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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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筆頭商人ジネス

 館に入り案内人に通された室内は、外観の煌びやかさに負けず劣らずの豪華さだ。

 武器や荷物は全て部屋の壁際に集められ、その周りを屈強な肉体の男達が守っている。別室に隔離させないということは警戒されている訳では無さそうだ。


 部屋の様子を見る。芸術が分からないが高そうな絵画に、価値が分からないが高そうなツボに、踏み心地がめちゃくちゃ良いフカフカの絨毯に、外の醜悪な臭いとは異なるなんとも言えぬラグジュアリーな匂い。全てが違っていた。座る椅子も座ってて尻が痛くならないように工夫されているのか、やけに座り心地が良い。いたわれつくせりの環境はまるで現代の高級ホテルの一室のようだ。部屋の隅にいるメイド姿の兎耳獣人がいなければここが異世界とは思えない。あの絵画を引っ剥がしたら裏に壁掛けテレビがあっても不思議ではない。


「やべっ、なんか空気感に緊張してきた。トイレ行っていいか? 大の方したい」


「さっき行って来ましたが、なんと紙を使ってお尻を拭きましたぞ!」


「汚い。やめて。クッキーが不味くなるじゃないの!」


 サクサクッと良い音を鳴らし、お茶請けに出されたクッキーを頬張るルチアは汚物を見るような目でアルベインを見る。下の話題を振ったのは自分なので、さすがに悪いと思い俺は苦笑いを浮かべながらアルベインの肩を叩く。


 今の話は何気ないようで興味深い。なぜなら、俺はこの世界に来てから用便に難儀していた。理由は一つ。現代は紙が主流だが異世界はそうでもなかったということだ。

 ウェスタの屋敷と王城では紙があったのだが、市井の御手洗いには紙は無かったのだ。あったのは葉っぱや粗悪な布切れなど、又は木の棒に海綿みたいのがくくり付けてあるだけのモノである。

 俺はまだ自衛官だから、訓練中の野外ではそういうモノで済ませた経験があったから、ちょっとしたカルチャーショックを受けただけで済んだが他の転生者や転移者はそうでも無かったはずだ。俺だって未だに抵抗感がある。


 何が言いたいかと言うと、要はこの館の主人はこの世界では王族や将軍でしか使わない紙で用を済ませた尻を清潔にしてるというわけだ。つまり、これから会う者は……


「皆様方。商会長様がお見えになりました」


 兎耳のメイドが扉を開け、恭しく頭を下げる。垂れた耳の先は真っ直ぐ地面を指す。


「絶大な権力者様のお出ましだな」


 俺は誰にも聞こえぬように小声で言葉を吐き、カツン……カツンと靴が鳴る方向に目を向ける。

 現れたのは耳が隠れる長さの金髪の青年。上等そうな生地の衣服はさぞ着心地が良いだろう。身体の線の細さから武力で闘うタイプの人間では無いのが分かるが、エメラルド色の瞳の底知れぬ深さが人間力を表しているようにもみえる。


 商会長と聞き想像していたのは初老の男性だったので俺は興味深げに相手を見た。


「幻想調査隊の皆様方。お待たせしました。ジネスです」


 礼儀正しく頭を下げるとジネスと名乗った青年はテッドの方を見る。


「テッド殿もお久しぶりで。先日贈られた剣は切れ味鋭く、先方も大層気に入ってましたよ」


「ジネス殿が用意された鋼の質が良かったのです。お褒めに預かり光栄です」


 親しげながらも、どこか含みがありそうなやりとりだ。俺の視線に気が付いたのかテッドは呼吸で腹を膨らましてから答える。


「俺は元々この街の出身だ。自分で言うのもなんだが、腕の立つ鍛冶だったと自負している」


 自負してる。自らの腕によほど自信がなければ中々言えない言葉。ある程度の謙遜はあるが、自分の技術に絶対の自信があるという表れだ。


(俺も今度から射撃の腕を聞かれたら自負してるって言おっと)


 一人心の中で決めといた。


 話を聞いて想像するに、恐らくテッドが幻想調査隊に入る前から良い商売相手として互いに交流があったのだろう。ウェスタがこの度の商談としてテッドを起用したのはその理由のはずだ。


「剣の切れ味についてもう少し語り合いたいところですがなにぶん私も忙しいのでね」


 俺達の真向かいに座るとすぐさま手を組む。その動作だけで自分をこの場の上座に据え置いたのが分かった。


「話はそちらの将軍殿から聞いております。それを踏まえて言わせてもらいますが……」


 手を崩すとジネスは誰を居ない方向に指を立てる。


「我々のメリットは?」


「メリット?」


 利点。っと聞かれて俺はテッドの方を見る。この商談に関して俺はなんの話も聞いていない。完全に蚊帳の外の俺は視線しか動かすことができない。ルチアも菓子を食べる手を止めテッドを見てる。


「今まで鉱山の採掘や魔法都市に売るしか利用方法が無かった火薬の王国への流通では不満ですか?」


「私は自分で見て判断したいのです」


 予めそう言われるのが分かっていたかのように、おもむろに立ち上がり持ってきていた荷物から大きな袋を取り出すとその中身を机の上に持っていきばら撒く。


「!? これって……」


 机の上にばら撒かれたのは銃だった。いや、銃に見える何かの筒である。銃を模倣したとでも言えばいいのか。とにかくそれらは俺が使用していた89小銃をえらく簡略化したモノに見えた。


「王国内で生産された銃、および弾薬をこのニキータの街に安価で卸す。それがウェスタ隊長から送られた商談と我々は理解しています」


 少なくとも俺は理解してない。


「そうですね。私も以前はそれで了承しました」


 ジネスは立てた指を下ろし、テーブルに置かれた銃を撫でる。


「しかし、この筒は本当に有益な武器に、少なくとも我ら商人にとって利となるものなのかと考えると私もこの国の商いを束ねる身として考えなければならなくなるのですよ」


 銃から手を離すとジネスは今度は指を二本立てる。


「武器商人としての立場で言うならば。一つ、コストに見合う価値はあるか。二つ、どれだけの者に使えるか」


 また指を一本曲げる。よく動く指だ。忙しない。


 言わんとしてることは俺でも分かる。ようはこの世界にマッチがあってもライターが作られて無いのと同じだ。


 指先一つで火を起こせる者ばかりの世界でタバコの火をつけるのにわざわざ精巧な仕組みの道具を使うか。俺ならロマンがあるから使うが普通の人なら使わない。


 魔法で敵と戦えるのに、剣で敵を斬れるのに、弓で敵を射てるのに、十字弓(クロスボウ)で敵を撃てるのに。人を殺傷出来る手段が豊富なこの世界に改めて武器が必要なのか。


 さらに言えば銃を扱うという技術はこの世界に馴染みが無い。人間、初めて扱うモノには抵抗が起きる。それならば手慣れた獲物を使いたがるのは戦士の性だ。俺も最新の多目的無線機よりも通話しか出来ない古い無線機の方が使いやすかった。


 結論を言うならば、わざわざ難解な仕組みの銃を作り、わざわざ未知の技術が必要な武器を使わなくてもこの世界では戦える手段が既にある。言ってしまえば要らぬ武器を求めるモノはいないとジネスは言いたいのだ。


「テッド殿の作る十字弓は龍の鱗を突き破るほどの威力があります。その銃とやらを作るほどのコストもかかりません。需要も傭兵から冒険者に騎士団にあります。その銃とやらを作るのと十字弓を作るのはどちらが生産的ですか?」


「……クロスボウだな」


 答えに窮したか、それとも鍛冶を生業とする者の自分で作る武器の信頼からか。テッドはこの場の交渉に於いて最も言ってはならない言葉を言ってしまった。


 それは己が売り込む品物の長所を全否定してしまっていることだ。


 俺は堪らずテッドの肩を掴み。小声で耳打ちする。


「おいテッド! それ言っちゃこの商談がおじゃんになるぜ!?」


「……すまない。俺はこう……改まって喋るのがあまり得意じゃなくてな……嘘も言えん。これでも練習してきたのだが……」


 テッドは大きな身体を小さく丸めてしまった。


 何故、ウェスタはこの男に商談を任せてしまったのか。嘘を言えないというのは美徳だが、交渉というのは嘘やハッタリも必要になる。正直言ってテッドに商談というのは向いて無さそうなのだ。

 あの髭面騎士は適材適所という言葉を義務教育で習ってこなかったのか。甚だ疑問だ。


 ジネスはテーブルに置かれた湯気が立つお茶を一口飲むとふんぞりかえり足を組む。自分が優位に立った証明だ。


 このままでは商談が破棄になってしまう。締結するのを当然の案件を達成できぬというのは些か能力に問題があるということになり、テッドの影の努力も無駄になってしまう。俺としてはそれは避けたい。


「それでは、残念ですが今回の話はなかったことに」


「ちょっと待ってくれ!」


 ジネスの言葉を俺は慌てて遮る。


 交渉相手、目上の者の言葉を遮るというのは無礼千万だとマナー講師にでも言われそうだが、ここでなんとか挽回せねば先は無い。


「銃の利点なら説明出来るぜ! ……おっと、説明出来ますよ」


 俺は口に出してから言葉使いを改める。


 訝しげな表情をするジネスだが、話そうとするのを咎めぬことから俺の言葉を聞く意思はあるようだ。


「まずは今言った威力の件だな」


 俺は頭の中で良い例を探す。


 ……正直、龍とやらをリーファの飛龍しか見たことないので火力の参考には使えない。確かにアレぐらいなら撃ち落とせるが、ジネスの言う龍がファンタジーによく出てくるビルみたいに馬鹿デカイやつだとしたら無理だ。多分無理だと思う。


 よって、銃でもぶち殺せますよ。との言葉は安易に使えない。そもそも弓でも龍を倒すことは可能なのだから話にならない。銃の威力でなければ倒せぬ相手でなければいけない。


 もっと硬い奴、もっと脅威となる相手が必要だ。


 その脅威を俺は実際に撃退してる。


「特別調査対象。通称、金剛と呼ばれるゴブリンを俺は銃で倒してる。横にいるルチアが証人だ」


 俺の言葉にジネスは声こそ出さなかったが、明らかに興味を惹かれた目をしている。


 畳み掛けるなら今。


「それだけじゃない。俺は北部の魔法都市で巨神兵撃破、赤目のダークエルフ、サウスの撃退もしてる」


 これは厳密に言うと銃で倒し撃退した訳ではないが、嘘は言ってない。俺がやった事実を言ってるだけだ。突っ込んだ質問をされたら終わり。冷や汗が背を伝う。


「……北部? 私の預かり知らぬことですが、それは事実で?」


(しまった。北部は機密事項か!?)


 あれだけの被害が起きたのだ。調査が進むまで情報統制が行われてる可能性が高い。要らぬ情報を渡してしまったかもしれない。


「機密事項だがな。腹割って話すのも信頼のためには必要だろ?」


 突っ込まれぬように先に話す。自分で言っておいてなんだが、北の件は頼むから食いつかないでもらいたい。


「信頼、信頼……」


 ジネスはオレが言った信頼という言葉を繰り返す。牛の反芻ように喉から声を出しては飲み込むと俺を値踏みする目付きで見る。


「貴方は商人が一番大事にしてるモノが分かりますか?」


「金?」


「信頼です」


 商売人だから金と答えるのは浅はかだったか。即答で訂正されてしまった。


「意外ですかね? 利や富と答える者も多いですが、私は信頼と思っています」


 ジネスはずっと組んでいた手を解きほぐし、初めて俺を真っ直ぐ見た。……気がした。


「命を預ける武器を売る者は、信頼に足るモノを提供していかなければなりません。自分の命を賭けるに値するモノをです」


 商売人とは思えぬ目付きが俺を射抜く。戦闘とはまた違う緊張感に手が湿る。


「貴方は何を提供してくれますか?」


 言われ、問われ、俺は思考する。


 俺が提供できることなど、大した物は無い。ならばこそ物以外を提供するしかない。


「技術を。知識を。銃に関する、教え得る全てを伝える。銃を待つ兵達の長になれる」


 使えるモノなど、俺にはこれしかない。元の世界で得た知識しかない。これが選択肢を考える頭の無い俺の最適解だ。


「二言はありませんね?」


「日の本男子に二言は無ぇよ」


 俺が答えるとジネスはニッコリと笑い、お茶請けに出されたクッキーと茶を口に送り込む。


「ちょっ! ちょっと待って!」


「……ルチア。お菓子食われたからって焦るなよ」


 最後の一枚のクッキーを食べられたからか、ルチアは激しく狼狽する。会話に参加せず空気のように菓子をひたすら食べてたくせにまだ食べたりないのか。


「違うわよバカッ! いいから耳貸して」


 ルチアが俺の耳を引っ張るのと同時にテッドも何かに気づいたのか、落胆するかのように頭を押さえる。アルベインだけはまだ何も気付いてないのか、俺と同じように呆然としている。


「ハジメ? 今、大変なこと言ったの分かる?」


「全然分からん」


 俺の正直な感想に呆れて肩を落とすルチア。意見も出さなかった食い意地お化けのクセにそんな態度はどうかと思う。


「今のハジメはね。他の国の兵士として戦ってもいいって言ったのよ!?」


「……やべ。余計なこと言っちゃった……よな?」


 急いで俺は頭の中を整理する。今の話の流れで銃を持つ者達の長になれるということは。即ち、それの意味は。


 グロリアス王国では無く、ジネスが用意する兵達の指導者として戦ってもいい。っと言い換えられるモノだったのだ。


「ちょっ! ちょっと待ってくれ!」


 俺は慌ててルチアが言ったのとほぼ同じ言葉を口からだす。


 しかし、ジネスは俺の言葉を無視して上着の内ポケットから白色の魔結晶を取り出し魔力を込める。すると俺がついさっき言った言葉がそのまま同じ声で部屋中に流れる。


「蓄音の魔結晶です。言質とりましたから」


「おまっ! どこかの弁護士かよ!? 用意周到過ぎんだろ!」


 異世界版ポイスレコーダーの前に俺は反論することも出来ずに、ただ聞き分けのないガキのようにウダウダと文句を言うばかりであった。


 一通り文句を言い終えると、ジネスはいかにもなビジネススマイルを向けて俺を諭すように口を開く。


「ふふ、安心してください。南部の他の街はともかく、このニキータの街は王国と協力状態。元々私とウェスタ将軍の取り決めで貴方を銃兵部隊の指導役にすることは決まってましたから」


「あん? ちょっと待ってくれ。理解するのに何分かくれ」


 俺は頭に指を当て情報を整理する。色々と頭の中が錯綜するが、俺は単純明快な言葉を口に出す。


「つまり、ここまで予定通りだと?」


 ジネスは肯定を言葉ではなく指を鳴らすことで答える。


「本人が自らの意思でやらなければ教育は効果無いと思っていますのでね。する側もされる側も」


(よく言うぜこのインテリ七三頭)


 とんだ茶番だ。いわゆる既定路線の話だったと言うわけだ。咄嗟に文句を口に出さなかった自分を自分で褒めたい。


「商談は纏まりましたね。ふふ、最初から決まってた話でしたが……いや、面白い商談でしたね」


 俺を見てジネスは笑う。ビジネス的な笑顔ではなく、かといって親しい仲に見せる笑顔でもない。なんというか、子供が遊んだ後のような満足感に近い感じがする。席を立ってもその笑顔は消えない。


「それでは私は忙しいのでこれにて。失礼させてもらいま……」


 ジネスの言葉を遮るように部屋のドアがけたたましく開かれる。否、蹴破られたと言い間違えた。

 ドアの金具が外れ木の木片が絨毯に飛ぶ。俺は敵襲かと思い咄嗟に立ち上がり身構え侵入者の姿を見やる。


「兄様、兄様、酷いわ! ジエイタイさんが来るなら私に教えてと言ったじゃないッ!」


 ジエイタイ。っと俺にとって馴染みのあり過ぎる言葉を吐いた女性の姿を見て俺は絶句してしまった。


 腰にまで伸びる黒髪に白めの肌。まんまる猫目の瞳。そんな視覚の情報はどうでいい。


 問題なのはジエイタイという日本語を発したことと誰がどう見ても高校生と判断できるブレザーを着た若い制服少女であることだ。

 いわゆる、女子高生と言える生き物がこの場に現れたのだ。あまりに場にそぐわな過ぎて逆に違和感がどっか行ってしまっている。


「……あぁっ! ルカ、お前はなんでそんなに常識がないんだッッッ!! せっかくいい感じで終わりそうだったのに!」


 突然の乱入者にジネスはルカと名前を呼び、今さっきまでの冷静沈着な姿を見る影もなくイラついたように頭を掻き毟る。


 想定外の事態に混乱する俺の耳に聞こえるのは同意しながらも茶を飲むルチアの喉が鳴る音だけだった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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