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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
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生存

 鼻腔を駆け抜ける強烈な緑の香り。棚田を思わせる土と水の匂いと、子供の頃によく行った動物園を思わせる獣臭。頭上の太陽の光は木の葉に遮られてか、細切れになっている。


「はぁ?」


 三百六十度の視界を埋め尽くす大自然。全く見た覚えが無い景色に戸惑いを隠せない。


「いや、待て待て。どこだよここは。俺はあの部屋に……夢か? いやむしろ俺は山の上にいたよな?」


 舌に残る炭酸飲料の強烈な甘味の余韻がまだ脳髄に残り、龍やダークエルフとの戦いで何度も死を覚悟した恐怖が身体に刻まれている。その全てが無かったことにはならないはずだ。


「えっ? 転生した? 死んだってこと? 死んで違う世界に来たってこと?」


 頭の中を整理するために自問自答を何度も繰り返す。


「いやいやいや、待て待て待て。まずは状況の確認だ。うん、そうだよな?」


 返事はどこからも帰ってこなかったが、俺は構わず自身が置かれた身の状況を確認する。


 五体、満足。手も足も指も欠損は無い。やたら衣服がボロボロで身体の節々が痛いが動きはする。


 皮膚。擦過傷。手に軽微な火傷っぽい水ぶくれがあるが、昔野営中にストーブを触ってしまったときの方が酷かった。問題無し。


 装備。銃無し。砲無し。タマ無し。腰の弾帯に銃剣が挿さっているのを確認し、さらに足元にバルジから貰った剣が落ちているのも確認する。胸元には幻想調査隊の証である蒼い魔結晶付きのペンダントもある。


「どうやら転生とか転移とかはしてないってことか?」


 刃先が大きく欠け、煤まみれの剣は爆発に巻き込まれたことの証明だ。


 ポケットの中身を確認してみる。煙草、ライター、のど飴二個、布に包んだ齧られた干し肉、小銃弾の空薬莢一つが入っていた。


 弾帯に装着されている。携帯円匙、水筒。マルチポーチ。マガジンポーチの中には小瓶が入っており、飲みかけのウィスキーが収まっている。


 最後に俺は上を見る。木々の葉と空。視点を斜め後方に変えると高くそびえ立つ岩山が視界に映る。


「落ちたってことか。よく無事だったな俺」


 なんで生きてるかは分からない。恐らくは偶然にも樹木の枝や落ち葉がクッションになったか、ルチアの魔法がまだ効果を残していたかのどちらかだろう。考えるべきは生き残れたことよりも、これから生きることだ。


「さてと、誰かファストトラベルさせてくれないかな? マップ開いて移動……とか都合の良い方法とかよ。異世界だろ?」


 誰にいうもなく呟いてから大きく肩を落とし、周りを見渡す。


 落ちた山を登るのはまず無理だ。切り立った崖そのモノであり、装備も技術も知識も無い俺には登れない。よって却下だ。


 助けが来るのを待つか。否、無駄だ。現代社会においても森や山で人を探すのは容易ではない。大量の人員による人海戦術で空から大地から探し回っても人というのは見つからないのだ。仲間達がそんな都合よく助けに来れるとは思えない。


「やっぱりやるしかねえな」


 残された手段はただ一つ。自分でこの場を脱するのみ。見も知らぬこの大自然を。幸いなことに、どこぞの動画サイトに出てくる腰ミノ履いた外国人と違って装備はある。


 問題なのは実際にサバイバルというモノを経験したことがないことだ。


「クソっ、タケさんにもっとレンジャー訓練のこと聞いておけば良かったぜ」


 南野武久二等陸曹による悪ノリを兼ねた訓練で蛇や鳥に蛙は食べたことあるが、自分で捕まえてモグモグと食べた訳ではない。


(食料もそうだし、水もそうだが、それよりも……)


 必要なモノが多すぎて何が足りないのか判断しづらいが、何よりも大事なモノが俺には無かった。


「どこ行けばいいんだろうな?」


 生き残るための知識、経験は一応備えているつもりだ。だが、この状況を打破する想像が出来ない俺は途方に暮れながらサバイバルの準備を続ける。


「まず、間違いなく必要なのは水だな」


 物事の優先順位をつけるのはこの状況では正しい。限られた体力の中では順番を間違えると死が近付く。


 幸いなことに水筒の水が半分ほど入っているので二日ぐらいはなんとかなるが、その後は川などを見つけて水を補給しなければならない。優先事項第一位だ。


「同率で一位は寝床だな」


 森林特有の湿気が身体に纏わりついている。身体に水分が纏わりついていると気温が低くなった際に急激に体温を奪う。演習場で季節問わず嫌ほど味わってきた経験がここで活かせる。

 地面に直接横になって寝るのは悪手だ。

 たとえ真夏であろうとも、森林地帯において夜間の底冷えは現代社会の熱帯夜が絵空事と思えるほど冷える。故に体力を奪われない為にも快適な寝床が必要なのである。


「後は食べ物ってとこか。ポケットに色々入ってて助かったぜ」


 食糧を後回しにする理由は飴と干し肉が残っているからだ。生存に必要な栄養素である糖とタンパク質が得られるのでこれだけでも多少は持つ。

 水分が無ければ人間は数日で動けなくなが、食事に関しては体内の脂肪やタンパク質を分解してエネルギーに変換できるので数日絶食しても案外動けるのだ。なので優先順位は低い。


 低い。っとは言うがその意味は[今すぐやらなければ数日すらもたずに必ず死ぬ]の中での低いであり、依然として優先的ではある。


「さて、水と寝床と食いもん。やること決めたらとりあえず……」


 俺は装備や荷物をまとめて、煙草に火をつけ立った姿勢で深く吸う。そして吐き出すときに服の内側へと吐き、服の中に紫煙を充満させる。丸々一本の煙草の煙を上着に吐くと続けてもう一本火をつける。今度はズボン、特に靴周りに入念に吐きつける。最後に未練がましく根元まで吸い、火を無くした吸い殻を捨てずにブーツの靴紐の結び目に突っ込む。


「どんだけ効果あるかだな。頼むぜ、喫煙者のメリットを感じさせてくれ」


 煙草のキツい臭いの要因である酢酸臭には虫除けや蛇避けの効果があるとタケさんが言っていた。本当であるかどうかは眉唾モノだが、この森にホームセンターがあるとも思えない。ならば正規の虫除けや蛇避けの商品が無い以上、少しでも危険を避けるお守り代わりになってくれればと俺は思う。


「さて、行くとすっか。頼むから食人族とか出ないでくれよ?」


 行き先の見えない未知の森へ向け一つぼやくと、俺は初めての異世界サバイバルへの道を進んだ。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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