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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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去らずに一難、また一難

 ナイフは無常にも大剣の質量の前に二つに折れた。振り下ろされた斬撃は分厚く重く、人の身体など鉄の刀身よりも容易くへし折り、叩き斬るだろう。たとえ勇者であろうとも人である以上同じこと。


「……ッ!」


 よく聞こえなかったが、アルベインはナニか言葉を発してから両手を下に交差しまた一声、気合いを入れる。


 斬撃は振り抜かれた。


 飛び散る鮮血。骨の砕け折れる嫌な音。斬られたことのある人間にしか分からない悲痛な声。その余韻の断末魔の叫び。


 それらは一切発生しなかった。


 振り下ろされた剣より遅れること数瞬、銃を構えて狙いをつけた俺の視界には斬撃の威力を物語る一切の現象は起きなかった。ギャリリッという金属音だけ聞こえた気がする。


「ハァァァァッ!!」


 アルベインの気合いの声が響く。下に交差した手の内には既に魔力の塊が渦を巻いており、力の奔流をそのままサウスの方へと向ける。


「フレイムガストォォッ!」


 叫びにも似た詠唱と伸ばされた手から放たれた魔力の塊は火の風、いや炎塊の突風となりサウスへと射出された。


 昔の白黒で出来た戦争の映像で火炎放射器が出てきたが、アレがマッチ棒の火に思えるほど大きな炎の塊。炎熱の勢いに晒されたサウスは流石に焦ったのか、迫り来る火炎を大きく下がり避けるが炎の勢いは強く、ダークエルフの黒い身体を赤で包み込む。


「クイックレグズ!」


 またもナニかを唱えるとアルベインの足元に魔力の塊が纏わりつき光る。そのままの足でこちらに向けて走ってくる。到底、人間が出せるとは思えない速度で駆け抜け、踏み締めた砂の埃を彼方に置き去りにし、あらよあらよという間に銃の前に立った。砂埃が遅れて空に舞う。


「ふぃー、今のは死ぬかと思いましたぞ!」


「射線に立つなバカっ!」


「痛い! ナニをするのですか!?」


 俺は左手で叩くと、警戒心を途切らさずに四周を見る。


 敵影無し。サウスがいた場所は広い範囲で炎に包まれており向こう側が見えないほど煌々と燃え上がっている。その他の異常無し。


「死んだと思ったぜ。お前がだぞ? ビビらせるなよ」


 銃を肩口に委託したまま俺は声を掛けた。


「いや、私も死んだと思いましたぞ。念には念を、鎖帷子を着込んで来て良かったですな!」


 身につけていた鎧はばっくりと裂けていたが、破れた衣服の奥には鉄の輪が多量に付いた鎖の服があった。


 鎖帷子。中世は勿論、江戸末期の幕末の動乱時代にも使われた非常に強力な防具だ。特に斬撃に関しては無類の防御力を持つ。

 かの剣豪集団、新撰組ですら突き技主体の戦法を取らざるを得ず、ある意味では戦を変えた防具ともいえよう。


 戦に狂った人類が編み出した最高の防具の前ではさしもの大剣でも致命には至らなかったのだろう。


「まぁ、咄嗟に唱えた防具強化の付与魔法(エンチャント)と筋骨の身体強化の魔法が間に合わなければ死んでましたがね」


「アンタ得意だもんね。身体能力強化の魔法。私は苦手だからそこだけ羨ましいわ」


 アルベインは肩口から裂けた服の跡に手を突っ込み、中からベッタリと血の付いた鎖の破片を取り出し地面に放り投げる。死は免れたが、それでも傷は負っている。やはり奴は一筋縄では行かない相手だ。


「やったのか? 出てこないけどよ」


「分かりませぬ。相当な密度の魔力を込めましたからタダでは済まないとは思いますが」


 相変わらずサウスがいた場所は火が燃え盛っている。この有様だと消防隊を呼んで消化活動しなければいけないが、あいにく携帯電話は持ってないしこの世界には赤い消防車は存在しない。


「ねぇ、今のうちじゃない?」


 ルチアの目配せに俺は黙って頷く。


 相手の生死は不明だが、明らかになるまで待ってやる必要は無い。火のせいでこちらが敵を視認できないならば向こうも出来ないはず。ならば今のうちに当初の目的である撤退して下山を敢行すべきだ。


「さっさと逃げよう! 生きてる奴を連れてくぞ!」


 俺はすぐさま仲間の元へ駆け出す。結局のところダークエルフのサウスの目的は分からないが今はそんなことどうでもいい。とにかく早く離脱しなければ。


 俺が声を上げて呼びかけると反応して鈴音ハルカ達が龍の死体の側から現れる。


「ジエイタイさーん! よくぞご無事で! 銃声聞こえたけど撃ったの? 撃った?」


「撃ったよ。撃ったからすぐ下山の準備しろ!」


 チラリと炎の方を見る。先ほどよりも勢いは明らかに落ちているが、いまだにサウスは見えない。生死不明だが、あの存在が容易く死ぬとは思えない。


「急げ、殿軍は俺とアルベインが務める。とにかく逃げるぞ!」


 発破をかけてみんなを急かす。ひとまずこの場にいるのは未だに意識が戻らないテッドを含めた仲間達、そして大事そうに荷物を抱えているロックである。


 あとは一人だけ。取り巻きの仲間の死体の前で項垂れてる男。ロックの主人でもある男。銀狼級冒険者のスパーダを残すだけ。


「おい、スパーダ! お前も来ないと置いてくぞ!」


 呼び掛けには答えず、僅かに身体を揺らす。


「おいっ! 仲間を失ったのは分かるがよ、ボーッとしてるとお前も死ぬぞ!」


 近付いて肩を掴み、大きく揺すりながら声を掛けてようやく反応する。


「なんなんだよぉ……なんでこうなるんだよ。せっかく()()は上手くいってたのによぉ」


「はぁ?」


 顔中を涙でぐしゃぐしゃにして嗚咽を漏らし、俺の手を乱暴に払いのける。なにやらよく分からない事を言ってるがこの緊急事態に余計な思考や考察を回す余裕は無い。


 俺はスパーダの取り巻きの死体を見る。男女等しく、頭を砕かれ骨を穿たれ、四肢を両断され無惨な有様だ。とてもでは無いが、理想的な死に方とは言えない。


 俺は大きく深呼吸をする。むせかえりそうな死臭、砂の埃っぽい匂い、山の中特有の清々しい香りを肺にまで入れる。全てを飲み込み、俺は口を開く。


「仲間が死ぬのは辛いよな。気持ちは分かる。俺もお前と同じように落ち込んで、よく分かんないが暴力を振るったりな」


 払い除けられたときに当たった手をさすり、俺は続ける。


「理不尽さ。世の中はな。でもその理不尽に抗わなきゃいけないのが人間の人生だ」


 脳裏に元の世界の穏やかな日常を、大切な仲間達の事を思い出し俺は泣きそうになるのをグッと堪え言葉を続ける。


「スパーダ、お前のことを、お前の仲間は……今のお前の姿を見てどう思うか? 悼んでくれてありがとうか? それだけじゃ無いはずさ」


 項垂れたままピクリと肩を動かす。


「私達の仇を取ってください! だろ? 仲間の仇はリーダーが取るもんさ。復讐はナニも生まないなんて戯言を俺は言わないからな」


 かつての同期の姿を思い出し、そっと目頭を摘む。


「大切な人を奪った奴は地獄の果てまで追い詰めてぶち殺すのが男のやる事だろ。違うか?」


 項垂れてる身体がむくりと立ち上がり、こちらを振り向く。目には涙の後が付いていたが、目に気力が戻ってきているのが分かる。


「……ちぃっ! 後ろでごちゃごちゃうるせーんだよ! テメーに言われなくても仇は討つんだよ!」


「まずはこの窮地を脱してからだ。仇討ちを手伝うかは酒飲みながら決めてやるよ」


 右手で俺の胸をどつくと一瞥もせずに俺の仲間達の元へ向かう。少々強引だったが無事に立ち直れて良かった。


 ひとまずこれで全員逃げる準備は出来た。他の冒険者達の遺体は置いていくことになってしまうが、無理矢理連れてきても遺体がさらに増える事態になるだけだ。


 四周を改めて見まわし、異常が無いのを確認すると仲間へ向けて手を挙げて離脱を促す。


 ビュウっと一際強く風が吹く。あらゆる物事を吹き飛ばして台無しにする台風前の一陣の風のように、不穏な空気を運んでくる。


 恐る恐る、ダークエルフのいた場所へ視線を移すとその人物と目が合ってしまった。赤い目と合ってしまったのだ。


「井戸端会議みたく喋ってる暇はなかったか」


「ワハテ、アロエ、ヨォウ、デォインガ?」


 近付いて来るサウスの言葉は分からないがこちらを不思議そうに訝しんだるのだけは分かる。なんでまだ逃げてないのかとでも言ってそうだ。


 確かに、逃げる時間は十分にあった。仲間だけを助け、スパーダを置いていけばあわよくば囮にして時間稼ぎにでもなったろう。


 非人道的な作戦ではあるが、それが俺と大事な仲間を生かして帰すもっとも効率的な作戦である事は言われずとも分かっている。


 それでも助けた。分かってる。頭では効率の良い作戦を考えついても人の心を捨てきれないのが俺の長所であり欠点だ。


 しかし、異世界に来ても変わらなかった性分を変えるつもりはない。初日の初っ端からそうだったのだ。これからもずっとそうするだろう。


「困ってる人は助けろって先輩に言われて育って来たんだ。情けは人の為ならずってな!」


「ホオゥ? ガオォデッ、ガオォデジョデ!」


 俺の言葉が通じてるのか、それとも雰囲気で伝わってるのか、ともあれ返答を聞いて喜んでいるように見える。


 ダークエルフのサウスは見た目だけで言えば、二次元の美麗なイラストを良い点残したまま三次元化したように、とんでもないほど美人だ。色黒の肌に豊満なボディ、妖艶とも言える面構え。そんな美女に笑いかけられると少し照れてしまう。血塗れの大剣を両手で持ってなければの話だが。


「笑った顔もお綺麗で〜っとかお世辞を言っても無駄か。いいぜ。こちとらとっくに命懸けなんだ。お前も無傷で済むと思うなよ?」


「ですな。右に同じで」


 俺とアルベインが前に出る。後方の仲間達には隙を見て合図をするつもりだ。


 ただでは死なぬ。意地でも仲間達を帰す覚悟は出来てるんだ。自衛官として、誇り高き戦士としてここで墓標を建てる所存である。


 サウスは俺の覚悟を悟ったのか、ニヤけた笑い顔は無くなり引き締まった真面目な顔を見せる。


 にわかに緊張感が漂ってくる。古の剣豪達の必殺の間合いとはこのようなモノだったろう。銃という圧倒的なリーチを誇る武器を持ちながら届く距離にいる気がしない。逆に相手の剣を喉元に突きつけられてるようだ。


 僅か数秒間とはいえジリジリとした空気感に息が詰まる。ゆっくりとサウスが足を進めた時、俺は息をするのを忘れるほど緊張感が高まった。


「ひゃあぇぇぇぇッッッ!!!」


 極限にまで高まった緊張感はマヌケな叫び声に掻き消される。今の声は間違いなく鈴音ハルカの声である。戦闘に入ったら隠れて気配を消し、隙を見て逃げろというのにいきなりナニをしてくれるのか。


「うるせーぞハルカッ! 空気をよ……め?」


 文句を言おうと振り返った刹那、俺はとんでもないモノを見てしまった。


 突然のことに逃げる鈴音ハルカとその従者。完全に油断してたのか盛大にすっ転ぶルチア。呆然と立つスパーダ。意識がまだ戻らないテッドとその横でおびえるロック。


 それらの直上に、首から大量のドス黒い液体を垂れ流す龍がいた。目は虚で正気があるように見えない。解体され始めだったので鱗は所々ハゲており、傷口から真っ赤な血が出そうだが滲み出て来るのは真っ黒な液体。ドラゴンのゾンビという言葉が一番合っていそうだ。


 ゾンビ映画の終盤で既に倒したと思っていた敵が生き残った人間を再び襲いに来る。B級ホラー映画にありがちな展開だが実際に体験するとこうも絶望的だとは思いもしなかった。今度から映画レビューを書く際に趣味に合わなくとも低評価をするのはやめておこう。書く機会がこの先あれば。


「おかわりは頼んでないんだよなぁ……!」


 敵と敵に挟まれた状況で俺は静かに銃を持ち直す。最早、戦略や戦法なんて破綻した生き残りのための闘争が始まった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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