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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
134/192

霊峰へ

 〜〜???〜〜


 遥か遠くに、耳元に。


 明瞭に、曖昧に。


 繊細に、大雑把に。


 触れれば崩れるほど弱々しく、大木を裂き倒すほど力強く。


 その歌声は俺の耳に届く。


(懐かしい……)


 情味を宿した人間の声にも、無機質な合成音声にも聞こえるその声に俺は暫し耳を傾け心を癒していく。言葉の一つ一つが、実体を持って俺の頬を撫でていく。


 いつのまにか俺はその少女(・・)を見ていた。


 手を振れば音の波が遥か彼方まで飛んでいき、抱きしめれば音が少女の元へと集っていく。まるで音色が意思を持って戯れているように見える。


 ひとしきり、歌い終えると少女は乱れた長い髪を手櫛で整え俺の方を向く。


 目と目が合う。十拍ほどの長い静寂が場を支配する。


 ふと我に帰り、大きな音で拍手する。


(ブラボー……まさかこの世界で電子の歌姫の声が聴けるとは思わなかったぜ)


 彼女のことはよく知っている。


 電子の歌姫。ニナ。俺が元の世界でお熱になってた画面の向こう側にいる偶像(アイドル)だ。

 白の中に青や緑が入った髪色に健康的な肌色の可愛い少女の姿をしている。個人的には眼鏡をかけた方がより可愛いと思うがそれは戦争にも繋がりかねない意見なので伏せておく。


 恐らくは夢。それも夢だという自覚のある夢、明晰夢というヤツだ。これが夢でなければあり得ない。電子の歌姫ニナはこの世界に存在するはずの無いモノなのだ。ならばこそ、この都合の良い夢は楽しむに限る。それが俺の下した判断だ。


「ラーラーララーララ、ラーラーラーー!」


 聴いたことのあるリズムに俺は無意識に手拍子する。元の世界では時間を見つけては聴いていた曲を存分に楽しむ。


 一曲を歌え終えると歌姫ニナは俺に向け深々と頭を下げる。俺にだけ向けられた所作に心が躍り、胸の奥から火山のように燃える情熱が湧き上がっていくのが分かる。


(アンコォールッ! アンコール!)


 自分のモノとは思えないほど大きな声が出る。いや元々俺の声は大きい方なのだが、それにしても空間全てから発声したと思えるほどの声量に自分で驚いてしまう。


 いつの間にか両手には鮮やかな色のペンライトが握られており、無意識に振っていた。


 電子の歌姫ニナは嬉しそうに、本当に嬉しそうな笑顔を見せるが同時にどこか悲しげな表情を見せる。


 瞳の色が銀に染まり、次いで金色に染まる。やがて蒼くなり紅に染まり白に至る。虹の色のように見る角度が変わるたびに色は目まぐるしく変わる。やがてその目は何も映さない無色になり、髪の色も無になった。


「ゴメン……ナサイ。デモ、アリガトウ……」


(……??)


 何が言いたいのか分からないが、あの歌声の続きが聴けないことだけは分かる。


 ニナは口を開け、本来あるはずの口内の色を無色のままに言葉を紡ぐ。


「アナタノオカゲデ……アナタノセイデ……アナタガイテクレタカラ、ワタシハ……コノ……セカ」


 その先の言葉は俺の耳に聴こえなかった。まるで幽霊のように、陽炎の如く世界は歪んで消えていく。



 ―――――



「ハジメ殿ォ! 起きて下さい! 昼飯時ですゾォ!」


 身体を揺さぶられ俺は眠い目を擦りながら起き上がり、真っ先に目に入った顔をギョッとする。黒しかない顔の人間がアルベインだと気付くのに数秒かかり、俺は欠伸してから呟く。


「初手ホラーかよ。お前のせいで良い夢から最悪の目覚めだぜ。腹切って土下座しろ真っ黒マン」


「冗談でも辛辣過ぎませんか?」


 顔が黒いのは誰が云々と文句をたれるアルベインの後に続き、俺は馬車から飛び降りる。ズシリとした土の感触は俺が鎧を身につけているのもあり、膝の関節を小気味良く左右片方ずつ鳴らした。


 プレート入りの防弾チョッキも中々重かったがこの世界の鎧はさらに重い。ウドバン曰く、龍に噛み付かれても平気だと言っていたがそれを身をもって実証する機会はあって欲しくない。重さ即ち防御力であってほしいものだ。


「商人の街の肝いりの作戦なんだ。さぞかし飯も豪華なんだろな?」


「うーむ。ゴブリンの生肉をしゃぶるよりはマシかと」


 食欲を著しく下げる文言に俺はウェッと舌を出す。ゴブリンなぞ食べた経験はないが、まさか高級寿司店の牛肉寿司より美味いはずがない。ランニング中に口に飛び込む蝿よりも不快な味がしそうだ。


 焚き火の鍋を囲む面々は馬車の中にいた人間と同じだ。身なりがよろしくない、汚れが目立つ顔の少年にフードを深く被った二人組。もう一人もフードを被ったまま剣の手入れをしている。


(合コンだったらすぐに帰るわ。この面子は)


 近付き難い雰囲気しか無いこの輪の中で、平然とした顔で得体の知れない肉を焼いて食べるルチアの側に俺は座る。


「食べる? ナージャフロッグのモモ肉だってさ」


「蛙か。味は?」


「食感は良いよ」


 味を聞いたのだが食感の感想が返ってきた。言葉とは難しい。俺は差し出された拳ほどの肉の塊を美味くないと判断する。


「なんでもこの辺りで大量に発生してたらしいですぞ。討伐隊の冒険者の中に蛙の討伐を受注してた者がいたらしくてですな。そのおこぼれです」


「どうせ近くを通るなら済ましとこうってか? 龍討伐の片手間にやるもんかね。食費は浮きそうだがよ」


 大口を開けて肉に齧り付き繊維を噛みちぎる。どこかの誰かが蛙の肉は鶏肉に似てると言っていたが、少なくとも異世界では違うらしい。味はともかく食感だけは肉っぽい。


「大抵の冒険者はそうらしいよ。私達もなんか受けとけばよかったかな?」


「俺の国には二兎を追う者は一兎をも得ずってのがあるんだ。それに、初クエスト達成が龍退治のほうがロマンがあるだろ?」


 その方がカッコいい。フロッグバスターよりもドラゴンバスターの称号の方がロマンにあふれていると俺は思う。


「それよりもだ。せっかく同じ馬車に乗ってたんだからよ。名前の自己紹介ぐらいはしとかねぇか?」


 先程から俺達しか喋ってない。残りの者達は黙々と食事をしている。


 別に今日出会ったばかりの人間にチームワークをどうのこうのとは言わないが、いざと言う時に名前すら知らないのはよろしくない。

 自衛隊でもそうだ。生まれ育った場所は違えど任務を遂行するためには最低限の意思疎通が必要なのだ。

 俺の言葉に食事の手を止めたことから異論はないと判断し、咳払いをして喉を整える。


「言い出しっぺからだな。冒険者やってる日本一だ。ハジメって呼んでくれ。黒いのがジョンで可愛いのがルチア。荷馬車で馬に餌をあげてるのがテッドだ」


 二人ともよろしくと俺の言葉に合わせて軽い会釈をする。アルベインに自己紹介をさせたらそのままの勢いで本名含めて全部しゃべりそうなので俺が代わりにさせてもらった。


「んじゃ、そこの少年から自己紹介してもらってもいいかな?」


 他人より早く肉を食べ終えた少年を指差し、話を促した。

 少年はそばかすの鼻を軽く啜り、手入れのなされていない茶髪の髪を触り周りの目を気にするように周囲を見てから俺の方を見た。


「僕はロックです。身分は……奴隷です。主人は銀狼級冒険者のスパーダ様です」


「お、おう……奴隷ね。スパーダさんね?」


 まさか一人目から中々にヘビーな出自を当ててしまうとは、俺のくじ運は褒められたものではない。

 ロックと名乗った少年はそれ以上何も言わず俯いてしまった。


「スパーダといえば……新進気鋭の冒険者だな。目まぐるしい速さで銀狼級に上がったとかな」


 馬に餌を与え終えたテッドは若干焦げ始めた蛙の肉を素手で取るとそのまま食べ始めた。熱くないのか。


「さっき会ったが気持ちの良い人間ではないな。おおかた、奴隷臭くて同じ馬車に乗れるかと言ったのだろうな」


「テッド、その言い方はよくないんじゃないか?」


「いいんです。同じ言葉を言われました」


 会話は強制的に終わらされ、俺は続きを喋れなかった。


「んー、あなたは? どこから来たの?」


 気不味くなりかけた空気を察したのか察してないのか、ルチアがのほほんとした声色で一人の剣士に声をかける。

 声をかけられる頭に被っていた毛皮のフードを外し、素顔を明らかにする。水色の髪で長さを肩のところに合わせた女性であった。女の子とも言える見た目でもある。


「私ですか? 私は旅の剣士さんです。えぇっと、生まれは帝国。帝都出身です」


「帝国か。うん、ルチア、帝国ってどこだ?」


 うんうんと頷き分かった風な俺はそのままルチアに質問する。


「私も行ったこと無いから分かんないけど東にあるね」


 どうやら知識は俺と大差無いようだ。


「ヴィガロ大陸の東部にあるエンプレス帝国か。俺も何度か鍛冶の商いで訪れたが良いところだ。特に武具に関しては王国よりも発展している」


「王国と何度も大きな戦争してる国ですな。南部はそうでもないですが、大陸北部は今でも小競り合いが起きてますぞ」


「仲が悪いんだな。さしずめ王国が魔法の国なら帝国は剣の国ってか?」


 俺がまとめると水色の髪をした可愛らしい女剣士はフッと笑う。そして俺の服をジロジロと観察をして口を開く。


「王国ではそのようなお召し物が流行ってるんですか? 蛇の保護色みたいな色ですね」


「褒めてる?」


「褒めてます!」


 むふんと鼻息を鳴らすと彼女は続いて自分の胸に手を当て恭しくお辞儀をする。


「申し遅れましたが、私の名前はシーマです。大陸各地を旅行するのが趣味です」


 お辞儀を戻したシーマはニコっと微笑んだ。庇護欲が溢れんばかりの笑顔に俺はなんだか照れてしまう。


「そちらの御二方もよろしいですかな?」


 アルベインに指名されると二人組の片方がフードを外す。すると、現れたのは小麦色の毛むくじゃらの顔に上についた三角の耳、犬のような高い鼻だちの……恐らく女性の姿であった。


「ザビガガと申します。見ての通り人狼族の生まれであります」


「人狼? オオカミ人間か!」


 これはまたファンタジーな種族が現れたモノだ。遅れて飛び出した尻尾のモフモフ具合がなんとも触りたい欲を刺激する。


「すごーい! 人狼族なんて久しぶりに見たかも! もしかしてそちらの方もですか?」


「えぇ、こちらは妹です。名前は……ルビノノといいます」


 サビガガは横にいる小柄な女性を指すとルビノノと紹介された女性はフードを目深に被ったまま会釈する。そしてそのままサビガガの後ろに隠れてしまった。


「妹はシャイなのです。フードを被ったままで申し訳ない」


 サビガガは恭しく頭を下げる。その所作はキッチリと教育を受けたモノに見える。

 別に偏見を持つ訳では無いが、俺の中での勝手なイメージでは獣人というのは粗野な者が多い印象だったのでサビガガのように洗練された所作を見るとどうしても違和感が出てしまう。その原因はどこかの蜥蜴頭と喫茶店の猫娘が原因であるのは明らかだ。


「たまたま同じ馬車に乗っただけだが、できりゃ帰りも同じ馬車に乗りたいもんだな」


「ですなぁ。ルチア殿はこのアル……ジョンが守りますがね!」


 俺の言葉にアルベインが同意する。ルチアは聞かずに歯の間に挟まった肉の筋を一生懸命取っている。


 龍退治という極めて危険な仕事をこれからするのだ。もしかしたら帰りの馬車がそのまま動かないということもあり得るのだ。いわゆる全員漏れなく死亡という線もあるという訳なのだ。


「んでよ。今更なんだが……俺達ってこれからどこに行くんだっけか?」


「本当に今更だなお前は」


 俺のウッカリ発言にテッドが呆れる。地図を背後の荷物から出すとそれを広げて俺に指し示す。


「大陸の中心を囲む円の山脈(サークルマウンテン)。南部の山々は一際高いのだが、その中でも一番高い山。霊峰ガバロガスの八合目の龍の巣が目的地だ」


「お、あんがとさん! それにしても霊峰か」


 霊峰という語句を聞いて俺は身が震える。オバケの類が怖いのもそうなのだが、先程を見た夢が気になってしまう。


(まさか、電子の歌姫は幽霊……ってのは馬鹿げてるか)


 この世界に来てから幾度となく感じる存在。それはまさしく幻想というより幽霊。背後霊といった表現のほうが的確な気がしてきた。


 俺は背中に浮かんだ悪寒を振り払うように目の前の不味い蛙肉に齧り付き。嫌な予感と共に飲み込んだ。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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