表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
154/192

アゝジエイカンヨ

「現在時刻マル(0)ナナ(7)ニィ(2)ヒト(1)。……状況開始」


 仲間達と合流し、既に全ての作戦を伝えた。誰もが苦々しい顔をした反応ではあったが、了承をしてくれた。


 こちらの準備を整った。後は思惑通りに事が運べば良いのだが。


「頼むぜ。ザビガガさん」


「えぇ、皆で帰りましょう」


 ザビガガは俺達の前に出て、目標を見据え準備をする。


 獣人の特徴なのか、人の価値観から言っても美形な彼女の手は意外と毛深い。むしろ犬のような毛に覆われていてフサフサという言葉が文字通り正しい。


「行きますよ。心の準備はいいですか?」


 フサフサの手が地面に触れると、荒れ果てた地面一帯に石を強く水面に投げつけたような波紋が広がる。


「アースティア」


 波紋に揺れた地面はザビガガの声に反応して、朝露混じりの土、いや、血などの液体が混じり泥と化したモノが細かい粒子の形状をとり、宙に浮かぶ。


「……いきますよ」


 まるで雨に打たれたように、地面にたくさんの波紋が広がり先ほどと同じような粒子の雲を作り出す。波紋の数だけ。


「始めるぞ。やってくれッ!」


 発射の合図を俺が出すと血や泥、朝露に濡れた土はさらに細かくなり水蒸気と化した。それらは集まり、まるで都会の朝霧もかくやという濃霧の空間をつくりだす。


「アースミスト!」


 霧は本来の概念からは想像も付かない速さで戦闘中の龍の顔面へと一直線に飛んでいき、着弾する。


「アガっ??」


 不意を突かれた龍の戸惑いが聞こえる。


 血と泥から捻出された霧は予想以上に濃く、視界を奪うことに成功する。振り払おうと首を大きく振っているが薄赤茶色の霧は性質が通常の霧と違うのかねっとりと纏わりついて離れない。


「命中! ザビガガさんは作戦通りに頼む。でも無理はしないでくれよ?」


「はい! ご武運を!」


「あとは任せてね!」


 龍が何も見えていない隙を突いて俺とルチアは目的の場所へと走り出す。ひとしきり走り、あるモノの上に立つ。


「壊れてない?」


「あぁ、大丈夫だ。これが無いと始まらん」


 跨いだ状態から両手で持ち上げたのは84式無反動砲。筒に着いた砂を払い落とすと俺は担いでからまた移動する。横目でチラリと龍の方を見るとザビガガの放った霧の魔法に混ざって黒い塊の魔法が見え、俺はその魔法の発射地点へと駆け足で進む。


「ハッハーッ! フルコンボだぜッ!」


 姿は既に見えているので分かってはいたが、銀狼級のスパーダは気持ちよさそうに高笑いをしながら魔法を放ち続ける。上気した顔からは一種の高揚状態が伺える。


「ハハハァッ! ……ん? なんだテメェ、まだ俺の手柄を横取る気か!? 銅牛ランクの冒険者は浅ましいなぁ!」


 俺達を見つけるやいなや、高圧的かつ口調荒く言葉を吐き出す。


「うるせぇな、もう冒険者の等級なんかどうでもいいだろ! そんなことよりお前も手伝え!」


「あぁ? 手伝えだぁ? ふざけんな、ちょっと慰めたぐらいで調子に乗るなよ。むしろお前が俺を手伝え!」


「ちょっと! こんなときに喧嘩しないでよ!」


 罵り合いにも似た語気でお互い言葉を交わすと、スパーダは龍への攻撃を再開する。ザビガガの目眩しに重点を置いた魔法とスパーダの効果的な魔法を受けて龍はまたも退がる。


「見たか! 俺の攻撃が通じてんの分かってんだろ? だから俺のアシストをテメェらがするんだよ!」


 言葉を聞いて俺は首を左右に振る。


 確かに、スパーダの魔法は何故か効いている。確実にダメージを与えている感触があるだろう。しかし、先ほどから威力と魔力の消費が高そうな魔法を連発してるのにも関わらず、龍は怯みこそすれども倒れる気配は無い。


 龍とこちらの戦いはRPGで例えるとHP(ヘルス)LP(ライフ)が異様に高い敵を殴ってるイメージだ。どんなにダメージが通っても威力が高い攻撃しても一向に倒せないのだ。そうなるとこちらはジリジリと消耗していき、やがては精根比べで負け果てる。


「いいか、時間が無いから簡潔に言うぞ? このままじゃ俺達は絶対に勝てない。けどな、異世界から来た俺()の力を合わせれば勝ちの目はあるんだ」


 俺の言葉を聞きスパーダは驚いたように目を丸くする。バツが悪そうに目を一度逸らしてから、俺を睨みつけてくる。


「イセカイ? なんのことやら……」


「そんなしらばっくれいいっつーの」


「急を要するのよ。付き合ってる暇ないの!」


 二人掛かりで有無を言わせぬ問い詰めをすると、スパーダは少々の逡巡の後口を開く。


「……なんで分かったんだ。俺が異世界転生者だってよ」


 自らを転生者と名乗ったスパーダに俺はたいして驚きもせず続ける。


「龍を初めて見た時にお前が叫んだんだよ。ドラゴンだってな。この世界の人達は龍のことをドラゴンって言葉の意味で呼ば無いんだ」


「龍は龍。どらごんって呼び方は知らないよ?」


 あの時は龍と接敵した混乱の中だったのですぐに気づかなかったが、よくよく思い返すとこの道中で何度も耳にしたムカツク声だった。そして小屋に撤退した後もドラゴン野郎と言っていた。


 翻訳の魔結晶で異世界の言葉が日本語に変換されるときは、認識する日本語に近い意味だけでなく、ニュアンスも近い方に変換されると以前にイオンとの勉強で教わっている。今回もそれが功を奏す結果となる。


「あとは、そうだな。お前は俺の服装を見て特に気にしなかったんだよ。この世界の人間にとって迷彩服は異質なファッションなんだ。ミリタリーマニア泣かせだな」


「服はマジで気にしてねぇよ! クソ、半分以上カマかけじゃねぇか! 自白して損したっ!」


「あれ? 違ったか。考察に自信あったのにな」


「私はあの格好慣れてるから違和感ないけどね」


 舌打ちしてイライラした様子のスパーダはぶつくさと文句を言いながら頭を乱暴に掻くと、観念したのかフッと力を抜いて俺に向き直る。


「降参、今はそれどころじゃないしな。んで、なにすんだ自衛隊さん。どう協力すんだよ?」


 目算は違ったが結果はオッケーだ。無事に協力を取り付けたのなら問題ない。


 チラっと仲間達の方へ目線を移すと、魔法で足止めしてるザビガガの勢いが最初と比べてやや落ちている。

 最初は濃い霧の塊を飛ばしていたが少しずつ色合いが薄れ、龍の輪郭が見えないほど濃かったのに今は砂塵を霧に混ぜて視界を少しでも奪えるように対応し体勢を保っているが、生粋の魔法使いでは無いザビガガに魔法戦を挑ませるのはそもそも無理があったのだ。鈴音ハルカが持ってきていた魔力回復薬があるとはいえ、このままの調子で魔法を使えばいずれ力尽きる。


「お前の魔法、いや能力か? 龍に効いてるが火力が足りん。装甲を突破できても命にまで届いてない」


 これは単純な火力不足だ。刺さりはするが命を貫く力がスパーダの魔法に足りない。


「そこで俺のこの武器だ。いいか? この銃火器の弾頭にお前の魔法をくっ付けて撃ちまくるんだ!」


「良い案なのかそれは?」


「火器の推力と龍に効果的な弾頭を合わせる。お互いの武器の長所を合わせるんだ!」


 銃とは完成された武器である。現生人類生誕二十万年、来る日も明る日も同族殺しに没頭した人類が生み出した最高の個人武器である。棒切れ、投石、剣、槍、弓、十字弓、どれだけ効率的に殺傷せしめるかを考えられた武器達の集大成だ。その火力を最大限に活かすために日夜弾丸の弾頭を改良し続けるのが銃の歴史である。とにかく硬く強靭にをモットーにして開発が続けられている。


 この世界だからこそできる、魔法と現代火器のハイブリッド弾だ。劣化ウラン弾より強力な組み合わせであるのだ。


 俺の話を聞いたスパーダは頭を抱えて考え込む。それから観念したかのように大きく息を吐き出すと、口を開いた。


「俺の能力(チート)は、手と手を(シェイク・ハンド)って名前だ。触れたモノを自由に動かせる」


「ほう?」


 一度口を開くとよく回るのか、つらつらと続きを話してくれる。


「触ったモノを浮かしてクルクル回すこともできる。時間とか射程距離とか飛ばせる重さは内緒だぜ。奴隷のガキ一人ぐらいは余裕と言っておくか」


「昨日ロックを投げ飛ばしたのは魔法ではなく能力。飛翔って唱えたのは能力を隠すためか?」


「魔法も使えるけどな。飛翔の魔法は一つの向きに真っ直ぐしか飛ばせねぇ。勘違いさせて相手を油断させられるからな」


「融通効きそうね」


 シンプルながら使い勝手は良さそうだ。スキルを持たない俺からしてみれば能力を持ってるだけで羨ましい。


「もう一個大事なのがあってな。これは仲間にしか教えてないからよ」


 そういうとスパーダは胸元から黒い粉が入ったガラスの小瓶を取り出し、蓋を開けて自分の手の平に乗っけて握りしめる。


「見てろよ。黒刃!」


 ザラっとした黒い粉はスパーダの声に反応して薄い刃の小さいナイフへと変わる。


「砂鉄か!」


「そうだ、まだ見てろよ?」


 手にした砂鉄のナイフを地面に刺すとあたりの地面から細かい黒色の砂が巻き上がる。それらはまるで渦巻を描くように地面のナイフへ引き寄せられ、粒の一つがナイフに触れると瞬く間に取り込まれ手のひらサイズのナイフが前腕ほどの長さへと変わる。


「操ったモノが同じ性質のモノに触れるとそれも操れるんだ。似た金属同士とかな。限度はあるし、生きてないモノに限るけど」」


「すごい!」


「ほっほう! なるほどなるほど」


 驚くルチアに自慢気なスパーダ。二人を他所に俺は考察を深める。


 本人が気づいてるのかは知らないが、スパーダの攻撃が効いてるのは後半の性質のおかげだろう。


 恐らくは龍の身体に鎧のように纏わりついてる装甲は血が原料になってるのだろう。血液の成分は生物によって多少の違いはあるが、酸素を吸う以上は赤血球の存在が不可欠である。赤血球は鉄分と切っても切り離せない関係であり、真っ赤に流れる血の色そのモノである。


 あの龍が負傷した際、赤い血を流し、死した現在は赤黒い血になり装甲へと変わった。想像するに身体中の血液を凝固させ鎧にさせている部分が空気に触れて酸化し赤黒くなっている。酸化したモノこそ、血液中の鉄分なのだ。


 つまり、スパーダが攻撃に使った砂鉄が装甲となっている血の鎧の鉄に反応して取り込むことにより防御力を無効化にしている。しかし、装甲は破れども肉体に対してのダメージは元の威力そのままなので致命とは至ってない。そう仮定できる。


 元素記号が元の世界と同じなのかと聞かれたら不明だが、ダメージがあるので恐らく似たモノなのだろう。


「よし、よしっ! オッケーだ! 希望が見えたぞ! 狙いどうり第四の作戦だ」


 小さなガッツポーズを何度もする。想定に近い形になってきたことに俺は喜びを露わにした。


「ジエイタイさーん! もうムリー!!」


 喜んでる最中に鈴音ハルカの悲痛な声が聞こえてくる。見れば両手を急か急かと動かしバッテンマークを作ってる。


 龍の頭に掛かってる砂混じりの霧が最後の足掻きとして一気に膨らみ出し、空気が抜けた風船のように中身をばら撒き辺りは薄い霧は包まれる。


 その中でも龍の存在感は著名に感じとれる。まるで怪獣映画のモンスターが上陸するシーンそのままだ。目標をこちらに見据えた目の光も、一流怪獣映画のソレである。


 銃の槓桿を引き、弾丸を一発分薬室から弾き出す。


「心配すんなよ、二人とも。俺の作戦は半分ぐらい成功するって評判だからよ」


 じゃあ心配だ。っという雰囲気を背中に感じながら俺は大きく深呼吸をし、土味がする霧を吸い込む。


(大丈夫、大丈夫だ)


 自分に繰り返し言い聞かせる。


 この世界に来てから色んな戦いを経験してきた。


 視界の悪い発煙筒の煙の中での戦い。


 銃弾を弾くほど硬い装甲を持つ敵との戦い。


 既に死した敵との戦い。


 見上げるほどに大きな敵との戦い。


 俺はその全てを乗り越えてきた。ならばこそ、今回も乗り越えられるはずだ。必要なのは熱い心と冷静な頭、溢れんばかりの勇気だけ。


 たとえ第四の作戦案が、玉砕覚悟の特攻作戦だとしても俺は必ず生き延びてやる。


 取り出した弾丸の頭にスパーダが操る砂鉄が付着する。俺は決意を確かにし、その弾丸を握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ