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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
六章 商人達と防人
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余計なお世話

「おっ、ルチア見ろよ。また砦だぜ?」


「本当だ。あれも大っきいねー」


 緑一色の草原の中にドンっと存在感を示す石造りの小城。見張り台がいくつも建ち、尖った木製の杭による防護柵が周囲をぐるりと囲んでいる。

 防御力は上々。あれでは装甲車でもなければ容易に破壊は出来ず、この世界の兵士の装備では無傷で突破するには困難だ。


「大陸南部って治安悪いって聞いたからな」


「亜人種の魔物もすごく多いらしいよ? 王国南部も砦多かったもん」


 今俺達がいるのはグロリアス王国から南に進んだ場所。南方の守城を超え、さらに国境となる関所を超え二日ほど馬車で進んだ土地だ。

 王国近辺も草木が芽吹く豊かな土地であったが南部も負けず劣らず緑に溢れている。遠くに見える丘の上には鹿のような生き物が草を食んでいる。動物も多く実りのある自然というわけだ。


「揺れるぞ」


 御者席から野太い声が聞こえ、同時に馬車の車体が大きく揺れる。二度ほど大きく地面を跳ねると再び平坦な道に戻ったのか安定した走りを見せる。


「おいおい、安全運転頼むぜ?」


「これでも気を遣ってるつもりだ。それとも変わるか?」


 声の主からの提案に俺は首を振る。


「冗談。俺の運転だと尻の穴の心配をすることになるぜ?」


 返答はすぐに帰って来ず、しばらく地面を車輪が舐める音が聞こえる。


「なーんかさ。ハジメが言うと全部卑猥に聞こえる」


「風評被害も甚だしいな。つーか、俺がスベッたみてえじゃねぇか!」


 笑いを求めたわけではないが、こうもそんな空気を醸し出されて何も思わないわけでは無い。俺は御者席と荷台を分ける布幕を手でどかし、馬車を運転する者に声をかける。


「なぁテッド? お前も黙ってないで俺の援護をしてくれよ!」


 浅黒い肌に筋肉質な肉体で馬の手綱を握る男。幻想調査隊の一人であり、鍛治士として隊の武器装備を預かる寡黙な人間だ。


 呼ばれたテッドはのそりと俺の方に顔を向け、意外にも優しい笑みで俺への返事をする。


「お前の日頃の行いが悪い」


 それだけ言うとテッドは再び前を向く。

 俺は自分の眉を指で掻くとヒラリと身軽な動きで御者席へと移る。


「聞き捨てならねぇな。これでも俺は好青年って呼ばれてるんだぜ? 品性良好。合コンに行ったら筋肉触らせて!って騒がれるぐらいだしよ」


「んー? ハジメのそれはよく分かんないけど、関係無くない?」


 ごもっともな意見は右へと聞き流し、俺はテッドの肩に手を置いて同意を求める。すると、テッドは再び笑みを浮かべて肌の色とは真逆な白い歯を見せる。


「武器への愛護心が無い奴に鍛冶屋が高評価を述べると思うか?」


「ウッ、それを言われると何も言い返せねぇ」


 俺は縮こまり、荷台の端にひとまとめに置かれた自分の旅荷物とそこにある武器に目をやる。


 通称MININI。読みもそのまま、ミニミと呼ばれる分隊火器である軽機関銃だ。リンク弾がボックスに収納された状態であり、弾込めをして安全装置を外せばすぐさま撃てる状態にしてあるそれは倒れないように紐で荷台に固定してある。


「完全にブッ壊れたからな。そんなに荒っぽく使ってはいな……いや、結構無茶したか」


 魔法都市にて赤目のダークエルフ、サウスとの一戦で俺が使っていた89小銃は使用不可能なほど破壊された。ミニミは小銃の代用品として携行してきた。

 本来ならば小銃と軽機関銃では使用目的が異なるが、使用弾薬は共用であり多少の重さはあるが普段の訓練でも何度も使用した経験があるので扱いに不便はない。


「無茶はしたけどよぉ。俺のだぞあの銃は」


 今回、俺が持っていた89小銃を携行させてもらえない理由は乱暴に扱って壊してしまうからとのことだ。


 確かに考えてみれば俺は任務の度に銃を壊してしまっている。デュラハン戦では銃床部分だけで済んだが赤い瞳のダークエルフ、サウスとの一戦では修復不可能なほど粉砕されてしまった。一回の任務で一回ずつ壊す計算だ。二度あることは三度あるとの諺もある。


 とはいえ、理由は分かるが俺は銃が無ければ戦闘力がかなり落ちる。

 この世界では貴重な代物である銃を大切に扱いたいウェスタの意見を尊重しつつ俺の戦闘力を下げない選択として今回は軽機関銃のミニミを携行している。


 ミニミは軽機関銃の名の通り、多量の射弾により89小銃よりも制圧能力が高い。威力も高く、銃本体に整備道具を格納できるので現場でのメンテナンスも可能だ。無骨な作りでそれなりに頑丈でもあり戦闘に耐えられる。優秀な武器と言える。


 一方。機関銃の性か弾薬の消費が多く、また連射による銃身加熱による装弾不良、89小銃と比べると重いなどの欠点もある。特に弾薬の消費が多いというのは補充が絶望的であるこの異世界では最悪の欠点だ。


「今回の任務はハジメの武器にも関係するんでしょ?文句ばっかり言っちゃダメだよ!」


 ツンっと俺の脇腹を指で突き、まるで聞き分けの無い悪ガキを叱るような態度のルチアに俺は黙りこみ、運転していたテッドの肩から手を離す。


「火薬だろ? なにも他の国に行かなくとも魔法都市の花火に使ってたヤツを貰えばいいんじゃないのか?」


 俺達が南の商人達の国に行く理由。それはウェスタが欲しているのは火薬であるということ。しかし、それは王国北部の魔法都市でも作られている。


「魔法都市で作られてるのはあくまで学園での調合実習や触媒用だ。お前一人分に用意するのはともかく、国として確保するのには量が足りなさ過ぎる」


 疑問を投げかけた俺に答えるの運転しているテッドだ。


 魔法が普及している世界では火薬の需要は低いらしく、流通しているのは南の商人達の国のみだとのことだ。

 確かに、魔法で火や爆発を起こせるというのにわざわざ危険な火薬を使う必要はない。指先で火を点けられるのにマッチを使ってタバコを吸う必要もない。強いて言えばよく分からんロマンでしかない。俺はそのロマンが好きなのだが。


「……ふーん。なるほどね。ウェスタはアレ(・・)がしたいのか」


 俺はタバコに火を点け、紫煙が荷台席に吸い込まれるのを見送る。ゴホゴホと咳き込み、文句を言うルチアの声を聞き流して俺は自分の頭の中に浮かんだ推理を言う。


「銃を作るつもりか。それも大量に」


 テッドは頷いた。


「今までも幾度か銃を作ろうと試みた」


「無理だろ?」


「無理だったな」


 暫しの沈黙の後、テッドは言葉を続ける。


「俺は鍛冶をしてる。剣や弩に鎧、大抵の武具は作れる自信があるが、全く知らん武器を作るのには頭が固すぎたようだ」


「要は、ウェスタの説明だけじゃ銃ってのがどんなモノなのか分かんなかったんだろ?」


 苦笑いをするテッドは否定も肯定もしなかった。色黒い肌から僅かに覗く白い歯が困っているようにも見える。


(そういやアイツ。小銃の分解結合も苦手だったな)


 自衛隊の隊員として最低限の技能の一つに小銃の分解結合がある。これをある程度の速さでこなせなければ隊員として失格とも言える。

 この分解結合。字面を見れば難しそうに見えるが中身は至って単純だ。小銃の部品はプラモデルと同じように嵌るところにしか嵌らないように出来ているし、部品数も言うほど多くはない。むしろ、玩具屋で売っている高めのプラモデルの方が遥かに難しい。

 何度も繰り返せば目を瞑っても組み立てることが出来るのだが、ウェスタこと西野はこれがどうにも苦手だったのだ。内部構造をよく理解していなかったのだろう。


 そんな西野ことウェスタがこの異世界で銃を作ろうなど到底無理な話なのは言うまでもない。優れた鍛冶技術があっても机上の空論ですらない武器を作るのは無理なのだ。


 しかし、その状況が一変する出来事が最近起きた。俺の存在。いや、俺が持つ存在だ。


「設計図はないが、本物がある。ならば作れるさ」


 答えるテッドの顔は戦士ではなく技術屋の顔に見える。職人としての面構えだ。


「現代技術の塊だぜ?」


「なにもソックリそのまま作る必要はない。量産するための簡略化や構造も単純化させるつもりだ」


 テッドは嬉々として自分の銃の製作プランを俺に聞かせてくる。


 正直、俺は銃の名手だが作り手ではない。テッドが何か言っても半分以上理解することを出来なかったが、子供のような笑みを見せられると口を挟むことは野暮だと思う。


「なんか今回の任務は余裕そうだな」


「だねー。そうだといいよねー」


 まるで大根役者の棒読み台詞のようなルチアの言葉に俺は一つの懸念事項を思い出した。


 前方は新緑の原。上空は青く綺麗な空に白が点々と。横を見れば時折建つ堅牢な砦の重厚感。視界の三方はとても素晴らしいモノだ。


 その一方。俺は御者の助手席から後ろを振り返り、そこから見える残念なモノに対して、諦め混じりのため息を紫煙と共に吐く。


 後方から堂々と土煙を上げ追走する。一台の馬車。

 継ぎ接ぎだらけの幌にとって付けたような木の板。軋んだ音をここまで届かせる車輪。どうして走れるのか分からないほどのオンボロな馬車が走って俺達を追っている。


 白馬に引かれたその馬車を操るのは精悍な顔付きの一人の青年。その名を俺達は、特にルチアは嫌気がさすほどよく知っている。


「おーい! ルチア殿! 置いていくなんて酷いではありませんか! 貴方のアルベインは悲しいですぞ!」


 手綱片手に大きく手を振り、かなりの距離があるはずなのにやたらと届く大声でルチアの名を呼ぶ。

 ウェスタが余計なお世話で用意した腕利きの同行者とは王国が誇る戦士。勇者アルベインのことであった。


「ハジメ。その銃ですぐにあの男を撃ってよ」


「やだよ。なんか頭撃ち抜いても死ななそうだし」


 割と本気な顔のルチアに冗談で返すと俺は改めて前を向く。


 気が付けば前方の遠くの空が僅かに曇りがかっている。先程まで順調に思えた旅路に影が刺し始めたことに俺は一抹の不安を感じとり、嫌な気持ちを払拭するかのようにタバコの火を手でもみ消した。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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