素人戦略
南部に面する円の山脈は火吹きの山と呼ばれるらしい。名称の由来は活火山が存在することの他に火を吹く赤い龍の巣が存在することからきている。
六合目に相当する高さに設営された山小屋に俺達が到着したのはすっかり陽が傾いた頃。。小屋とはいうが大小の建物があり、少し離れて周りを囲むように人の背丈ほどの高さの頑丈な丸太の柵で守られている。所々には物見櫓も建っており、ちょっとした砦のような佇まいだ。
「山には魔物が出ますからね。討伐隊の宿営地として作られたのでしょうな!」
山小屋と柵の間の開けた場所に俺とアルベインは天幕を建てる。カンカンと小気味良い音を鳴らしてハンマーで杭を打ちつけていく。
「魔物って何が出るんだ?」
本来、武器で使う用途の戦鎚で俺は杭を打つ。売ってくれたウドバンが見たら泣いて飛び蹴りを喰らわしてきそうな所業もここでは大丈夫だ。
「それ、テッドが見たら怒るよ」
大丈夫ではなかった。鍛冶屋がもう一人いるのを失念していた。ルチアに指摘され俺は木製のハンマーに持ち替える。
「ゴブリンに山岳オオカミに野生のゴーレムも出ますな。あとはオークの生息域も入っているので出くわすかもですな」
「オークねぇ……」
オークと言われ思い出すのは魔法都市で出会った可愛らしいオークの女の子だ。騒動のドサクサに紛れて所在が分からなくなってしまったが、少しでも関わりを持った以上、健やかに暮らしていることを祈りたい。
天幕を建てた後、俺は縁をなぞるように穴を掘っていく。これまた戦鎚の嘴部分が上手い具合にツルハシの代わりになり具合が良い。このように天幕の周りに溝を作ると雨が降った際に浸水しないのだ。長期間野営する際の自衛隊ならではの知識だ。
「ごめんね。私が小屋の中で寝たくないって言ったからテントで寝ることになっちゃって」
「いいって。元から野営する装備だし、それにあのヤロウの目にお前を触れさせたくないからな」
山小屋の大きい方の建物の内部は二段ベッドがたくさん並んでおり宿というよりかは兵の駐屯所といった方が妥当だ。奥の方にも数人が寝れるほどの部屋がありさらに二階も存在しそこも多くのものが滞在できるようになっている。その気になれば、今回の討伐隊全員が入っても狭さを我慢すればなんとかなる程だ。小規模な中隊が滞在することを念頭に作られていると思える。
では、何故そこに入らず外に天幕を張るのか。
理由は簡単。他人だらけだからだ。
人見知り。っという話ではない。信用出来ないという話なのだ。
龍の討伐の為に集まった俺達だが、必ずしも一枚岩ではない。勿論、町の財政を脅かす魔物を討伐しようという善からくる崇高な精神のモノもいるだろう。
反面、邪なる思考のモノもいる。例えば不幸にも龍にやられ命を失う者がいるとする。魂は天に還るがその装備はどうだ。
答え。母なる大地に還る。当然バツだ。そんな答えは海に浮かぶ大量のプラスチックゴミ問題を絵空事に考えている人間の答えだ。自分の脳内お花畑な思考回路に恥を持てと言いたい。
持ち主不在の装備の行く末なぞ決まっている。拾われてどこかの市場の店先に、一夜の酒代と引き換えに並ぶのみだ。戦国時代、もしくはその遥か以前から決まっている事象なのだ。
俺の武器の銃は当然のこと、ルチアの持つ剣も中々に貴重なモノである。俺の装備を店で買い物をした後にウドバンがルチアの剣を見て賞賛の声をあげていた。いわく、三十年ほど前に有名だった女騎士の剣に酷似しているらしい。
それらを持った状態で、誰とも知らぬ他人と同じ寝床につける訳がない。いつ寝首を掻かれるか知れたモノではないのだ。それが年端も行かぬ少年を人扱いしないモノなら尚更だ。ルチアのような女性がいれば他の心配もしなくてはいけない。
「にしてもなー、冷えてきそうだな。冬用外被が欲しいぜ」
冬用外被とは自衛官が野外で活動する際に着用するモノである。一般の迷彩服は春や夏の青々とした植生を意識しているので緑が基調だが冬用外被は枯れた草木をイメージした茶系統だ。冬用なので生地も厚く暖かい。
俺がこの世界に来た時の季節は夏なので冬用外被は当然持ち合わせていないのだ。砂塵用のマスクは持っているが防寒性は気休め程度にしかならない。
「隣にご一緒しても?」
俺が額の汗を拭い山の寒さを味わっていると声をかけられた。そこにいたのは道中の馬車で乗り合わせた人狼族のザビガガであった。二人分の荷物を俺達の天幕の側に置く。
「お構いなく。寝込みは襲わないでくれよ」
「ふふ、では襲われたい時は夜更かししてくださいね?」
毛並みの整った顔である種の妖艶さを混ぜて笑う。特殊性癖の人間ならこれだけで発情期になれるが俺はここまでのケモ度は守備範囲外なのだ。
「ザビガガ殿は人狼族なのに随分とゆっくり来られたのですな?」
「まぁ……私はともかく、妹がですね」
バツが悪そうに顔を向けた先にいるのは息絶え絶えなルビノノがいた。地べたに座りがっくりと項垂れている。僅かに見える顎先からは汗が伝い、下にとても小さな雫溜まりを作っている。
「妹さんは人狼族じゃないのか?」
「えっ!? ド、どうしてそう思うのですか?」
理由は簡単だ。顎髭が、いや、顎毛が無い。同じ人狼で姉妹なのにその特徴が一致しないのだ。
「その、妹は私より人狼の血が薄いのです! あなただって顔に毛がない獣人族は見たことあるでしょ?」
王都の喫茶店にいた猫耳給仕も言われてみれば顔に毛はなかった。長い猫髭はあったが。
血が薄いというのはどうなのだろうか。俺はこの世界に疎いので獣人にそのような生態があるのか分からない。答えを求めようにも正解を知っているモノはこの場にいない。
「どうでもいいか。飯は? アンタらも食うだろ。鍋を作るから野菜切んの手伝ってくれ」
俺は話題を早々に切り上げると手にナイフを持ち、荷物の中から芋を取り出す。
三人から四人に人手が増えたことにより野営の準備は順調に進む。他の討伐隊の者達が集まる頃には快適な寝床が出来上がり食事の準備が終わった。
「うん、美味そうだ。味噌がありゃもっと完璧なんだが」
「美味しくなるなら味噌買っとけばよかったねー」
「味噌あんのかよこの世界」
今日のメニューは茹でた芋に根菜とキノコの煮込み鍋だ。味付けは塩と素材の旨味と街で買った動物の脂を加工した調味料。味は現代日本の飲食店で出されたら残すレベルだが、山登り後の空きっ腹にはよく入る。他の冒険者達と今後の調整に回っていたテッドも戻り、獣人の二人も交えて俺達は食事にありつく。
「龍の討伐は一筋縄では行かなそうだ」
鍋のスープを飲んだテッドはめんどくさそうな顔をする。
「偵察に何名かの有志が向かったのだが、龍がいるとされる場所の道中にゴブリンの集落が目撃されたのだ」
「ゴブリンですか。モノの数ではありませんな!」
アルベインが余裕そうに笑みを浮かべる。なんなら素手でもいけますとでも言いたそうだ。
「その数、五百は超える」
「多ッ!?」
「きゃ!? ハジメ汚い!」
想像以上の数に俺は驚き汁を口から噴き出してしまった。飛び出した汁は主に真正面にいた女性陣にかかってしまい、ルチアに注意されザビガガにはあからさまに嫌な顔をされてしまう。
「多すぎないか? それが普通なのか? 誰か無双するのか?」
「それは無いですよ。ゴブリンは通常ですとヌシとなる個体を筆頭に二十程度の集を作ります。いくら強い個体がいたとしても百を超えることはまずありえませんね」
ザビガガの説明にテッドが頷く。俺が遭遇したことのあるゴブリンは金剛の異名を持つ異世界転生者が率いる奴らだ。集団で襲いかかって来たが、それでも数百にわたる数ではなかった。
「見間違えだろ。話を盛る奴が偵察に出てたんじゃねぇのか?」
「シツレイな。私が見たのですから間違いないで〜す〜よッ!」
背後からわざとらしく間延びした口調で声を掛けられる。俺は驚き身体ごと振り返るとそこには毛皮のフードを浅く被る若い女剣士がいた。
「えぇっとシーマさんでしたっけ?」
「そうですルチアさん。仲良くしてくれるならシーマちゃんと呼んでもいいですよー」
のほほんとした様子のシーマはさも当然のように俺達の輪に加わる。一人黙々と食事を摂るルビノノの隣に座ると、自分の荷物から木の器とスプーンを取り出し鍋からよそい一口食べる。
「う〜ん、イマイチな味ですね。味噌が欲しい!」
勝手に食べて文句を言うシーマに一言物申したいが、そこをグッと堪えて違う言葉を言う。
「見たのか?」
声に出さず、シーマはこくりと頷くことにより返事をする。噂でしかなかった情報が真実となった。
五百という数が本当なら厄介なことになる。
俺達の目的は言わずもがな龍討伐だ。この目的を果たすためには前提となる条件がいくつかあるのだが、その中に決して譲れないモノがある。
可能な限り、戦力の損失を防ぐということだ。ただでさえ龍という強大な存在に挑むのだ。頭数は大いに限る。
「そもそもさ、なんでそんなにいるの?」
至極当然の疑問をルチアが挙げる。
「恐らく適応したのでは無いでしょうか」
答えたのはザビガガだ。鼻を一度ヒクつかせると続けて長い犬歯を見せる。
「弱いモノが強きモノに対抗するには数が必要です。私達もそうしてるでしょう?」
ゴブリンとはとても弱い個体だ。この世界に来たばかりで混乱していた俺すら殺せない奴らである。そんな弱者が龍の住まう土地に居を構えるには相応の戦力がいる。その数が五百なのだ。
「ゴブリン五百程度で龍と対等ならば楽なのですがなぁ」
「そんな甘くは無いだろう」
アルベインとテッドの深いため息が鍋の下の火を揺らす。
「んで、今のところはどういう算段なんだ? まさか、考えなしに突撃じゃないだろ?」
俺の問いにテッドは苦笑いをする。嫌な予感がする笑みだ。
「明日ゴブリン達を討伐するとのことだ。文字通り正面から。どうだハジメ、冒険者ってのは凄いだろう?」
「素晴らしいな。幼稚園なら花丸五個もらえるぜ。大変よくおバカさんでしたってな」
空中に花丸を描くと一同は乾いた笑みを漏らす。
数ある戦術の中で最も犠牲者が出やすい策だ。何を好き好んで最悪のパターンを選んだのだろうか。
「スパーダの作戦だ。みんな反対したんだがゴリ押された。あれでも今回の龍討伐の要だ」
どうやら本当にお馬鹿さんが考えたらしい。
「斬魔法のスパーダといえば王都でも聞こえがある冒険者ですからね」
「複眼の一つ目巨人っという異常個体を倒した実力がある。グロリアス王国の遊撃隊にスカウトされたこともあるらしいぞ」
おバカではあるが実力はあるらしい。それもそうだ。でなければこんな頭の悪い作戦が了承されるわけがない。
「ふーん。皆さんがいうほど悪い策ではないと私は思いますが?」
「シーマちゃん? どういうことなの?」
ちゃん付けで呼ぶとは仲良くなるのが早すぎだ。
「龍はプライド高いですからね〜、ナワバリで騒ぎを起こせばすっ飛んでくると思います」
シーマはズズっと器の汁を飲み干す。
「百人の的より六百の的の方が攻撃が分散します。それにわざわざ龍を探す手間と労力が省けるのも大きい。すこぶる危険という点を除けば悪くない戦術だと思いますね」
言われて俺も思考する。
確かにこの広い円の山脈にて龍を探し回るのは困難だと思う。目撃が多発する地域はあるが、そこに必ずいるとはいえない。となれば捜索することになるのだがこれが厄介だ。
当然、百人で纏って探すということはない。分散、まず間違いなく各冒険者パーティごとになる。これは当初の予定通りの作戦になるが、実はこれにはある欠点があった。
それはほとんどの人間が山に不慣れだったという点だ。よもや異世界の人間がここまで山に不慣れだとは俺は思いもしなかった。恐らく当の冒険者達もビックリしてるだろう。
そんな不慣れな場所で、消耗した体力で魔物と戦ったらどうなるか。例え相手がゴブリンでも平地のように上手くはいかないだろう。龍となればもっとだ。となると想定できる最悪の事態がある。各個撃破。バラバラに戦力を分散したことによる被害だ。
一方、スパーダが強行する策はどうか。ある程度纏まった人数で連携すれば五百という数でも対応可能だとは思う。そもそも全部倒す必要すらない。
そして龍が来たとしてもこっちは戦力として纏まり弾除けのゴブリンもいる。上手く三すくみの戦場にできればこちらが有利に働く。
【格上の相手を倒すには乱戦に持ち込め、漁夫の利ってヤツだ】
「思ったより悪かねぇな」
「そーそー、しかも、耳寄りな情報があるのですよ」
もったいつけるシーマはまるで小学生みたいな笑顔を見せる。
「なんとなんと! 今回の討伐隊の中には金獅子級の冒険者がいるんでーす!」
「金獅子級!? シーマ殿、それは本当ですぞ?」
驚くアルベインに俺はそっとテッドの方を向く。
「金獅子級というのは冒険者の最高ランクだ。往々にして実力者ばかり。例えるなら騎士団の一個方面隊クラスの戦力だな」
「王国で言ったら、北方将軍とかの軍まるごとってこと? うわー、すごい人が来てるんだね?」
「オイオイ、そんなのどこから情報得たんだよ」
「企業秘密です。乙女は謎多き生き物ですから」
単純に驚くルチアを尻目に質問するが、シーマに質問するがはぐらかされてしまう。詳細を聞くのは無理そうだ。
「見たかぎりそんな実力者はいそうにねぇが……」
「隠れているんでしょ? きっとシャイなんですよ。そこの妹ワンちゃんと同じように」
自分のことを言われルビノノはビクっと身体を震わせる。こそこそとザビガガの後ろに隠れるとそのまま縮こまってしまう。
「金獅子ねぇ。どちらにせよ、明日はみんな死なねぇようにしないとな」
俺は話を一方的に切ると先ほどからずっと我慢していたタバコを取り出す。とても嫌な顔をしたルチアが俺から距離を取るのを見届けるとタバコを焚き火の火に近づけ息を吸う。
「俺が死んだら墓標にはこう書いてくれ。ヤニカス、ここに眠る。ってな」
冗談混じりに言った一言で周りが引いたのを確認すると俺はその場を立ち上がり、そっと離れて紫煙を吐き出した。