鈴音ハルカSIDE。其の一
〜〜円の山脈。野営地にて〜〜
おでこの汗を拭い、張り付いた黒髪の長い毛を雑に後ろへ寄せ、紐で結ぶ。ポニーテールの完成だ。
床に置いてある十数本の剣を針金で束ね、よろめきながら持ち上げると木の壁にそっと寄せておく。十七年間の生涯オタクなもやしっ子である私には結構な重労働だ。
血で赤色になった箇所は砂を使って汚れはすでに綺麗にしてある。同じように、銅牛級冒険者の証明である牛が描かれた銅貨十数枚と狼が書かれた銀貨五枚を剣の側に置いておく。
両手を胸の前に組んだ陽神教式の祈りを手向け、簡略的な葬送の儀式行う。遺品の整理と死者への手向を終えると私は立ち上がった。
「すまねぇな。俺は無宗教でよ、祈りの言葉とか言えねーんだわ」
「私も無宗教ですよ。日本じゃソーラン節しか唱えられませんでしたもん」
そういやアンタ転移者か。まるっきり日本人の髪と顔してんもんな。ソーラン節なんて言葉は小学生以来だぜ」
正確にいうとほぼ同じ身体で異世界に生まれ変わり育った人間。俗に言う転生者とか転移者という定義に合わせるとややこしいので特に否定はしない。
「あんた何県出身? 俺は神奈川県の武山なんだが」
「埼玉の大宮です。埼玉生まれ、池袋育ち、終の住処は静岡県御殿場市の演習場の近くを希望中です! 戦車の砲撃音でお目覚めしたい派ですよ!」
「そ、そうか。すげぇな?」
他愛の無い会話。銀狼級のスパーダは止まってしまった言葉のキャッチボールからバツが悪そうに目を逸らし、仲間の遺品の銀貨に手を伸ばす。その行為を何気なしに目だけで追う。
「みんな死んじまったな……」
「ん? なんか言いました?」
神奈川の武山生まれと聞き、たしか長坂射場と呼ばれる場所があるなっと考えていたら聞き逃してしまった。目は向けつつも頭の中は銃の射撃姿勢で一杯だった。
「なんでもねぇ。俺が弱いって話だけだ」
「ふーん。じゃあ鍛えるしかないですねー。良い筋トレ教えますよ? 屈み跳躍っていうんですけど、知ってます?」
首を左右に振られてしまった。どうやらこと細やかに教えなければならないらしい。
「いいですか? まずは銃を横に担いで足を前後に開いて……」
「ウルサイッ!」
私が空動作で手本を見せようとした時、離れた位置から怒鳴り声が聞こえる。ビクッと身体を震え、恐る恐る声の元を見る。
部屋の隅で体育座りになり顔を足と身体の間に埋め、桃色の髪が囲炉裏の火の灯りで微かに赤くなっている。
「ごめんなさい。空気読めてませんでした……」
「……いや、私の方こそごめん。ルカちゃんは悪くないのよ……」
赤くなった目元を私に向け謝るとまた視線は下に向かう。
ルチアさんがこんなにも意気消沈し憔悴しきっている理由は私でも簡単に察しが付く。自衛官の日本さんがいないからだ。
「あ、あのっ! 日本さんは強いから大丈夫ですって!ほら、あの人って屈強な軍人の身体してたじゃないですか。私の世界の常識だと筋肉マッチョメンと豪華な声優の組み合わせは絶対に死なないのですよ!」
渋い声のマッチョは最強だ。たとえ海でサメに襲われようとも返り討ちにできる。屈強でさえあれば料理人の職業でも人喰いサメの一匹や二匹はチョチョイのチョイでお手のものだ。
「あの人なら大丈夫ですって! どんな窮地も百万倍パワーとか隠された能力とか右眼が疼くとかでなんとかできますよ! 火事場の馬鹿力ってヤーツです!」
「本当にゴメンなんだけど、何言ってるかぜんぜん分かんない。ごめんね」
身振り手振りを交えて伝えたが、全く伝わらない。熱心さに押されてルチアさんも顔を向けてくれたが謝られて終わってしまい、室内に静寂が訪れる。
昨日の、あの時、あの場所で。日本さんは爆発の衝撃で吹き飛ばされてしまい龍の首と一緒に崖下へと転落してしまったのだ。
恐らくは84無反動砲の威力とあのダークエルフが持っていた火薬類がピッタリのタイミングで爆発してしまい、動画サイトで見たことのあるカールグスタフの威力を遥かに上回る衝撃を起こしてしまったのだ。
そうでなければあんな分かりやすく人が吹っ飛ぶはずはない。ヒューっと音でもつけたくなるほどに、見事な放物線を描いてあの人は落ちていった。
事の顛末は以上だ。結果をいえば龍を討伐し私達は生きている。だが、失ったモノが多すぎるのだ。
「仮に生きてても落ちた先は円の山脈の内側だぞ。魔族の領内でオークの残党もいるし、死霊の類と危険な生物も多い。最低でも銀狼級十人以上のパーティで動くのが冒険者の常識だぜ?」
「ヘイッ! 空気読めてないですよスパーダさん!」
バツが悪そうにスパーダさんは黙る。
お前もだろ、っとの言葉を待っていたが、どうやら私と彼の頭の中は相思相愛では無いらしい。求めていたツッコミが来ずヤキモキしてしまう。
気まずい空気が漂う中、入口のドアが開く。
「み、みなさん! ご飯が出来ましたよ! その、ジョンさんが呼んできてくれって言ってました」
緊張気味だが努めて明るい声が聞こえる。生き残りの一人であるロック君だ。
明朗快活な良い子であるが、同じパーティのスパーダさんが糞を煮詰めたようなクソ男なので人間関係が可哀想な少年だ。
わりと可愛らしい顔立ちをしてるので、現世にいたときのオネショタ狂いの友人がこの場にいたら喜んで髪の毛に齧り付いていただろう。いや、彼女は良識を持ち合わせているので指と指の間をしゃぶるぐらいで済ませるかな。
「あのー、ハルカさん? みんな外出ましたよ?」
「ん? あぁ、ごめんね。今行くよ!」
考え事をしていたら出遅れてしまった。今この屋内は私とロック君の二人だけだ。
私はおもむろにドアの内鍵を閉め、背中をドアに押し付けて出入り口を塞ぐ。
「ふふっ、ロック君二人きりだね! お姉さんと楽しいことしない?」
「はい? 早く開けてくれないとみんな待ちくたびれちゃいますよ?」
「ん〜。ダメだ。やっぱオネショタは難解だわ。異分子同士は理解し合えないのかな? 私の89小銃と64小銃の擬人化カップリング論も友達には不評だったしな〜?ねぇ、モエない? 中年と老年のベテラン兵士の掛け合いとかさぁ? ルカちゃんは燃えるね!」
「ハルカさんっ!? 早口でよく分からないです! とりあえず落ち着いてください!」
困り顔の良さは理解可能。友人の言う泣き顔男子のほっぺをジュルジュルしたいまでは分からないが、私がモデルガンの銃口に舌を突っ込んでアリクイみたいにレロレロするのと大して差は無いのだろう。
ロック君に急かされ妄想を止めると外へ出る。時刻は昼を過ぎはじめた頃。昨日から続けた冒険者達の遺品整理もようやく終わりやっと一息つけたところだ。
仕事をすれば当然腹は減る。腹が減れば飯を食う。働かざる者食うべからず。働いたならば飯を喰え。ってなもんだ。私は働いたから飯をかっ喰らう権利がある。
お昼ご飯が龍の肉だろうとも私は喜んで食い尽くす。
「ドラ〜ゴン美味しっくたべるなら〜、ふふんふふん〜!ふふんふふん〜!」
鼻歌交えて小屋の前の大小二つの焚き火に近付くと皆が円になって大焚き火を囲んでいた。
ザビーに偽名ジョンな勇者アルベイン。ルチアさんに銀狼級さんとロック君。それと対龍戦において私以上の足手まといだったテッドさん。褐色ボウズ頭がバツに悪そうにしてると、どこぞのアニメ作品のサングラスを掛けた屈強なボウズが女性関係にドギマギしてる場面を思い出せてホッコリする。
「お待たせしました。遺品の整理は全部終わりましたん」
「お疲れ様です。ハルカ殿のお手を煩わせて申し訳ありません」
「いいえ〜、ジョンさんお気になさらず! ルカちゃんは昨日たっぷり射撃が見えて満足してるのでご機嫌なのですよ〜。なんでもやりますわ!」
「ルカちゃんありがとう。ごめんね重かったでしょ?」
先ほどまで意気消沈していたルチアさんも食べ物の良い匂いを嗅いで元気が出たのか、顔色も笑顔も良い。
まだまだ皆さんの間には微妙な空気感があるが、昨日の今日で沢山の死に触れたのだ。
無理もない。私も無理をしてるし、一番のムードメーカー的な存在を、話題の壁をぶっ壊してくれるあの人はいない。微妙な空気が互いの距離感を支配し続けているのだ。
けれどもこの空気はそこだけが問題なのでは無い。もっと別にあるのだ。
「よぉ、できたぜ。龍の腹に沈殿してるプルプルな血の塊を腸に詰めた、龍の腸詰ボイルだ。美味いぞ。血の味がして酒に合う」
私の横から大きな鍋を掴み、沢山のソーセージを携えて現れた彼女。
「そんでこれが龍の心臓、ぶつ切りにしといたぜ。血が滴るレアもいいが、実はウェルダンでじっくり焼くと硬くて美味くなる。食感はゴリゴリだから顎外すなよ?」
薄い衣服で殊更よく分かる、出るとこ出てる抜群のプロポーション。褐色の肌が料理の湯気で湿り艶が出ている。
「これがレバーな。新鮮だから生で食える。けど人間は二切れ、獣人は四切れまでな。ケチくさいか? 食い過ぎると消化不良起こすんだ。龍の毒素は人体に毒なんだぜ」
エルフは一切れが限界だ。っと目の前でその一切れを綺麗さと武骨さの相反した性質を併せ持つ手で摘んで食べる。人間離れな尖った耳が美味しさで震えているのがよく分かる。
「メインは当然これだな。龍の肩ロースステーキ。リブステーキの方が俺の好みなんだが……ほら、黒いスライムでネッチョリしてたから食いたくなくてな?」
クックックっと笑い、雑に切り分けた血が滴る肉口いっぱいに頬張る。白とも言える銀髪に龍の赤い血が垂れて毛先を赤く染める。
「安心しろ。きちっと血抜き毒抜きスライム抜きしてっから今出したやつは食えるぞ。こう見えて煮る焼く炒める調理は得意でな。味は保証するぞ」
隣に座った彼女は赤い眼をこちらに向けるとニッコリと笑う。この笑顔は見るモノを安心させるではなく、威圧するための笑顔だと私は異世界生活で学んでいる。
「おいおいどうした、静かだぞ。ここで葬式でもしてんのか? 誰か死んだか?」
そこまでいうと彼女はパシンっと頭をわざとらしく叩き、とびっきりおどけてみせる。
「おっとっ! ほとんどのヤツは俺がブッタ斬ったんだったな! すまんすまん、料理の方がよっぽど手間取ったから忘れてたぜ!」
赤い眼を持つダークエルフ、サウス。
なんの因果だろうか。冒険者一行を壊滅させ、偽名ジョンな勇者さんを行動不能にし、そしてなぜか自衛官日本一さんを助けた人物。この騒動を引っ掻き回したとも言える彼女と私達は今、食事を共にしている。
「ひょえ〜、カオスですわー!」
なんともいえない微妙な空気感の中、私が出した奇声に反応するのは最も付き合いの短いダークエルフの笑い声のみだった。




