四つめ
龍の沈黙。身体を覆う血の鎧は本体の静けさとは裏腹に荒れ狂う火山の島のように隆起し、朝露に冷えて固まる。喉元から垂れている血は刃の様に鋭利な形で固まり触れるモノ全てを切り裂きかねない。龍の威圧感に空でさえ恐れるのか、時が止まったかの様に静かだ。
破壊の化身。チープでありきたりな言葉だが、城塞がごとく堅牢な身の龍を表す五文字の言葉が、形容詞として当てはまり過ぎて添削する気すら起きない。
「す、ストーンえっ……」
「ザビー、ダメよ!」
震えながらも言葉をつむぎ、魔法を唱えようとしたザビガガを鈴音ハルカは離れた位置から大きな声で静止する。
声に反応したのか、龍は具足のように肥大した足をゆっくりと動かし歪な兜と化した顔を叫び声の主に向ける。
(ヤッバイっ!)
やらんとすることは分かる。分かるからこそ俺は銃の引金を引いた。撃ち出された弾丸は全て龍の顔面に向かっていく。
コンコンコンッ。
龍に当たった弾は大したダメージを与えず、ポロリっと地面に落ちていった。
「じゅ、銃が効かねぇ!?」
龍はめんどくさそうに弾丸が当たった頭を一度ブルリと振ると、大きな口から魔法陣を生み出し、出現させた魔法陣から真っ黒な光線を吐き出した。矛先はあまりの強大さに身をすくめてる鈴音ハルカだ。
「クイックレッグ!」
黒い光線が日本人特有の黒髪を焦がすほどの距離。間一髪でザビガガが助ける。救助というより半ば全力タックルをするかのように鈴音ハルカ抱え込みそのまま倒れた。光線はそのまま通り過ぎて行き、物のついでとばかりに余波で地面を吹き飛ばす。
一挙に捲れ上がる地面に煽られ、俺達は大きく後方に吹き飛ばされてしまう。
「ぐぁ……っ! 全員無事かッ!?」
「無事よ! 他は分かんない!」
黒い光線の爆風により、先のサウス戦の時よりも砂埃が巻き上げられ視界はすこぶる悪い。その中でも聞こえたルチアの声に俺はひとまずの無事に胸を撫でおろす。
っと同時に全身の皮膚が泡立つようなプレッシャーを感じ、俺は瞬時にその場に伏せる。
すると、俺のいた位置から少し離れた場所に黒い光線が飛んできて地面を破壊し、俺の頭があった場所に大きな岩の破片が通り過ぎる。
「あっぶね、死ぬところだった……」
戦場で何かあったらすぐさま身を低くするという自衛隊での日頃の訓練の習慣が己の命を救う形となる。
(どうすりゃいい!?)
うつ伏せのまま周りを伺うが黄土色の砂埃しか見えない。視界が悪いのは向こうも同じなようで、見失ってるのか先ほどのを最後に光線を撃ってない。
ここで俺が取るべき行動はいくつかある。急いで考えを纏めて行動に移らなければ。
其の一、逃げる。
無理だ。あの光線の威力は洒落にならない。射程も見た感じ長そうで、逃げようにも後ろから撃たれて終わりだ。
其のニ、戦う。
無理かもしれん。先刻とは異なり魔法でも大したダメージを与えられない。銃弾も然りだ。抵抗虚しく全滅とのオチが見える。
其の三、和解する。
面白い。この状況から敵と和解できたら、世界中から戦争が無くせる。ノーベル平和賞を十回くらい受賞できそうだ。俺こそが平和だと声高々に話せるだろう。全くもってくだらない話だ。
一つ、二つ、三つ。そして四つ目の対策を考えていたところで状況が動く。
徐々に明瞭になった視界の端っこから龍の頭が現れる。まるで戦国時代の戦兜のように変貌した頭部にばっくりと開いた大きな口、よだれとギザギザの鋭利な牙が獲物を求めてだらりと存在を主張する。
その口に向けて、極太の黒い槍が突き刺さる。
「ダハハっ! どうだ! 俺の力ぁ! 効くだろう!」
銀狼のスパーダの魔法が龍の体を何度も穿つ。鎧のような皮膚を円盤状の黒い魔法が、象の体躯よりも肥大した足を黒い魔法の大鎌が切り裂いていく。
龍の元の体躯が大きいこともあり、それぞれの魔法は致命とは至ってないがダメージを与えてることは確かだ。
「なんでアイツの魔法が効いてんだ?」
「さぁね、私も分かんないよ」
俺の疑問に答えるように、晴れていく砂塵の隙間から声がする。ルチアだ。顔に汗と砂が混じり、泥状になった物体が綺麗だった顔にこびりついている。
「魔力は私より低そうだし、魔法の威力も私の方が強いと思うんだけどね。なんでアイツのは効くのかなー?」
そうなのだ。昨日の龍との戦いの際もスパーダの魔法は大して龍に効かなかった。さっきまでも締めの一撃こそ効果的だったが、ザビガガやルチアの魔法の方がダメージを与えていたはずだ。なのに敵がより強固な姿になった途端、あの黒い魔法は二人よりも効果的にダメージを与え始めている。理由は分からぬ。
思考の渦の真っ最中の俺は頭を大きく左右に振る。
違う。今考えるのはあの魔法が何故効くのかではなく、今の状況をどう上手く使うかだ。
「四つめの案だな。やるしかねぇか」
「よっつめ?」
ルチアの顔を見て頷く。
「ルチア。俺がこれからやることは馬鹿げてるが、仲間の生存率が一番高くなる作戦だ」
うんうんと黙って頷かれる。
「多分、やった瞬間にお前に怒られるかもしれんが俺はやるからな。そういう作戦だ」
「会って次の日で轢き殺されそうになったんだから今さらよ?」
苦笑いしてしまう。あの時の事はキッカリと根に持たれてるようだ。森の中での出会いが懐かしい。あの時は必死だったし、何より作戦を伝える言葉が無かった。
だが今は言葉がある。覚悟も伝えられる。
「命尽きようとも、勝ってみせる。だから俺を信じて任せてくれ」
「信じてるよ。初めからね」
泥と砂だらけの顔。それでも美しいと思える笑みでルチアは答えてくれる。
それだけで充分だ。守りたいこの笑顔っと真に思ったのはこれが始めてだ。
「まずは必要なモノがある。仲間と敵の位置は分かるよな?」
「言わずもがな。分からないよ」
この戦場で何度も巻き上げられた砂塵。先が見えない暗闇と同じ状況に何度も落とされた。だが、今また砂塵は晴れていく。二度と落ちないように、皆が生きて帰れるように俺は最後の選択肢を選ぶ。
「名付けて……さらば人生、ヒノモトハジメよ永遠なれ作戦だ」
一陣の風が、山の空気がまるで俺の覚悟を後押しするかのように強くなり、残った砂塵を全て吹き飛ばす。