シェルター作りのサバイバル
草木生い茂る道なき道を切り開かんと銃剣を持つ手が左右に晴れる。振り切った手に掛かる感触は草木を切っているのだと思えないほど固く、まるで銅線の束を切り裂くがごとく難儀している。
裂いた草木の汁が革手袋にまで伝うと濃厚な緑の香りが顔をしかめさせる。時折服から臭う煙草の残り香と汗の匂いがまだマシに思える。ドクダミを臭くしたとでも言えばよいか、もしかしたら薬効があるのかもしれないが生存の為の優先度は低いので無視する。
「キッツいわ」
夜露か朝露か、雨も降ってないのに濡れてる地面により足元は泥まみれだ。靴底にこびりついた泥の重さに嫌気を覚える。
滝のように流れる汗は、予想以上に体力を消耗している証拠である。
「藪漕ぎは慣れてんだけどな。獣道すら無いのはキツいんよなぁ」
道なき道を進み、時折立ち止まって耳を澄ませて周囲の様子を確認するがお目当ての水の音は聴こえない。鳥のさえずりだけが聞こえる。
「チッ。まだなんもないか」
汗を乱暴に拭うとまた歩みを進める。木々や背の高さほどの植物たちには赤や黄、真っ青な小さな果物が実っていた。
(鳥はいるが他がいないか)
本職の猟師には遠く及ばないが、これでも野生動物蔓延る山には慣れてる。動物の足跡の判別もできるし、演習場ならば五百メートル離れた場所にいる野生の鹿だって裸眼で見つける。文字通りに動く物を見つけるのは大得意だと自負している。
そんな俺でも、この森では全く野生の動物を見つけられない。
現代の富士演習場では街が近くにあるにも関わらず鹿などの野生動物は見られる。
これだけの自然、恐らく食べれるであろう果物などが豊富にあるのに目に映らないのは疑問に思える。熊避けの鈴でもつけてれば話は別だが、鹿どころか蛇や野ネズミ一匹見かけないのは気にかかるのだ。糞すらないのもおかしな話だ。
「いや、考えすぎか?」
龍との戦いや謎の部屋で謎な少年少女に出会ったせいで物事を深く考えすぎなのかと思える。国語のテストでこの時の作者の気持ちを答えよにハラヘッタと馬鹿な答えを書いたメンタルを思い出してみる。
「危険な生き物に遭わないって、物事をプラスに考えればいいか」
ポジティブに物事を捉えればそうなのだが、反対に考えると食料になり得るモノに出逢わないのはイタい。
足下を見ればムカデのような多足の虫が歩いている。食糧が限られるので虫でもなんでも食うつもりだが、出来るだけ足が少ないヤツを選ぼう。
さらに歩き続け、汗が上半身を全て黒くしたところで木々が開けた場所を見つける。
森の切れ目となり空から陽の光が照らす一角となっていて、地面には薄暗い森に似合わない鮮やかな花や短い草がたくさん生えていた。
「さて、分岐点。ターニングポイントだな」
腰の弾帯から水筒を取り出して水を口に含み、それを飲み込まず口内でしばらく転がし続ける。
タケさんから教わったやり方だ。少量の水ではすぐ飲み込んでも喉の渇きは満たせない。口の中で転がして隅々まで水で潤せば同じ量の水でも全然違う。玄人はこのときにレモンや梅干しのことを考えて唾液の分泌を促すのだが、俺は違うことを考えていた。
まだ進むか、もう休むか。そのどちらかを。
(考えるまでもねぇか)
俺は頭の中でレモン汁を梅干しに垂らしてそれらを口一杯に頬張り咀嚼する。溢れ出る唾液は飲み水と混じり口内を潤沢に潤した。
銃剣を逆手に握り締め、周囲の木々を見やる。その内の一つの木にまずは狙いを定めた。
目線の高さにある長く太い枝。周りの枝も植生豊かで青々としている。そんな命溢れる枝の根本に俺は銃剣を叩きつけた。何度も繰り返し叩きつけるように切り、最後に削れてささくれ立つ枝に向けて渾身の上段蹴り上げをお見舞いし、枝は地面に転がり落ちた。
何度もそれらを繰り返すとやがて俺の前には枝という名の資材が集まり、休息する為の野営準備の準備が完了する。
「楽しい図工の授業だ。ボンドもハサミも無いし、キンコンカンのチャイムも鳴らんけどな」
返事の無い会話をすると俺は作業に取り掛かる。時刻は空を見るに、昼を過ぎたぐらいだ。
先へ進まず寝床を作るのを優先したのは簡単な理由だ。初日は早めに休むことにより体力を温存させる為と、そもそも寝床を作るのはとてつもなく重労働で長く時間が掛かるということだ。寝床の骨組みと屋根となる資材を集めるだけで三時間は掛かった。
時間を掛けてしまったが銃剣があるだけマシで早い方だ。素手でやれと言われたら半日使ってもまだ終わらない。ノコギリがあれば一時間も掛らん話ではあるが。
一番太くて長い枝の片方を持ち、枝の真下に腰ほどの長さになる枝二本を端がバツ字になるよう組み合わせ、樹皮や草をより合わせて作った紐で結ぶ。これで屋根を立てかけるための軸ができた。
次に長い枝に立てかけるように枝を載せていき、葉がたくさんついた枝も載せて風雨を防ぐ屋根とする。最後に周りの土を掘り下げ、雨が降った際に寝床が浸水しやちように通り道を作り、掘り上げた土は寝床の整地に使う。大きな石は焚き火をする際に使おう。これでひとまず完成だ。いや、概成と言おうか。
とりあえずの即興にしては良い出来に満足だ。雨風が防げると体力の消耗は段違いに軽くなる。これからいつ終わるか分からないサバイバル生活をするのだ。体力は温存するに限る。故に次に行うのは暖を取るための火起こしだ。山の上の夜も寒かったが、このような文明の無い森の中も結構冷えてくる。低体温症になってしまったらお終いなのだ。
幸いにもテント作りで生じた木の端材は焚き火に使え、紐代わりにした樹皮や草木の余りは乾き始めており、焚き付けに使えそうだ。
「この状況ほど喫煙者で良かったと思うことはないわ」
石で囲んだ焚き火の木材に向け、ポケットから取り出したライターの火をつける。ユラユラと不規則にブレる火の先を数秒見つめて物思いに更けた後、俺は行先の定まらない火に一抹の不安を覚えながらも生存の為の作業を続行していく。