最強の討伐隊
世界最強の生き物がナニであるか分からないが、どんな生態であれ生き物である以上、死の概念からは逃れられない。ただそれが他者によって死ぬるか天寿を全うするかの差だけのみある。
おそらくこの世界で、少なくとも俺がこの異世界で出会った中では最強とも言える戦闘力を誇るダークエルフのサウスであろうとも傷を負えば血を流す。死ぬことだってあるだろう。
ならばその血をどう流させるか。その果てに勝利するにはどうするか。実は最善の答えと最適解な答えの二つを既に頭の中で考えている。
「良い作戦と悪い作戦があるがどっちから聞く?」
「なんだか分かりかねますが、悪い方からでお願いしますぞ」
「味方諸共アイツを撃ち殺す。つまりお前ごとマシンガンで蜂の巣だ」
「私は別に殺すまでアルベイン嫌いじゃないけど……仕方ないわね」
「物騒な作戦ですな! ルチア殿も賛同しないでくだされ!」
冗談だぞっと笑う俺とルチア。彼女は疲労の色を隠せてないが、空元気を見せるだけの体力はまだあるようだ。
(本当はもっとも犠牲が少なく、勝率のある作戦なんだけどな)
人命度外視という前提だが、冗談九割本気一割の考えでこの非人道的な作戦がもっとも生存率の高い作戦だと思っている。上手く俺が射撃して戦っているアルベインをギリギリに避ければ誰も死なずに勝てる可能性はかなり高くなる。もちろん、一発でも被弾すれば勇者アルベインの死は近付く。
おお、勇者よ、死んでしまうとは情け無い。その時はパーティみんなGameOverだ。次に死んだらNoContinueだろう。今度はどの異世界に行けるかを賭けるのは賢くない。
(らしくねぇな)
自嘲気味に鼻で笑う。作戦を考えたはいいが、仲間を生きて返すと誓った途端にこの作戦だ。犠牲を伴う前提になっている。他の確信的な代替え案が思い浮かばない自分の頭と彼我の戦力差が憎い。
第二世界大戦末期。かの有名な特攻隊の肯定は絶対にしないが、当時の戦争の司令部の考えと追い詰められ方を鑑みるに、気持ちは分からなくもない。
「良い作戦ってなに?」
「共闘だ。残念ながら、向こうがその気みたいだからよ」
吸ってる最中の煙草をさらに勢いよく吸い込み、根元まで達するところで俺の前に包帯グルグル巻きの男が現れた。
「な、ななな、なんだアイツはぁぁ!? バケモンか!?」
急いで走り、慌てふためくあまりに足を何度かもつれさせ転びかけながら逃げてきた男。スパーダである。こちらに来ると荒れた息をそのままに、さらに声を荒くする。
「ふざけんなよアイツ! 何者なんだマジで! どんどん人が死んじまったぁあぁ!!」
取り巻きの仲間達が後に続き龍の死骸の前まで辿り着くと、彼は俺達を見るや否や指を差してまくし立てる。
「やいやいやい! テメェらもしかして奴と繋がってんじゃねぇのか? その龍の傷とかよぉ、あのデケェ剣持ってるエルフがやったヤツだろ? なら、最初に発見したテメェらが怪しいんだよぉ! 奴の仲間だろテメェッ!」
「違うっつーの! どんな思考回路してんだお前っ!」
勝手過ぎる物言いに俺はこの緊急事態にも関わらず突っ込んでしまった。
先程までは自分の手柄だと主張し、なにか不合理な事があると意見を覆し他者へ責任転嫁し、声だけは大きく主張する。まさしく自分勝手という言葉を人間に直すとこんなモノだろう。
だが、こんな奴でもいてくれた方がまだ戦力になる。今は赤目のダークエルフと戦うためには戦力が一人でも欲しい。
「おい、スパーダ。単刀直入に言うぞ。俺達と……」
「私達と共闘しません? スパーダさん?」
俺の言葉を遮ったのは鈴音ハルカであった。俺が怪訝な顔で見ると私に任せてと言わんばかりにウィンクをした。
「なんだこの小娘は? 胡散臭い奴らと共闘なんざするわけねぇだろが!」
「通りすがりの小娘二等兵ですよー。良いお話があるですよ?」
ハルカはそれだけ言うとスパーダの耳元に内緒話をするようにコソコソと小さな声で話す。最初こそは非常事態にナニをのんびりしてるんだと思ったが、ハルカが話すたびにスパーダの顔が青ざめていくのが傍目からでも分かった。
「ちっ、分かった分かった。協力してやんよ」
「してやんよ? んー、スパーダさーん?」
「……させてください」
スパーダは苦虫を噛み潰したような顔でハルカに頭を下げた。
あれほど敬語知らずに身勝手なことを喋ってた男が急にそんな殊勝な態度取ることには疑問が残る。
「ふふ、伊達に街の筆頭を兄にしてませんから。市井の噂に弱みの話、情報戦は私の能力と性格との相性がいいんですよね。揚げ足取りに言葉尻に火を点けますわー!」
「ふぅん。ネット掲示板は強そうだなお前」
「学生証晒せと言っても晒せるくらいには学力ありますしね」
何を言ったかは分からないが、どうやらスパーダの弱みをつらつらと並べたのであろう。あの男が逆上しないということはそれ程重大な内容だったのだろう。知りたい気もするが、ゴシップ集めは俺の趣味では無いし、流石に本人に聞くのもどうかと思う。
何はともあれ、頭数は揃った。旅の剣士シーマの不在テッドの負傷もあり一時はどうなるかと考えたが、銀狼級のスパーダをはじめその取り巻き数名、この戦力ならば戦えなくは無い。少なくとも屠殺される家畜のように震えて待つ必要は無くなった。
「そういえば……さっきからやたらと静かだが、奴はどうなった?」
ふと気付けば剣戟と悲鳴の声はいつの間にか止み、周囲には俺達の話し声しかしなくなっていた。
「ハジメ殿。見れば分かりますぞ。ずっと警戒してましたが、アレはなんとも言えませんな」
促された方向を見て俺は思わずヒいてしまった。驚きや怒りではなく。
冒険者達はすでに全員事切れており、生死の確認をしようとすら思わない有様になっている。胴体から吹き飛んだ兜付きの頭を椅子の代わりに座り、赤目のダークエルフはのんびりとしていた。まるで休日に公園への散歩をする老人のようにリラックスしたその手には異世界産の煙草を、いや、葉巻を吸っていた。
赤い目線をこちらに向けているが緊張感という雰囲気はなく、まるでショッピングモールで見る芸人のコントを面白半分暇つぶし半分に観ている買い物客のように穏やかだ。
奴が虐殺の手を止め、俺達の出方をずっと待っていたのは警戒してでは無い。なんとなくの気分だ。待ってれば面白いモノが見れるかもしれないし、見れなくても暇を潰せる。なんならヤジを投げればいい。この場の絶対強者である彼女はそれが許される。
そう。アレだけ一方的に殺しといておきながら、敵意も殺意も抱いていないのだ。
外を歩いててたまたま虫を踏んづけて殺したのを特に気にせず歩くのと同じように、その後の人生になんら影響は与えない。彼女にとってこの場で俺達を殺すのはその程度だ。今も暇だから、蟻が餌を運ぶのをのんびり見ている公園の暇人と変わらぬ思考だろう。
そのことに気がついた俺は、彼我の精神性の違いに心の奥底で恐怖と怯えを覚えてしまった。奴は快楽殺人者よりタチが悪い。無感情に人を殺せるバケモノだ。怯えを隠すように俺は深呼吸をし、声を大にする。
「やるぞ。一太刀報いるぐらいはやってやらねぇとな。じゃねぇと死ぬぜ」
俺の呼びかけに一同は無言で頷く。即席で作った対最強討伐隊の完成だ。