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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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残念な奴

 〜〜四年前。春。新隊員教育隊にて〜〜


「今日からお前らの班付きとなる日本士長だ! 日本班付きと呼ぶようにな!」


 四月にしてはやけに熱い太陽の下、俺は坊主頭の若々しい隊員達に威容を放ち自己紹介をする。


「「「はい」」」


「返事が小さいッッッ!!」


「「「ハイッ!」」」


 注意を受けて十名からなる隊員達は一回目よりも大きな声で返事をする。


 ここは俺がいる駐屯地の新隊員教育隊の隊舎前。トタンを青色に塗った屋根に所々ヒビが入った壁は馬小屋よりはまだマシという評判だ。


「いいか? お前らをこれから自衛官として鍛えていく。一人じゃただの自衛官だ。二人以上の隊を成すことによって俺達は自衛隊となる」


 俺はここで息を大きく吸う。


「自衛隊てのは部隊行動だ。一人一人の練度と規律が大事だ。お前ら新兵はその両方とも足りない、つーか、ゼロだ」


 まだ着慣れていない下ろし立ての色濃い迷彩服を着た新兵達はどことなく不安そうだ。


 俺もそうだった。気持ちは分かる。だからこそ。


「半人前のお前ら俺達教育隊は厳しく指導する。いいかお前ら、ついて来い!」


「「「はい」」」


「声が小せぇ!」


 同じやりとりを繰り返したところで俺は新隊員達をざっと見回す。全員初々しい雰囲気を纏っている。


 こいつらを一人前に育てるために俺は指導者でありながら良き理解者にもならなければならない。そう思うと俺自身の気持ちも引き締まる。


「やってらんねぇっすわ」


 新隊員の一人が漏らした言葉を俺は聞き逃さない。


「おい、今なんつった?」


「先に入隊しただけなのに人生の先輩面されてもやってらんねぇっすわ。って言ったんすよ? 耳ついてます?」


 坊主頭の新隊員達の中で一人だけ。肩にかかるぐらいの長髪の男がいた。いかにも人を舐め腐った態度をとるコイツを俺は問題児として認識している。


「西野正樹! テメェ、それが上官に対する態度かっ!?」


 俺は生意気な口を利く新隊員の胸ぐらを掴み、殴るためにぐっと引き寄せた。



 ―――――



 朱色の塗装がされた木のテーブル。どこか大陸の匂いを感じさせるシンプルながらも高級な佇まいは名高い中華料理の店にでも連れてかれたと錯覚する。

 錯覚で終わるのは皿に乗る料理が炒飯や餃子では無く生の魚の刺身とそれらを使った料理だからだ。


「これがスシですか? このアルベイン。初体験ですぞ……」


「うわ、本当に生のお魚なんだ。食べたかったけどちょっとドキドキする」


 横を見れば、部屋の朱の色に桃色が揺れている。

 ルチアが渡された箸を何度も落としているのは、王国の文化では生で食すはずが無い魚の刺身を食べるのに抵抗感を感じるのか、それとも慣れない箸を使おうとしているからなのか。


「ここの天井から忍者が降りて来たら面白くない? しかも皆アレよ? 銃とか持ってんの! 忍者プラス銃とかクールじゃない?」


 同じテーブルに俺と同じ黒髪の少女が何食わぬ顔でイカのお寿司を食べている。


「何で当然のようにお前がいるんだよ。しかもなんだその発想、思考回路が撃ち抜かれてるのか?」


「ルカちゃんがこの店紹介したのに!? 自衛隊さんヒドーイッ!」


 俺と同じ黒の髪を揺らし鈴音ハルカは抗議する。黙っていれば誰もが認める可愛い少女なのだが、残念ながら中身が通好みだ。


「高級店は居心地が悪いな。なんだこの二本の棒は?」


 箸を初めて見るのかテッドは一本ずつ手に取りマジマジと視線を注ぐ。


 ここはニキータの街の中でも指折りの飲食店である。内陸という土地ながら新鮮な海産物を食べられると話題らしい。


 通常、海辺のすぐ近くでなければ食べられぬ新鮮な魚をここでは食すことができるのだ。

 なんでも氷の魔法を用いた冷凍技術で運搬をしているらしく、元の世界ほどではないが比較的距離がある場所においても腐らさず活きの良い魚が使えるので、他店とは一線を画す味らしい。最もそれだけ腕の良い魔法使いを雇っているからコストが掛かるらしい。


 今回頼んだ料理はこの店でしか食べれないといわれ、ルチアが食べたがっていた生魚を用いた料理だ。鈴音ハルカの紹介でなければ俺達など門前払いもいいところなので本当は感謝している。


「寿司ってのは手掴みで食ってもいいんだぜ? ほらこんな風にな」


 俺は白身魚っぽいネタが乗った寿司を一つ手に取り、小皿に注がれた黒い液体につけて食べる。


「うん、美味い。魚の味は詳しくねぇけど、醤油が普通に醤油味で美味い」


 表面上は冷静に装っているが、俺は正直言って驚いていた。

 醤油の味が元の世界で食べていたのと遜色の無い出来だったのだ。むしろ、こちらの方が味に深みを感じる。本当なら久方振りの味に立ち上がって小躍りしたいが、大人なので我慢する。


「うはっ! 本当だね。このソースが美味しいね! しょっぱい!」


 ベッチャリと醤油をつけ、俺と同じように寿司を食べたルチアは嬉しそうに頬を緩ませる。こっちも大人しくしてれば美人だ。


「生魚を食べるのは初めてだが、うーむ……人を選ぶな」


「ぐぅ、これは少し苦手ですな。やはり魚はよく火を通した方が美味なのでは?」


 今のところ異世界人には二対一で不評だ。元の現代社会でも日本人以外では生魚食すことに抵抗を感じるモノも多いので仕方ないことかもしれない。


「見て見てハジメ! この触手みたいなのすごいよ! 舌に張り付く」


「ルチア……お前タコもいけんのかよ。さすがは銃弾を食べようとしただけあんな」


 切られて尚も動く気持ち悪いタコの足を手掴みで口に放り込み、その後醤油をペロリと舐めて味を楽しむ。食べ方としては間違っているが美味しいのならばとやかく言うのも野暮ってものだ。海外では悪魔の魚と呼ばれるタコだがルチアの悪魔的な食欲の前ではなす術もない。


 生魚が苦手な人もいることだ。火を通した魚料理を注文したほうが良いかもしれない。


「この店はフライもあるんですよー! 頼んで差し上げます!」


「じゃあ私は……」


「ふひひ、新しい魚料理ですね? それも頼みます。自衛隊さんはビールですよね?」


 意外にも気が利くのか、注文を聞かずに俺が頼みたかったモノを頼んでくれた。呼ばれて来た店員に対しかなり丁寧な言葉遣いで注文をし、間違っても銃を前にしたような奇抜な言動をすることはなかった。


「……自衛隊さーん。別に私はいつもあんな感じじゃないですよー? 時と場所ぐらい選びますよー?」


 自分が清廉潔白な淑女ですよと言わんばかりに、俺の疑惑の目線に反論する。


「擬態が上手いんだな。俺も電子の歌姫が好きだからよく分かるよ」


 オタクとして生きていく上での必須事項としてこの擬態という能力がある。簡単に言えば、自分がオタクであるということを非オタクから悟られない能力だ。

 人というのは表向きには、他人の趣味に口出すのは良くないっと言うが、その実は自分が好きなモノを以外を異常なまでに排他するのだ。口では綺麗事を言う輩を俺は今まで幾度と無く見てきた。そのような事態に出くわさないためにも少数派の俺達は好きという気持ちを隠していかなければならなかった。


(タケさんは理解してくれたな……あの人怖いけど、人の好みを馬鹿にしない人間だからな)


 師と自信を持って言える人を俺は心に思い描く。


「まぁまぁ、とにかく一杯どうぞ!」


 トクトクっと酒飲みが大好物の音を立てて鈴音ハルカは運ばれた瓶ビールを俺のジョッキに注ぐ。黄色い液体と白い泡に喉を鳴らさないのは下戸だけだ。


「ルチア……さんも飲むんですか?」


「ふぇ? 顔に出てたかな? うん、飲みたい」


「待てよ。二十歳未満の飲酒は法律違反だぜ?」


 日本の法律では二十歳未満の飲酒は厳禁である。猿でも知ってる。


「ハジメ殿! 王国では一八歳から飲めますぞ!」


「そうなの?」


「南部では一五からだぞ」


「マジで?」


「東部の帝国だと二十一歳からですよー!」


「本当かよ?」


 訂正。猿では知らない。海外では飲酒や喫煙の基準が日本とは異なると聞くし、異世界では余計に違うのだろう。


 よくよく考えてみれば旅の途中でルチアは飲料用の革袋にブドウ酒を溜めて普通に飲んでいたので今更なことだ。

 ジョッキに注がれたビールが現代の常識を思い出すほど似ていたので、ついくだらないことを言い出してしまった。


「そもそも私、自分の年は正確に知らないし。子供の頃の記憶無いって言ったでしょ?」


「もしかしたら三十手前の可能性もあるしな?」


 その言葉を口にした瞬間、ルチアの笑顔が消えた。っと同時に和やかな飲食の空気が一変して張り詰める。


「……自衛隊さん。その言葉は無いわ〜。求められて無いわ〜」


「ハジメ殿。さすがの私でも失言だと分かりましたぞ」


 空気を壊す代表二人にさえ呆れられた俺はすぐさま席を立ち跪く。両脛を地面にあて掌を下に、額を床に押しつけ地面を舐める勢いで謝罪の意を示す。


「ごめんルチア。さすがに俺が悪かった」


「ごめん? 俺が?」


 確認の声は普段のルチアからは想像出来ないほど低く、俺の危機感を増長させる。


「申し訳ございませんルチア様。愚劣な思考をお許しください!」


「冗談でも言って欲しくないこと、私にもあるからね?」


 許しを得て俺は安堵し椅子に座り直し、お手拭きのハンカチで額を拭う。高級店だけあって埃一つ無かったのが救いだ。


「そ、そういえばよ? ルカの幻想ってどんなのなんだ? 自衛隊さんに教えて頂戴!」


 俺は話題を変えるために出来るだけ明るい声で尋ねる。


 ルチアの怒り矛先を紛らわす目的もあるが、個人的にも調査隊的にもこれは知りたいことだ。何せ、ジネスが機密事項というほどだ。さぞかし希少もしくは強力な能力に違いない。

 俺の元の仕事に好意的とはいえ、簡単に教えてくれるとは思わない。だが空気が微妙になりかけてる今の状況では話の流れを変えられれば良い。


「教えてもいいけどタダじゃいきませんぜぇ? ぬへへへ」


 守銭奴のような笑い声で手を擦る姿は俺が想像する悪徳商人そのままの姿だ。俺が親だったら娘にこんな仕草をやられたら泣く自信がある。絶対の自信だ。


「金か? 名誉か? それとも世界の半分か? あいにく俺は伝説の勇者様じゃないぜ?」


「呼びましたか?」


「勇者アルベイン様は黙って蟹でもしゃぶってろ」


 しゅんっとした顔で殻付きの足をしゃぶる。自分で言っておいてアレだが少々言い過ぎたか。


「ずばりッ! 銃を撃つとこを見せてください! できれば昨日の84を!」


 なんだそんなことか。っと俺は安堵するのと同時に恐らくはそう言うだろうと予測していた。なので俺が返す言葉は二つ返事だ。


「いいぜ。撃つときは呼んでやる」


「やった! 信じますからね!? トラスト、ユー!」


 ウキウキとした様子で見た目の年相応にはしゃぐ鈴音ハルカ。

 信。という文字が入る言葉を使ったのは兄ジネスの影響からなのか。俺が考察するのは邪推だろう。


「んで、お前の幻想は?」


贈る者(ギフター)って能力ですよー」


 今日の給食のオカズでも答えるかのようにアッサリと吐露する。


「ジュピター?」


「ノー! ルチアさんそれ木星ですやん!」 


「ギフター……お前はサンタクロースか?」


「ん〜……小学生の頃にモデルガンをプレゼントしてくれなかったのでサンタは殲滅対象です!」


 クリスマスに良い子の皆がプレゼントを貰えなかったのはこれが理由だ。慈愛溢れ良識あるサンタは既に殲滅されている。


「なんかあんまり強そうじゃないな?」


 ギフトと聞けば平和的な想像(イメージ)が先に出る。お歳暮のハムが箱詰めで届く光景が目に浮かぶ。


「戦闘用じゃまず無いですねー。でもね? これがどうして……ぐへへ、中々使えるのですよ!」


 ルカはジッと俺の顔を見つめる。そして少し落胆したかのように肩を落とす。


「あ〜、残念ですけどさすがに異世界にラッキーストライクの銘柄は無いですね。あれって結構臭いですけど好きな人は好きですよね?」


「!?」


 俺は思わず面食らってしまった。確かに美味しい酒を飲んだことにより、普段よりもキツめのタバコを吸いたいと思っていたところなのだ。


「ルチアさんは……あっ、これもごめんなさい。魔法都市のソーセージは北部で獲れるスリーピーボアという猪の肉を使ってるんですよ〜」


「へっ!?」


 素っ頓狂な声を上げルチアは咄嗟に俺を見る。……こっちを見られても困る。今の俺は驚くのに手一杯で変顔も出来ない。


「アルベインさんは……うわっ、肉欲むっつり勇者じゃないですか。十八禁はルカちゃんでも引きますわ〜」


「ぬぅ!? そ、それは誤解です!」


「むっつり……ルチアのケツばっか追いかけてるからか。確かによく食うからプリプリしてるもんな」


 間髪いれず俺の肩に目掛けてルチアの拳が飛んでくる。


「テッドさんは……あ、その件は大丈夫です。兄様が対処してるので安心して食事を楽しんでください」


「む? もしかして火薬の原料の硫黄のことか?」


「そうそう! とまぁ、こんな感じです。すごいでしょ?」


 一通りペラペラと喋り終えると鈴音ハルカはドヤ顔で得意気な様子をみせる。


「お前、心が読めるのか?」


「んふふ〜ちょっと違いますん」


 ルカは指を開いて順に畳んでいく。その動作の意味は分からないが、ジネスも似たような動きをしてたので真似してるのだろう。


「私、その人が何を欲しているのか分かるんです。欲の形が見えるっていうべきですかね?」


「なるほどな。この街じゃ最強の能力ってことか」


 欲というのはキリスト教の七つの大罪にも数えられている。色欲や暴食などと有名だ。


 人間というのは欲の塊だ。称賛や名誉のような人に称えられたい欲。睡眠や食事に対する欲。男女の色に対する欲。欲があるから人間というのは進化する。

 特にこの街は商人の街だ。富を築くために、金のために生きる悪鬼羅刹の住処。剣の代わりに舌でしのぎを削る彼らとの商談において、相手が望むモノを知るというのは強力なアドバンテージとなる。


「だからジネスはお前を商談の場に出したくないのか。危険な目に合わせないために」


 こんな希少で強力な能力だ。もしも非道な輩に知れれば彼女自身が危ない目に遭う可能性が高い。


「ですです! だからいつもは隠し通路から見たり、街で相手に気付かれないうちに観察して、欲しいモノを兄様に伝えているのですよ! ぬへへ、優秀なのも困っちゃいますねぇ。アヒャヒャヒャ!」


 ……残念美人と改めて思う。笑い方が真面目な商談にそぐわないのも理由の一つか。


「笑い方を考えた方がいいぜ? JK(女子高生)さんよぉ?」


「おぉ!? なんか今のいいですね! 私もアルファベットで呼んでいいですか? JT(自衛隊)さんとかどうですかっ!」


 ルカの言葉に俺は口に含んでいた酒を吹き出してしまう。


「JTはタバコだろ! 自衛官だったらイニシャルはJKだ!」


「確かに! そしたらダブルJKですよ!? なんたる偶然の一致! いや必然! お揃いだ!」


「お前のテンション、そろそろ疲れてきたぜ……」


 苦笑するとはよく言うモノだ。ジョッキに注がれたビールの水面に映る俺の顔は正しくその通りである。


(ほんっとうに……マジで、ジネスのこと尊敬するわ。半日でもうお腹一杯だっつーの!)


 周囲の人が引くテンションで騒ぐルカを見て、俺はあの商会長がどれほど出来た人間だったのか再認識し、尚も喋り続ける鈴音ハルカの言葉に耳を傾けていった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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