分隊を持つ覚悟
大剣が振るわれる度に血飛沫が飛び、地面を擦る度に地が爆ぜていく。一つ二つ、三つ。数える度に風に煽られた葦のように人が倒れていく。噴き出す赤い血を添えて。
赤目のダークエルフ、サウスと聞いたその名を俺は忘れもしない。魔法都市での遭遇からの戦闘は現代火器の敗北ともいえたからだ。
現代の鎧である防弾チョッキを貫き、アサルトライフルの銃弾を弾く。あの時いた仲間達総出で戦っても傷一つつけることが出来なかった相手。撃退したと言ったが、現実は相手の気まぐれで戦闘終了しただけだ。
「な、なんでアイツがいるんだよッッッ!?」
前回遭遇した魔法都市は大陸の中では北西の位置にある。今いる円の山脈は大陸の中央部を囲い現在地は南部の位置にある。国を跨ぎ、直線距離も馬で走って十数日以上使わなければ着かないほど離れているのだ。
それを偶然会っただなんて俺は信じたくない。目の前の血を血で洗う惨劇も信じたくはない。
「〜〜ッ! 戦闘準備ッ!」
「た、戦うの!?」
俺は逡巡する思考を振り払い、軽機関銃の安全装置を外す。隣のルチアが焦っているのは絶対に勝てない相手だと分かっているからであろう。
敵わない相手と知りながらも、俺は戦闘を選んだのは戦わないという選択肢が成立しないからだ。
魔法を使っているのか分からないが、奴は風のように素早く動き距離を詰め剣を振るう。さらに、魔法都市では見上げるほどの体躯であった巨神兵を縦横無尽に切り刻んでいたことから高低差も物ともしないで一瞬で移動するであろう。以上のことから山を下ろうとしても途中で追い付かれることは明白だ。
無論、現在進行で切り刻まれている他の冒険者達を見殺しにすれば逃亡可能であろうが。
「あれが赤目のダークエルフ。噂に違わず凄まじいですな……っ!」
絶句するジョンはカラカラと音を立てながら剣を抜く。
戦いを挑む上で唯一の可能性を俺は感じていた。前回のメンバーと違い、ジョン改め勇者アルベインがここにいるからだ。グロリアス王国の特権階級である勇者の称号を持つ彼ならば対等に渡り合えるかもしれないという僅かな希望があったからだ。
「勝とうとは言わんが、せめてテッドを無事に回収するまでの時間稼ぎはしてくれよ」
「ですなー。それなりの剣を持ってきて良かったですぞ」
アルベインが手に持つ剣は元の世界でいうところのカッツバルゲルという武器だろう。意味は喧嘩用だ。
「ハルカ、ザビガガさん、アンタら出来るだけ下がっててくれよ。慌てて逃げて気を引くなよ? でも隙を見つけたら逃げろよ」
「言われずとも。ですが中々難しい注文ですね」
小ぶりな短剣を左手に持ち、右手でハルカを庇いながらザビガガは少しずつ下がっていく。
「本気で戦う気です!? アイツ、ナニが目的なのか分かんないんですよ!?」
「少なくともラブアンドピースは望んでねぇな」
上段斬りとか下段斬りとか分かれば良さそうだったが無理そうだ。攻撃パターンが早めに知れれば戦いようがあったかもしれないが、そもそもの剣速が早すぎて通じはしないか。
(こいつやっぱり……)
魔法都市でノウの力が通じなかったり、ハルカの能力も効かなかったりしている。そして俺が全く言葉を聞き取れないこともあることから、俺の脳内には一つの仮説が生まれている。
だがしかし、今は余計な考察を披露する暇はない。まずはこの窮地を脱しなければならない。
俺は頭を振って仲間に声をかける。
「助けられる人間は助けるが、無理なもんは無理だ。俺は仲間を失いたくねぇ。仲間優先、命を大事にで頼む」
一同は黙って頷く。敵はいまだに悪鬼羅刹が如く蹂躙し、生者の数を減らしていく。
「ハジメ!」
「むっ、魔法か。サンキューだな」
ルチアは俺の身体に向けて守護の魔法をかけてくれた。うっすらと身体の周りに光の膜ができ、胸の前には昨日より小ぶりだが魔力の盾が出現する。アルベインにも同じ魔法をかけたところでルチアの顔面から夥しい量の汗が噴き出る。呼吸も荒くなり目も虚気味だ。
「もう無理。これ結構魔力と体力使うし、これ以上の魔法は私が倒れるから期待しないでね。二人とも死んじゃダメよ」
「おおぉぉ! ルチア殿、このアルベイン。優しさに感謝しますぞぉ!」
感極まって自らの名前を偽っていることを忘れている。ジョンことアルベイン。注意しようと思ったが止めることにした。今はそんなことをしてる場合ではないのだ。
「いくぞ。奴はまだこっちに興味なさそうだから、今のうちだ」
冒険者達の人数は残り十数人ほど。全滅は時間の問題だが、いくらか時はある。俺達はダークエルフのサウスを中心に円を描くように迂回しテッドと別れた龍の死体の元へと向かう。
「アルベイン、分かってんな?」
「分かってますぞ。未熟な身なれど修羅場は潜ってますので安心してくだされ」
もはや偽名で呼ぶのはやめて、互いの認識を確認する。
いざというときはアルベインとダークエルフのサウスを戦わせる。その隙をついて仲間達を逃す算段だ。
接近戦を挑み釘付けにし、倒すことは諦めて時間稼ぎに徹すれば追うのを諦めるぐらいの時は稼げるはず。
アルベイン自体はどう逃すかというと、離脱したのち俺が離れた位置から射撃支援をするつもりだ。足の一本でも負傷させれば逃走成功の確率は一気に跳ね上がる。銃での射撃支援ならば俺自身も離脱しやすいこともある。
急拵えだが、この作戦ならば余程の不確定事項がない限り生存の可能性がゼロになることはないだろう。出来うる限りのことをしよう。問題は現段階での生存確率はおそらく一桁であろうことだが。
悲鳴と断末魔をBGMに俺達は意外にもすんなりと目的地に着いた。
周囲には龍の解体に使うであろう様々な器具が転がっている。乱雑に散らばったそれは今起きてる惨劇から逃れようとした後だろう。周りを見渡しても近くには誰もおらず筋骨隆々な大男の姿は影も形もない。
「テッド! 生きてるか? 返事をしろ!」
返事は返ってこず、ただ後方の虐殺の音だけが聞こえる。
「まさかテッド殿……」
「ダメよアルベイン。それは言わないで」
漏らしかけた言葉をルチアが遮る。俺も頭によぎった可能性を隅に送る。
不安を胸に押し留め、周囲を探す。龍の後ろ、巣穴の天井、乱雑に置かれた荷物の影、見える範囲を出来うる限り捜索するが見つからない。仮に殺されていたとしても死体がないのは不可解だ。あの巨体はいったいどこへ行ったのだろうか。考え続ける俺は龍の頭に半ば尻を乗っけるように寄りかかる。
「……ハジメさん?」
「うぉ!?」
尻の下から声が聞こえ、俺は慌てて立ち上がる。
声がしたのは龍の口からだ。まさか生き返って喋ったのかと思い俺は慌てて銃の安全装置を外して構える。龍の目を覗くと目に光はなかった。構えて数秒経った後、俺はようやくそこかと気付き安全装置を掛け直す。
「みんな手伝ってくれ。この中だ!」
仲間を呼び、男二人で龍の口をこじ開けるとその中には。
「あぁぁ! ありがとうございます! テッドさん、みなさんがきましたよ!」
顔中を涙と鼻水と龍の涎でベチャベチャにしたロックがいた。龍の口内から引き摺り出され、次いでテッドが引き出される。二人とも衣服や皮膚がじっとりと湿り、えもいえぬ臭いに包まれていた。
「無事なのか?」
「僕は大丈夫です、テッドさんが庇ってくれて……」
「庇って? うぉ!? テッドの背中がヤベェぞ!」
言われて視線を移すとテッドの上半身、左の肩甲骨の内側から縦にばっくりと大きく裂かれた傷口が見えた。
聞くに、龍の頭の付近で作業中に突然ダークエルフが現れ周りの人間を斬り殺したらしい。凶刃が幼いロックの元へと振り下ろされんとしたところをテッドが命懸けで庇ってくれたようだ。逃げようとしたが既に周りは、喧騒と血飛沫で混沌としており逃げられず、どうしようかと迷ってる間にテッドが最後の力を振り絞り龍の口内へと隠れたとのことだ。
確かに龍の頭はとても大きく、その口内となれば成人男性が二人ほどすっぽりと入る程だ。敵もまさかそんなところに隠れてるとは思わないのでここまで事なきを得ていたのだ。
俺はすぐさま腰の弾帯に着けている水筒を出し、水で傷口を洗う。何もしないでいるよりはマシだろう。
「すぐに治癒魔法を唱えるよ!」
「待ってくださいルチアさん。私が唱えますよ」
魔法による傷の手当てをハルカが制す。あと一つでも魔法を使えばルチアは倒れるほど疲労している。このあと逃げることを考えると倒れられてしまっては困る。それを察したハルカは代わりに魔法を使おうとしてくれたのだ。
「お前、魔法使えんのかよ!?」
「へ? そりゃ当然ですよ。こんな時に何言ってんですか?」
常識でしょと言わんばかりに魔法を使う鈴音ハルカに、魔法を使えない俺は釈然としない思いで治療を手伝う。手慣れた動きで包帯を巻き終えると一息ついて頭の中で思考を張り巡らす。
(かなり不味い状況だなこりゃ)
周りを心配させないように心の中で言葉にした。
当初の予定では俺とアルベインが足止めをして後のメンバーはとにかく急いで下山して逃げることを想定していた。だが逃すにしてもルチアは動けるが消耗しており、テッドは意識が戻らず尚且つ重症。子供のロックでは逃げる時にゴブリンにでも襲われたら対処出来ない。動けそうなのはサビガガと鈴音ハルカだけだ。しかし、その二人もここまで戦ってる姿を見てないので戦力として数えるには未知数。大戦力になるはずの旅の剣士シーマはいまだに所在が分からずときたモノだ。
女子供だけで筋骨隆々な大男を庇いつつ逃げるには些か不安要素、いや、危険要素が多すぎる。まず逃げきれない。
「仕方がねぇな……」
取れる選択肢は二つ。意識不明の仲間を置いて足早に帰るか。もう一つは。
俺は自分の煙草に火をつけ、空になった箱を地面に立てて置いた。大きく吸い込み紫煙を吐き出す。
歩みが遅くなった味方を離脱させるには足の一本でも怪我をさせればなんて考えは生ぬるい。相手を戦闘不能にまだ追い込む必要がある。
つまり、現代火器よりも強い相手と戦い、勝利するしかない。
その為には決死の覚悟で戦いに臨まなけれはならないのだ。例えナニが起ころうとも。
(絶対にみんな生きて返す……ッ!)
俺は革手袋を付けて長いままの煙草の先端の火を揉み消すと、武器の安全装置を外した。