詰みの一手
グロリアス王国の特権階級である勇者の称号。これは俺が良く知る、魔王討伐の為に選ばれた若者が仲間を伴い伝説の剣を振い悪を倒し人々を助けながら世界を救う。っという勧善懲悪の王道物語。では決して無い。
発足はおよそ二十八年程前と言われ、世界を滅ぼさんとした存在がいてそれを破った剛の者を称える為の称号らしい。当時から異世界から来た人間は存在しており、彼らがその偉業に称賛しているうちにいつしか定着しそう呼ばれるようになったらしい。
勇者の条件は複数あり、本人が希望もしくは他薦される場合は王国正規兵であることや、戦場での活躍や危険な魔物の討伐など、王国式剣術やその他武術を高い練度で習熟してるなど条件が複数あるが、暗黙の了解で王国の戦士の中で最も強い存在であることが条件とされている。本人の人格も多少の選考は入るが基本的には強き者が選出して選ばれる。
ここまでがイオンとの楽しい異世界勉強で得た知識だ。今でも紅茶の香りを思い出す、とても良き時間であった。
要約すると優しい人間とか選ばれし者とか悪をくじく善なる者とか、そんな綺麗事ばかりの内容は重視されず、いかに強いか主軸に考えられている。
現に、自惚れではないがそこそこ動けて戦えると思ってた俺が、剣の勝負とはいえ一太刀も返せなかった。小手打ち一つで悶絶してしまう俺とでは剣士としての格が違う。
その強き者である王国勇者アルベインの攻撃が、全く当たらない。
袈裟斬り。上段、下段、逆袈裟、刺突、柄打ち、足払い、何をもってしても擦りもしない。相手のサウスは寸鉄一つ帯びず丸腰の状態だ。武器を持った人間を相手取り体術だけで避けている。
武道を嗜んだ人間ならば理解可能だと思うが、数ある格闘漫画作品のように素手での対武器の戦いは上手くいかず、徒手空拳では包丁一つ相手とっても難儀する。俗にいう達人クラスならば武器があっても関係ないかもしれないが。
それをサウスはいとも簡単に避ける。相手は包丁なんかの家庭的な武器ではなく人を両断しうる剣だ。しかも振るうは勇者。にも関わらずのらりくらりと涼しい顔で避け続けている。時間稼ぎでもしてるのではないかと思えるほど、先ほど鎖鎌を振り回していたときとは打って変わって戦意が無い。
だがこれは好都合だ。こちらとしては時間を掛けてくれた方が体勢を立て直せる。
「見てるのはいいけど、とりあえず鎧脱いだ方がいいんじゃない? ソレ、もう使えなさそうだよ?」
ルチアの言う通り、ひとまず先ほどの一撃で大きくひしゃげ、防具の役割を失った鎧を脱ごうとする。頼むから鎧を取った瞬間、実は心臓抉れてるとかはやめてほしい。
ルチアが鎧の横の金具をいじり、ガチリっと音を鳴らして鎧を前後に外す。
「あら? なんか無傷だよ?」
外して俺の胸を見て不思議そうな顔をする。つられてみると確かに無傷だ。汗ばんで服が湿ってるのと汗臭い以外は野営地を出てから変わってない。絶命を覚悟するほどの衝撃があったにも関わらず不思議なことに打ち身の一つしてない。
ふと、ひしゃげた鎧からナニか砂のようなモノがサラサラと落ちてきている。星の砂とかロマンチックなことはこの場で言わないが、明らかに道中でついたというよりも鎧の中に詰まっていたようだ。みるに鎧の分厚い装甲の隙間は空洞になっていてそこにみっちりと砂が入っていたようだ。
「変な鎧だね?」
「全くだな。これを作った奴はナニを考えてんのか」
不思議な砂や鎧の構造について考察したいところだが今はそれどころではない。後回しだ。
鎧を脱いで地面に置く。中身がなんであれ、分銅の一撃から俺の命を救ってくれたのは確かだ。これを用意してくれたニキータの街のドワーフに感謝しよう。
ともあれ、無傷。ならば次にすることは当然決まっている。
「アルベインの援護すっぞ。あのダークエルフさんは想像通り、いやそれ以上にヤバイようだからな!」
「うん、死んだら夢見が悪いもんね!」
会話をしてる間も戦闘は続いている。状況を静観できていたのはサウスがアルベインの攻撃を避け続け、一切反撃をしてないからだ。剣を振るう度に地面が擦れ砂煙を撒き散らすが、その砂塵すらもサウスに触れてる気配はない。
膠着してるように見えるが、いつまでも続くモノではないのは確実である。可及的速やかに打開策を考えねばならず、思考をフル回転させねばいけない。
「ング、ング、ぷハァ〜。ふぃー……マズい、もう一杯!」
「いやいや、こんな時にナニ飲んでんだよ?」
俺が必死に考えている最中、ルチアは何かをバッグから取り出し、往年のコマーシャルを思い出すほどの飲みっぷりを見せる。
「知らないの? 魔力回復薬よ。これ飲んでなかったらさっきの下級魔法も無理だったよ」
「そんな便利なモノいつのまに持ってたんだ?」
そんなご都合主義な道具があるとは。だが、よくよく考えてみれば現代社会にもエナジードリンクという魔法の回復薬があるではないか。あれはどちらかといえば命の前借りとも言えるが。
回復薬を飲みながら指先をどこかに向けている。指し示す方をみるとそこにはドラゴンの死骸の近くで伏せているザビガガと鈴音ハルカがいた。どうやらあの砂塵が巻き上がった際に身を守ることを最優先してくれていたらしい。あの鎖鎌の暴風に巻き込まれずに済んでいたことを知り、俺は大きく息を吐いて安堵する。
「ルカちゃんがくれたのよ。アオジル? みたいにマズいけど質が良いって」
「都合の良いもん持ってんな。そしたらさっきのあの守護の魔法をアルベインにかけれるか?」
言葉を聞いた途端、首を左右に大きく素早く振られた。
「無理無理っ! あの魔法って体力全快の調子良い時でも二、三回ぐらいしか使えないの! 多少魔力が回復しても、次使ったら私倒れるよ!?」
ルチアの白い首がまた左右に振れる。
どうやらあの守護の魔法はとんでもない魔力を消費するらしい。回復の薬を飲んでも追いつかないと言うことは防御は期待しない方がよさそうだ。
「そういえばあの銀狼級の奴は?」
追加戦力として土壇場で招いた男の行方を聞くが、ルチアは首を左右にまた振る。
「ダメね。取り巻きの女の子が吹き飛ばされたのを見て、狼狽えて座り込んでるわ」
目配せされた先にいたのは、頭が吹き飛んでるモノの側で膝をつくように項垂れてるスパーダと残った取り巻きがいた。斜め後ろからの男の姿を見てるが、顔を見なくとも喪失感に塗れ呆然としているのが分かる。
「仕方ないな。戦力は俺ら三人と考えるぜ」
「うん、お願いね。頼りにするから!」
コクリとルチアは頷く。春の空のように澄んだ目は闘志に塗れてる訳ではなく、俺への信頼感だけ感じる。
分銅に吹き飛ばされてから数分しか経ってないが、いくらか身体と思考は持ち直せた。反撃はここからだ。
「下級の魔法は使えるんだよな? なら魔法と俺の銃で援護だ。当たらない想定でアイツの周りに撃って行動を阻害するぞ」
サプレッションファイア。援護射撃ではなく、制圧射撃という戦法である。援護射撃とは異なり相手の移動や反撃を制限させる現代の高度な戦法だ。
敵がアルベインから離れ、距離が空いた瞬間を狙って俺は機関銃を六連射で撃ち込む。赤い光線を宙に置いていき、弾は地面へと当たり小石と砂を弾き明後日の方向へと跳弾していく。
銃声よりも速く到達した射弾にサウスはいち早く反応するが、自分とは全く違う方向に飛んだことに一瞬戸惑いを見せる。
勇者アルベインにはこの一瞬で充分である。次いでルチアの火球の魔法がサウスの横を通り過ぎ、後方へと着弾する。少量とはいえ回復した魔力で放たれたルチアの火球だ。威力は充分で後ろへ後ろへもアルベインの剣を避けていたサウスの足が爆風で止まる。
(チャンスだっ!)
同時に同じことを思ったのか、アルベインが俺達に向けて手の平を向ける。手出し無用という意味以外この場ではあり得ない。
肉薄し、仕留めるという意思表示の現れに俺は一旦引き金から指を外し照準を中断する。っと同時に戦況は動く。
剣がダークエルフの綺麗で繊細な銀髪を切り裂く。前髪がハラリと落ちていき、落ちている最中に連続で斬撃が振るわれる。
袈裟斬り、二連突き、下段薙ぎ払い。当たらないのは今までと変わらないが、サウスの避け方が段々と大きくなり、追随するように斬撃は皮膚を掠める。さらに、アルベインは空振りしながらも徐々にある場所へと追い込んでいく。
「うん。やっぱりアルベインって強いわ」
「分かる? 生理的に嫌いなんだけど、強いのよね」
アルベインの斬撃がさらに速度を増していく。速さと鋭さのある剣戟は見るモノの息を呑ませ呼吸を忘れさせる。
やがて、二人の戦闘はある場所へと到達した。
山、特にこのように岩が多く標高も高い場所に、風や雨に晒され日光が当たる。そんな場所に自然として必然的に存在する地形がある。落ちれば真っ逆様に下界へダイブする崖だ。しかも大地のイタズラが俺達を後押ししてるのか上手い具合に高く切り立った崖になっており落ちればタダでは済まなかろう。
剣が当たらず避けられるなら、避けるという選択肢を無くしてやればいい。あの崖際ならば剣を大きく避けるなんてことは出来ず、しかも相手は丸腰なので斬撃を防ぐ手段が無い。
アルベインは空振りしながらもここまでサウスという最強の敵を誘導したのだ。言うは易し成すは難し。本来の実力が高くなければ到底為し得ない戦略だ。
仕上げとばかりに、アルベインは剣速をさらに加速させる。
(あっ、決まる)
異世界と比べ無ければという前提で話すが、俺もそれなりに戦いというのは経験している。タケさんとの組み手とかでもあったが、いわゆる攻撃が[決まる]という瞬間と確信は感覚で分かる。
たった今放たれるアルベインの連続の斬撃は詰みの一手である。恐らく次の次でサウスの身体を捉えて左の肩から鎖骨にまで深々と刃を突き立てるだろう。隣のルチアも察したのか息を呑むので予想は正解の可能性大だ。
右手で放たれた薙ぎ払い。相手の足を大きく後退させ崖側に追い詰める。右下からの切り上げ。相手の上体を晒させバランスを崩す。後ろにいってしまうと足を滑らせて崖から落ちる可能性があるのでサウスは自然と上体を前の方に持っていく。
「今だっ!」
思わず声が出てしまう。助言無用とばかりにアルベイン元からそうするのが当たり前のように、剣を両手に持ち直し、全力の右袈裟斬りを振り抜く。
勝った。誰もが思うし、俺も思った。それほどに見事な斬撃であったのだ。
ただし、ダークエルフはそうは思わなかったらしい。
遠目から見てる俺にはサウスがまたも笑ってるように見えた。
次の瞬間、その場から消える。剣がサウスの居た場所を物凄い速度で通り過ぎるが何も当たらない。必殺の間合いと斬撃を避けられたアルベインが困惑した様子で剣を振り抜いたのが分かった。
サウスはどこに行ったか。観戦している俺の目にはハッキリと映っていた。
獲物を追い詰めるネコ科の猛獣のようにしなやかな身のこなしで飛び跳ね、斬撃を上に避けたのだ。奴はアルベインの素早い斬撃よりも、さらに速く身を捩らせ跳躍し、そのままアルベインが大きく振り抜いた剣の横っ腹に着地し、真っ二つに踏み折る。
「「ハァんっ!?」」
異世界とはいえ、あまりにもあり得ない動きに俺と遠くのアルベインの声が同時に上がる。
絶対に当たる、丁寧に、丹念に重ね合わせた戦略の一手がたった一つのあり得ない動きに翻されてしまった。勝機とみた絶好のチャンスを失い俺は言葉を失ってしまう。
そして、あり得ない事はそこで終わらない。
剣を踏み折ったサウスに向けて、アルベインは懐のナイフを抜き放ち攻撃せんとする。しかし、反撃は敵わなかった。
丸腰の状態のダークエルフのサウスは右手で自身の背中、右の肩甲骨の辺りをを掴むような動きを見せる。すると一瞬ナニか光ったように見え、注視していた俺の目が挟まる。
次に視線が注目した時にはすでに遅かった。銃を構える暇も無かった。
ダークエルフのサウスの右手には最初に持っていた大剣が握られており、勇者に向けて振り下ろし切っていたのだ。