さらば魔法都市
「おーい、ハジメちゃーん! この荷物詰め込んでよ!」
「うるせぇな。自分でやれや」
「辛辣ゥっ! 怪我人に無理言うもんなぁ〜」
首から下げた三角巾の中からジェリコは包帯でグルグル巻きにされた両腕を出す。見るからに痛そうな外観だが俺はその腕を無造作に叩いた。
「いってぇ!? 何するんだってば!」
俺はその言葉を無視して自分達がこの魔法都市までに乗ってきた馬車に旅の荷物を詰め込む。
『ジェリコはサボりたがりですね。三日経ってるんですよ? 痛くないですよね?』
「治癒魔法やってもらったけどさー。折れてたんだよ? エレットちゃんは絶対に安静って言ってたもん!」
「ルチアは馬車馬のように働いて大丈夫だって言ってたぞ?」
「ルチアちゃんも辛辣ゥ!」
ジェリコは一通り文句を言い終えると自分の腕から包帯を外し、観念したかのように黙々と作業を行なった。
『あっ、そうだ。ハジメさん。ラルクさんが呼んでましたよ!』
「ラルクが? すぐ行くよ」
俺は持ち上げていた荷物をそのままジェリコに渡し、作業に使っていた手袋を外すと足早にラルクの元へ向かった。
あの戦いから既に三日経過している。その間、俺達は避難所の中で過ごしていた。
街の被害は大きく、特にオグマが出現した北区はほぼ壊滅しておりとても元のように暮らせる状況ではなかった。北区以外の場所は比較的無事であったのだが、オグマ起動時の地震の衝撃で損傷した家屋があるため安全だと確証が得られるまでは都市の殆どの人間はこの避難所にいることとなっている。
幸いにも、この魔法都市はこういった避難の訓練は徹底されているので今のところ住人に混乱は見られず、対盗賊や虫人族の警備もしっかりと対策されている。
その中を俺は一人歩く。炊き出しの食事の香りや忙しく動き回る大人達の足音が聞こえてくる。
避難所で一際大きな天幕に辿り着き、入り口を開くと中には机や椅子が並べられていてちょっとした指揮所のようになっていた。
奥の一人用の机に金髪の少女がポツンと座っている。
「おぉう! ハジメっち! 早いな、荷造りは終わったのか?」
「ジェリコに任せた。アイツは口ばっか動いてしょうがねぇ奴だからな」
「そうじゃろそうじゃろう! アイツは本当に口だけだからの」
他人の悪口で華を咲かせると俺はラルクの前に椅子を持ってきて座る。
「んで、用件は?」
「うむ。何度も言っておるが感謝をだな。街を救ってくれてありがとう」
「よせやい。お礼は何度も言われたし、結局お前が救ったようなもんだろ?」
結果を見ればラルクがオグマを仕留め、サウスを宥めて追い返した。俺がやったことは時間稼ぎしかやっていない。街を救ったと言われたほどの仕事はしてないのだ。
「謙遜するな。それに神官の子とルチアっちも住人の救護活動をしてもらって助かっておる」
治癒魔法を使えるあの二人は負傷した住人や警備兵の処置を行なっている。
街の復旧作業で人員が不足してる中、あの二人の活躍は大きい。それに美少女二人に治療されて嫌な顔をする人間はいない。
「生徒はどうなってんだ?」
「無論、抜かりなく。お前達のお姫様も今は青空教室で授業を受けておる」
出来るだけ子供達には元の生活を送らせてあげたいとの意向で学校は再開されている。地面の上に机と椅子を並べただけの教室らしいが、プリシラ曰く友達と無事に会えて子供達は楽しげな様子とのことだ。
「ふーん。んで、生徒はどうなってんだ?」
俺は全く同じ言葉を違う意味で聞いてみた。するとラルクは辺りを軽く見回し、誰もいないことを確認してから答えた。
「ヒュンケルは無事。今はピンピンしておる。リリィは少し憔悴しているがご飯も食べられている」
「良かったぁ!」
この三日間、全く姿が見えなかった二人の子供の無事に俺は安堵の声を上げる。
「問題は……」
「フーバーじゃな」
コクリと俺とラルクは頷く。
「二人の話を聞いたがほぼ無関係。フーバーの単独犯だのう」
「ほぼ?」
含みのある言葉に俺は聞き返す。するとラルクは困った風に顔をしかめ、美少女の顔をお世辞にも可愛いとは言えない顔にする。
「あのオグマを見つけてしまったのはヒュンケルらしい。北区の課外演習の際、侵入防止の魔法が解けていたらしくてな。我々の落ち度だの」
「そうか……」
あの場にヒュンケルが刺されていたのは暴走するフーバーを止めようとしてたのだろう。自分が見つけてしまった古代の兵器を復活させようとした友達を説得しようとしてやられてしまったのだと。
「ま、詳しくこれに纏めたがの」
それだけ言うとラルクは分厚い書類の束を俺に差し出す。俺はそれを一瞥するとそのまま返した。
「だから俺は字が読めないって!」
「分かっとるわ! 今回の件を纏めた書類をウェスタに渡せという意味じゃ!」
「あっ、そうか。ゴメンな?」
どうやらこの書類に今回の件の詳細が書かれているらしい。危うく早とちりして返してしまうところであった。
「……ん? そういやこれってウェスタでいいのか? 王国の北って言えばシカルド将軍って人に渡すべきじゃないのか?」
魔法都市マジカルテは王国の北方に位置する。ならば北を管理する北方将軍とやらに情報を渡すのが道理である。わざわざウェスタを名指しする意味があるのか。
「ありゃ? 言わなかったっけ。私とウェスタと……クラフとか、ジェリコと……あと賢王ディリーテは三十年前に一緒に旅をした仲間なんだぞ? だからこういったときはウェスタに頼っておる」
「へぇ〜……ん? マジで!?」
初めて聞く情報に俺は目を何度も瞬きさせる。いわれてみればこの国のお偉方を敬称もつけず呼び捨てにしてる。驚く様を見たラルクは思いがけない威張れるポイントを見つけて急にご満悦になる。
「むははっ! そうとも! 私はこの国の将軍、王様とも仲が良いのだぞ! 何なら彼らに魔法を手取り足取り教えたのはこの私だぞ!」
「あんなに部屋汚いのに!?」
「き、汚いのは関係無いだろ!」
弱点となる箇所を指摘されラルクはムッと口を結んで黙る。その様子が面白くて俺が笑うとラルクも我慢できなくなったのか一緒に声を出して笑う。
「な〜んだ。ハジメっちが全然敬語使わないから私のことをウェスタから聞いてたのかと思ってたぞ?」
「まさか。お前みたいなクソガキに敬語なんて使うわけ無いだろ?」
「ハハハッ! 街を救ってくれた英雄じゃ無かったら二十回くらい泣かしてるぞ小僧。フヘヘッ!」
ひとしきり笑い終えると俺は書類の束を脇に挟み立ち上がる。
「あ〜、笑い過ぎて涙が出てきた。用件は書類だけか? 渡しとくぜ」
「んん? もういくのか。なんか聞きたいことがもっとあるのではないか?」
回れ右をして天幕の出口に向かうとラルクが俺を呼び止める。
「聞くって何を?」
「ほれ、フーバーの処遇とか捜査とかそういうのじゃ。お主は気にならんのか?」
言われて俺は少し考える。数秒考えた後に再び歩き、背中越しにラルクに伝える。
「お前なら悪いようにしないだろ? それに自衛官の仕事は捜査じゃねぇよ」
フーバーの処遇は預かった書類にも詳しく書いてあるであろう。ラルクの態度を見るに厳し過ぎる処遇は行わないと思う。
そもそも、自衛官の仕事はゴシップ集めではない。そんなことはテレビ局のマスコミや警察官がやればいい。
自衛官の仕事は誰かを守り、そして助けること。それだけだ。
「老兵は死なずただ消え去るのみ……ってな?」
俺はキザったらしく言い終えると天幕の中から出て行く。
「なんじゃ。百年も生きてない若造が。言葉の意味分かっとるのか?」
ラルクの言葉はしっかり聞こえてたが、言い返せないので無視しておいた。
天幕の外は相変わらず大人達が忙しく走り回っていて騒がしい。その雑踏の中に一際目立つ体型の金髪の女性が俺を見つけると駆け寄って来た。ブルンブルンと揺れる二つの塊に俺は勿論、周囲の男性の視線が釘付けになる。
「エレット! 今日も眼福で……ゴホン。今日も綺麗だな!」
「ふふ、ハジメさんも元気そうでなによりです!」
元気そうに飛び跳ねられると俺の目のやり場が困るので少し遠慮してほしい。ほんの少しだけだが。
玉になって垂れた汗をエレットはハンカチでお行儀良く拭うと、元から綺麗な顔をさらに綺麗にしてから俺に近付く。
「ルチアちゃんから聞きましたよハジメさん! もう出発するんですよね?」
エレットがルチアのことをちゃん付けで呼んでいるのが驚きだ。いつのまにかそんなに仲良くなったのか。祭のときは一触即発しそうな雰囲気であったのに、この三日間共に救護活動をして仲を深めたようだ。女性の友情は男の俺には分からん。偏見だが怖そうな気がする。
「ん、まぁな。任務は終わってるしな」
俺に当初与えらた任務。お姫様であるプリシラの魔法都市までの護衛。そして異世界転生者を探すという任務は全て終わった。途中で巨神兵起動や銀髪エルフというアクシデントがあったが終わってみれば全て達成している。
その後の救護活動も一人の自衛官として微力ながら貢献していたが、今現在、この街の人々は自力で復興に進んでいる。
ならば、俺がこれ以上この街にいる理由は無い。
元の世界でも、災害から人を助けるのは自衛官の役目だが、そこから立ち上がり復興するのはその土地の人間がやらねばならぬことなのだ。そこに第三者の余計な邪魔はいらない。
任務も役目も終えたモノは粛々と去るのが良い。自衛官は語らず、ただ果たすのみだ。
「エレットは北方に行くんだろ? 道中気を付けろよ!」
「ご心配ありがとうございます。でも、護衛と共に行動しますので安全ですよ」
私自身も戦えますと言わんばかりに腕を捲し上げ二の腕を見せる。頬擦りしたくなる柔らかそうな白い肌が俺の目に映る。思わず劣情を誘うモノから俺は視線を外し、バレて幻滅されないように若干前のめりになりながら離れようとする。
「だったら安心だな。そんじゃ、また会うときまで元気でな!」
「あっ、待ってください!」
そそくさと離れようとする俺の肩を掴む。腰を軽く引きながら俺が振り返るとエレットはどこから出したのか、短い杖のようなモノを取り出した。
「さっき救護で回ってたときに胸を怪我した少年からハジメさんに渡してほしいと言われたんです。お知り合いの方でしょうか?」
俺はそれを受け取ると軽く握ってみる。なんとも言えない感覚が手を伝わり身体の芯まで届いてくる。
「さぁな。生まれ変わってるかもしんねぇからまだ他人かもな?」
「はい?」
多分、エレットは俺の言葉の意味が分からない。でも、俺はそれで良いと思えた。
「なんでもねぇ。んじゃ、今度こそ……またな!」
俺はエレットに今度こそ別れを告げその場を離れる。
歩いているとどこからともなく子供達の声が聞こえてくる。その方向に目を向けるとラルクが言っていた青空教室があった。
生徒達の輪の中にはウェーブがかかった明るい茶色の少女が元気よく発言する姿と、離れた位置で少女の従者が草葉の影から見守る姿があった。
「楽しかったぜお前との勉強。次は一緒に捕まってやんねぇからな? 女騎士様よぉ」
人知れずリーファとプリシラに別れを告げ俺は荷造りしている馬車の元へと戻る。
馬車に戻ると積み込みを終えたジェリコがバテた様子で御者席に座っていた。
「ハァ、結局ジェリコさんだけで積み込んじゃったよ。ルチアちゃんもファムも手伝ってくれないんだもんなぁ」
『私は応援してましたからね? 頑張れ〜頑張れ〜って!』
まるでチアリーダーのように手と足を振り上げ踊る姿は可愛らしいが、荷物の積載という力作業には少しも役立っていないのが分かる。
「ご苦労さん。もう全員乗ってるか?」
「はーい」
「ほ〜い」
幌の中から力の無い女性陣の声が聞こえてくる。今日に至り、朝から晩まで避難所で作業をしてくれていたので疲れ果てている。
「ほら、ジェリコ。お前も疲れてるだろうから後ろに乗ってろ。俺が御者やる」
「うほ? 珍しいじゃん! んじゃお言葉に甘えて〜」
「ヌかせ。いいから休んでろ」
「ほいほい〜。あっそうだ、ハジメちゃん!」
後ろに乗ったジェリコは幌の中から手だけを伸ばしあるモノを取り出し俺に渡す。
「これは剣か?」
渡されたのは俺の前腕程度の長さの小剣であった。重さ的には子供や女性でも扱えそうだ。
「バルジィさんから。丸腰じゃ不安でしょう。っだってさ!」
「剣も得意じゃねぇよ」
俺は渡された小剣を腰の弾帯に差し込むと馬に鞭を入れ馬車を動かす。歩き回る人を避けながら馬は進み、避難所から出た所で少しだけ速度を上げた。
周りに草っ原だけしかなくなった空間で俺はそっと渡された短杖と小剣を取り出す。おもむろに剣を抜き何も無い空間を斬りつけて切れ味を確かめる。っが、すっぽ抜けそうになり慌てて剣を持ち直す。
「剣はダメだな。まだ要演練だわ」
剣を収め、次に短杖を同じようになにも無い空間へ振り回してみる。
「ファイヤーボール」
魔法の言葉を口にしても何も起こらなかった。俺はそのことに満足し、後ろを振り返る。
大小並ぶ天幕の向こう側。来たときと同じく無機質な石造りの城壁が見えた。一部が崩壊している箇所があるが、他の場所は概ね訪れたときと同じである。
「じゃあな魔法都市。魔法は使えなかったけど、楽しかったぜ」
自分が成し得た成果を噛み締め、俺はタバコに火を点ける。幌馬車の幕が完全に確認すると紫煙を盛大に吐き出す。煙の行く先は王都の方向。俺は煙を追いかけるように馬を走らせ、長く感じた魔法都市生活を後にした。
木天蓼です。
これにて五章終了となります。
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