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異国ニテ、キミオモフ

 街の中を馬に乗った首無しの騎士達が慌ただしく走り抜ける。随伴する犬頭の兵士達を顧みず、空から背を追う人頭の鳥達は必死に羽をバタつかせてるのを見上げもせず、暴れ牛の如く道を爆走する。途中で道端に転がっていた石を馬の蹄が踏み飛ばし、大柄なリザードマンの尻尾に直撃し先端を弾き飛ばす。


「ヒドイなぁ。こんな危ないことをするのはどこのどいつだろうね?」


 僕は朝日を気持ちよく浴びながら、二階建ての宿のベランダからのんびりと街を眺めていた。


「なんでも、街道で危険な魔物が暴れているとの報告があったようですよ。イオン様」


「様はやめてくれナミハくん。ただの客だよ? 僕はさ」


「失敬。城勤めだった癖が今でもね。ふふふっ」


 虫人族の蜘蛛人であるナミハは人型と蜘蛛の右腕二本で灰色髪の頭をポリポリとかく。


「魔王軍が動くほどだ。よほどの大物が現れたのかい?」


「聞くところによると、クリムゾンベアーの特異個体が見つかったそうですよ?」


「ほう? 穏やかじゃないね。でも、単体の魔物にいささか兵を割き過ぎだ。街の守りが疎かになるぞ」


 目線の先で数十の兵が移動するのを見て呟くと、蜘蛛の手が後ろから顔を横切りそのまま水平に左右へ動く。


「この国を中心に、北東に死霊の王。西北に蟻人族の特大コロニー。東にオークの残党がいますから守りは大事ですよね。それにしても……」


 真っ赤な八つ目を細め、人間の手で口元を押さえて笑みをこぼす。


「なんだい?」


「王国に行ってから随分と変わりましたね。諸国の情勢や国の内情なぞ興味無かったのに、何かあったんですか?」


 八つ目の上から二番目、ちょうど人間の位置に当たる目が興味深そうに僕の顔を覗き込んでる。


「なにもないさ。ただ物知らずなお馬鹿さんにこの世界の常識を教える必要があったのさ」


 僕が答えるとナミハは蜘蛛の両手で腕組みをし、人間の両手でこめかみあたりをグリグリとイジる。そしてハッとナニカに気付くと得たりとばかりに異なる手をポンっと合わせる。


「なるほどッ! 健気ですね〜、好きな人の為に勉強するなんて!」


「なっ!? ちが、違う、つが、違うって!!」


 大慌てで訂正する僕にナミハが嬉しそう笑顔を向ける。


「長い付き合いですから分かりますよ? 王国から帰って来た途端、料理の練習をするは魔都の歴史を勉強しだすから心変わりがあるとは思いましたが……」


 ニチャリとした下世話な顔だ。虫人族は表情に乏しいと文献にあるが、その内容は間違っているのがよく分かる。


「すっかり乙女な顔しちゃってーっ! この国を出る前は生意気で無愛想だったのに、恋をすると人は変わりますなー!」


 頭をわしゃわしゃと撫でられ、崩れた髪にセットされる。何度手を払いのけても蜘蛛の手と人の手の手数に勝てない。なのでもう、されるがままだ。僕の淡い青色の髪は蜘蛛子特製ヘヤーにセットされる。


「やめてくれ! いいだろう? 恋くらいしてもさ」


「お? 認めた! いや~初々しい事なんのかんの」


 彼女との付き合いは短くない。まだ乳飲み子の頃から知られているので今さら隠し事はできないと恋愛相談をしてしまったのが運の尽きである。


「まったく、今はそんなことよりも魔王のことだ」


「あ~、魔王のことがなければもっと料理の練習できましたもんね。この魔国パーゲタリィのありとあらゆる美食を探求できたのに」


「しょうがないさ……いや、ちがう、料理のことではなくて」


 脱線しかける話を軌道修正するように咳ばらいを一つ、わざとらしくする。


「何を考えてるかだ。魔王がね」


「あー……何も考えてないんじゃないですか?」


 蜘蛛人族アラクネ種の特徴である蜘蛛の下半身を器用に椅子へ腰掛させ人間の手で顎に手をやる。


 やる気の無い彼女の様子をみて僕は呆れてため息を吐く。


「なにもだと? ()()()と同盟を組もうとするのを何も考えてないと思うのか」


 語気が強くなったのを感じたナミハは咄嗟に姿勢を正しくする。そして今までのどこか緊張感を感じなかった雰囲気から真面目なトーンになる。


「悪い事じゃないでしょ? 魔王軍の敵は死霊の王と蟻人族に人間の帝国軍、あとは王国の陽神教の連中とめじろ押しなんですよ? 敵が多すぎますって!」


「敵の中にエルフが含まれていたのを忘れてるのか?」


 忘れてませんよ。っと小さく、だが力強く彼女の口から洩れたのを僕の耳は聞き逃さなかった。


「……ダカ団長って覚えてます?」


「うん、魔王国パーゲタリィの軍団長の一人だね。いや、だったね」


 含みのある言葉にせざるをえなかった。その人物がもういない事を僕は知っていたからだ。


「十三年前くらいでしたか。あの戦場に私もいましたから」


 カタカタと彼女の足が小刻みに揺れ、悲しい記憶に目を背けながらも思い出していくのが、蒼白する顔からよくわかる。


「団長は蜘蛛人族の中で最も強い方でした。でも……」


「ダークエルフ、サウス。奴との一騎打ちに敗れたと聞いてるが……」


 小さく首を左右に振り、言葉を否定する。


「違います。戦闘の最中、我々はサウスを孤立させることに成功し集団で襲い掛かったのです」


 卑怯とは言うまい。僕は戦争を経験したことがないが、恥も外聞もかなぐり捨てて勝ちにいかなければいけない場面があることを理解している。


 ナミハは大きく息を吐き、荒い呼吸を正す。


「化物でしたよ。あんなに強かった団長や先輩方が手も足も出ずに、千切っては投げを言葉通りに」


「もういいよナミハ。辛い記憶を思い出させてすまない」


 涙ぐんだ目々を拭いて彼女は真面目な顔で僕を見やる。後悔と意思を併せ持った顔だ。


「あれと戦うなんてとんでもないです。絶望感しかありませんでしたから。奴と関わって生き残るには、敵にならないことだけです」


 もう彼女の黄色の眼に涙は無い。目の下の赤みが残照のように残っている。


「だからエルフ達との同盟は賛成です。たとえ我が国の兵士がエルフの外交官を迎えるための街道治安整備なんて雑務をやらされててもね」


 街の方がまた慌ただしくなる。見れば家々の上を背中に翼を生やした有翼人種、ホークマンとハーピーの編隊が街の南の方へ飛んでいる。


「南の方で大型の飛龍が出たらしいね」


「らしいです。南東の方にエルフの集落があるとの噂ですから、今のは哨戒任務なのでしょうね」


 雄々しく、優雅に空を駆ける魔物の兵士に僕は王国式の敬礼をし敬意をはらった。


「みんなが平和に過ごせるなら、団長の死は無駄ではありません。惨めに敵前逃亡し、平和を享受してる私が言えることではありませんけど」


 バツが悪そうに空の編隊から目をそらし、身を縮こませるナミハの肩にそっと手を当てる。


「先人達が命懸けで勝ち取った平和さ。一身に受けるのも供養になると思う。あとはどう生きるかだ」


「そういう考え方もありますね」


 サァーっと吹いた風が僕の顔と彼女の頭を優しく撫でる。四季折々の世界でこれから夏になるわけだが、それを感じさせてくれる温かい肌触りだ。


「さてっと! せっかくのお休みなのだから辛気臭い話はこれっきりにしましょう!」


 気合いの入った声を出し、後ろの四本足で身体を支え器用に節々を伸ばす。目の下には既に赤色は無くなっていた。


「じゃあ気分転換に買い物へ行こうか。そろそろ肌着を新しいのにしたい」


「おぉっ! いいですねー、勝負下着買いましょ! 産めよ殖やせよ地に満ちよってな感じのでっ!」


 興奮して先ほどとは違う赤味を出した彼女の肩に、僕は落ち着けと手刀を繰り出す。

 肩をさすりウンウンと悶絶する彼女をよそに西の方を見る。


「命懸けで勝ち取るか……か」


 僕の目の前で、他人のために自らを省みず救いの手を差し伸べた人間を思い出す。彼はよっぽどお人好しなのか、図々しくも人間のみではなく不死者にすら救いの手を差し伸べてきた。


 正直、最初は蹴りたい身体をしてるなとの印象しかなかったが、気持ちというのは人も不死者もコロコロ変わるのだと自覚させられたモノだ。


(さて、君は今頃何をしてるのかな?)


 遠い地と繋がる西の空に面影を浮かべ、僕は目を閉じて網膜に想像した姿を染み込ませる。


(君のことだ。また誰かの為に命を賭けているのだろう)


 眼下を駆ける首無し騎士達を見て、共に過ごした一夜を思い出す。臓腑を突き抜けるような熱い感情が込み上げ、頬を緩やかに紅へ染める。


「そういえばこんな言葉があったか。父から教えてもらったな」


 僕は無意識に今しがた見ていた西の空ではなく南の方へ手を向け、一言呟く。


「……君死にたまふことなかれ。ハジメくん、また会おうね」


 出した言葉は空に上がり、風に掻き消され霧散する、だがその跡を鳥達の羽ばたきが過ぎ南の方向へと運ばれて行く。遠い空にの下には。陽の光が分け隔てなく降り注いでいた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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