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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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死ヌルヲ人ノ誉トハ

 〜〜四年前、五月、営内にて〜〜


「おろ? 珍しいなぁ。なんて書いてんだ? へ〜……ほーん……つーか字上手いな」


「なんだウルセェな。テレビの音が聞こえねぇだろ」


 新隊員教育隊の教官部屋にて俺はタケさんに頭を小突かれる。


「いやいや、見てくださいって。ほら、西野の対話帳」


 対話帳とは新隊員と教官との間で交わされる交換日記のようなモノだ。各訓練隊ごとに名称は異なるが概ね訓練の質問や悩みなどの話を人目を忍んで行うために使われる。


 俺は西野の対話帳をタケさんに見せる。そこには意外と綺麗な筆跡で先の騒動のことが書いてあった。反省と感謝の言葉がズラっと並ぶ。


「意外と義理堅いんだな」


「ここで反省の弁を述べられなかったら人間としてヤベー奴だろ」


 テレビのグルメ番組を観ながらタケさんはお茶を飲む。


「まっ、反省してんのはいいことだ。人間てのは過去の経験を活かす生き物だからな」


「そうですねー。俺もタケさんにしごかれたから今の自分がある訳ですし。糧にしてますよ」


 タケさんはまたお茶を飲む。そしてバツが悪そうに深いため息を吐く。


「あの時は俺も暴れん坊だったからな。ありゃよくない暴力だと思うし、実は反省してんだぜ?」


 ギシッと椅子の音は鳴らしてから立ち上がり、空になったお茶の缶をゴミ箱に捨てる。コッというプラスチックの音が鳴るとまたテレビの音しか聞こえなくなった。


「じゃあお互い反省ですね」


「そうだな。まぁ飲めよ」


 小さな冷蔵庫から出された赤い缶を受け取り、プシュッと炭酸の音を立てるとシュワシュワと音が鳴る黒い液体を飲む。


「つまるところ、人生を生きてきた経験って何一つ無駄じゃないという深くて綺麗な話ですよね?」


「違う、もしもの時はなりふり構わず使えるモノは経験だろうと物だろなんでも全て使えっていう浅くて泥臭い話だ」


 ゴクリっと炭酸飲料を全て飲み干すと俺は缶をゴミ箱に捨てる。カンッとアルミ缶同士がぶつかる音がテレビの音に紛れて聞こえる。


「とりあえずなんかあっても俺は大丈夫ですよ。なんせ、タケさんという先輩と過ごした時間がありますから!これ以上の経験は中々無いですよ?」


「ウルセェな!」


 この言い方は長い付き合いで分かる。照れている。タケさんは照れているのだ。後輩から頼りにされ、指標にされ照れているのだ。


「走馬灯ってのがあるくらいだ。人間ここぞというときに頼りになるのは、未来への希望ではなく、過去からの経験ってやつだ。だから長く生きてる老兵ってのは厄介なんだよなぁ」


 若い男性俳優と中年のお笑い芸人がグルメに舌鼓を打つのを二人でのんびりと観てこの日は終わった。



 ―――――



 思えばこの世界に来てからの戦いは苦戦続きだ。


 硬すぎて銃弾を弾くヤツと、死んでるから銃弾の効きが悪いヤツと、そもそも銃弾が効くサイズではないヤツと、挙げ句の果てには銃弾を刀で撃ち落とすヤバいヤツとまで出てきている。


 俺の唯一のアイデンティティ兼アドバンテージとも言える現代火器の利点がこれっぽっちも有利に働かない。自己PRに困ってしまう。これでは一流ホワイト企業の入社面接でなんと言えば良いか。無難に集中力がありますとしか言えない。


 だが、たとえ有利に働かなくても俺は全ての戦いに勝ち、今も生き延びている。生きるというのはある意味勝つよりも難しい。


 しかし、俺はこの戦いを生き延びるのを諦めてはいない。銃が効かないバケモノが二つ存在しているが、そんなモノこの世界に来てから当たり前のようにいる。


 命を賭ける時が来た。たとえ無謀な特攻作戦といえど全員生き残る為の最善を尽くさなければならない。


「オラ! 使え自衛隊さんよ!」


 片手に握るは軽機関銃のMINIMIのグリップ。だらりと薬室から垂れたリンク弾の先端には細かい黒の粒子がくっ付いている。先ほど手にした一発の弾丸の頭にもびっしりと砂鉄がくっ付く。


「ありがとよスパーダ! 助かるぜ!」


 俺は礼を一ついうと取り出した弾丸を薬室に込める。


 ガギッ。


 その音だけが鳴ると、弾は半端に引っかかって役目を中途半端に終える。


「ヤッベっ!? 砂鉄が邪魔で弾込めできねーッ!」


「何してんのよ! おバカッ!」


 ルチアの叱責が飛ぶのと晴れかかった霧から龍の頭がこちらを覗くのはほぼ同時だった。にわかに龍の口内が赤く光る。


「ブレス来るぞぉ!」


 口の周りに魔法陣が構成され、半開きの口内の光が強くなると、今まさに龍の息吹が放たれんとする。


「ストーンランスッ!」


 開きかけた口を強制的に閉じるように、地面から石の槍が顎を穿つ。


「全魔力解放……ッ!」


 三角円錐形の石槍は切先を螺旋状に捻ると魔力の勢いそのままに龍の顎をかち上げる。ザビガガの全魔力が込められた魔法を受け、龍は仰向けに引っくり返った。


「自衛隊さん! もうマジで無理ですっ!マジですから!」


 叫ぶ鈴音ハルカは魔法を唱えグッタリとしているザビガガを傍で支え、手を横にブンブンと振っている。


 能力を持つ異世界からの人間だが、彼女自身の身体は異世界育ちの日本人。しかも女子高生の年齢だ。さらにはオタク気質で運動も得意でない。

ただでさえ意識不明のテッドに子供のロックを庇っているんだ。さらにザビガガも疲弊して早く動けない。彼女達がここから離脱するのは困難だ。あんよが上手と褒めても無駄だ。


 やはり俺が奴を行動不能にまだ追い詰めるしかない。その為の戦略を考えていたが、まさか薬室に余計なモノを入れると銃の動作不良を起こすという新兵でもまずやらないミスを犯してしまうとは。


 四つめの作戦はスパーダの能力を利用して俺が残って殿を勤め、半ば特攻の形で味方を命懸け守る手筈だった。軽機関銃でダメージを与え、84無反動砲で足の一つでも吹き飛ばして逃走時間を稼ぐつもりであったが、それが初手から頓挫してしまう。


 俺は詰まった弾丸を素早く取り除き、息を思いっきり吐いて薬室の溢れた砂鉄を吹き飛ばす。弾を装填し直して撃ち込む。霧を切り裂く弾丸はお尻付近に着弾するが、カンッと甲高い音を鳴らして終わる。やはり普通の弾丸では効果が薄い。


「クソッ! ミスったな、どうするか?」


 作戦通りにいかないことに俺は焦る。打開策を考えるが地頭の悪さがここで出てきてしまい、中々思いつかない。


「おい! そっちのロケットランチャーなら撃てんじゃねぇか?」


 スパーダは片手に砂鉄を持ち、もう片方の手で俺の無反動砲を指差す。俺は頷き素早く砲を降ろし、後部から84の砲弾を抜き出す。


 確かに84無反動ならば砲口も広いので詰まることは無い。とてもいい考えだが、一つ問題がある。

 鉄甲榴弾の先端部分にスパーダの砂鉄がこびりつき、まるでハープン銛のように先端が尖る。その砲弾を装填し直してみたが問題なく弾込めできた。


「それで撃てるの?」


 撃てはする。それは問題ない。弾丸とは雷管をぶっ叩いて射撃するものだ。装填さえできれば撃つことは可能だ。問題はその後だ。


「これ絶対当たらんぞ!」


 銃というのは人類が辿り着いた最高の個人携行武器だ。しかし、この武器は些細であっても多大な影響を受ける。ガク引き、気象、温度、風、そして弾頭に傷や付着物があるだけで狙いは大きくズレる。


 元より多量の弾をばら撒く射撃をするのが目的の軽機関銃であれば狙えなくても全く問題ない。だが無反動はこの世界に一発しかなく確実に当てる必要があるのだ。


 それを一度も無反動砲射撃をしたことがない人間が遠間から撃とうなど到底無理な話なのだ。


「考えろ、考えるんだ!」


 誰に言うもなく俺は呟く。思考を張り巡らさなければみんな死ぬ。


 仰向けになっていた龍がゆっくりと起き上がる。死した身体が鈍重なのは幸運だ。お陰で考える時間ができる。


 不幸なのは、それで考えついた作戦が一つ。いや、既に考えついていた作戦を改良する時間であったことだ。


「……ルチア、耳を貸してくれ。俺の頭じゃこれしか考えられなかった」


 俺の神妙な面持ちにルチアも緊張感を見せる。そっと顔を近づけ俺の考えを全て伝える。


「……怒らないって言ったけど、怒っていい?」


「ダメだ。もう決めた」


 作戦を全て伝えた後、ルチアが怒ってるような、諦めているような複雑な顔を見せる。言わんでも分かる。俺も今の作戦を誰かに言われたら絶対に止める。


 だが、俺がやるしかない。この作戦を実行せしめるのは俺しかいないし、他人の為に命を賭け慣れているのは俺だけだ。


「ジエイタイ! 龍が起き上がちまった!」


 スパーダの呼びかけに俺は手を挙げて返し、前を見る。見れば見るほど醜悪な面構えだ。見るモノを畏怖させる存在と言えよう。コイツは放っておけば俺の仲間を全員殺すだろう。


 恐怖と畏怖が俺の身体に纏わりつく。だが、だからこそ、他の誰かを死なせない為に戦うしかない。


「散れ山桜此の如くに……ってか」


 俺は偉大な先人の言葉を呟く。そして一度目を閉じてからゆっくり開く。


「オーダー。作戦変更だ。第四の作戦を改め……」


 大きく息を吸って吐き出した。


「カミカゼを実行する!」

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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