異世界の装備
「うぃ〜、食ったし飲んだし後は帰ってもう一杯飲むだけだな」
「まだ夕方にもなってないよ? 私は湯浴みしたいなぁ。この街も湯屋あるよね?」
昼飯時の時間が過ぎると街の喧騒も少し収まってきていた。朝一番の開店ラッシュが終わり、昼飯の座席争奪戦も終われば人々の購買意欲も収まるというモノか。比較的まばらになった人の流れに身を委ね、俺達は街を歩く。
「自衛隊さんもう帰るの? もう少し観光してもいいんじゃないかなぁ〜?」
「観光ってもな。有名なモノでもあるか?」
買い物をするにはこの街は至高の存在だと言えるが、その他はどうなのだろうか。
「ご飯は食べたし……うーん、後はエッチなお店しかないですね」
「十八歳以下立ち入り禁止か。よし、別行動だ。案内ご苦労帰っていいぜ」
「うわ、心の底から欲深オープンスケベじゃないですか。発情期の猫ちゃんですか? コスプレにゃんにゃんしたいんですかぁ?」
「サイテー」
女性陣から辛辣な言葉を浴びせられた俺は苦笑いで誤魔化し、隣のアルベインと肩を組む。
「男なら分かるよな?」
「不肖の身。一途なので」
「愚直だね〜」
どうやら三対一のようだ。旗色が悪い。俺は期待せずテッドに目配せする。
「俺は寄りたいところがあるんだが、そこはダメか?」
「ほう、どこに?」
あまり口数多くない男の提案は珍しく、興味を惹かれる。
「武器屋だ。俺がよく卸してた店でな。顔を出しときたい」
「武器屋!」
武器と聞いて俺の童心が鼓動する。
俺がこの世界に来てから割と月日が経っているのだが、ファンタジーの定番といえる武器屋には一回も行ったことがない。
理由としては俺の武器は銃であり、他の武器の扱いは不得手だから必要ないと感じていたこと。そして異世界の金の価値がよく分からないので一人で買い物に行ったことがなかったことが挙げられる。普段はルチアに財布を渡して会計をしてもらっているのだが、そういうときは大抵の場合、飯屋にしか行かない。
さらに、俺は使っていないが幻想調査隊に所属している隊員は支給されてる武器を使えば訓練も他の任務もこなせる。腕は確かなテッドが作る武器だ。俺の給料で買える武器よりも性能が高いのは言うまでもなく、わざわざ買う必要が無かったのだ。
ならばこそ、俺は武器屋という未体験のモノが少年期の遊園地並みに胸をワクワクさせられる。
「イイネ! 行こうぜ武器屋さんによぉ!」
「む、そんなに食い付くとは思わなかったな。いいだろう。モノはついでだ。武具を見繕ってやろう」
他に行く所の案がなかったので目的地は俺のテッドが行きたい場所に決められた。
歩くこと十分。腹ごなしの散歩には丁度良い時間。俺達は目的地へと辿り着く。
木材が多く使われた大きい建物に弓と槍の絵が描かれた吊り看板。店の外に出された樽には値札が付いた剣が何本も放り込まれている。柄頭の部分は輪っかになっており、盗難防止のためか鎖をくぐらせてある。
「店の前にあるのは数打ちの剣だ。駆け出しの剣士と金無しの傭兵ならば上等の品だがな」
俺が剣を抜いて刀身を確認しているとアルベインもまじまじと剣を観察する。
「店の前にある剣を見ればある程度の品が分かると言いますが、期待してもいいかもしれませんぞ?」
「変態様のお墨付きか。こりゃ財布の紐を緩めんとな」
そこは勇者様と言って欲しいですぞ。っとの文句は聞き流し俺達は店の中に入る。
「いらっしゃ……おおっ!? テッドの旦那! よくぞいらっしゃった!」
入った瞬間の開口一番。店の中から歓迎の声がする。声はするのだが、肝心の店主の姿は見えない。
「久し振りだなウドバン。鏡越しじゃなく直接姿を見せてくれ。今日は友人を連れている」
鏡という言葉に俺はカウンターの奥にかけられている姿見の鏡に目を向ける。反射して見える内側の景色の中に何やらモゾモゾと動いているのが分かる。
「なんダァ? 前に来たお調子者リザードマンか? あの野郎、双剣の代金一本分しか払ってねぇから尻尾ぐらい切り落とさねぇと気が済まねぇぞ!」
恐らくジェリコのことを言ってるのか、ぶつくさと文句を言いながら店主は姿を現した。
「うぉ、髭だ」
「お髭だ!」
思わず率直な感想を俺とルチアが漏らしてしまったのも無理はない。
姿を現したのは口髭とも鼻毛とも、はたまたもみあげとも判別が付かないほどの立派な髭を生やした筋骨隆々の親父であったのだ。それらも勿論、初対面でインパクトのある特徴なのだが、それよりも……
「ちっさっ!?」
「私の半分くらいしかないよ!?」
小学校低学年の一番前。前にならえとは無縁の悲しき身長。たとえる例がそれしか思い浮かばない程の背丈しかないのだ。俺がこの背丈ならばシークレットブーツを五十センチは厚底する。それでも足りない身長しかないのだ。
「なんだなんだ、べっぴんさんと男前を連れてるじゃねぇか。旦那も隅にはおけねぇな!」
「元気そうで何よりだ」
二人は男の硬い握手を交わす。筋骨隆々の腕同士がガッチリと噛み合うのを見ると不思議な安心感が湧き出てくる。
「初顔さんどうもだな。ドワーフ族のウドバンだ。鍛冶だけじゃなく目利きもしてるから掘り出しモノがありゃ見せてくれ」
名乗るとこれが自己紹介とばかりに商品を見てくれと手を広げる。
店の中を見渡せば剣や槍や斧など比較的使い方が想像しやすい武器もあるが、先端がやたら丸っこい形の剣や革製の細長い袋にナニかが詰め込まれた物体に大きな木のスプーンのような形状のモノまで様々だ。とても俺が使いこなせそうにないほどの大きな剣まである。
武器だけでなく防具も豊富だ。鍋の蓋ほどの大きさの丸盾にしゃがめば俺がすっぽり隠れる大きさの盾まである。鎧に関して言えば革製の兜があれば金属の全身鎧もある。戦国時代の武士が着込んでそうな小さな鎖を組み合わせた鎖帷子まであった。
興味惹かれるモノが多々あるが、俺が求めていたモノはもっとシンプルなモノだ。
「おっ! これこれ、こういうのが欲しかったんだよな」
俺が手に取ったのは金属製の鎧。チェストプレートと呼ばれるソレは全身鎧と違って胸と背中しか守っていない防具だ。
「ハジメ殿、そんなモノでいいのですか? 全身鎧の方が防御力があり身も安全ですぞ?」
アルベインが横に立っている金属の塊を指すが、俺は首を左右に振る。
「無理無理、そんなの着たら動けなくなる。銃も構えられねぇしで良い所が無いぜ」
俺は指でコンコンと胸の表面を叩き、金属の硬さを確かめる。鎧に関して詳しくないが、少なくとも木綿豆腐よりは硬いのは理解できる。
先の魔法都市での戦いで俺が元の世界から愛用していた防弾チョッキはダークエルフのサウスの手によって粉々に破壊されてしまった。それ以来、俺は防具らしい防具を身につけておらず、迷彩服姿で過ごしてきた。ルチアですら魔力が込められた軍服風の服にプラスして革製の小手や鎧に、普段は滅多に使わない金属製の兜を小脇に抱えて旅の道中を過ごしてきた。
野党の襲撃などが想定される旅において、俺だけがまるで買い物に出かける少女のような軽装でいたのだ。いくら俺の武器が銃で接近戦を行わない可能性が高いとはいえ、あまりにも無用心だと心の隅でひしひしと感じていたのだ。
「ハジメなら武器を最初に選ぶかと思ったよ」
「チッチッチ。俺の事を分かってない。まるで分かってないなぁルチア君」
あからさまにムッとした顔のルチアに俺はさらに続ける。
「自分の身も守れない奴が、誰かを守るなんて出来ないだろ?」
師と仰ぐ人物に似たようなことをかつて俺は言われた。
人命を助けるためにはまずは自分の命を確保しなければならない。死を賭して救うなど、そんなモノは軽々しく言わないモノだと俺はかつて教えられたのだ。
ウドバンに断りを入れてから俺はチェストプレートに袖を通す。袖は無いのに。
「……金具が当たってイテェな」
「当たり前じゃん。普通は鎧の下に沢山着込むのよ?」
言われて俺は中世騎士が主人公のゲームを思い出す。モコモコとした分厚い服みたいなのを最初に着ていた気がする。丈夫とはいえ厚い生地ではない迷彩服ではクッション性は期待できない。
「そんなんいちいち着るの面倒だな。どうにか出来ないかテッド?」
「ウドバン」
「そうだな。ボタン式で取り付けられる生地を付けてやろう」
店主のウドバンは適当に布生地を見繕うとそのゴツい指で生地の感触を確かめる。
「代金は貰うぜ。こちとら商売なんだからよ」
「よろしく頼む。ルチア、俺の財布から出しといてくれ」
「はーい」
肩掛けの鞄からジャラジャラと音が鳴る布袋を取り出すとルチアは無造作に手を突っ込み何枚かの銀色の硬貨を取り出そうとした。
「おっとと! 自衛隊さん、ここのお会計も私が出しときますよ!」
その手を掴んで戻すと鈴音ハルカは懐から黒光する分厚い革製の長財布を取り出し、その中からピカピカの金貨を何十枚も取り出し机の上に金の塔をいくつか作っていく。渡された本人は目を何度も瞬きさせてから丸くした。
「こ、こりゃあたまげたな。待ってろ、それと同じタイプで最高の防具を出してやる!」
ウドバンが店の奥に消え、何やら色んなモノを片付ける音だけが聞こえる。
「多分、ちっとやそっとじゃ返せねぇ額だよな?」
「ハジメの給料五年分以上かな。あ、税抜きでだよ?」
「うわ、辞めてぇなこの世界。誰か人生リセットボタン押してくれ」
向こう五年間タダ働きが決定事項となった。任期満了金という制度が幻想調査隊にもあることを期待したい。
「チッチッ! 返さなくとも結構です! その代わりに頼みがありましてね?」
ビシッと俺の方を指差してルカは歯茎が見えるぐらいの笑顔で続きの言葉を口にする。
「迷彩服をください! いやー、ミリオタを名乗る上でモノホンのヤツを着たいんですよ〜」
「そんなもんでいいのかよ? いいぜやるよ」
俺はおもむろに自分のベルトを緩め、社会の窓を閉じるボタンも外す。指を引っ掛けて一気に下ろそうとしたところで周りがざわつく。
「ストっ!? ストップです! 脱ぎ立てホヤホヤはダメですってば! 私、一応女の子なのですよ!? 匂いフェチでもないんですよ!?」
「変態ッ! ハジメの世界じゃそれが普通なの!?」
「さすがにそれは引きますぞ!」
散々言われて俺は動きを止める。言われてみれば俺の服はルカの身体に合わない。
王都の装甲車の中には他の隊員の着替えもあり、その中には由紀の迷彩服もあるはずだ。女性の方がルカも着やすいだろう。紳士たるモノ、気遣いができなければ。
「次は武器だな。何にするか……」
「あ、変態のくだりはスルーするんだ」
男は皆、大なり小なり差はあれど変態という名の紳士だ。そこのところのルチアの認識は甘いと俺は思う。
「剣にすれば。私が稽古つけられるよ?」
「剣は無理だ。ありゃ俺に合わん」
サウスとの一戦で攻撃に転ずることすら出来ず、存分に蹂躙された。
剣術とは本来、長きに渡る技術の研鑽の末に辿り着いた境地。それを技術も経験も才能もない俺が使うのは良い選択指ではないといえる。絵空物語の主人公のように、隠された剣の才能でも目覚めれば別だが。
魔法都市での一件でバルジから貰った小剣は弾帯に引っ掛けて装着しているが、これは剣というよりも銃剣などの、それこそ64小銃用の銃剣程度の大きさである。この長さならばまだ扱えなくもない。これ以上は少々扱いきれない。
「でも、刀とかあるんだったら興味あるな」
しかし、絵空物語に憧れる自分を否定しない。日本男児たるものいくつになっても刀というロマン溢れる武器に憧れを抱かないわけには絶対に無い。
既に俺は魔法という憧れを絶たれている。ならばこそ、一縷の望みを片刃の刀剣に託すのを誰が馬鹿にできようか。
「カタナ? ……すまんがどういうモノか分からないな」
人の夢と書いて儚いと読む。現実は非常である。
幻想調査隊のありとあらゆる武器を作ってきたテッドが知らないと言えば詰まるところ、この世界ではあまり馴染みが無い武器であるということだ。
「でもでも、でもよ? あの赤目のダークエルフは刀を持ってたぜ? ならどっかしらにあるよな!?」
「……すまんが、実はウェスタにも十年ほど前に聞かれたがそのとき調べても分からなかったんだ」
既に無かったという前例がある以上、入手は絶望的だ。
刀なんて、異世界ならばそこいらの武器屋にでも売ってるだろうという俺の希望的観測はこの日覆ってしまった。無いモノは無いのだ。
「いんや待てよ旦那。カタナって武器は記憶にあったな」
「本当かッ!?」
長い口髭をジョリジョリとさすり、ウドバンは細い目で記憶を振り返る。
「確か……百五十年前ぐらいにだな。エルフの少女がカタナと呼ばれる剣をドワーフの里に売り捌きに来たんだ。俺がまだ見習いの頃だな」
ウドバンが百五十歳以上という要らない情報とエルフが刀を持っているという二つの情報が俺の頭の中に入り込む。
「普通のエルフの髪色は金色っぽいんだがその子は茶色髪のエルフでな。珍しいエルフに珍しい武器で覚えてたんだ。確か……エナって名前だったな」
「エナ……か」
名前を聞いて俺は考え込む。
日本の武器を売る。珍しいエルフ。そして名前。
エナという名は日本の名前で当て嵌めても違和感が無い。鈴木恵那とか佐藤恵奈とか。多い名字に組み合わせても充分あり得る。これが権左衛門とかのいかにも日本男児的な名前なら異世界の者と確信しても良さそうだが。
「武器の出来はエルフが作ったにしては良かったが、俺達ドワーフやテッドの旦那が作る武器には劣る出来だったぜ?」
「ん〜。じゃあ刀は諦めるか。クソぅ、俺の厨二病が……」
無いモノは仕方ないし、あっても駄作ならば求めても意味が無い。
「とりあえず決めちゃいなよ。何選んでも私が鍛えてあげるからさ」
ルチアにせっつかれ、俺は改めて店内を見回す。
剣に槍に斧に弓。剣だけでも身の丈を超える大剣や振り回しやすそうな片手剣がある。槍に関しても三又のモノや何やら管のようなモノが付いたヤツもある。一口に武器と言っても種類は豊富だ。
よりどりみどり、どれを見ても魅力的であり尚且つ俺が一朝一夕で扱えそうなモノはない。
だがしかし、武器を作っているのはあくまで二足歩行二本の腕を持つ同じ生物。種族や世界は違っても用途が似るモノもある。種類豊富な武器の中、俺は比較的馴染みのある形状をした武器を見つける。
「よし、これが良さそうだ」
それを取ると意外そうな顔をする女性陣と、納得した顔の男性陣。その前で俺は武器を振るって見せる。
馴染む。初めて手にした武器だが、これに似たモノはよく使っていたので振り回しても違和感がない。
「ウドバン! これをくれ」
「おお、お客さん。お目が高いねぇ!」
お褒めの言葉をいただき、俺が手にしたモノ。それは無骨な形をした一本の戦鎚。ウォーハンマーと呼ばれる類の武器である。
「ふふん。毎月、十一日はハンマーの日ってな」
元の世界で遥か昔に観た動画の謳い文句を口ずさみ、俺はもう一度握りの具合を確かめた。