刀と銃
人生でこれほどの衝撃を受けた事があろうか。
防弾チョッキに刺しこまれた刀は俺の胸部に未曾有の衝撃を与えた。
痛みと表現していいのか分からないほどの激痛は俺の胸を通り抜け、背骨を軋ませ揺らす。胸部を打たれたはずなのに背中が爆ぜたと錯覚してしまうほどの威力は、おおよそ刀がくり出せる破壊の常識を無視してるとしか思えない。
「カハッ……ァァ……?」
胸部に存在する重要臓器の一つ。呼吸を司る肺が衝撃を受け機能して無いのか、口をパクパクと動かしても一向に息が吸えない。身体に残されていた僅かな酸素も嗚咽を漏らすことにしか使うことしか許されなかった。
「ハジメッ! 大丈夫ッ!?」
「めっちゃ吹き飛んでるじゃんッ!?」
倒れた先で頭の後ろの方から仲間の声が聞こえてくるが、俺は振り向くことが出来なかった。
刺突によるダメージ。それだけではない。目の前で、つい先程まで支えていたフーバーの胴体に深々と刀が突き刺さっていたからだ。それに目を背けることが出来なかったのだ。
「あぐッ……」
今、声を出したのがはたして俺だったのかフーバーだったのかも分からないほど頭が働いていない。それだけの負傷が俺の思考を奪っている。
敵同士だった者が分かり合える。それが許されないラブストーリーのように、悲劇は起こる。
銀髪の女性が貫いた刀を乱暴に振り抜くと、フーバーの身体はずるっと地面に落ちる。血溜まりを構成する赤い湧き水は徐々にその範囲を広げていく。
「ファイアーボール!」
「ウィップヴァイン!」
火球としなやかな蔓の鞭が双刀を握る銀髪へ迫る。炎の円球は無機物に対して効果が薄かったが有機物となる生物には有効だ。それに併せてファムの蔓はオグマですら拘束可能な強靭さを備えている。命中すればただではすまない。
しかし、それらを銀髪の女性は刀の一振りで蹴散らす。欠伸まで聞こえてきそうな、どこかため息を吐くような感情が伺えそうなほどに、蚊を振り払わんとばかりに蹴散らしたのだ。
「……ベォロインガ」
ボソッと吐かれた言葉の意味は分からないが、恐らく他愛無いとかつまらないとでも言っているのだろう。表情がそれを物語っている。
銀髪の女性の言葉こそ理解出来ないが、俺は気付いたことがあった。それは彼女の言語が翻訳されていないということだ。
これまでの異世界生活で俺はなにもしてこなかった訳ではない。
身を守るための剣術をルチアから学び、この世界の生活をジェリコから教えてもらい、歴史や国、種族間の軋轢やその他諸々をイオンから事細かに説明された。その中の一つとしてグロリアス王国の基本言語であるグロリア語も習得しようとした。
結局のところ、元の世界の英語ですらまともに覚えられない俺ではグロリヤ語を覚えることが出来なかったが、ある程度の雰囲気は感じ取れるようにはなった。
その俺の耳に全く翻訳されてないグロリア語の言葉が聞こえてくる。翻訳の魔結晶が今の衝撃で壊れてるのならば仲間の声もグロリア語で聞こえるはずだがその様子はない。
「ヒーリング!」
俺の身体をルチアが放った治癒魔法の光が包むと、息苦しさと痛みが紛れる。なんとか体勢を立て直して立つと俺はもう一つのことに気が付く。
「粉々だ……」
先ほどの突きの衝撃で防弾チョッキの表面の生地が破れ、さらに備え付けられている耐弾プレートが粉々に砕かれていたのだ。あまりの威力の高さに恐怖を覚えるが、粉々に砕かれたという点にに俺は疑問を感じる。
本来、防弾チョッキのプレートとは弾丸を想定している。鋭利な弾頭が肉体にまで達せぬように作られているのだ。それを破壊するということは弾丸以上の威力で刀を突かれたということだ。
ここで一つ思うのは刀ならば砕くのでは無く、貫くのではないか。破壊の種類が違うのだ。さらに言えば俺の身体には激甚な鈍痛こそあれど出血をしている様子はない。
不思議に思った俺が答えを知るのはすぐのことであった。
ルチアの火球を散らした双刀。散った炎に照らされ姿を露わにする。それは世の一般人が思い描く刀そのものの形をしており、時代劇を少なからず見たことのある人間ならば一目で分かる形状だ。老若男女問わず、日本人なら、もしかしたら外国人でも分かる。
鋭利な刀剣が赤く照らされるのとは対照に、もう一つの刀は全く光を反射していなかった。
それもそのはずだ。こちらはある意味では日本人に馴染み深い刀であるのは間違いない。
その名を一言で表せば木刀だ。
刀の外観、なれど木の刀身。思春期男子ならば修学旅行のお土産に欲しがる者も多く、かといって使うか使わないかで言えばほぼ使わない無用の長物と言える品だ。
寒気がするほど鋭い白刃の刀と、どこか拗らせ思春期の香りがする木刀。
異世界情緒溢れる銀髪の女性が持つとその二振りはどこか違和感を感じさせる。
俺は運良く木刀の方で打ち抜かれたので身体を貫かれることなく生きている。何故この女性がそんなモノを持っているのかは知らないが、わざわざ非殺傷武器の方で攻撃されたのは幸いといえよう。とはいえ、治癒の魔法を掛けられてもなお続く痛みは決して楽観視していいものではない。
「スハァルル、ワェ、デァンシェ?」
銀髪の女性は刀を持ったまま髪をたくし上げ、細い指を滑らせていく。
片手の木刀をぐるりと回し、ヒュンっと気持ちの良い風切り音を立てるとどこか好奇な目で俺達を見つめてくる。
敵意こそは感じないが、どこか獲物を弄ぶ性悪な肉食獣のような趣を感じる。
「……ハジメ。どうしよう?」
頬に一筋の汗を流すルチアの言葉を受け、俺は改めて周りを見渡す。
周囲は巨神兵によって破壊された街並み。前方の遥か先にはそのオグマがバラバラに刻まれた姿を残している。俺の前には胸を突かれ、血を流し生き絶えたフーバー。物言わぬ身となったモノの間には銀髪の女性がいる。
それら全てを順番に視界に収めた後、俺は口を開いた。
「無理だ。絶対に戦わない方がいい」
裸一貫でヒグマ百匹と殴り合う馬鹿はこの世にいない。例えるのならば、いや、それでも足りないほどこの銀髪の女性と俺達の戦力差は開いている。
幸いにもというべきだろうか。理由は分からないが奴は俺達に向けてさらなる攻撃を加えようとする雰囲気は無い。
ならば無駄な抵抗はせずにこの場を離れるという選択肢が一番だ。ここでなりふり構わず戦闘を行うのは賢くない行動だ。
そろりそろりと後ずさり、警戒する小動物のような足取りで距離を取っていく。幸いにも俺達に対して敵意は感じられない。
「……フゥッシケッ、ヨォウ、ベォロインガ」
俺の行動に対し、銀髪の女性は嘆きを吐くように深いため息をする。つまらないとでもいいたげだ。
気怠げに刀を鞘に収めると、興味を無くしたのか俺達に背を向ける。例え俺達に不意打ちされようとも問題ないのだろう。
【野鼠を恐れる梟はいない。なぜなら敵になり得ないからだ。戦おうとすらしない相手に負ける道理は無い】
「うぐ……」
ある程度の距離を離れ、少なくとも刀の届く距離では無い位置まで離れた俺の耳に呻き声が聞こえる。
耳を澄ましてみると血溜まりに沈んだフーバーの身体が僅かに動いており、苦しそうな声を出している。
(生きてんのか!?)
頭の中で言葉を出すのと銀髪の女性がそれに気付くのは同時であった。
「スティロロ、アロィヴェ。……ワェロロ、ワハテ、デオ、ヨォウ、デオ?」
気付いた銀髪の女性はやけにゆっくりとした動作で刀を抜く。切っ先をフーバーの方に向けると、まるで値踏みをするかのように俺の方に視線を向ける。
いやらしい目だ。人が嫌がること、俺が嫌うことを全て熟知してるような気すらある。
銀髪の女性は倒れるフーバーに近づくと刀を振り上げる。金属の刀身が月の光を受け幻想的に輝いた。
青白い輝きを、下にそのまま振り下ろした。
パァンッ!
乾いたという破裂音が鳴り響く。まるで他人事のように聞こえた音は俺の手元から鳴っていた。
刀と同じように月の光を受け、被筒部の金属部品が青白く光る。そして先端からはその白さとは毛色の違う色合いの白煙が立っていた。
無意識のうちに俺は銃を撃っていたのだ。放たれた弾丸は真っ直ぐ進み、銀髪の女性が振り下ろさんとしていた刀身の根元に当たり、その手から弾き飛ばした。
「……やっちまった」
自分で戦わないと言ったそばからこの有様だ。被弾はさせてないとはいえこれは明らかな戦闘であり挑発行為だ。
「……まぁ、私はやると思ったけどね?」
剣を鞘に収めてなかったルチアがさも当然のように俺の前に出る。剣には火と光の魔力が込められているのか赤白く光る。
苦笑い混じりの顔は俺からみると、どこか満足気にも見える。
だが、ルチア以上に笑みを見せる者が俺の目に映っていた。
「ハハッ! エズシィティンガ、ハォワ、ヨォウ、エズシィティンガッ!」
俺が取った賢くない行動が余程嬉しかったのか、銀髪の女性は声をあげて笑顔を見せる。弾き飛ばされた刀を拾おうともせずに、木刀を片手持ちに悠々と向かってくる。瞳にはまるで鼠をいたぶる猫のような残虐さが宿っている。どうやら遊び殺す気満々のようだ。
「化け物蜘蛛に巨大兵器に絡繰巨人、今度はサムライ人斬りかよ。俺はアメコミヒーローじゃねぇんだぞ!」
一人の自衛官がおおよそ扱える範疇ではない事態に、たった一日で遭遇し過ぎている。俺は今日の不運を呪いながらそっと銃の射撃モードをセミオートのまま構えた。