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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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ダークエルフ

 羽ばたく翼による風に顔をしかめながらも俺は銀髪エルフが吹き飛ばされた先を見る。崩れた家屋に舞う埃。今のところそれ以外に見るべきモノはなく、動きがある様子はない。


「死ぬかと思ったぜ。もっと速く来れたんじゃないのか?」


 無論。助けてくれたことには感謝の意はあるが、それにしても遅過ぎたような気がする。飛龍の羽ばたきを落ち着かせ、地面に降りたリーファは頭を下げずに返す。


「すまんな。街が指定する避難所に盗賊の襲撃があったのだ。それらを撃退していたから遅れたのだ」


「盗賊?」


 何故、盗賊が襲撃してきたのだろうか。この魔法都市が盗賊や虫人族に襲撃されてきた歴史があるとはいえタイミングが些か良すぎる気がする。


 俺はチラリとフーバーの方を見る。


 先程まで息も絶え絶えといった状況であったが、今は持ち直したのか自身に治癒魔法をかけていた。


 恐らく、盗賊の襲撃に関しては銀髪エルフではなくフーバーの策略であろう。この街の人間でなければ避難所の場所は分からぬことであり、また、街で混乱を起こせるのも内部にいる人間でなければいけない。オグマの起動に併せて街の至る所を混乱させトドメとばかりに盗賊達の襲撃だ。綿密な計画を立てていたのが予想できる。


 だが、フーバーを問い詰めるのは俺の役目ではなく、今はそれどころではない。


「手応えはあったがこれを見てみろ」


 リーファは俺の前に槍斧の先端を見せる。先端部の槍の役目を果たす突起は残存してるのだが、斧にあたる部位が半分に割れてしまっていたのだ。これが意味することは一つの事実だ。


「野郎、防ぎやがったのか。完全に不意を突いたはずなのによ」


 あの状況下でも対応できるとは相手の桁外れの戦闘能力というのがよく分かる。


「なんなのだこいつは? お前達はフーバーという少年と戦っていたのではないのか?」


「話せば長くなるな」


 もっとも、説明できるかといわれればなんとも言えない。

 端的に言えばいきなり出てきて暴れ出したのがこの銀髪エルフだ。喧嘩を売ったのは俺の射撃によるものだが、そもそもこいつは何故この場に出てきたのかは俺にだって分からない。

 こいつの存在は災害と変わらない。前触れも無く現れては蹂躙する天災とも言える。


「ペァインフゥル……」


 倒壊した家屋の瓦礫の中から声が聞こえてきた。


 非常に大きな音を鳴らし瓦礫は退かされ、埃が立つ中から銀髪のエルフが現れる。

 服に付いた白い埃を手で払い、褐色の肌の色を取り戻そうとしている。多少の擦り傷程度はありそうだが、特に目立った外傷はない。俺が立てた必殺の作戦は殆ど効果が無かったことが伺える。


 俺は唯一残された武器である9ミリ拳銃を拾い構える。


「どうする? 逃げるなら今のうちだぞ?」


「冗談を言うな。ルチアを傷付けた罪は贖って貰わねばならぬからな」


 倒れるルチアの方を見たリーファは槍斧を握り直し、傍にいる飛龍イーディの首をそっと撫でた。


 距離を開けて無言で睨み合う俺達。赤目の瞳が何を考えているのかは俺には分からない。


 緊張感が漂う中、俺は拳銃の撃鉄を起こしていつでも撃てるように準備をする。


(……来る!)


 連続する戦闘により鋭敏になった感覚が、銀髪エルフのダラリとおろした腕に力が入るのを察知し、俺は引き金を引こうと意識した。


「そこまでじゃッ!」


 戦いの場に全く似つかわしくない少女のような声が響く。突如聞こえてきた声に俺は辺りを見回すが、どこから聞こえてきたのか分からない。

 ふと、足元に視線を向けると闇に紛れる紫色の魔法陣が展開されていた。その魔方陣に俺は何度も見覚えがある。


「オープン・ワールドッ!」


 鋭い声と共に目の前に現れた人物は二人だ。ご存知、転移魔法の使い手アロイスともう一人。


「ふぅ……ハジメっち。よくぞ耐えたな。褒めてやろう」


 自称天才百歳美少女のラルクだ。金髪の髪をわざとらしく手でたなびかせ俺達の前に現れた。


「ラルクッ! お前も遅いんだよ! やっと助けに来やがって……」


「せっかく来てやったのにその言い草は何事じゃっ! 文句を言うなら……えぇい! 頭を掴んで揺らすなっ!」


 丁度手頃な位置にある頭を俺が鷲掴みにしてグラグラと揺らすとラルクは抵抗し俺の腕をつねってきた。じゃれる


「これはこれは、なんとも奇異な状況ですね」


 じゃれる俺とラルクを尻目に冷静なアロイスは周囲の状況を確認している。一通り見回すと嫌な予感が的中でもしたのか、憂鬱なため息を吐き出す。


「尋常じゃない魔力反応。まさかと思えば相手は伝説のダークエルフですか」


「伝説のダークエルフ?」


 俺の質問をラルクが代わりに答え出す。


「赤目のダークエルフ。名は確か……サウスという名前のはずじゃ。私も会うのは初めてだがなぁ」


 それだけ言うとラルクは俺の手を払いのけポツポツと歩き出し、銀髪エルフの元へと向かう。


「お、おい! 危ないぞ!?」


 あまりにも無造作に歩くラルクを慌てて止めようとするがそれはアロイスによって制止される。


「大丈夫です。噂によれば赤目のダークエルフ、サウスは同族にあたるエルフを殺すことはないとの話ですから」


「噂かよ?」


 確証もない噂話でラルクを話し合いに差しむけるというのは些か大人気ないと思える。

 いや、よくよく考えればラルクが今いる人間の中で一番年上であり大人だ。最高権力者でもあることに俺は自分で気付く。見かけと性格はどうあれども地位は確かだ。


「もちろん噂です。ですがそれを信じられなければこの街は終わりです。恐らくあの者は学園長よりも……」


 アロイスはその先の言葉を続けなかった。


 巨神兵オグマを相手に善戦をしたいラルクですら、この銀髪エルフのサウスには到底及びつかないとのことだ。

 確かに俺達と戦っている間はどこか手加減をしていたかのような気さえする。本気で刀を振るわれていれば俺如きはとっくに微塵切りにされていてもおかしくない。


「……」


「……」


 置いていかれた俺達を他所にラルクとサウス、エルフとダークエルフの二人は何かを話している。少し距離があるせいか内容までは聞き取れないが、二人の姿を見るにいきなり切り裂かれる心配はなさそうだ。


「一体何があってこんなことをしやがったんだ?」


 いきなり登場して場を荒らす。にも関わらず致命者を与えたのはフーバーのみで残りは痛めつけられただけで済んでいる。今に至っては話し合いにすら応えている。

 銀髪エルフの、サウスとやらの行動理念が俺にはよく分からない。


「ウェスタ西方将軍が以前に言っていたのだが……」


 俺の疑問に答えるべくリーファがそっと口を開く。


「赤目のダークエルフ、サウスは特別調査対象だが、決して討伐してはならない。関わってはならないと言っていた」


「へっ?」


 リーファの言葉に俺は首を傾げる。特別調査対象といえば幻想調査隊が率先して調べるはずだ。調査対象に当てはめておきながら関わるなとはどういう意味であろうか。


「おぉい! 終わったぞ!」


 考え込む俺の耳にラルクの声が届く。


「ふむぅ……話せば通じるエルフで助かったわい」


 ピョコピョコと歩いて戻って来たラルク。口調こそいつも通りだが、顔中に滝のような汗が流れ落ちている。

 それもそうだ。あれほどの威圧感を放つ相手に話をするなど、どれ程の緊張感があるのか計り知れない。


「フーバーの件はこちらが預かることとなった。あと、部下を傷付けてすまない言われたわ」


「はぁ?」


 意外にも紳士的なことを言ったというサウスに俺は目を丸くしてしまう。

 だが、考えてみれば街を壊したのはそもそもオグマであり、サウスはフーバーを刺したが結局は誰一人として殺していない。もしかしたら俺はサウスというエルフに誤解を抱いてしまっていたのではないか。


「あとハジメっち。お主に話があるとも言っていたぞ」


「俺に?」


 多少、印象は良くなったとは言っても先程まで思う存分に痛めつけられていた身としては話があると言われても気が乗らない。しかし、ここで行かずにサウスの機嫌を損ねても仕方がない。

 俺は余計に刺激をしないようにと拳銃を太腿のホルスターに収め、懐中電灯も元の位置に戻した。


「なんの話だよ……つーか、言葉分かんねぇよ」


 ぶつくさと文句を言いながら、身体中の痛みを我慢して俺は銀髪エルフ、サウスの前に立つ。


 改めて相手を前にして思うのは、サウスは絵に描いたような美形であるということだ。男性の劣情全てを誘う外見は、出会い方が違えば良かったのにと思うほどである。

 木刀は既に収められており、真剣である刀も鞘に収め終わっていた。手に何も持たない状態なのだが、それでもどこか獅子を前にした威圧感に似たモノを感じる。


「ヨォウ、ヨォウ、ンアムーエ?」


「ンアムーエ……名前か? 名前を聞いているのか?」


「ヨェアハ!」


 この世界に来たとき。初めてルチアに会った日の夜、これと同じ言葉で自己紹介をされた。俺にとっては救いともなった言葉を今、サウスは言っている。


 俺は少し考え、思案し、あることに気がつく。


「あんた……もしかして、日本語が通じてる?」


 当然のことながら、俺がこの世界で言葉が通じているのはウェスタの幻想が込められている翻訳の魔結晶を所持しているからだ。しかし、サウス相手ではその効果が何故か失われ、俺には言葉が翻訳されない。


 ここで一つの仮説だ。それならば、相手も俺の言葉がグロリア語ではなく日本語で届いているはずなのだ。なのに俺の言葉を理解しているかのように振る舞うその姿。理由はどう考えても一つしかない。


「サウス、あんたも異世界転生者なのか?」


 俺の言葉を聞き、ニヤリとした笑みを見せる。肌の色とは正反対の白い歯が美しい。


「ヨォウ、ンアムーエ?」


 もう一度名前を聞かれ、俺は今度はしっかりと答えた。


「ヒノモトハジメだ。日本で一番って書いてヒノモトハジメな?」


 俺は指で空をなぞって自分の名前と苗字を書く。するとサウスは手で口元を押さえてクスクスと笑う。


「ハハッ! ……ヒノモト、ハジメ。ハジメ。ヒノモト……」


 何度も俺の名前を連呼する。何が面白いのだろうか。

 ひとしきり笑い終えるとサウスは自分の顔を指差した。


「ハジメ、ヒノモト。スアヨ、ワハオ、イ、アムー?」


 まるで俺の名前を言ってみろと言わんばかりの態度に、俺はどこか疑問を感じながらも先程アロイス達に聞いた名前を口にする。


「サウス……だろ? 苗字はしらねぇけど……」


 口にした瞬間、強烈な痛みが腹部を襲う。


「グハァっ!?」


 腹を殴られたのだと気付くのに数秒掛かった。テンポンドハンマーを叩きつけられたと錯覚するほどの衝撃に俺が悶絶していると、殴った当人のサウスが俺の肩をポンポン叩く。


「ヒノモトハジメ。マタ、アオウ」


「ゲハッ……アンタ、日本語喋れるのかよ?」


 返事はせずにサウスは何やら魔法の詠唱を始める。

 身体に風を纏いフワリと浮かび上がると俺に対して意地の悪い笑みを見せ、そのまま夜の闇へと溶け込むように消えていく。

 後に残されたのは痛みに転げ回る俺と呆気に取られる面々のみだ。


 ゴーン。ゴーン。ゴーン。っと静かになった空間に時計台から鐘の音が響く。俺が着けている腕時計の時刻は丁度夜の九時になっていた。

 良い子は寝る時間となり、戦いの音も全て止んだ。街の祭飾りは殆ど吹き飛ばされ残骸しか残っていない。


 全てが終わったにも関わらず俺の中に疑問を残したまま、街は眠りに入っていった。



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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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