表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
137/192

一番槍の誉

 〜〜四年前。五月。演習場にて〜〜


「アチィわ〜。アツイナー。そう思わねぇか新兵共よぉ」


「「「ハイッ!!」」」


 タケさんのボヤキとも愚痴とも言える言葉に新隊員達は元気よく応える。

 この場所は富士山東富士演習場。ここは自衛隊の数ある演習場のなかでも一際広く、そして避暑地としてとても過ごしやすい気候の場所だ。冬になると涼しいどころか凍え死ぬかと思うほどの寒冷地でもある。


 季節は薄ら寒さが残る五月。にも関わらずタケさんの額には小さな雫が垂れている。そして返事をした新兵達はそれ以上のまるで滝のような汗を流し穴を掘り、迷彩服の色を泥と汗で濃くしいく。


「お前ら部隊に入ったらアレだぞー? 歩いて、戦って、陣地取って、そっから防御陣地の小銃掩体掘りだぞー?オメェらは行軍もしてねぇし戦闘した訳でもねぇよなー?疲れてねぇよなー?」


「「「ハイッ!」」」


 元気な声で返事をし手に持つ円匙を振るう新兵達だが、その穴を覗くと少ししか掘れてない。流れる汗と全く比例しておらず、こいつらでは数学の問題文を作ることは出来ないのがよく分かる。


「日本一! お前も班付ならぼんやり眺めてねぇで発破かけろ! テメェは何のための班付だ!?」


「了解です!」


 俺の方にまで流れ弾が飛んでくることからタケさんの機嫌の悪さがフツフツと煮立ってきているのご分かる。

 常人離れした身体能力を鍛えたタケさんの肉体からすれば新兵が一つの穴を掘る間にすでに五つの小銃掩体を概成させ、それでもまだ暇だからか弾止めの土盛に野花の装飾をしている。これが飽きたら次は六つ目を掘るだろう。


「重機なんていらねぇな。ウチには自衛隊最強がいるもん」


 部隊の先輩の二等陸曹の言葉をそのまま繰り返すと俺は作業が進まぬ新兵達に声をかける。


「早めに水飲めよー。疲れたら一息いれろよ。穴掘りだけでくたばったらお前ら死んでも死にきれんぞー」


「日本班付! 土が硬くて掘れません! どうすればいいですか?」


 顔を泥だらけにした新兵に泣きつかれ俺は円匙を奪うと持ち方を指導する。


「砂場の穴掘りじゃねぇんだ。お上品にコツコツやらずに足を引っ掛けて体重のせてガツンと掘れ!」


「ハイッ!」


 返事をした新兵は猛然と穴を掘る。どうやら少しはペースが上げられそうだ。


 巷ではよく誤解されるが、自衛隊は世間が言うほど体育会系ではない。一昔前の古い化石人間達はやれ水飲むな休むなと言うが自衛隊に限っては基本そう言わない。

 むしろマンパワーを重視するので個人の体調管理には細心の注意を払う。熱出れば無理するなと言い体調が思わしくなければ休めと言う。


 かの偉人武田信玄の言葉で人は石垣人は城と言っていた。そのように適材適所を振るためにはまず充実した人間を育成する必要があるのだ。世間が言うような間違った自衛隊像ではそんなモノ作れない。


 だが、それでも例外はある。例えば、いけ好かない人間だ。


「おーいおいおいおい、西野ォ? お前、全く掘れてねぇじゃん。普段の偉そうな態度はどこいったぁ?」


「……ゼェ……ゼェ……ハァ……」


 汗だくになりながら俺の煽りに荒い呼吸と視線だけで返事をする西野の足元には他の隊員の半分ほどの穴があった。明らかに掘れてない。


「体力測定じゃ良い成績だったのになぁ。何だその穴は? 糞でも埋めるのか? そんな深さじゃ誰か踏んじゃうぜ? 誰だ対人地雷を埋め込んだのはって大騒ぎだぜ!?」


 ここぞとばかりに煽る俺に西野は返事をする気力もない。

 続けて日頃の生意気な態度の鬱憤を晴らそうとしたところで俺の脳天に衝撃が走る。


 堪らず頭を押さえて地面を転げ回る俺の上で不機嫌な顔のタケさんがいる。その顔のまま俺の尻を蹴り上げるとさらに無言で踏みつけてきた。


「西野候補生。お前は無理すんな。一旦休んでから穴掘れよ。班付のテメェはとりあえず拳骨だ!」


 車のドアを余裕で陥没させるタケさんの鉄拳が俺の頭を二度殴りつける。無様に転げ回る俺を見て少し余裕が出たのか西野は笑みを浮かべる。


「アンタのやられっぷりを見ると元気でるわ〜」


「敬語を使えよ。三等陸士」


 悪態だけ吐くと俺はズキズキと痛む頭をさすり、タケさんの元へ向かった。



 ―――――



「うじゃうじゃ〜ってしてんじゃん。無理かコレは?」


 岩の背後に身体を半分ほど隠して俺は肉眼で米粒大の蠢く人影をみる。人影と表現したが実際はよほど文明人といえない出立ちの小汚い生物。ゴブリンだ。ゴブ影という日本語を俺は新たに作ることにする。


「本当にすごい数いるのね。山地のゴブリンって昼に動きが活発になるから、早朝の時点でこんだけいるってことは嫌な予感しかしないね?」


「俺の国では黒い虫を一匹見つけたら百匹いると思えとの言葉があるぐらいだからな」


 見た目の嫌悪感は同じくらい。だが、あの黒い虫は武装して襲い掛かってこないだけ危険度的にはマシだろう。飛ぶと戦闘力が千倍になるが。


「俺なら洞窟の住処の入り口に火をかけるな。害虫は燻殺すに限る。ガソリンなんてねぇけど」


「現実的なのは矢で射殺すことですな。今回の目的が龍殺しでなければですがな」


「魔法は遠いよねぇ。近付けば届くけど数が多いから詰められちゃうよね?」


 それぞれの案を出すがどれも意味はない。


 燃料といえば野営地を守る丸太の柵を崩せばあるが、それらは防衛のためにわざわざ平地から持ってきたモノ。いざというときの最後の砦を自ら崩すの愚の骨頂だ。


 矢で射かけるのは良い案だが、空を飛ぶ龍を地面から殴りにいける人間でもいない限り数少ない攻撃手段を雑魚相手に割くの論外である。


 魔法も悪くはないが、その作戦だと俺は指をチュパチュパ咥えてみてるしかない。っというのは冗談である。

 魔力もまた有限であることは俺ですら知っている。魔力無限の能力でもあれば別だが、龍相手に消耗した状態で挑む状況に自分から向かうのは得策ではない。


(現代戦なら機関銃掃射でイチコロだけどな)


 俺はボロ布で覆った状態のMINIMIを抱え、薬室に被せただけのリンク弾を布の感触越しに指で確かめる。


 俺の記憶が正しければリンク弾は丸々一つで百発ほどはあったはずだ。もしこれが使えれば、勝敗は一瞬で決まる。

 当然のことに五百体のゴブリンを百発の弾丸で倒すのは不可能だ。一発当たり五匹倒せる訳がない。しかし、撃てばその瞬間に勝てる。


 なぜなら、機関銃にとって百発の弾などほんの一瞬で撃ち終わる。つまり、ゴブリン達を一瞬何十体も肉塊にできるという訳だ。


 奴らは少なくとも群れて武装し集落を作る知能もある。ならば、力の差を知る知能もあるはずだ。そうでなければ、龍が飛ぶこの山地で云百体も栄えるはずがない。風車小屋に挑むドンキホーテのように龍に挑む馬鹿ではないはずだ。


 となれば仲間が一瞬のうちに挽肉になれば戦意喪失し散り散りに逃げ出す。逃亡者を討つのは容易だ。かの歴史の偉人、第六天魔王織田信長ですら金ヶ崎の退き口で苦渋を飲まされているのだから。


「まっ、ひとまずは俺の腕試しになるかな?」


 俺は抱えた機関銃の背負い紐を背中に通す。代わりに地面に置いておいた戦鎚を手に取る。確かな重量は小鬼の頭をミンチ肉にするのに足りる威力を物語っている。


 今回、銃は使わない方針だ。龍退治分の弾を温存する理由もあればさらにはもう一つ理由がある。


「ゴブリン如きに勝てぬようでは冒険者として糞溜め以下になりますぞ?」


「油断しちゃダメよ? 囲まれたらダメだからね!」


「油断して鼻血ブー子ちゃんになった女の子を俺はこの世界に来てすぐ見たからな」


「もうっ!」


 ルチアのチョップが俺の後頭部を直撃する。ぷりぷりと頬を膨らませると明後日の方向へ向いてしまった。


「突撃って言ってましたが、作戦もなんもないのだろうか? 人間族は作戦を立てるのが得意だと思ってましたが?」


 ザビガガは用心深く目をゴブリンの住処の方へ向けつつ、耳で後方も含めた周囲を警戒している。後ろには相変わらず深くフードを被った妹のルビノノがいるが、その表情どころか顎先すら見えない。アレで前が見えるのだろうか。


「英雄様に策なんかいらねーんだよ! 銅牛級の雑魚どもは俺様が暴れ回ったおこぼれを拾えばいーんだよっと!」


 敵が近くにいるにも関わらず、粗暴な声で周囲を威嚇する。そんな大馬鹿者は誰かと思い振り返るとそこにいたのはこの向こう見ずな作戦をゴリ押しにした男、スパーダであった。


「おっと、ドンキホーテ(大馬鹿者)が来やがったな」


「ああんっ!? おっ! テメェは昨日のクソヤローじゃねぇか!」


 呟いた俺の言葉に過剰に反応し、俺に対して顔が触れ合う寸前の至近距離で睨みつける。


「よせよ。この距離はマジで恋するなんとかって距離だぜ?」


「ケッ! 気色悪いこと言いやがってよ! 行くぞお前ら!」


 スパーダはわざとらしく唾を吐き捨てると俺から目線を外して歩き出す。


「ちょっと銀狼級のスパーダさーん。あなたはあの数のゴブリン達と真っ正面から戦う気ー? ちょこっと無謀じゃない?」


 先に行こうとするスパーダをわざわざ引き止めたのは今まで黙って空気感を出してたシーマであった。のんびりとした口調はピリピリしていた場の雰囲気を無理矢理緩める。


「まっ、普通に戦えばな?」


 クックックッとわざとらしく笑うとスパーダはそのまま先頭へと歩き出す。後に続くお供の仲間も不敵に笑っている。


「なんだアイツら。戦う前にニヤつきやがって」


「私達もあんまり人のこといえないけどね?」


 ルチアに相槌を挟まれたが、俺はお供に含まれているロックが昨日のように荷物を持たず、むしろ身一つに何も持っていないことの違和感に気を取られていた。


「アイツら、なんか考えてるな。嫌な予感がする。俺達も前に行こうぜ」


 俺が腰を浮かすとアルベインが俺の肩に手を置く。


「戦場では、先陣を切った者が真っ先に死ぬのですぞ」


「一番槍ってヤツだろ? 俺の国じゃ武士の誉ってヤツなんだぜ」


「気をつけていこうか。ハジメ、お前は生き物を直接その手で殺すのは初めてだろうが、臆するなよ」


 後方にいたテッドも手に大型の弓を持ち背中にはクロスボウを背負い臨戦態勢だ。俺達は先頭を歩くスパーダの一団の後に続いて歩く。


 ゴブリンがたむろする場まで十数メートルといったところで先頭が止まる。周りに岩場があるが身を隠す木々や植生は限りなく少なく、こちらが風下であるからまだバレてはいないが気付かれるのも時間の問題といえる。というよりすぐに見つかる。


「ここだな」


 なんとも言えない空気を感じ、否応にも手に握る獲物に力が入る。ここから先は命の取り合いをする場所。危険が危ないという意味の分からない日本語を使いたくなる。


「ここだな。オイ、荷物持ち! こっちこい!」


 スパーダ達に追いつくと何やら話している。姿勢は低くしているが、声を絞らずに会話をしているので視線の先にいるゴブリン達が異変を察知し出し、耳を盛んに動かしている。大きな耳に比べ小さい目は視力が弱いのだろうか。こちらとしては好都合であるが、捕捉されるのも間もなくだろう。


「奇襲をすんなら今だな」


 今一度、戦鎚の柄を握りしめる。


「待てや素人。テメーはでしゃばんな」


 俺を一瞥し、牽制するようにスパーダは腰に差した剣に手をかける。


「テメーみてぇなクソ野郎にも分かる、雑魚だが群れる面倒臭いヤツらの殺し方を教えてやるよ」


 小麦色に焼けた手でスパーダはロックの頭を撫でる。その所作は一見優しげに見えるが、俺には命の値踏みをしている悪徳商人の手つきにも見えた。


「ああいうのはな、バラバラに散ってるから厄介なんだ。まとめてぶっ殺しゃ楽なんだぜ?」


「どうやってまとめんだ? ホウ酸ダンゴでも仕掛けるのか?」


 俺がふざけるとスパーダはいやらしく不敵な笑みを浮かべる。そして。


「こうすんだよッ!! 飛翔(フライ)ッ!」


 スパーダが吠えると手に魔力が流れ込み、撫でていたロックの頭へと伝っていく。にわかに身体が浮き始めると次の瞬間、ロックは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされていった。


 吹き飛ばされた先。その場所は。ゴブリン達の目の前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ