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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
159/192

神様臨場

 〜〜???〜〜


 気がつけば闇の中で立ちつくしていた。目は開いていたが暗くて何も見えず、足を踏み出す先が見えない。だが、俺は何故か臆すこともなく暗闇に一歩足を進められた。


 闇とは人間が本来持つ根源的な恐怖だ。怪奇現象やら幽霊やらも闇への恐怖から来ているのだと俺は勝手に思っている。ゾンビは知らない。怖いから調べようとも思わない。


 そんな闇の中を一歩進んだ俺は無意識に左手を横に伸ばす。すると三角形のような突起に手が触れそのまま軽く押すとカチっと音が鳴った。


 目線の上から光の棒が無数に浮かび上がり徐々に光を強くし、今の俺の状況を判明させる。


「俺の部屋か?」


 営内隊舎。駐屯地にて生活する隊員の生活の中心だ。ベッドやロッカー机などの最低限の家具に私物品の24インチテレビやゲーム機、冷蔵庫などが置かれている。複数人で生活する営内の部屋にはベッドが三つ置かれており、そう広くはない間取りを圧迫していた。


「……マジで俺の部屋だ」


 寝床とプライベートスペースを兼ねたベッドの横に立ち、周りの私物品を眺める。


 机の上のプラモデル。ロッカーを開ければ読んでる漫画の最新刊。私物品を入れるコンテナボックスを開け、雑多な中身を掻き分けて箱の浅い底にたどり着くと、二重底にして隠した酒を取り出す。無論、隠してる理由は禁酒されてる営内で酒を飲むためだ。


「俺の酒だ……」


 大好物のジャックダニエルのラベルを撫で、蓋を開けて匂い嗅ぐ、上質な酒気の香りに満足すると蓋を閉め直して近くの机に置く。

 そのままベッドの上に座り、ギシっと軋んだ音を立てると俺は頬杖をついて物思いに耽る。


「夢だったのか? 全部が?」


 頭の中に痛烈な記憶として残る異世界での出来事。

 前触れもなく出会い、会うこともなく別れ、芽生えた自尊心をへし折る凶悪。辛くとも楽しいことが多かった異世界生活。その全てが夢であったのだろうか。


 まるで夢であったことを証明するかのように、胸元のポケットの中には異世界で壊れたはずのスマートフォンが無傷だ。日時は異世界に行った前日の夜を示している。元の世界にいた習慣そのままに、ベッドの枕付近に伸びる充電コードを本体に突き刺すと枕元に放り投げた。


 ベッドに座り直し、そっと自分の頬を強めに摘んでみたがしっかりと痛い。立ち上がり冷蔵庫の中にある未開封の黒い炭酸飲料を飲んでみると、現代甘味料が口内の味覚と顎の唾液腺を痛烈に刺激し、これまた久方ぶりの強炭酸の刺激が喉を焼き尽くすかのように熱くする。口を離し、胸から込み上げる熱いモノをそのままに大きくゲップした。


「こりゃ現実……?」


 目を擦り、強烈なゲップによって出た涙を拭う。痛覚も味覚も、五感の全てがここを元の世界の現実だといっている。身につけているモノ全てが状況がここは夢ではないといっている。


 だが、俺の中のナニカがこの世界の違和感を伝えている。


 ひとまず情報を得ようとテレビのリモコンを押すが反応しない。コンセントを確認してみるがしっかりと刺さっている。リモコンの電池も確認するが入っている。


「なんだよ。壊れたのか」


 使えないモノは仕方がない。テレビを背にして部屋の中から出ようと入り口へ向かいドアノブに手を回すが、何故か動かない。ガチャガチャと音を鳴らすことすらできなかった。ナニカが詰まって噛み合っているのか何をしても動かない。慣れ親しんだ営内だが、異質なナニカを俺の身体は感じとっている。


 ならば早めに動かなければ。


「開かないなら……いっそのこと、蹴破るか?」


 明らかに不穏な気配を感じる部屋から出るには悪くない考えだ。あとで上官を怒らせることを除けば。

 俺の営内班長は地上最強の人間だ。ドアの後は俺の身体が蹴破られてしまうだろう。激烈指導が入る前に謝る練習もしようか。


 しかし、ここで何もしないのも意味がない。第一優先は状況確認だ。怒られることは二の次である。


「よーし、勢いつけて前蹴り前蹴りっと……」


『ムダダヨ』


「ひゅあっ!?」


 助走を付けようとするタイミングで声を掛けられ、咄嗟のことで声が裏返りながらもすぐさま声の方へ振り向く。


 そこにいたのは一人の子供であった。いつのまにか部屋の中の椅子に座っており、ニコリと笑みを見せて神秘的な佇まいもみせている。長い黒髪で黒目。顔立ちは整っており美少女とも美少年とも言える中性的な見た目だ。気怠げそうな雰囲気を見せつつも、双眸の黒目は子供特有の好奇心を醸している。


「だっ……誰だ!?」


『カミサマさ』


 音声ソフトによる合成音声と中性的な見た目はまるっきり電子の歌姫によく似ている。髪色はまるっきり違うが。


『ヤット死ンダね。ズイブントえらくジカンガカカッタケド』


 電子音に生身の肉声が混じったような言葉が耳を混乱させる。混乱しつつも、相手が言った言葉を反芻する。


「死んだ? 俺が?」


『ソウ、シんだよ。君ガダ。それはモウ見事な死にっぷりダッタネ』


 声に慣れてきたのか、段々と相手の言葉が理解しやすくなる。だが同時に背中に冷たいモノを感じ、やがて熱を持つ。


「ここばどこなんだ? 運動会の音楽か?」


『ココはカクリヨ。死後ノセカイさ。あノ世とデモイエバいいかイ?』


「そうか、死んだんか俺。そりゃ死ぬわな。あれはなー……」


 俺が最後に選んだのは特攻上等の爆砕戦法。無反動砲の弾薬にナイフを叩きつけ至近距離で爆発させて自分ごと龍を吹っ飛ばす戦法だ。文字通り木っ端微塵になる。死ぬのは当然である。


『マァ、ここで会ッタのもナニカの縁ダ。生き返らせてアゲヨウカ?』


「えっ? マジで!?」


『次いでにスキルとかもアゲようカ?』


「マジでッッッ!?」


 思わぬ提案に俺は身を乗り出す。神を名乗る子供は俺の身体を制するように手を伸ばし、落ち着いて座ることを促す。

 ベッドの上に座る俺は思考を少々張り巡らす。


(いわゆる、アレか? 異世界テンプレってやつか? みんなこんな感じだったのか?)


 俺の周りにいる転生者や転移者達は当然の如く能力を貰っている。みんなは死の間際にこのような展開を経ていたのだろうか。鈴音ハルカ辺りに聞いておけばベラベラと喋ってくれただろうが、今考えても詮無きことか。


 それよりも俺の心はトキメイテいる。やっとこさ俺にもファンタジー世界にあるような、能力を使った戦いをできるというわけだ。


 楽しくも辛い異世界生活。艱難辛苦汝を玉にすとの言葉があるがやはり人生恵まれた方が嬉しいに決まっている。みんな能力を持ってるなら俺も当然欲しいのだ。


「能力は選べる?」


『フム……いいだろう。選ばセテあげようか?』


 神様を名乗るモノは俺の懇願に対して少々怪訝な顔を見せたがそれもすぐさま元のニタついた顔になる。


「んー、能力かー、何がいいかなー?」


 咄嗟に望む能力と言われても実際問題困ってしまう。つまらないテンプレのありきたりなモノしか思いつかない。いや、むしろそういうありきたりなモノを極める方がカッコイイとも思える。


 いっそ不老不死はどうだろうか。どこぞの悪役連中は必ず望む。


 しかし、これは全く良くない。周りの人間は俺を置いてみんないなくなってしまう。添い遂げてくれそうなのは不死者のイオンくらいだ。正直、彼女と添い遂げるのも悪い気はしない。男は飴と鞭を使い分ける女性に弱いのだ。紅茶を交えた優しい教えとサディスティックな蹴りに弱いのだ。


『お悩みノようダネ。ソれナラ、例えばどんどんスキルを習得デキるようにするのはどうカナ?』


「それだ! さすが神さまっ!」


 悩む俺への的確な助言に俺は指をパチリッと鳴らす。今決められないならあとで決めればいい。


 感謝感激の褒めちぎりの言葉を一通り送ると神は名乗る子供は少々照れながらも俺に手を差し出す。


『サァ、握りたまえ。チカラを与えヨウジャナイカ』


 俺はドキドキと高鳴る胸を左手で抑えながら神に向けて手を伸ばす。


『これでやっと、君は生まれ変わる。ようこそ、異世界転生者くん』


 神の白く細い綺麗な手と、俺のゴツゴツとした無骨な男の手が触れる刹那、俺の耳にナニカのメロディーが聞こえる。


「アラーム……?」


 スマートフォンの目覚まし機能により流れたメロディーは俺が好きな曲、電子の歌姫の代表曲だ。


 音に気を取られ無意識に手を下げた。すると一気に身体全身に得体の知れない威圧感がのしかかり悪寒が走る。息も吸えなくなるほど重圧、滝行にでも行ったのかと思えるほど全身を濡らす冷や汗は迷彩服を三秒もかからず真っ黒にする。まるで宇宙空間に締め出されたかのように、天と地が離れるような浮遊感が身体を襲い、俺の身体を地面に縫い付けるように這わせる。


「うぉッ……ァっ!?」


 何も言えぬほど身体が憔悴する。顔を上げることすら叶わず、狭窄していく視野を上に向けることしかできなかった。


 絞られる視界、そこにいたのは先ほどのニタっとした顔からは想像も出来ないほどの、怒髪天との言葉がお似合いな憤怒に塗れた神の顔であった。


『貴様ッッ! 死に損ないがまだ足掻くかッ!』


 今の言葉は俺ではなく、アラームを鳴らす液晶画面に向けられている。


 急変した状況を確認しようと虚な目で音の発信源を見ると、そこには驚くような光景が広がり始めていた。


 スマートフォン、テレビ、冷蔵庫、ゲーム機、コンセントから伸びるコード類やら何やらが、部屋内にあった電化製品の全てが風化するようにバラバラに崩れていき、それが突如現れた小さな竜巻に巻き込まれて集まり行く。


 集まった家電の成れの果ては元の製品の色合いを残しつつも、まるで量子の風に乗ってナニカを形作ろうとする。


(ヒノモトサン! ニゲテクダサイ!)


 状況が掴めず混乱する俺の頭の中に声が聞こえる。その声は神を名乗るモノの電子音声とはほど遠く、ラジオやテレビの音声を無理矢理ツギハギ合わせたような声だ。


 その声は部屋中の電化製品の渦の真ん中から聞こえてきたような気がする。


()()。データの消去まで残り数パーセントの死にかけの塵芥如きが、古くナッた型崩れの存在が邪魔をするな!』


 神は今までの姿からは想像できないような、荒々しい語気で電子の渦へ威嚇する。


()()。シにカケテルノハ、あナタモデショウ? ()()()()()()()()も失敗シタあナタはすでにコノ場を支配する力すらノコされてない!)


 頭の中に響く声は徐々に明瞭になっていき、言葉の一つ一つが耳に吸い込まれていく。同時に身体を押し潰すようなプレッシャーもいつしか薄れていた。


 両手を床につき、半ば腕立て伏せの姿勢で子鹿のように震えながら俺は立つ。軽くなったが依然として身体を覆うプレッシャーはなくなってはいない。息も絶え絶えに俺は前を見やる。


「電子の歌姫?」


 何も考えずに出た言葉は、機械の渦の中に感じる存在に向けていた。

 白黒ばかりな電子の渦に混ざる基盤の緑とハンダ付けされた鉛の鈍い光が、三十年前のブラウン管テレビが起こす砂嵐のように荒れた絵を生み出し、それはかなり雑な造形の少女の顔を形取っていく。まさしくそれは俺が思い描く偶像であった。


(また何処かで。生きて会いましょうね)


 粗悪なビデオにも劣る解像度であるが、電子の歌姫が俺に向けて左眼でウィンクをしたのだけは分かる。


 歌姫の形をしていた電子の渦は離散し部屋の隅々まで拡散すると神を名乗るモノに纏わりつく。まるで紙やすりで材木を削り落とすように、神の身体がこそぎ落とされていくが当の本人は大して気にした素ぶりを見せず大きくため息を吐く。


『フン……イイダロウ、今回はナ。ダガ、ツギハウマクイクカナ? ニナ……』


 それだけ言うと俺の方へ向き直り、


『オマエはサッサとシネヨ。ヒノモトハジメ』


 そこで俺の視界は暗転する。ブラックアウトした視界には何も映らず何も聞こえなくなる。








 次に目を開けた時、視界に広がっていたのは懐かしの我が部屋ではなく、薄暗い光に当てられた見知らぬ森の木々であった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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