ミリタリーなお嬢様
「ルカッ! お前は部屋で大人しくしていろと言っただろう!」
「ふふん! 兄様、どの部屋でと言わなかった貴方が悪いのです! この部屋でくつろぎますわ!」
他人の俺が聞いても屁理屈な内容だ。口ごたえをされたジネスが怒りでプルプル震える気持ちはよく分かる。俺も職場の後輩、西野辺りにこれをやられたら頭突きと拳よる鉄拳制裁したくなるほどムカつく。
「それに、私は兄様に何度も言ってますわ! ジエイタイさんていうミリタリーっぽい雰囲気の人が来たら真っ先に知らせてくれるように!」
ジエイタイ。いや、自衛隊という言葉に俺はピクンと身体を揺らす。
迷彩柄の上下に、自分で言うのもなんだが自他共に認める鍛えた身体。毎朝髭剃りする習慣の俺は誰がどう見ても陸上自衛隊だ。今は一人だから隊ではなく自衛官だが。
「い、今から知らせるつもりだった……」
「いいえ! 嘘ですわ、私の能力がそう言ってます!」
「スキル?」
言葉を聞いて俺達全員が反応した。幻想調査隊にとって、その縁のある者にとって幻想という単語は聞き逃しならないモノだ。
「ま、また秘密にしたいことをペラペラと……だからお前には商談の場に立ち合わせたくないんだ!」
秘密な能力。零した言葉を地獄耳が拾わないはずがなく、俺は興味深々なじっとりとした目でジネスを見つめる。
「失礼する! ほら、ルカも部屋を出ろ!」
「いやー! 兄様ったら年頃の妹の胸ぐらを掴むなんて……エッチッ! スケベッ! ワンタッチッ!」
最初に部屋に入ったときに見せたエリート気質な態度はどこかに消し飛び、今や駄々をこねる妹一人に振り回される苦労人な兄の姿だ。あのまま権力ある商会長の姿を見せたかっただろうに、心中お察しする。
「私達も出ちゃっていいのかな?」
お菓子も無くなり、紅茶も飲み干したルチアはもうこの場に用は無いと言わんばかりに腰を浮かせようとソワソワする。
かしこまった場のマナーなんぞ俺が知る由もないが、入り口にいる獣人のメイドが緊張感を解きほぐすように背伸びをしてるのだ。もはやここは商談の場では無い。俺も凝り固まった背中を伸ばす。
「あ〜、同じ姿勢は疲れるわ。なぁテッド?」
「まったくだ。なぜ鍛冶の俺がこんなことを。こういうのはジェリコやノウに任せるべきだ」
「おぉッ! テッド殿も文句を言うものですな!」
ひとしきり談笑し終えると俺はテーブルにばら撒かれた89小銃もどきを一つ手に取る。
「よく似せてるな」
穴が空いた木製の被筒部。銃身は鉄。握る握把の部分は木を革で包んでいる。狙う際に必要な照門や照星まで付いている。ガスを調整する規制子までよくマネしてある。
ただ一つ違うのは、弾丸を薬室に送り込むための部品である槓桿。それを引いて中を覗くとそこにあるの木目が綺麗な木であった。
「とりあえず外観だけだ。内部構造は複雑過ぎる。これを作ったやつは脳が六つあるのか?」
「砂糖を毎食百キロぐらい食えば俺でも作れるだろうな」
小さなレバーだけで単射と連射に変えられさらに三発制限点射機構を持つ銃というのを作るのはそれだけ難しい。実物があるとはいえ難しいモノは難しいのだ。戦国時代の料理人に現代のフランス料理のフルコースを一度見せただけで作らせるようなモノなのだ。
「ふむ。食い物と言えばこのアルベイン、とても腹が空いておりますぞ!」
お腹を撫でる勇者。当然の話だ。茶請けのクッキーはほとんどルチアが食べてしまったのだから。彼女に好意を持っているアルベインがその行為を咎めるはずもなく、ただ黙って口に放り込まれるクッキーを恨めしそう見ていたのを俺は横目で見ていた。
「うーん、私もお腹空いたよ。なんか良さそうな店あるかな?」
(一番食ってんだろ)
声に出すのはやめた。前半部分は聞かなかったことにする。
思えば、早朝に木の枝みたいな堅焼きのビスケットと水浸しも厚紙みたいな噛み応えの干し肉を齧っただけでまともな食事をとっていない。食い意地お化けなルチアじゃなくても腹が減る。
「言っておくが、俺は美味い飯屋は知らんぞ。酒は知っているがな」
先手を打つようにテッドは言う。この街の出身であるテッドにオススメの店を聞こうと思っていたが、どうやら当てにならないようだ。
「しゃあねえな。適当に店入りゃ食いもんあんだろ?」
「いや〜お兄さん、それは良くないね〜」
仲間達に向けた言葉の返事は俺の尻の下から聞こえてきた。
「ちょいと失礼!」
「ひゅい!?」
驚きと同時に足元の木板がパカッと音を立てて開き、そこから伸びる白い手。俺はホラー映画さながらの演出に思わずルチアにしがみついてしまった。
声も出す間もなくズルズルと這い出して来たモノ。それは先ほどこの部屋から出たはずのジネスの妹。ルカと呼ばれた女子高生風の少女であった。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン! ルカちゃんが自衛隊さんに会いに来たよーっ!」
まるで戦隊モノのヒーローのように決めポーズを取るとルカは意外そうな顔で俺を見る。
「あれ、なんか私スベっちゃった? おっかしーな? 学校ではそこそこウケてたのになー? もう一回やっていい?」
返事を聞こうともせずにルカはいそいそと今しがた自分が出てきた穴に戻ろうとする。俺は慌ててその肩を掴んで止める。
「やんなよ! つーか、どこから出て来てんだよ!」
「隠し通路からですッ!」
引っ叩きたくなるようなドヤ顔を見せ、スカートについた埃をパパッと払うと彼女は何事も無かったかのようにジネスが座っていた場所に座る。
左右を見れば全員が唖然としている。俺にとって常識が無いと思えるアルベインでさえもアングリと口を開けて放心していた。ルチアに至っては何か言ってよと言わんばかりに俺へ視線を送ってくる。
正直、この子は何が何だか分からないし、何がしたいのか分からない。だが、日本語の素晴らしさはこの状況からでも言える言葉があることだ。
「なんだお前は。色んな意味で何者なんだ?」
俺が言葉を言い直すと待ってましたと言わんばかりにルカは鼻息を思いっきり吐き嬉しそうに笑う。
「むっふっふ……自衛隊さんと同じパターン。異世界の転生者というヤツです!」
ビシッと両手の親指を立て決めポーズ。
「もしくは転移者ッ!」
「異端者なのはよく分かった」
「むへへへ、自衛隊さんのお褒めに預かり光栄ですぜ」
三下のゴロツキが喋るような言葉使い。ジネスと会話していた少女と同一人物には思えない。さっきまでは比較的丁寧な言葉遣いだったが今はもう中年のオッサンのような口調だ。
「元は五十代前半の加齢臭たっぷりおじさんが異世界では女子高生に転生ということだな? よくある小説のネタだ」
「やっ、違うって自衛隊さん! 私は元から花も身を焼き月も撃ち落とされる可憐な女子高生ですってば!」
由紀から借りた異世界系の小説にそんな話があったからこの子も同じなのだと思っていたが、どうやら違うようだ。怪しい言葉遣いからもこの子の親はさぞかし立派な教育をしてたに違いない。もちろん、世間では好まれぬ意味でだ。
「羞月閉花の具現化! 日本原産、日本育ち、か~ら~の~異世界転生女子高生! 鈴音ハルカちゃんデース!」
名乗った彼女はダブルピースで舌をペロッと出して渾身のカワイイ……いわゆる映える顔をする。
正直。本当になにをいっているのか理解に時間がかかるが、元々は日本の女子高生だったがこっちに転生した際にもう一度同じ日本人として転生したということだろうか。だとすると確かに転生者ともいえるし転移者ともいえる。異世界から来た人間にこんなパターンもあるとは思いもしなかった。
「ニホン?」
「イエス! ジャパニーズ!!」
「パニーニ?」
「ルチア、それはイタリアの食いもんだ」
「ドリア?」
「その聞き間違いは無理あんだろ」
俺はここに来て頭痛が痛いという感覚を初めて味わった。こんな子を妹に持ってしまったジネスの苦労は会わずともヒシヒシと感じる。妙な親近感さえ感じるほどだ。
「ハルカさんは何しに来たのかな?」
「むひゃひゃ、呼び捨てでいいですよ自衛隊さん! ルカちゃんの目的はですね……」
彼女は立ち上がり、俺達の後ろに集積されている荷物の前に向かう。その中の一つ。テッドが持って来ていた荷物の中で一際長いモノに触れ、覆っている布をぐるぐると取っていく。
「こいつデース!」
ガバッと勢いよく取り除かれた布の中から出て来たのは、俺にとって見慣れた形をしたモノであった。
「んなおッ!? おいおい、なんでそれを持って来たんだよ!」
出て来たのは金属製の筒。無骨でシンプルな作りのそれは一見すれば、単なる円筒の物体で何に使うかよく分からないモノである。しかし、自衛官であるこの俺は何の用途に使われるモノなのかよく知っている。
84式無反動砲。カールグスタフとの名称でも呼ばれるこの武器は戦車や建物をぶち壊すための火器である。
「その……な? こっちには腕利きの知り合いがいるしな? これなら仕組みが単純そうだから……作れないかと思って持って来て……ダメか?」
えらく歯切れの悪いテッドの言葉に俺は呆れた息を吐く。
良いか悪いかで言えば、人の物を勝手に持ってくるのは悪い。俺も懐中電灯を拝借した前科がある以上、人の事を言えた義理は無いが同行してる持ち主に一言ぐらいはあっていいはずだ。
「うっひゃあはぁー! このフォルム! ツヤ! 金属の冷たさ! 微かに残る整備油の匂い! 手垢で汚れた握把! 金属の照準具! んほぉ!? ヤバっ! は、鼻血が出そう……ッッ!」
呆れる俺の気分を一気に跳ね飛ばす言葉の羅列。銃器に興奮している女子高生を見るのは初めてなので俺は珍獣と同列の扱いでルカを見た。
「ふひゃっほう! MINIMIまであるじゃないですか!? むっほう! 89はッ!? 89は無いんですかッ!? 64でもいいでふけど!」
噛んだまま早口で捲し立てる。舌を噛んでるのに興奮し過ぎて痛みを感じてもいないようだ。
「お前ってまさか……いや、絶対に……アレだよな?」
こういった手合いの者を見るのは初めてでは無い。特に自衛隊においては少なからずこのような人種は一定数存在する。
「イエッサー! ルカちゃんは銃が大好きなんです! 学校じゃミリオタガールって崇められてました!」
ミリタリー系のオタク。いわゆるミリオタと呼ばれる人種。
世間では事あるごとに疎まれ、自衛隊内では知識を重用されるも扱いにくい人種ランキング一位。数あるオタクの中でトップクラスの面倒臭い存在だ。
(アイツ……本当に苦労してそうだな)
強烈過ぎる妹の存在。俺はジネスに同情し、若ハゲしないようにそっと祈っておくことにした。