悪手
「何してんだテメェ!?」
吠えるが早いか、駆けるが早いか。俺は猛然と前方へ疾走する。向かう先は前方約五十の位置。ロックが受け身も取れず地面に転がり、その周りを囲むゴブリンの位置だ。
不意に現れた来訪者にゴブリン達は大いに驚く。っが、植生乏しい山々において、中々お目にかかれない無抵抗の蛋白質を見つけたことに興奮の声を喧しいほどに上げている。
今まさにゴブリンの一匹が刃先の欠けた刺身包丁のような短剣を手に取り、我慢できないとばかりに駆け寄ってきていた。
「うぅ、うぅ……ん……」
地面に転がったままのロックはうめき声を一つ出すだけで起きあがろうとしない。結構な速度で投げつけられたのでそれは仕方のないことだが。
(どうするどうする!? どうするんだ俺は!)
日頃の鍛錬の成果か、俺にとって武装した状態での全力疾走は大して苦にならない。真っ直ぐに最短距離で駆け寄っていく。しかし、身体とは裏腹に頭の中は思考が混迷していく。
(どれで戦う!?)
選択肢が少なければどれほど良かったか。使える手札が多い分、俺の頭は混乱と言ってもいいほど回転していた。
其の一、機関銃を取り出しつかう。
本来の目的である龍退治の為に温存する話だったが、目の前で見も知ってもいる人間が食い殺されるのを目の当たりにしてまで温存するのは絶対に違う。
しかし、これはよろしくない。なぜならこれが小銃ではなく機関銃だからだ。小銃とは狙い撃つものだが、機関銃とは弾をばら撒くものだ。射撃精度は雲泥の差、点と面の異なる用途。いくら俺の腕がよくても、ここで撃てば間違いなくロックごと撃ち殺してしまう。
其の二。武器を振り回す。
俺の持っている戦鎚は叩きつければ骨を、振り回せば肉を砕く。骨まで使ったミンチ肉を作り上げるのは容易い。ゴブリンだろうと人間だろうと等しく肉団子にできる。
だが、これもよろしくない。なぜならこれが使い慣れた武器ではないからだ。槌とは叩きつけるもの。詳しく言えば動かぬモノを打ち込むモノだ。硬過ぎるモノを砕く為の雑な武器なのである。多くは堅牢な壁や門扉、龍の尊大な横っ面を叩く為に用意される。
威力は充分だが、剣などと比べると細かな調整が全く効かない。俺の戦鎚の練度では肉薄するゴブリンとロックを諸共叩き殺してしまう可能性がある。
其の三。銃剣をつかう。
却下だ。一匹殺すなら事足りるかもしれないが獲物が小さ過ぎる。この場に必要なのは銃で言うところの貫通力や殺傷力よりもストッピングパワー。まずは敵をロックに近付かせず止める力だ。
(あぁもう! こうなりゃヤケだ!)
其の四、其の五と考えたが、加速がついた俺の身体はそのどれもを選ばないことに決めた。
その他の選択肢。それは。
「おんどりゃぁあああ!!」
全身全霊の捨て身のタックル。それはまさしく昔テレビで観たラガーマンの低空で強力な、相手を問答無用でテイクダウンさせる力強き突撃であった。屈強とは言えども小柄で自分より体重も軽いゴブリンは俺のタックルをまともに受け彼方へと転がり地面に熱烈なキスをする。
この選択肢は最善かと問われれば悪手である。威力は充分だが殺傷能力が高いモノではない。せいぜい無力化できるのも一体だけだ。そして自分はというと両手も塞がり視野も狭くなる。
だが、この悪手が功を奏す。
敵の突然の咆哮に吹き飛ぶ仲間。ゴブリン達の視線は吹き飛んだ仲間に向き、次いでそれをしでかした俺へと向かう。
当然だ、いきなりそんなことが起きれば視線は当然そちらに動く。人間でも同じ行動をとり、同じ選択をとる。
即ち。
「ガガラァ!!」
突き飛ばされ傷ついた同胞。その原因へと、注意は完全に俺へと向く。つまり、こいつらの標的は完全に俺へと移ったのだ。
「ローック! 逃げろ、俺が足止めする!」
掴んだモノをそのまま持ち上げ、斬りかかろうとしたゴブリンへと投げつける。突撃からの混乱に乗じて今ならば逃すことができる。
「あう、うわわぁ……」
だが混乱しているのはロックも同じなのか、逃げを促しているにも関わらず尻餅ついた状態からあたふたと後ずさりするだけである。このままではせっかく作ったわずかな隙も無駄になる。今すぐに、なんとかしなければならないのは明白だ。
「ロック……歯を食いしばれよ!」
「ふぇ?」
俺は放心するロックの胸ぐらを掴み上げると、全力で平手打ちを横っ面に叩き込む。
「うんギャァ!?」
悲鳴を上げるロック。その身体を俺は無理矢理立ち上がらせ回れ右させるとさらにその尻を思いっきり蹴飛ばした。
「走れ! 全速前進だ! 突っ走れ!」
「え、え? は、ハイィィ!?」
ロックは何がなんだか分からないといった表情であったが、有無を言わさぬ俺の言葉に混乱しつつもよろめきながらルチア達がいる方へと走っていく。
今のはこれでいい。いざという場面では口でとやかく一から優しく諭すよりも、理不尽に暴力的にでも言うことを聞かせた方が良い場面もある。特に命に関わる場面では。
走り去るロックを見届けホッとすると同時に俺の背中に衝撃が走る。一瞬よろめいてしまったが姿勢をなんとか持ち直すと、ゴブリンが刃先が錆びた剣で俺を威嚇していた。どうやらアレで背中へと切り掛かったらしい。
「げびゃゃ!」
勝ち誇ったような顔で涎を垂らす醜悪な面。小柄な体躯に防具とは言えない粗雑な鎧。手入れのない武具。共闘意識はあれど、チームワークという概念のない連携。倒れた仲間を助け起こすこともなく、鎧で守られた部位を攻撃し得意になる浅はかさ。
「そういえば、この世界に来たときはお前らにビビってたよな」
戦鎚を背から取り出し握りしめると、俺は力任せに叩きつける。目の前の醜悪な面へと。
「ウビ!?」
その言葉を最後にゴブリンの頭は半分無くなる。俺は戦鎚をもう一度構えようやく立ちあがったゴブリン二匹をフルスイングで胴を打ち、そのまま弾き飛ばす。
「よくよく考えてみりゃ、お前ら五百匹よりタケさん一人の方が百倍怖かったわ。そんな、ゴミみてぇな殺気でよくもまぁ得意気になるな?」
さらに振り回してもう一匹の足を狙い粉砕させる。皮膚を突き破り飛び出た白い骨は地面に突き刺さるとゴブリンの汚い悲鳴を一段高くさせる。
「来いよ。なんでもできるのが自衛官だぜ? 人を救うのも、化け物退治もなッ!」
戦鎚を前に構え、久しぶりの人助けにて得た高揚感をそのままにゴブリン達へと再度突撃していく。