君死ニタマフコトナカレ
視界が薄暗くなる。まだ太陽は直上にも達していないというのに異世界の太陽は思ったより気が早いようだ。良い子はお家に帰らなければならない。
そんな戯言が頭の中に過ってしまうほど、敵は今までとは打って変わり、機敏な動きで跳躍し俺達の頭上の陽を遮り空から迫る。
「飛ぶのかよっ!?」
跳ねるように地から離れるのを確認してから急いで軽機関銃を撃つ。六発の弾丸は硬い外皮ではなく比較的装甲が薄い羽根へと命中するが、血こそは出れども貫通はしない。効果無しと判断をし、急いで身を翻し全力で走る。視界の片隅で龍の左手が俺の方へと振り下ろされんとされたのを認識した俺は、半ば飛び込むように後方の地面へ身を翻し、伏せる。
身体に与えるだろう衝撃に備えて全身の筋肉を縮こませるが、一拍置いて訪れるだろう衝撃は来ず代わりに甲高い金属音が響く。
俺の頭上を越えて大きな物体がドチャリっと音を立て落ちる。すぐさま顔を上げてモノを見れば、そこには龍の左手が手首らしき箇所から両断されて転がっていた。
「コオォォォ……」
身体の空気を全て吐き出すかのよう力強く呼吸するサウス。両手に握られている金属的な鈍色の大剣は龍の体液だろうか、赤黒い色合いに変わっていた。
斬られた龍は片手を無くした事によりバランスを崩し、盛大な地響きを鳴らし倒れ込む。ゴポっと龍の腕から気泡のようなモノが出ると血が堰を切ったように流れ出す。
(チャンスっ!!)
好機。っと俺が思うよりも遥かに早く、サウスは動き出し倒れた龍のを装甲ごと大剣で斬りかかる。否、叩き付けるとの表現が的確だ。まるで建築現場の巨大な重機同士がぶつかり合うような重く鈍い重低音の金属音が戦場に響く。
「ギャゴガガァァァっっ!!!」
雄叫びというより悲痛な叫びのように聞こえた龍の咆哮。今しがた叫び声を上げた龍の口内へサウスは容赦なく大剣を捩じ込み、外殻と鋭い歯もろともに上顎の一部を斬り飛ばす。
「へッ、エアズヤエアズヤ、セォヘテベオデヤ」
返す刀で大剣を叩き付けると龍の鼻先が両断され、勢い余って下顎の一部を斬り落とす。まるで動物園の飼育係がエサの野菜でも切っているかのように気持ち良いぐらいザクザクと龍を斬っていく。
鮮やかな切り口を見るに、この龍を殺したのはサウスで間違いないだろう。いくら異世界とはいってもこんな簡単に、一方的に龍を相手に蹂躙できる人間がそういるはずがない。人間じゃなくダークエルフとはいっても限度があるのだ。
ということは、この龍は同じ相手に二度殺されるということだ。なんという事だ。可哀想に。その姿は難易度設定を誤ったRPGゲームの序盤のボス戦を思い起こさせる。何度も同じ相手にやられるなんて気の毒としか思えない。
「待てよ? ん、なんでだ?」
二度殺すというという事実に頭の中が引っかかる。
何故、サウスはコイツを殺したがっているのか。単なる素材集めか、それとも危険を排除するためか。まさかコイツも冒険者で依頼を受けてきてるということはないと思う。恐らく。
念入りに、しつこく、執念深く殺す理由。俺には思い当たることが一つだけあった。
「この黒いヤツ、スライム……。まさか、ウェスタと同じで殺したいのか?」
龍が斬られる度に赤黒い血を吐き出す。それに紛れてゴポっと音を鳴らして黒い粘液状の物体が溢れ出している。不気味な得体の知れなさが以前に魔法都市で瀕死のフーバーの口から吐き出されたモノと非常に酷似しているのだ。それは以前にウェスタから聞いた討伐対象の黒いスライムと見かけだけは一致している。
だが、仮に同じ目的ならば何故協力しないのか。何か理由でもあるのだろうか。
不意に足元が湿った生暖かい物体に包まれる。何事だと思い目線を下に向けると赤黒い物体が人の手のような形に代わり足をガッチリと掴んでいるのだ。
「しまったっ!?」
考察に明け暮れる俺は、地面に撒き散らされた粘体が集まり蠢いていた事に、足をガッチリと掴まれるまで気付けなかった。抜け出そうにも粘体は見た目からは想像も出来ないほど力強く、俺の鍛えられた筋力を持ってしてもピクリともしない。
「デオン、テ、ムーオヴェ」
ぽそっと呟きが聞こえたと思うと、サウスがもの凄い速さでこっちに向かって走り、足を振り上げる。
「オーケイ?」
一言声を掛けてくると、天へと届けるのかと思えるほどまっすぐ振り上げた足を地面へ勢いよく降ろす。否。地を踏み付ける。
足元へ数ミリの所を踏み付けたサウスの右足は、頑強な岩の地盤を踏み砕き、身体に纏わりついていたスライムの粘液を弾き飛ばし、衝撃で俺の身体も大きく後ろに吹き飛ばす。
ズドンッ。っという表現がいかに可愛いか。目にすればいかに恐ろしいか。体験したモノにしか分からないだろう。現に倒れた俺の足は今まで感じたことがないくらい、踏み付けの迫力に痺れている。
「あ、ありがとう……」
化け物じみた戦いぶりに気押され、命を助けられたのに簡単な感謝の言葉しか言えずにいた。
「ンッ!」
「んっ?」
踏まれて巻き上げられた粉塵による煙幕が最大の濃さになった時、砂煙の中からナニカが向かってくる。遅れて気がついた俺が銃を構える頃にはサウスが大剣を振り下ろしきっていた。
ドス黒い血潮を飛ばして龍の残った腕が千切れ飛ぶ。上から迫るナニカに反応して俺が銃の引金を引くのとほぼ同時に丸太を何本も束ねたような馬鹿げたサイズの龍の尻尾が、サウスに斬り上げられ空へ弾け飛ぶ。最後にナニカ大きな物体が砂の煙幕から飛び出して来る。上と下に鋭い歯、大口を開けた龍の顎だ。両の手と尾っぽを両断され、最後に残った武器を使い迫りきていたのだ。
「テハエ、エンデッ!」
それを待っていましたとばかりにサウスは叫ぶと、大剣を振り下ろし龍の牙を地面に縫い付る。
金属の、鋼鉄の大剣を叩きつけた音。まるで水を叩いたように酷く湿っていた。
「アッ!? スィットゥッッ!!」
「へっ?」
やってしまったとばかりに大きな声で怒気を吐き捨てると、サウスの周りに撒き散らされた粘液が、今までの動きとは打って変わったスピードで彼女の身体に纏わりつく。今しがた叩き斬った龍の頭は溶けるように形を崩し、コールタールのようにドロドロとなる。
「な、なにがっ!?」
展開の速さに言葉が追いつかないが、幸いな事に見れば分かった。
ドロドロの液が地面を濡らしたおかげで砂塵が晴れる。斬った頭の成れの果ての先に、ずいぶんと色味と装甲が薄くなった龍の頭が存在していた。両の手が断たれているので他人の空似な龍ではない。
口のところからヒモのように細く繋がったスライムの粘液。薄色になった龍の口が徐々に開いていくと同時に口内へと吸い込まれていき、その先にあるのは汗に濡れた美しい褐色の肉体だ。
「イムーぺウデェンテ!」
煩わしく纏わりつく粘液に対て、胸元の隙間から小さな金属の筒を取り出し、片手で蓋を外して中身をばら撒く。地面に撒かれた火薬の香りが漂う黒い粒は、今までの状況を考えると間違いなく黒色火薬。サウスは片手で大剣を振り上げてから打ち下ろす。火花で爆発させ、衝撃で粘液を吹き飛ばすつもりだろう。
ガキンッ。っと音が鳴り、衝撃に備えて伏せた俺の耳とサウスに戸惑いが起きる。
火花は起きた。恐らく火薬にも当たっている。なのに爆発しない。となると理由は簡単だ。
「湿気ってやがるっ!?」
「フゥシケ……ッ!」
龍の火炎のブレスを防ぐために考えた策。火の魔法を弱体化させるために大気中の水分を潤沢にしたのがここにきて裏目に出た。相手が見えなくなるほどの霧や夜露を混ぜた泥の魔法などでこの場は着てる服がずしりと重さを感じるほど水分満載だ。ならば薬室に守られてる現代火器はまだしも、何の変哲もないシンプルな筒に入れられた火薬などはどうなるか。
当然、湿気った火薬なんぞはまるで使い道がない。同じ濡れるならば便所紙のほうがまだ使い道があるだろう。掃除くらいには使えるはずだ。たとえゴミであってもだ。
もっとも、掃除機に吸い込まれるゴミのように、スライムの粘液に引っ張られてるのが今の俺なんだが。
龍の口から出た紐状の粘液にいつのまにか足を絡め取られ、ズルズルと引き摺られていく。
(ヤバいっ……ヤバいッ! 何とかしないと……ッ!)
焦る身体はジタバタともがき、手は地面すら掴めず空を切る。
ここからでも入れる保険はあるんですかと聞かれたらノーだ。そんな都合の良いモノはない。だが、ここからでも足掻けますかと聞かれたら俺は当然答える。
「くたばれ知育菓子野郎!」
身を捻り持っていた軽機関銃を龍の口内へと向け撃ちまくる。引き込まれる勢いと銃の反動も相まってか背負った武器が地面と擦れてギャリギャリと音が鳴る。
紐状の粘液は弾丸によって引きちぎられ、粘液が集まったドス黒く大きな粘体へと刺さり突き抜ける。遅れて固いモノに当たった音がすると未来への方向へと跳弾する。
「くそっ……」
足掻いてみたが、一人の自衛官の抵抗なんぞは無力なモノだろうか。飛び散った曳光弾は行くあても定かにせず景色へ消えていく。
やがて俺の目の前には大口を開けた龍が迫り、そのまま中へ吸い込まれていった。口を閉じられる刹那、握っていた軽機関銃が龍の歯に引っかかって噛み合い僅かに閉じるのが遅れる。その隙を突いて何とか身体を押し込み牙を逃れたが、ここから先はどうすることもできない。今しがた噛み砕かれた機関銃と無反動砲という現代火器の敗北を追うことしかできないのだ。噛み砕かれた薬莢が頭にコツンと当たる。
眼前の口内はピンク混じりの黒い肉。背後には服越しでも分かるザラついた舌の感触。鼻腔を突く龍の吐息は醜悪。気分は最悪。光を遮り閉じられた口により視界は真っ暗になる。今後の予定は咀嚼され飲み込まれ糞になるだけだ。
「ほんっと良い所ないな……っ!」
この戦いで何度吐いたであろう弱音を最悪な空気に混ぜる。
何度も諦めかけその度に奮起し抵抗してみたが、もはやこれまで。いっそ念仏でも唱えて往生してみようとすら思える。
(マジで辞世の句になったか……)
特攻隊がいざ死に瀕した際はこういう感情だったの偉大な先輩方とは比較にならぬだろうが、思いを馳せずにはいられない。
肉壁の締め付けが緩やかに強くなり、身体に密着感とぬめりを感じ始めたところに頭の上で音が鳴る。
ガギャンッ、ガキンッと音が鳴り、まだ動く頭を上に向けると視界の真ん前に火花が散る。
斬り飛ばされた龍の牙。歯石と粘液が付着した鋭利な牙が無くなるとその先には陽の光を背景にしたダークエルフのサウスがいた。振り切った大剣を投げ捨て、手を伸ばす。
その手は、助けるための手では無かった。手は開かずに人差し指のみを俺に向ける。
「アキラメンナッッッ!!!」
怒声にも似た声を出すと、俺の周りにいたスライムが反応して粘液の塊をまるで間欠泉が如く噴出し、サウスを押し出す。
(……)
何故、日本語だとか。何故、俺にそんな言葉を投げかけたのか。そんなモノ、どうでもよい。
この身に滾るのは、二度も諦めかけた心を恥ずべきモノだとの憤りと、フツフツと溢れ出す仲間を生かして帰すという信念の炎。再度燃え上がった激情のみだ。
龍の口は再び閉じられたが、今度の世界は暗くない。欠けた歯列の隙間から太陽の欠片が飛び込み視界は確保されている。今ならばあの隙間から逃げられるかもしれない。
けれども俺の身体は逃げなかった。むしろ龍の喉元目掛けて身体を動かす。目指すは一点、アレを目指す。
粘液の海にもがいた先、僅かに触れる固い無機質な物体。それらは先ほど牙によって壊された現代火器だ。俺は手探りで部品を触り目当てのモノを見つけた。
(有ったっ!)
84無反動砲。戦車すら壊す、歩兵が持ち歩ける中では最大火力と言える逸品。その砲身は無惨にも噛み砕かれていたが、目的のモノは無事であった。
俺は急いで壊れた無反動砲から鉄鋼榴弾を抜き出し、弾頭を奥へ向ける。
薬莢とは、弾丸の絶大な威力の源である火薬を守るためのモノ。たとえ砲身が、たとえ銃身が、見た目がどんなにボロくなろうと中身を熱く使うためにあるモノなのだ。
中に存在する起爆剤は、たとえ泥に塗れようが燃え上がり、何度弱音を吐こうが湿気ることはない。ただ真っ直ぐに己の生き様を正面に飛ばす役目を果たす。
俺はゆるりと腰の弾帯につけている、魔法都市で貰った短剣を抜き逆手に持ち直すと砲弾の雷管へと当てがう。
「散れ。山桜、此の如くに」
抵抗しようと纏わりつく黒いスライムの触手ごと剣を砲弾へと突き刺す。
確かな手応え、目に映る真紅混じりの黒い光、身体に襲い掛かる衝撃波と浮遊感を最後に俺の思考は無になった。
木天蓼です。
これにて六章終了となります。
ここまで読んで頂き本当に感謝しております!!
引き続き、今作をお楽しみください!
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