望まぬ再会
「なんだぁ? 抜け駆けしやがったな!? テメェこのクサレ野郎が!」
先頭を歩くふてぶてしい態度の男は俺達を見つけるやいなや、悪口の為に口を開く。一通り決まり文句のように罵詈雑言で罵ると、龍に気付いたのかハッとして動きが止まる。
「な、死んでる!? て、テメェがやったのか?」
「俺の必殺技、エメラルドフロウジョンでな」
「また分からないこと言ってる……何それ?」
「失敬な。最高のプロレスラーの技だぞ?」
元の世界との話題に対して、お決まりとなりつつある俺とルチアのやり取り。だがそれもすでに耳に入ってないのか、スパーダはろくに返事をせず黙り、そのまま龍のそばに行く。彼の取り巻きと居残り組だった冒険者達も続く。
近くまで来て、首元の傷を見ると不敵に笑った。
「ガッハッハ! 手応えあったと思ったんだ! 龍野郎、死にやがった! 俺の力でな!」
「えーッ!?」
途端にどよめきが走る。俺達は戸惑いを彼等は歓喜の声を。阿呆だ馬鹿だと俺が言おうとしても触発された取り巻きの声も相待って掻き消される。
「見ろ! この首の傷、俺がつけた傷だ! あの時のだ! 致命傷だったんだな!」
お前が付けたのは腹と額で軽傷だ。
「しかし……ここまで深く斬れたとはな。よく分からんが才能の覚醒ってやつか?」
そのよく分からん傷の謎を調べたいんだ。
(こいつ、手柄を独り占めにしようとしてるのか?)
否。現在進行形でしてる最中だ。
「スパーダ様流石です!」「素晴らしきワザマエ!」「龍なんてスパーダ様の前では雑魚です雑魚っ!」
取り巻きのみならず残っていた冒険者達ですらスパーダを称賛している。どうやらここに来るまでの間に結束したらしい。
仮にも銀狼級という、冒険者としては中堅の実力者。大抵の人間が銅牛という最低限の身分証明書程度の意味の等級だと考えれば、冒険者として結果を出し、さらに龍に一撃を与えた男は羨望の目が向けられるのは分からなくもない。
騒いでる声の荒波から俺はソッと離れ仲間達の所へ行く。
「どうする? もうこの山でやる事はないが……」
目的の龍はすでに退治されている。これで本来の目的の銃火器の有用性を証明することができなくなってしまったがそれは詮無きことだ。
「下山でしょうか。まぁ、ジネス様には私からも良く言っておきますよ。今回ばかりは仕方がありません」
気落ちはなく、むしろ龍と戦わなくてよいことへの安堵からなのか、慰めの言葉を言うザビガガの顔は朝日と同じくらい明るい。
「う〜ん、撃ってるの見てないから不完全燃焼ぅ」
ミリオタJKは不服のようだ。朝食用に適当な獲物でも撃ってやろうか。
「俺は龍の解体にでも行こうか」
テッドが背負っていた大荷物を下ろし、中から大きなハンマーと平たくした杭みたいなモノを取り出す。
「スパーダって野郎が許すかね?」
「許すも何も、奴らでは龍を解体できん。恐らく今回参加の人間で経験があるのは俺だけだろう」
意外な人生経験を積んでいる。てっきり鍛冶屋一筋なのかと思いきやそんな副業までできるとは。やはり今は副業の時代か。サバゲー教官でもやってみるか。
「お前も来るか?」
「いや、解体とかニジマスのはらわた抜きぐらいしかやったことないし」
魚ならまだしもこれだけ大きい生物の臓腑を抜いたりするのは抵抗がある。
「そうか、残念だな。龍の体内で生成されるという魔結晶はとても綺麗で装飾品として人気があるのだがな。特に女性に」
最後の一言に含みがある。さてはウェスタから今回の俺の旅の目的を聞いていたのか。食えないやつがいたもんだ。隠し事ができない無骨な職人に慣れないことをやらせるとは。
「オーケーオーケー、トレジャーハントと行こうか。宝箱は一発殴ってから開けるんだぞ?」
「なんだそれは?」
とにもかくにも、俺とテッドは龍の解体を手伝うことにした。最初こそスパーダはふざけるなと高圧的だったが、解体の手順を教えることや取り巻きの説得もあり渋々と言った感じで了承してくれた。
「ハジメさん。またご一緒できますね!」
大荷物の中から解体に使えそうな得物を物色していると元気な声をかけられた。見るとそこには嬉しそうな顔でトコトコと歩いて来る少年がいた。
「ロックか。頂上まで子供を連れてくるとはあの野郎は鬼畜だな」
「いえいえ違います! 自ら志願したんですよ。ほらっ、卵を!」
どうやら昨夜話した卵の件を本気で考えたらしい。子供とはいえ、自分の意思で危険に臨んだのならば無理強いして返すのも違う気がする。っとはいえどもだ。
「そうか。でも危ないと思ったらすぐ言えよ。お前のご主人はカスだからな」
苦笑いで返すロックの肩をポンポンっと叩き。俺は解体の指揮を取るテッドの元へ向かう。
「卵があったら知らせてくれよ」
「卵? あぁ、いいぞ。ここは巣だからあるかもな。それよりもだな……」
テッドは周りをキョロキョロと見渡してナニかを探している。
「どうした?」
「いや、シーマ殿がいないんだ。解体の時に獲物を冷やすと腐敗を防げるのだが、あれほどの氷魔法ならば全部をカチカチに凍らせることができるから手伝ってもらおうとな」
「ほう、なるほどな。そんじゃ俺が探して来るよ。ルチア達にも頼んでみる」
昔の人は熊の解体の際に川へ持っていくと言うのは聞いたことがある。それは龍も同じなのだろう。熊よりも貴重であろう分、腐らせるのは勿体無い。早く冷凍係を見つけねば。
周りを探していると龍から少し離れた位置にルチア達が何やら話し込んでいるのが見えた。気軽に話しかけようと手を挙げたが、何やら訝しげな雰囲気を感じ俺は口を閉じほんの少しの緊張感を持つ。
「どうしたんだ? 何やら不穏な感じがするけど」
「あぁハジメ殿、それがですな」
ゴニョゴニョと耳打ちするような形で口を近づけてジョンはよく分からないことを言う。
「食った跡がある?」
「私じゃないからね」
「わかってるっての」
曰く、ジョンとシーマの二人で龍の生死を確認した際、首を斬られた痕跡ともう一つ、尻尾にナニかが齧り付いた跡があったらしい。さらに言うと龍の足の指が抉り取られたようになかったという。
「なんだ? そしたらこの山には龍を捕食するようなヤツがいるってことか?」
「分かりませんが、食う食わないにせよ。自分が狩った獲物を横取りするモノを許します?」
許さん。スパーダが龍を自分の手柄にした時とは俺達も良い感情は抱かなかったし、スパーダの方も自分が狩ったと思っているから俺達をよく思わなかった。
野生の熊は執念深いと書く漫画は元の世界でも多い。知能の高い生物は人間と同じように執念深い生き物でもあるのかもしれない。
ならば、龍はどうだ。
「そういや、シーマを見てないか? テッドが探してるんだが?」
「シーマちゃん? んー、私は見てないよ。ハルカちゃんは見てる?」
「見てませんよ? そういえば、いつのまにか見ませんねー」
揃って首を傾ける。いきなり行方不明なシーマはどこに行ったのだろうか。単なるトイレならばよいのだが。
「あら? 何やら向こうが騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」
ザビガガの言葉に釣られて向こう側を見ると何やら騒いでいるのが聞こえてくる。
「……やけに騒がしくないか?」
その騒ぎの声は、宝物を見つけたとか、美味しいモノを食べたとか、そういう騒ぎではない。例えるなら悲痛な事故現場に居合わせたときの声と言おうか。とにかく負の感情が大いに混じった声な気がする。
なにやら不穏な気配を感じ、俺の脳内緊急アラートは大音量を告げる。
「なんかヤバイことが起きてる!? 急ぐぞみんな!」
俺は仲間達に声を掛け、急いで走る。
騒ぎの元までの距離は四十メートルも無い。ほんの数秒、全力疾走したら着く距離だ。だが、その数秒の間に情報量が凄まじく流れて来る。
悲鳴。怒号。絶望。砂煙。血飛沫。そして今まさにナニかが俺の顔面目掛けて飛んきて、慌てて俺はそれを受け止める。
「うぉ!?」
飛んできたのは人間の手であった。手首のところから千切り飛ばされたような断面に滴る血。俺はすんでのところで悲鳴を噛み殺す。
そして視線を真っ直ぐに向けた先、俺は噛み殺した歯をガチガチと恐怖で揺らしてしまった。
知った顔であった。できれば会いたく無かった。かつて圧倒的な力の差を見せつけ、俺達を叩きのめした相手。絶対に敵わない相手がいると精神に刻み込まれたモノ。
赤目のダークエルフが血濡れの大剣を片手に立っていた。




