月明かりの下に銀
「ざまぁみやがれってんだ!」
石造りの身体は見る影も無く、ズルリと落ちた巨腕が転げ地面へと落下していく。
胴体部分の右側に命中したLAMの弾頭は腕を胸ごと吹き飛ばし、爆発の余波でゴーレムを半壊に至らしめていた。
「何をやったのハジメ?」
「いやなに、こうも上手くいくとは俺も思って無かったぜ」
ルチアの疑問に答えるように俺は作戦を説明した。
あのゴーレムを倒すにはLAMの射撃しか無い。だがそこに一つの問題があったのだ。
火力の面では無い。元々、戦車を壊すための武器なのでその点は心配していない。問題は一発しかない弾を確実に当てる方法だ。
ただでさえゴーレムは素早い動きのうえ、光を反射しにくい石の身体は夜の黒に紛れて照準にはマイナス要素にしか働かない。
確実に当てるためには動きを止める。ゴーレムが明瞭に視認出来る状況にするこの二点が絶対だ。
この点を解決するにはどうするか。俺はファムに目を付けた。
自分のとはいえ精巧に人の身体を作るファムの蔓であれば囮を作れるのではないかと考えたのだ。
囮と言ってもただ人型の囮を作ったのでは意味が無い。奴にとってはただ潰す的が増えただけで優先して攻撃する対象には成り得ない。
そこで俺が考えたのは蔓による見せかけのLAMを作ることだ。
いくら銃に疎い人間だとしても、元の世界の住人ならばテレビのニュースや映画、マンガなどの創作物でロケットランチャーという言葉ぐらいは知っている。各武器の詳細な名称は知らなくてもそれが戦車を壊す強力な武器を示すこともだ。
それを自分に向けられたらさすがに優先して倒す必要が出てくる。囮として使うには最適だ。LAMの色合いが元々黒なので夜の空間も手伝ってより見かけで騙すことが出来る。
さらに、ファムの蔓を使うことによりそのままゴーレムの動きを止める拘束具にもなる。これによって動きを止めるという点は解決した。
次に視認するための状況作りだが、これは手持ちの材料を使わせてもらった。
以前に使ったガソリン入りのペットボトルだ。蔓で構成された見せかけのLAMの中にこれを忍ばせ拘束と同時に中身をぶち撒き着火するという作戦だ。
この作戦には一つ工夫が必要だった。
それは火をどうするのかという問題だ。
予め火をつけてしまえば燃えるLAMを担ぐというなんとも間抜けな絵面になり、さすがに不審感が出てしまう。わざわざライターで着火しにいくという案は出せなかった。ゴーレムのみならず、拘束されれば暴れるのは誰でもすることだ。まさか囮役にノコノコとそんなことをさせるわけにはいかない。俺はジェリコがそこまで嫌いではない。
そこで使ったのは俺のポケットに入っていたあるモノだ。
火の魔結晶。ラルクから貰った俺にとっては無用の長物と言える代物だ。しかし、この場においては天からの恵みとも言えた。
蔓のLAMに忍ばせておき、拘束の瞬間ガソリン満載のペットボトルを潰し火の魔結晶も割る。傷付けば魔力が暴走し、人間ならばまる焦げの焼肉が出来上がってしまうが石造りの巨兵ならばどうか。
感想の言葉は決まっている。お決まり文句だ。
なんということでしょう。薄暗く、破壊された街並みの中に、煌々と燃える篝火が出現したのです。
……匠の技は発想の転換だ。これで二つ目の視認を明瞭にする点は解決した。
射撃の環境が整えば後は俺が当てるだけである。正直ここまで上手くいくとは思ってもいなかったが、俺の日頃の行いが良いことや運も手伝い、見事に策は成功した。
「うはぁ! いやー、ジェリコさんのナイスな囮が上手くいったねー!」
敵を引き寄せ半ばオグマから飛び降りるように離脱したジェリコは無事であった。そのまま地面に激突するのかと思いきや、両手をオグマの外殻に合わせるとイモリのように張り付き悠々と降りてきたのだ。リザードマンの種族の特性とでも言えるのだろうか。危なげなく戻ってきたジェリコの肩を俺が抱く。
「今回ばかりはお前の働きが良かったぜ。感謝感激だ」
「おろ? 珍しい。ハジメちゃんが素直に褒めるなんて明日は砲弾の雨が降るかな?」
「そのときはお前を傘にして防ぐさ」
互いに笑みを浮かべると俺とジェリコはハイタッチを交わし、そのまま強く互いの手を握り締める。蜥蜴の爪が食い込み若干痛かったが勝利の余韻と比べれば大したことはない。
『さて、それではアレをどうしましょうか?』
ファムの髪の毛の中からひょっこりと顔を出すのはノウだ。姿が見えないと思えばそんな所にいたのかと俺は苦笑いをする。
「どうしましょうかってね。そりゃあ……回収するしかないだろ?」
ノウが意図しているのは火の魔結晶とLAMの爆炎により今も炎に包まれているゴーレムとその中身のことだ。
ガラガラと音を立てて地面に倒れ込み、俺達の足に振動を与える。倒れた拍子に損壊はさらに激しくなり操縦席を守っていた分厚い板が外れる。搭乗者を守るために頑丈な金属製の素材を使っているからか、キィンという高い音を鳴らし地面の石畳を砕く。それと同時に中身も出てきた。
「カハァ……ごふ……」
中から出てきたフーバーが赤い炎に照らされる。所々が破れたアカデミックコートに細かい傷による赤色も煤汚れの黒が目立つ顔。堅牢なゴーレムで身を守っていたとはいえ、LAMが直撃して五体無事なのは防御用の魔法でも唱えていたからであろう。咳混じりの声を聞くにそれでもダメージはかなりあったはずだ。
「全く忌々しい……この魔法の世界で現代武器とは。ふざけているのですか貴方は?」
フーバーは悪態を吐くと手に魔力を込める。手の甲で顔を拭うと細かな傷だらけの顔が綺麗になる。ルチアもよく使うヒーリングの魔法だ。
回復魔法により傷を癒し終えるとフーバーは立ち上がる。その足取りは重く、酷くフラついていた。
「やめとけよ。HPが回復して動けるのはRPGの世界だけだぜ?」
傷が癒えても身体に残るダメージというものはある。疲労感はその最たるモノ。いくら無限の魔力で傷を癒してもそれは表面上だけの傷に過ぎない。
「この僕に勝ったつもりですか? ゴホッ……まだ僕は負けてませんよ……ゲホッ……」
見るからに痛々しい姿のフーバー。勝敗は決したにも関わらず抗おうとするその姿は、かつて分隊が壊滅したにも関わらず戦おうとした自分の姿に似ている。既に負けているにも関わらず無謀な戦いに挑もうとしている姿だ。
見ていていたたまれなくなった俺は銃も持たずに歩み寄る。
「ハジメ!?」
止める意味で名を呼ぶルチアの声に、俺は片手をヒラヒラと振り答え進む。
「……なんのつもりですか。貴方の首を吹き飛ばす魔法も魔力も僕は持っているんですよ?」
口ではそう言えども、俺が目の前に立つまでフーバーは魔法を放つ様子は見せなかった。
俺は身を屈め、子供の背丈に目線を合わせる。
「なぁフーバー。お前よ。まだやり直せるだろ?」
「はぁ?」
俺が何を言っているのか分からないのだろうか。フーバーは戸惑いの表情を見せる。俺はそれを無視して話をした。
「お前が元の世界でどんな人生を送ってきたのかは俺は知らねぇ。この世界でも俺と会うまでどんな人生を送ってきたのかも俺は知らねぇ」
「……?」
俺は自分でも何を言えばいいのか若干迷走してるのは理解している。こんなときに海外ドラマの主人公みたいな気の利いた皮肉や冗談を言えたらカッコつくのだがあいにく俺はそこまで頭の回転は良くない。自分の語彙力の無さにイラつき頭をボリボリと掻きながら俺は言葉を続けた。
「でもよ。初めて会ったときのお前は本当に楽しそうだった。俺には今のお前が……それが本性だとは思えねぇんだ!」
「……!」
初めて三人と会ったとき、フーバーは他の二人と同じように目を輝かせて銃を見ていた。あの眼差しは子供の好奇心そのものであり、純粋な性格を表していると俺は思う。
それにフーバーはプリシラの勉強も手伝ってくれていた。決して素直では無い性格のプリシラに対しても真摯に一生懸命に教えていたのだ。それを近くで見ていた俺は彼自身の性格が優しいということを知っている。
北区でフーバーがオグマの前に立つその姿を見るまで、犯人だと思っていなかった。本人は隠していたと言っているが、オグマの前に立つ彼はまるで別人のような振る舞いを見せていた。それに俺は違和感を覚えていた。
「強力な力を得て魔が差したんだろ? こんなことをしでかしてるお前には気休めにしかならねぇかもだけどな? 生きてりゃやり直せるんだからよ。転生者なんだし、生き返ったつもりで頑張ろうぜ?」
俺はにこやかな笑みを見せ、握手を求める手を伸ばす。
それを見たフーバーはしばらく逡巡し、考え、やがて諦めたかのように大きなため息を吐くと手に纏っていた魔力を収める。
「ロケットランチャーで撃ち殺そうとした人に言われてもねぇ……」
「そりゃもう。ブチ殺す気満々で撃ったからな。人殺しの方法でも教えてやろうか?」
フーバーは俺の手を強く握り締める。中身は大人でも外見は子供。その力も子供相応のモノだ。
「それよりも友達に謝る方法を教えてもらいたいね」
「任せろ。調子に乗ったおバカさんには土下座の角度から叩き込んでやるよ」
握手した手を引き、俺はフーバーの身体に手を回し支える。小さな身体は思っていたよりも華奢でか弱い存在であった。
「可愛い女の子だったらお姫様抱っこしてやるんだがな?」
「ゲホ……そりゃどうも。今ほど男の子で良かったと思ったことは無いよ。ゴホッ……」
フーバーは何度も咳き込み、真っ赤な血を地面に吐き捨てる。先程から止まる様子の無い嗚咽に俺はさすがに心配する。
「おいおい大丈夫かよ? 回復魔法使ったんじゃないのか?」
「ゴホッ! ガホッ! そりゃ爆破されるなんて経験無いからね。思ったよりダメージが残ってるみたいだ」
さらに咳き込み、フーバーは血の赤を吐き捨て続ける。
思っていたよりも重傷だ。無論、対戦車弾の威力は俺がよく知っているので生きてること自体奇跡なのだが、敵であったとはいえせっかく残った命を散らすのは俺にとっても心地が悪い。早く避難所に戻って専門の治療をしなければ危ういかもしれない。
「ゲホッ、ゴホ、オエッ……」
尋常では無い咳き込みにフーバーはさらに吐血する。血の赤を出し切ってしまったのか最後には黒い液体を吐いていた。
粘液状の黒い物体は本来の血とは違い、明らかに別のナニカのように俺の目に映った。
「ごふ……くそッ。僕は……俺は……」
身の毛もよだつおぞましい黒。漆黒の黒が。夜の闇よりも深い黒がフーバーの口から吐き捨てられた。
「お前……何かあったのか?」
言葉を言い終えた俺の背中に強烈な殺気が飛んでくる。フーバーも殺気に当てられたのか、俺達は同時に手を離し振り返った。そして信じられない光景を目にした。
「アレは……切り刻まれている!?」
俺達が苦労して無力化した巨神兵オグマ。その身体を白銀の線が何度も通過し解体していく。聞こえてくるのは瓦解していく崩壊音と金属のナニカがキンッキンッと音を鳴らして切り裂いていく音だけだ。
急な事態に俺の身体は一気に危険信号を放つ。冷や汗が噴き出し、全神経が鋭敏になっていくのを感じる。
(ヤベェ……なんかヤバイぞこれは!)
今まで経験した全ての危機が、チンケなおままごと遊びのように感じるほどの威圧感が全身に浴びせられる。
逃げようにも身体は硬直して中々動かない。やがて白銀の線はオグマの巨大な身体を原型を留めないほど解体し終える。っと同時に月明かりを遮っていた分厚い雲が途切れ、俺達の身体を照らしていく。
そこで俺は目にした。白銀の線の正体を。
褐色の肌に銀の長髪を持つ、出るとこが出た際どい服装の女性の姿を。赤い目の色がまるで陽炎のように揺めき空中に帯を引き、月明かりを反射する刀と吸収する刀を携えていた。
「ンエズテ、イス、ヨォウ、テゥロン」
「……グロリア語……?」
女性の声が聞こえた。その言葉の意味を考えている間に勝負は終わっていた。
褐色の肌に尖り耳を持つ赤目の女性。彼女が持つ二振りの刀。それぞれが真っ直ぐに俺とフーバーの胸に突き立てられていたのだ。