無策の
「作戦会議だ。議題はバカでもヤれる龍退治で」
小屋の中の者たちは全員俺の声に耳を傾ける。時刻は日暮れ。夜の闇が刻々と近づいている中、俺達は野営地に戻って焚き火を囲みながら作戦会議を行っていた。
この場に負傷者や龍退治を諦めた者達はいない。重症を負った者達は建物の中で治療を受け、明日の朝にリタイア組として下山をする。その人数は大多数、ルビノノもとい鈴音ハルカの雇われ護衛も下山組となる。はした金で質の悪い傭兵でも雇ってしまったのだろうか。
「質問があるよー!」
「ルチア上等兵! 質問は挙手してから!」
すぐさまルチアは手を上げる。
「良い心がけだ。質問は最後に聞く!」
「質問はね、とりあえずご飯食べながら聞いていいってやつなんだけど?」
お互いが互いの意見を無視した状態で作戦会議は始まった。
「まずは参加する人員からだな」
締まりのない雰囲気の中、俺は保存食である硬めに焼いたパンに齧り付き、塩味が効きいた歯応え抜群の固形物に悪戦苦闘する。
「ほぼ参加しないと思った方がいいですぞ? 冒険者組は数組を除いて下山が決定。命知らずが少しいて、その中には……」
そっと目線を向けた先には治療を受けながらも恨み言をブツブツと呟く男、銀狼級の男とその取り巻きがいる。顔に張り付いた火傷の傷痕と擦れた痕跡の生々しさが痛々しい。
「クソッタレがァ! あのドラゴン野郎……切り刻んでやるッ!!」
呻きが混じった怒鳴り声が室内に響く。治療で巻かれた包帯の隙間から、憤怒の色の目が爛々と光る。
「わー、近づかない方がいいよね?」
くわばらくわばら。無理もない。あれだけ女性をはべらせていたスケコマシにとって顔の傷は致命的だ。比較的整っていた顔を焼かれては外見勝負とはいかない。中身で補えるかと言えば性格がクズなので期待できない。女好きには死活問題と言える。
「触らぬ神になんとやらだな。意味はアホに関わるなだ」
「それを帝国風に言うと、ニア様のうなじを殴りつけると言うんですよ。バカは神をも怒らせるって意味です」
「意味違くないか? それとニアって誰だよ。殴られりゃ誰でも怒るだろ」
確かにね。っと笑う帝国の諺を披露したシーマへこちらも笑いで返し、俺は思考を深める。
考え事は現時点での龍の殺し方だ。手持ちの武装と人員でどう戦えば良いか。これが現代戦なら軽迫小隊に火力支援の無線を入れ、座標を送れば火砲支援の下で戦力的にかなりの優位にたてる。なんなら重迫部隊や野特にお願いすれば俺たちは何もしなくても良いぐらいだ。砲兵火力の前では龍も蛇も一緒くたに潰れた爬虫類になる。
しかし、ここにあるのは剣に槍、弓、魔法、そして対人用の銃だ。レミントン社の狙撃銃や五十口径のキャリバーがあれば話はまるっきり違うが、無いものをねだっても仕方がない。
「接近戦を挑むにはあの炎を掻い潜らなければなりませんな。耐火、耐熱の付与魔法を誰か使えれば話は早かったのですが……」
「私の魔法は氷ですから溶かされちゃいます。最大火力に真っ向から防御しようとしたら塩梅良くないですね。攻撃の方は……龍って魔力の塊みたいなものだから相性悪い魔法だと効きが悪いんですよねー」
夜風が焚き火の火をなびかせ一層赤を強くする。アルベインことジョン、そしてシーマ。先の戦いにおいてもそうだが、この二人が現状の最大戦力ともいえる。その二人でも焚き火の前で頭を抱えていた。
龍はなぜ強いのか。堅固な鱗、強靭な肉体。潤沢な魔力。何よりも厄介なのは火を吹いて人間を焼けたカカシに変え、盾の防御など問答無用に燃やし尽くしてしまう。戦車はなぜ強いのか。堅牢な装甲。荒地も走れる走破性。対人、対装甲能力が高い武器種。厄介なのは機銃の掃射で歩兵を倒れた葦のように撫で倒し、建物の中に隠れようと問答無用に徹甲弾の砲撃で破壊してしまう。
龍と戦車。異世界と現代という違いはあるが戦いにおける絶対者なのは共通している。
「有効打がないな。そのクロスボウって撃った瞬間に矢が百個に分裂して突き刺さるとかそんな機能ないの?」
「矢を作る職人の仕事が成立してるのは、そんな魔法ががないからだ。ちなみに俺は鍛冶屋だから剣も槍も、斧だろうと分裂しないぞ」
魔法があるとはいえ都合よくできてる訳ではない。無理なものは無理なのである。どうにもいい案が出ず、軟弱な思考の頭を掻きむしる。
「ルカ様。私達も早く下山しましょう。ここにいては危険です」
「嫌、銃を撃つとこ見てみたい。撃ってるの見えなかったもん」
「ルカ様っ! 命あっての趣味ですよ!」
頭を抱える俺を他所に従者と主人はそんな会話をしている。生き死にの場面で娯楽を優先するとは肝が座っているのか、考え無しなのかは分からないが、必死になって考えている俺が馬鹿らしくなってくるのは確かだ。
「そういえばさ、ハジメはあの筒とか使えないの? ほら、魔法都市で見た花火の筒みたいなの? ドカーンって出たやつ」
硬めのパンを食べ終え、手についたパンのカスを火に向けて雑に払ったルチアがそんなことを言う。
「花火の筒? あぁ、LAMのことか? いや、こっちのことか」
俺はのそりと立つと、自分たちの荷物の場所に歩いていきその中から太い棒状のモノを包んでる布を外す。
「ファーーっ!? ムハンドーホウゥーーッッッ!!! カァールゥグスタァァフゥ!!」
布を剥がした瞬間のルカのうるさい声に耳を塞ぎ、取り出したモノは84式無反動砲。テッドがこの商業都市への旅路に勝手に持ってきたモノだ。
歩兵携行火器ながらも戦車に対する攻撃能力を持つ一品である。LAMは基本的に撃ってしまえばそれまでで撃ち殻は捨てていくタイプ、いわゆる使い捨ての対戦車火器だ。その一方で84式無反動砲は弾さえあれば込め直して何発も撃つことができる。照明弾に徹甲弾など他の種類の弾を撃てる汎用性の高い武器である。形式は古いが、米国のM1911ハンドガンのように古くても実用性と実戦性が高ければ第一線を張れるのだ。
だがしかし、難点もある。個人的な難点もだ。
「俺これ、撃ったことないんだよな」
「うったことない? なんで?」
「対戦車火器だからな」
無論、なんでもやるのが自衛官である。構え方、安全装置、安全管理、距離の規正、整備に弾丸のこめ方まで一通り熟知している。撃てといえば構えて撃てる。
しかしながら、構えて撃てるだけなのだ。実弾射撃をしてないので実際に上手く当てられるか分からない。どのように弾着するか分からないのだ。明後日のその先の方向に行かれても困る。
これには理由がある。俺の本来の階級は陸士長。下から数えた方が早い階級。そして職務は小銃手。ときたま通信手を兼ねるぐらいだ。
携行型対戦車火器とは陸戦において最強格である戦車を歩兵が倒せる唯一の可能性を持った武器。それをまさか対戦車兵でもない下っ端の陸士長が、限りある自衛隊の金銭台所事情の中で撃てる訳がない。いくら小銃の射撃が上手くても予算と階級がそれを許さない。自衛隊は階級社会であるのだ。
「あと、後方爆風があるからな」
「こーほーばくふー? なにそれ?」
「これ、後ろにも爆風で攻撃できる火器なんだよ」
皮肉を込めて言う。いわゆる無反動砲の仕組みをざっくりと説明すると、射撃をした際の火薬の燃焼、衝撃、爆風などを射撃の際に筒の反対側から放出する仕組みだ。このおかげで大きな見た目と威力の割に射手の身体に受ける衝撃は比較的軽微にて済む。一方で丸い筒状の後ろ側から放出された爆風は対戦車火器の名に相応しい余韻を後方に残す。どこまで届くかは伏せておくが、至近距離にいたならば吹き飛ぶなんて生優しい表現では済まないとだけ言っておく。
過去にこの無反動砲の射撃を生で観た無知なお偉いさんがこの武器は後ろにも攻撃できて素晴らしいと宣ったほどだ。
「だから、見上げるような相手や空飛ぶような奴には使えないんだよ」
「なんで?」
「真上に向けて撃ったら俺と味方が爆風で死ぬ」
「お前らの世界はとんでもない武器を作るんだな。アホなのか?」
俺とルチアの一問一答を黙って聞いてたテッドが冷静にツッコむ。近代の武器を顧みれば何故そうしたしとしかいえない武器も多い。あからさまに腿に委託して射撃出来そうな軽迫撃砲や、槍に対戦車地雷をつけたような武器など、そのようなものは調べればいくらでも出てくる。そう考えれば後方爆風の出る火器など可愛いものだ。
「アホでもバカでも、当たりゃ一発逆転よ」
対龍戦においての問題をまとめると、有効な攻撃方法が少なく防御主体のジリ貧戦法になること。一発逆転を狙える対戦車砲は射手の練度に不安があり、あまりにも遠距離からでは弾は届いても当てられない。出来るだけ広く後ろに何も障害物が無い場所が良い。
状況も大事だ。あの巨躯のこと、的確に致命傷を与えるためには頭か首か心臓付近が良い。あまりにも近づきすぎてしまうと射角が取れない。足に当てたところで致命者には至らないだろう。かといって周りに仲間がいると爆風で吹き飛んでしまう。
あれこれ考えると結論が全く浮かばない。
「なぁ、ロック。考えはないか? 気付いたことでもいい」
「えっ!? ぼ、僕ですか?」
知恵なら猫の知恵でも借りたい俺は、主人のスパーダから少しでも隠れようとテッドの陰に隠れていた子供に話しかける。戸惑いつつも彼は思い悩んだ言葉を恥ずかしそうに口にする。
「りゅ、龍の卵でオムレツを作ったら何人前できるか考えてました……」
「いい案ね。龍の卵ケーキとか食べてみたい」
「食い意地張りすぎだろ!」
子供らしい可愛い考えを言ったロックと間髪入れず返したルチアの食い意地に俺たちは笑ってしまった。
「はっはっは! ハジメっちの仲間はみんな面白いねぇ! しかも本心で望んでるのがまた面白いわ!」
「ルカ様!」
ゲラゲラと笑うミリタリ好きお嬢様を嗜める獣人の従者。やはり絵になると思うのは胸の内にだけ留めておこう。
「二人共、どうするんだ? 降りるのも戦いに行くのも止めはしないが」
厳密にいえば言っても聞かないだろうからなのだが。
「行くっしょ! 近代火器で龍退治なんて滅多に観れないし!」
「もう……子供の頃から言うこと聞いてくれないんだから……!」
案の定聞いてくれず、獣耳をすっかりと畳んでしょげてしまった。心中お察しする。偉い奴ほど言うことをきかないのは世の常である。
「山の夜道は危ないとはいえ、夜間は龍の活動が鈍るので今しかないのですが……」
「おい待て、今なんて言った?」
聞き流してはならない、とても大事な事を言った気がする。
「え? ええっと……この山の龍は夜間に動かないと伝えられているのです。龍は月を食べないって言葉があるくらいですから」
「なるほど。龍は月を食べないね……」
言い伝え云々は知らないが、今の言葉を反芻する。そして考えをまとめ始める。実りのある会話をしたとは言えないが、それでも龍退治のヒントは得られた筈。頭の中をフル回転させ俺はうんうんと唸る。
「……なるほど。なるほどね」
そして、光明が見えた。
「整ったわ。バカっぽい作戦だが、ありなんじゃないかなと思う」