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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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勝利のサイン

 〜〜一年前。冬。駐屯地。屋内訓練所にて〜〜


 ガシャンっと大きな音を鳴らしてベンチプレスに使用したバーベルを床に置く。木製の床が傷付かないようにと敷かれたゴムマットに汗水を垂らし、俺は大きく深呼吸をする。


 ここは屋内訓練所。格闘訓練やその他の訓練は勿論、筋力トレーニングの器具も揃っているので身体を鍛えることができる。外で運動したくない冬の時期には丁度良い。


「精が出てんな。夏ボディでも目指すのか?」


 タオルで床の雫を拭き取っているとタケさんが腕組みをしながら近付いてくる。本人は無自覚なのだが、インテリヤクザみたいな顔で太過ぎる腕を組んで来られると威圧感が半端ではないのでやめていただきたい。


「そんなとこですかね?」


 俺がなんの面白みもない返事をするとタケさんは近くのランニングマシーンを起動して軽く走り始める。


「筋肉付けても、戦車をパンチで倒すことは出来ねぇぞ?」


 タケさんの言葉で思い出すのは三日前の訓練の映像だ。


 あの場面で俺は奇策を用い、戦車に必勝の一撃を食らわせることが出来た。


 しかし、与えた損耗は中破に留まり戦車の機銃による反撃で俺は死亡判定をもらい、俺はあえなく戦線離脱(リタイア)となったのだ。


「戦車が一発で沈む訳はないからな。実弾では知らんけど」


「タケさんならキックで戦車の砲身へし折れそうですけどね」


「機甲科に怒られるからやったことは無いな」


「さすがに冗談ですよね?」


 答えを聞く前にタケさんの乗るランニングマシーンは速度を上げる。黙々と走る足音だけが響く。


「あの場面でお前は最善を尽くした」


 次はなんの筋トレをやろうかと考えていると話しかけてきた。普段はトレーニング中は集中しているタケさんが珍しいことをするもんだ。


「無理でしたけどね」


 仲間は全員倒れ、頼みの綱も効かなかった。やはり人間一人ではやれることに限界がある。そもそも地上戦の神とも言える戦車相手に歩兵が挑むのは無理がある。


「でもな。あんな場面でも勝つ手段はあるぞ?」


「えっ、マジですか。教えて下さい!」


 俺が食い気味に聞くとタケさんはランニングマシーンのスイッチを落とし、俺のそばに置いてあるバーベルを手に取る。元々重りが付いているのにも関わらず軽々と持ち上げ筋トレのセッティングを始める。


「タケさん?」


「教える前に……まずはお前の凝り固まった狭い視野をなんとかしないとな」


 重りを次々に足していき、総重量は百九十キロにまで達しバーベルの棒が僅かに歪んでいる。


「体重の二倍ぐらいは持ち上げないとな?話はそれからだ」


「タケさん……」


 冗談を言うときの顔ではないのを確認し、俺は目の前に存在する自分の体重二倍よりも三十キロ多い筋トレ器具を前に苦笑いするしかなかった。



 ―――――



「ケィルル、ヨォウッ!」


 まるで羽が生えているかのように、銀髪エルフは飛び跳ね遥か上段から木刀を振り下ろしてくる。

 避ける、という選択肢は無い。足元にルチアがいるのとそもそも避けられる時間は存在しない。


 俺はもう一方の手を刀身の背に当て全力で受け止める。


「あっがぁ!?」


 受け止めた途端に身体中の骨や筋肉が軋んで悲鳴をあげる。あまりの威力の高さにそのまま地面に釘打ちのように打ち込まれると思えてしまう。

 ルチアの剣が片刃の剣であったことに感謝しなければならない。もし、両手でなければこの威力は受け止められない。刃が両方にあればそのまま手のひらから肩まで裂かれてしまうところであった。


「イテ、イス、ガオォデ、スワォロデ。……ベウテ」


 銀髪エルフは着地と共に身体を捻り蹴りを繰り出す。反射的に身体を屈め間一髪で避けると追撃の一太刀が顔面に迫る。


「ヨォウ、ペオォル、スワォロデ!」


 またしても剣を盾にし攻撃を防ぐが、衝撃の勢いまでは受け止めきれず剣の背を額にぶつけてしまう。


「んがっ!? あ、頭が割れる……」


 激痛に顔をしかめながらも目だけは銀髪エルフから離さない。ここで目を離してしまえば次の攻撃が防げない。


「ケィルルッ!」


 眉間に迫る打突をギリギリで右に避けると、風圧で左耳が震えるのが分かる。横っ面を叩かれるような痛みが遅れて伝わり俺は転げ回るように逃げ、距離を取る。


「オンルヨ、ムーオヴェムーエンテ、イス、ガオォデ……」


 なんとなくだが、銀髪エルフは笑っているようにも見える。先程までは怒りを露わにしていたにも関わらず、俺が逃げる様を見てそんなに面白いのか、どことなく上機嫌に感じる。感情が忙しいエルフだ。


「ハァ、ハァ……伊達や酔狂で人類最強の相手をしてたんじゃねぇよ」


 元の世界にいたときに、タケさんからしごかれた日々を思い出せばこんなことたいしたことない。いやどっこいどっこいぐらいだ。命の危険を感じるという意味では等しくヤバイ。

 しかし、あの経験があるからこそ、致命の一撃への回避能力が付いたと言える。だとすればあの日々に感謝をしなければ。


(まだか? いや、もしかしたらもう来てる(・・・)かもしれない)


 俺は一瞬だけ空を見上げ、勝機がどこに来ているのかを確認する。

 大事なのはタイミングだ。勝つ為には合図(・・)もしなければならない。

 一つ目の合図は俺も気付かぬ内に既に終えていた。問題は二つ目の合図をどう送るかだ。

 俺は額に滝のように流れる汗を手で拭い、ズボンで拭いた。戻すときにモノが手に触れ、俺はピンと来た。


(……あるじゃねえか。合図。これに賭けるしかねぇ!)


 これならば伝わりやすい(・・・・・・)し分かりやすい。何より注意を引ける。今、思い付いたばかりの作戦に俺は命を賭けることにした。


「なぁ、アンタ。なんでフーバーを狙うんだ?」


 いくらか冷静さを取り戻した今の銀髪エルフならば多少の話に乗ってくれるかもしれない。無論、俺には言葉が分からないので会話は不可能という前提だが時間稼ぎのネタにはなる。


「ワハテ? アロエ、ヨォウ、ガオインガ、テオ、エアロン、テイムーエ?」


 クックックという如何にも悪役めいた笑い声を出し、チラリと街の時計台に視線を移した。どうやら時間稼ぎのつもりなのは相手も分かっているようだ。

 だが、相手が意図しているのと俺が意図しているのでは時間稼ぎの目的が違う。塔にいるラルクやアロイス達を待っているとでも思っているはずだ。


「テロヨ、テオ、ケィルル……テハェ、ロエアスオン、イス、オンェ」


 銀髪エルフは俺の腹の中など知ってか知らずか話を進め指を一つ立て、艶やかな唇から言葉を続ける。


「イスト。イスト、スルアヴェ」


「……イスト?」


 俺の耳にその単語だけが妙に印象に残った。

 聞いたことの無い単語だが、人の名前のような響きを感じる。


「チッ! テオ、スペェアケ、テオォ、ムーウシハ……」


 舌打ちを一つして悪態を吐くと銀髪エルフは残像と錯覚するほどの素早い動きを見せる。


「しまっ……っ!?」


 圧倒的な速さの前に反応することすら出来ず地面に倒されてしまう。

 隙を作ろうと話を持ちかけたにも関わらず逆に隙を作る羽目になった。思わず悪手を取ってしまった俺は苦し紛れにジタバタともがき抵抗してみるが、反抗虚しく相手に馬乗りの状態を許してしまう。


 マウントポジション。寝技の格闘技でよく見られるモノだ。


 各々の得意不得意にもよるが、往々にして上にいるモノが有利となる。その位置に銀髪エルフはいる。


「テハエ、エンデッ!」


 上から叩きつけるように木刀を振り落としてくる。それを俺はルチアの剣で必死に防ぐ。

 片方の手を柄に、もう片方の手を刀身の背に当て力を振り絞る。っが、銀髪エルフの女性とは思えない膂力に身体中の至る所が悲鳴を上げている。


「ヨォウ、ステロォンガ」


 ボソリと言葉を零すとさらに力を込めてくる。ミリミリと軋むのは地面なのか俺の身体なのか分からなくなってきた。


「ぐっ……ナメんなこの野郎!」


 俺は押し返そうとなんとかもがくがなんとも抵抗できない。徐々に押し込まれていく。


「エンデ。ヨォウ、デェアデ」


 短く言うとさらに力を込めてくる。地面の向こう側に突き抜けてしまうのではないかと錯覚するほどの力だ。


 このままではやられてしまう。なにか出来ることがないかと頭を働かそうとするが、この窮地に頭が都合良く回るというのはなく、俺の身体は悲鳴を上げていく。


「ぬががッ……」


 命の危機が迫る中、俺が頭の中を過去の映像がフラッシュバックして次々に現れる。


 朝食のデザートを俺から奪うルチア。勉強中にうたた寝するプリシラ。俺のお菓子を勝手に食べたファムとノウ。旅の途中で女性陣の下着を恍惚とした表情で洗うリーファ。見張りをサボるジェリコ。意外と酒に弱いバルジ。王都出発の際にやけに上ずった声を出してたイオン。殴られたことを気にしてないウェスタ。


 この異世界での記憶だけでは収まらない。元の世界での記憶もどんどん出てくる。


 朝飯は二杯ご飯を食べる中元二曹。俺を見ると舌打ちするムカつく東条中隊長。敬語の意味を調べて欲しい西野。俺が当直のときに差し入れで貰ったコーヒーを飲む由紀。様々なしごきで俺を鍛えるタケさん。その他諸々。


(……どれも参考にならねぇッ!)


 今の状況を打開するなんの役にも立たない記憶の映像に俺は悪態を心の中で吐く。


 結局、人間は窮地に陥った際は自分の力でなんとかしなければいけないというのか。


「火事場の……ク、ソ、ぢ、が、ラァァッ!」


 俺は気力を振り絞り全力を尽くす。すると徐々に刀を押し返し始めた!


「オハ? ヨォウ、エズシィティンガッ!」


 それを感じた銀髪エルフは笑みを浮かべてさらに力を込める。拮抗する力の反発が暗闇の中で白熱する。

 俺は絞り切った気力をさらに燃やし最後に吠える。


「俺はベンチプレス百九十キロだァァッ!!」


 本当は上げられるのは百七十キロなのは内緒だ。


 渾身の叫び声は夜の街に木霊し、月夜の中に隠れていた鳥達を慌てはためかせ飛び回させる。月下の元の白に黒の影が大小飛び交う。

 大声を出し一気に俺は木刀を押し返した。無理な力を出したことに身体中いたるところの筋繊維がブチブチと千切れる嫌な音が耳に響く。


 だが、代償を払った価値はあった。

 銀髪エルフは俺の思いがけない力に驚いたのか大きく仰け反り態勢を崩して俺から離れる。


(勝機っ!)


 やるなら今しかない。針の穴ほど細い勝利への道だが、いましかその道は通じてない。


 俺は剣を握りしめ、そして。


「ンッ!?」


 上空へと投げた。あまりの突拍子も無い行動にさすがの銀髪エルフも戸惑いを見せる。


 その戸惑いに俺は全てを賭ける。


 人は上にナニカがあれば目線を上に向ける。それは無意識の反応だ。手品師が使うミスディレクションに近い。

 戦闘中に目を他に向ければそれだけで隙が発生する。その隙こそ俺が望んでいたモノだ。


 右の太腿部に装着してあるホルスター。収まるは自衛隊正式採用されている九ミリ拳銃だ。俺はそれを素早く抜く。


「ガゥン。アガァイン!」


 拳銃に気が付いた銀髪エルフは即座に行動を起こす。しかし、目線が逸れていた分、初動は遅れる。俺は既に構えて一発分の射撃をする時間を確保していた。


 そして、俺はその銃を……撃たずに投げ渡した(・・・・・)


「ワハテッ!?」


 射撃に備え、銃弾を防ぐつもりでいた銀髪エルフは思いがけない俺の行動に明らかに動揺していた。


 それはそうだ。戦闘中に敵へ唯一の武器を渡す馬鹿はいない。いたとしたら余程の間抜けか気が触れてしまったかのどちらかだ。


 ただし、俺はどちらでもない。


 投げつけたのではなく投げ渡した。まるでバスケの試合で速攻を決めるときのように、愛護的に投げ渡したのだ。


 二重の意味不明な行動に警戒し、何かの罠があることは間違いない。そう判断したのか銀髪エルフは銃から目線を外し俺を注視する。赤い瞳が宝石のように光輝き、闇夜に赤い軌跡を生む。


(速い……でもそりゃ分かってんだよ!)


 この銀髪エルフは何もかもが速い。動きも剣捌きも状況判断能力までもだ。このような人間には俺は今まで一度も出会ったことがない。間違いなく最強の敵だ。


 けれども俺は知っている。世界最速。何よりも速いモノの存在を。


(お前がいくら速くても関係無い!)


 俺は空いている左手であるモノを腰回りの装具から取り出し構え、円筒状の切っ先を向けた。


「ヨォウ、スルォワ!」


 木刀の一太刀が眼前に迫る。その刹那、俺は吠える。


「光より速く動いてみろやァァァッ!!」


 同時に俺は円筒状の棒。つまり、懐中電灯(・・・・)のスイッチを入れた。


 途端に正面の顔が光に包まれる。瞬きをする間も無く光を浴びた銀髪エルフは驚きのあまり身体をくの字に曲げて転げまわり俺から距離を取る。


 俺が使ったのただの懐中電灯ではない。軍用の懐中電灯だ。光量は一般に流通している格安品とは比べ物ならないほど強く、注意書きで絶対に目に当てないでくださいと書かれているほどである。ちなみにタケさんの荷物から拝借したモノだ。


「よしっ!」


 俺は作戦が成功したことに歓喜の声を上げる。


 銀髪エルフの目を確実に封じるために俺はあえて武器を投げ捨てた。あれだけ不可解な行動をとればこの思慮深い銀髪エルフのことだ。必ずナニカあると俺を注視してくる筈だ。俺はそれを逆手に取ったのだ。


 弾丸を見切るほどの目。良すぎる目が弱点となる。それを潰してしまえばこの銀髪エルフの戦闘力は激減する。そう判断したのだ。


 そのまま俺はチカチカと何度も相手の目に向けて懐中電灯を点滅させる。嫌がらせ極まりない行為だが効果は抜群だ。


「フゥッシケ、ヨォウ! フゥッシケッ!」


 態勢を立て直した銀髪エルフは怒気を孕んだ声で吠える。復活の速さまで早いのは想定外だ。それでも警戒しているのか、片手で目の前を遮りつつ距離を取っている。


 その行動は正解だ。なぜなら俺は武器を全部捨ててしまい、強力とはいえ非殺傷武器の懐中電灯しか持っていない。距離を取り目が復活すれば俺の頭は今度こそカチ割られてしまう。


 それでも俺は余裕を見せる。懐中電灯を引き続きカチカチと点滅させつつ、俺は相手に話しかける。


「なぁ、アンタ。戦車の倒し方知ってるかい? 地上戦最強の敵、戦車をよ?」


「センシャ……ワハテ?」


 カタコトの日本語に疑問の声。目をシパシパと何度も瞬きさせている。


「その答えはな。今分かるぜ?」


 俺は最後に懐中電灯の明かりを短く三回。長く三回。また短く三回点滅させる。それは一つの合図を意味している。


「S、O、Sだぁ!俺はここにいるぞ!!」


 俺が天に向けて叫ぶとすぐに答えは帰ってきた。ただし、言葉によるモノではなかった。


 闇の天空から高速で落ちてくる物体。


 それは赤き鱗に身を包み、大きな口にギザギザの歯。俺の両手を広げても全く届かない翼。天空の覇者という言葉はこの生物のためにある。

 背中に跨り槍斧を握りしめ銀髪エルフへと振り下ろす、奇しくも敵と同じ髪色の女性。


「グロリアス式槍斧術、疾風剛雷ッ!」


 飛龍に跨る女性の一撃を、目が眩んでいた相手はまとも食らう。あまりの威力に吹き飛ばされ銀髪エルフは周囲の建物に激突し、崩れた外壁の下敷きになる。


 俺はその光景を見届け、大きく安堵の息を吐く。


「分かりやすいな。その懐中電灯とやら。お前の叫び声も聞こえたぞ……イカレポンチがなんとかかんとか」


 飛龍から飛び降り、後ろに束ねた銀髪を優雅にたなびかせると胸に響いたと言わんばかりに自身の金属鎧の胸を叩く。怪しい空耳には突っ込まないことにしておく。


「ありがとよ。リーファ、そんでイーディ!」


 俺が救難信号の合図を出した相手。それは俺達の仲間の中で最高の戦力を持つ一人、いや一人と一匹であるリーファとイーディである。事前に話しておいた合図のことを理解し、助けに来てくれたのだ。


「狭い視野じゃ上に気づかないよな? やっぱ戦車には航空戦力だぜ」


 俺は元の世界にいたときに聞いたタケさんの話を思い出し、そっと感謝の言葉を並べた。

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