘訣はな、肉も野菜も酒も何もかもを好き嫌い無く摂ることだぜ? 人間のお嬢ちゃん」
促されるままお茶を飲むと、不思議な風味が味覚を刺激し、なんだか身体がポカポカしてきた。
「女の子はお腹を冷やしちゃいけねぇ。そっちのお嬢さんと狼の嬢ちゃんも飲みな。回し飲みは嫌いか? 純情か?」
半ば煽られるように茶を薦められると私はルチアさんに渡す。彼女はゆっくりと飲み、一息をつくと先ほどより生気が戻った頬をしていた。
「理由で言ってないのはあとなんだ? おん? そこのハゲを狙わなかったことか?」
「ハゲ……」
身体的特徴をイジるのは現代日本の人道的によくないが、思えば彼女はダークエルフだ。世界も種族も元の世界と関係なければ考えも違うか。
「お前、鍛冶屋だろ?」
「そうだが、なんで分かった?」
「それっぽいなって思っただけさ。合ってただろ? 俺の勘は当たるんだ」
回し飲みから戻ってきた鉄マグを地面に置くとサウスさんはおもむろに自分の腰に手を当てる。そこにあるのは銃火器狂な私でもカッコイイと思える刃物、日本刀の見た目をした剣が携えてあった。
「男も女も、老人も子供も、種族問わず敵とするならば容赦なく殺して来たし、老若男女平等にこれからもそうする」
頑丈そうな柄頭を指で撫でると褐色の柔らかな指先が僅かに白くなる。
「でも……鍛冶屋だけはあんまり殺さないと決めてんだ」
「その心は?」
「乙女の秘密さ。覚えとけお嬢ちゃん、俺みたいなイイ女には秘密の一つや二つあるもんだぜ?」
屈託もなく笑う姿は悪戯っ子な雰囲気がある。童心と大人の両方を感じる言葉違い、どことなく人たらしなオーラを私のアンテナは受信する。
「ほら、もういいだろ? 俺は優しいが限度あるんだ。これ以上の質問は高級なワインとチーズ、それと綺麗な娼婦を用意しろ!」
女なのにどこぞの山賊のような話し方をする。サウスさんは話題を切るように手を左右に払い、食卓に残る食材を手で集め始める。
「とりあえず食え食え! 恨み辛みあんだろうが、まずは食ってけ。食ってクソして寝て生きろ! そっから人生考えりゃ良い」
半端に残った肉料理をスパーダの皿に載せ、食事を促す。渋々と食べるスパーダは納得してなさそうだが、憤る身を我慢して食べる姿に成長を感じる。
何はともあれ、ダークエルフを一行に加えることに皆さん異論がなさそうなので私は一安心して三切れ目となるレバーに齧り付いた。