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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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龍の魔法と人の魔法

 最も強い生物。


 子供の頃に誰しもが一度は考えたことはあろう話題。男の子は無論、女の子でも考えるだろう。

 百獣の王ライオン。巨大なゾウ。海の中ならサメも出てくる。捻くれた考えのモノはニンゲンを挙げる奴もいる。大空を舞うタカや毒を持つヘビ、特殊な能力を持つムシを挙げるモノも少なからずいるだろう。


 それらに足して空想上の生物を含めたらどうだろうか。

 ゴブリン、コボルト、スライム。どちらかといえばこれらは弱い代名詞で出てくるのが多い。

 では、空想上で強いのはなんだ。少なくともこの名前を持つ生物は必ず挙げられる。


「ドラゴンだぁぁ!!!」


 誰かが叫ぶか、俺とルチアはとにかくその場から急いで走って逃げる。なりふり構わず飛び込むように近くの小さな凹地へと頭から滑り込むと後ろから衝撃波が飛んでくる。


「きゃあ!?」


 小さな悲鳴を出した俺達の頭上に小さな小石の飛礫が飛んでくる。あと数秒遅ければ後頭部に命中していたと思うとゾッとする。


「これがリュ……」


「アンギャァァァァァッッッ!!!」


 言葉の半分を龍の咆哮が掻き消す。あまりにも強烈な音の波動に俺は咄嗟に耳を押さえることしかできない。


「戦車砲よりウッセェっ!」


 自らが知る音圧の最高峰を出してもまだ足りぬ。以前間近で見たことがある90式戦車の砲撃音、砂利が舞い耳をつんざく陸戦の頂点である戦車のソレよりも強く俺の身体を音が打ち付ける。


(ヤバい、やばい、ヤバヤバだぞ!?)


 強張る身体だが眼球だけはなんとか龍の身体を捉える。幸か不幸か、龍は今しが叩き潰したモノ(・・)に齧り付き俺達のことは気にもしていない。不幸なのはそれをモザイクなど気の利いた補正がない状態でモロに見てしまったことだ。


 咄嗟に出かける胃の内容物をすぐに飲み込み、口の中の酸っぱさで俺は頭を無理矢理働かせる。まず選ぶべき二択を取るために。すなわち逃げるか戦うかだ。これは熟考した上でさらに即決しなければならないという難易度の高い問い。一瞬の判断ミスが生死を分ける。


「逃げようハジメ!」


「いや、戦うぞ」


 即答で答えたのがあまりにも意外だったのかルチアはキョトンとしている。それとも戦うと答えたのが予想外だったのかとにかく目をまん丸にして驚いている。


「無理でしょ! 無理無理! アレ見て、無理無理無理なの! 分かってるの!?」


 首を高速で左右に振るのを見納めてから俺はゆっくりと口を開く。


「制空権が取られてるから逃げるのは無理だ。堅牢な防御壁でもありゃ身を隠せるがここにゃ木すらねぇ。頭から食われてお終いだ」


 俺は緊張する自分を落ち着けるためにあえてゆっくりと話す。


「逃げ場といえばゴブリン達の巣穴ぐらいだ。でもそれも無理」


 冒険者達の幾人かが、龍から逃れようとゴブリンの巣穴へと押し寄せるが、入口付近でやたら体格の良いホブゴブリンに槍で串刺しにされてるのが見える。他にも鎧を身につけたゴブリンなどに哀れな冒険者達は斬られていく。先程まで外で右往左往していたゴブリン達とは明らかに強さが違う。

 それもそうである。あの中にはいるのは生き残させる優秀なモノ達。つまり装備も強さも餌として出されたゴブリン達とは段違いなのである。それを恐慌状態に陥った人間が楽に勝てるほど甘くない。地の利も備えも向こうに軍配が上がる。


「じゃあどうするの? 戦うの!? 空へ飛ばれたら私の魔法でも届かないよ?」


「心配すんな。飛び道具なら自衛官に任せとけ!」


 背負っていた軽機関銃MINIMIを両手に持つと慣れた手つきで槓桿を引き、薬室に弾丸を装填する。この銃ならばたとえ上空へ移動されようとも余裕で届く。鋼の矢尻の十字弓にも劣らない威力に圧倒的な連射性能。負ける要素は限りなく低い。


 その前に俺がやられなければの話だが。


(あの鱗。小銃弾の火力と口径だと貫通しねぇな。垂直に当てれば腹は破れるか?)


 冷静に戦力を分析していく。赤い龍、呼称としてはレッドドラゴンとでも呼ぼうか。ルチアには任せろと言ったが正直かなりの無理難題だ。


 恐慌状態に陥り逃げ惑う冒険者達だが、そのうちの幾らかは反撃に移っている。弓や投げ槍、魔法など遠距離攻撃を中心に戦っているがことごとく堅牢な鱗の前に弾き返され続けている。隙を突いて足元にまで肉薄し剣を振り下ろすモノもいたが呆気なく弾かれ、逆に爪の一撃で腰から下を地面と同化させていた。


「いける」


 惨状を見てなお俺は確信めいた言葉をこぼす。


 龍は強者であるが故に俺達を餌としか見ておらず、敵としては戦っていない。食卓に並ぶ茹でられたソーセージと焼き目の付いたパンを相手に血眼になって戦う人間はいないのと同じだ。


 つまり、敵とすら思わぬということは効果的な反撃をされるとも思っていないということだ。


「ルチア、心細いから俺の側を離れないでくれよ」


「さっきから私の手をずっと握ってるから離れられないよ?」


 無意識のうちにやっていたことに俺は苦笑してしまう。そして決心してルチアへ声をかける。


「あの喉仏撃ち破ってやるからよ。ソプラノの歌わせてやるぜ」


 狙うは一点、堅牢な鱗でも無く、丹念に重ねあつらえた革鎧のような腹膜でも無く、呼吸の度に膨らむ柔らかそうな喉笛だ。あそこならば小口径の弾でも貫通出来るかもしれない。


 今ならば好機。奴は抵抗する冒険者達に気を取られ俺の方を意識していない。


 難点は命中精度に難のある軽機関銃で撃つことだが、それは持ち前の射撃センスと弾丸を多量に射撃しカバーする。生きるか死ぬかの場面に弾数が気になるとか考えることはできない。


 そして俺は深く考えるよりも先に引き金を引いた。


 音が鳴り、金属の円筒の先から金色の弾頭が炎と煙を纏い撃ち放たれ飛んでいく。


 空を斬り裂き、無を穿ち、音を置き去りにして一直線に目標への道を貫き開いていく。遅れて五発ほどが同じ道を描き、曳光弾の軌跡が飛龍の喉笛へと迫ってゆく。


(よしっ!)


 俺はシンプルにそれだけを心の中で呟いた。百パーセント当たると確信できる最高の手応え。元の世界にいた頃、射撃検定特級を初めて取ったときの感覚に似た必中の手応えである。


「邪魔だぁ! 黒穿(こくせん)!!」


 突如、黒い塊が飛龍の目の前に出現する。急速に細い円錐状に変化したそれは西洋剣のレイピアのような切先を飛龍の額へと狙いすまし一直線に衝突する。その衝撃に飛龍は大きくよろけ顔をよじらせた。


 結果、俺が放った弾丸は何かに当たるということも無く、明後日の方向の空へと飛んでいく。


「んがあ!? 誰だ余計なことをしたのわ!」


 憤りを隠せず吠える。当の龍は頭をブルリと大きく振ると何事もなかったかのように蹂躙を再開する。

 あの黒い魔法の剣みたいなものがなければ確実に飛龍の喉は俺の弾丸により破かれていた。それだけで勝利するとはいえないが、確実なダメージを与えることは確かだった。少なくとも、見るからに堅牢な頭を狙うという悪手を行った魔法と比べれば。


「だっはっはっ! 見たか、このスパーダ様の斬魔法の威力はよぉ!」


「さすがです! スパーダ様ァ!」


 この緊急事態にも関わらず、女を横にはべらず男。


 銀狼のスパーダ。その人である。


「もういっちょ喰らえや! 斬波(ざんぱ)ァ!」


 今度は黒い塊が地面に対し平行に滲み出すように広がり、そのまま飛龍の足元へと向かう。勢いよく進みながら黒い塊は形を変え、俺の身長ほどのまるでサメの歯のような形状の三角の刃。それを複数形成すると金属音を立てつつ飛龍の腹部へと激突する。


「アガァァァァ!?」


 先程とは異なり明らかに効いている。黒刃に紛れた真紅の血が龍の皮膚を切り裂いたことを証明している。この魔法の威力ならばあの尊大な態度をとっているのも頷ける。


「グルル……」


 恨めしそうに唸り声を上げる。龍は思わぬ攻撃をくらい、地上戦は分が悪いと感じたのか翼を大きく広げ空へと羽ばたく。っと同時に大きく口を開けた。とても嫌な威圧感が場を支配する。


「ッ! アレは不味いよぉ!」


「まさかブレスか? 炎を吐くのか!?」


「ブレスよりもっとダメなのくるよ!」


 ルチアの焦り方が尋常ではない。危うく転びそうになりながらも俺の手を引き出来るだけ飛龍から離れようとする。ふと、周りをチラリと見ると他の冒険者達も攻撃の手を止めて慌てて逃げている。


「魔法! 龍族言語の魔法! 龍の魔法は危な過ぎるの!」


「おいおい、なんだよそりゃ? よくわかんねぇけど、アイツこっち向いてるぞ!」


 言う間に龍の周りには俺の背丈よりも大きい魔法陣が大量に出現する。その向かう先は己の腹を切り裂いた銀狼のスパーダに向けられ、そのついでに延長線上にいる俺にも向けられている。


「もう無理! ハジメ、ダメでも怒んないでよ!?」


 ルチアは走るのを止めると俺の前に立ち、剣を鞘に納めると両手に魔力を込め、その手で空中に魔法陣を描く。


「光天! 結集! 光よ我と在れ! 守り賜え! 光芒の揺蕩う羽衣を! 今! この手に具現せん!」


 ルチアの詠唱と同時に飛龍の周りに浮かぶ魔法陣に変化が見られる。

 それぞれの魔法陣の真ん中から炎の塊が現れ、それらは槍のように尖り今まさに放たれる前の弓矢のように力を蓄え射出されんとしていた。


「陽神よ! あまねく災禍から光を守わん! 陽歌姫の加護(ニナの盾)!!」


 詠唱が終わると同時に龍の周り浮かぶ魔法陣から炎の槍がついに放たれる。放たれた炎槍は四方八方に飛び交うと周囲の地面や岩壁、そして人を炎の爆発に包み込んでいく。まるで、昔観た空爆の映像を見るように、当事者なのに傍観者の気分にさせられてしまう。それほどの絶望感であった。一瞬の悲鳴も自分のなのか誰かの悲鳴なのかも分からず、爆発音にかき消されていく。


『……マモリマスヨ。ワタシガ……』


 誰かの声がした気がする。俺とルチアを包み込むように光の膜が現れる。その膜はやがて人の形を型取り、顔の無い女性の姿を作り出す。顔がないにも関わらず、笑いかけるように歌っている。俺にはそう思ってしまった。


 光の盾が俺達の周りに現れると、それに向けてトドメとばかりに口の破壊の炎の息吹が吐き出された。今まで感じたことのない熱量と爆発音に俺の視界と聴覚は完全に塞がれ、辺りは赤い閃光のみとなった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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