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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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兵ハ詭道ナリ

 〜〜一年前。冬。演習場にて〜〜


 一本の雪の道を戦車の足が耕していく。静かな昼の雪山を装軌音が騒がしく乱している。人の足では踏破が困難な道であろうとも、戦車ならばものの数秒だ。迫り来る重機の音が白の世界に木霊する。


「……ふぅ……ふぅ……」


 そっと俺は身を潜める。雪に塗れた身体は身動き一つするのにも面倒だ。


 吐く息の白さでバレないようにと口の中に入れた雪の冷たさが俺の体力を奪っていく。もっとも、歩兵はすでに撃破しているので戦車の狭い視界でバレるとは考えにくいことだ

 しかしながら、このわずかな勝算を掛けた一瞬の作戦において懸念事項は少しでも消しておきたい。


「来た……か」


 地面を揺らす装軌の音が大きくなり、対象の接近を知らせてくれた。


(焦るな。負けて元々。撃たれて死ぬわけじゃねぇしな)


 臆する胸の内を必死に鼓舞する。

 これは訓練だ。実弾は飛ばず、銃口から出るのは目に見えない無害なレーザーだ。それは戦車の砲口からも同様である。


 失敗しても死ぬわけではない。戦車と歩兵の戦いだ。負けても誇りは傷付かない。

 言ってしまえば、俺が戦う理由は自衛隊の服務に最後の一兵になっても戦う云々の記載が書いてあるからでは無い。むしろ訓練中に死んだら色んな人に迷惑が掛かるので褒められた行動でもない。


 たが、試してみたかったのだ。


 己が立てた作戦が、陸上戦の絶対者である戦車に通じるかどうかを。


 好奇心の混じった決意を戦車の音が掻き消していき、続いて機銃の音が真っさらに変えていった。


「どうだ!?」


 俺はすぐさま自分の身体に付いている、自己の損耗付与の役目を知らせるモニターを確認する。

 表示に反応は無し。にも関わらず続く機銃音に俺は確信した。


「引っかかったなっ!」


 俺はすぐさま雪に埋もれた身体を起こす。


 狙いの戦車までの距離はおよそ百二十。その戦車は明後日の方向に向けて機銃の空砲を鳴らしている。


 撃っている先には、俺が囮として制作した雪だるまが立っている。防寒用の茶色の迷彩服を着せ小銃をスリングで身体に引っ掛けた俺の自信作の自衛官風の雪だるまだ。


 そして俺は雪だるまを作るために掘った穴から身を乗り出し、残された武器であるLAM……個人携行対戦車弾を構える。


「中国の偉い人が言ってたぜ! なんたらは詭道ってよ!」


 構える。照準。安全装置解除。最後に撃発。

 銃を撃つ際のお決まり事項を実施し、俺は撃ちながら叫ぶ。


 カチリという音の後に残るは静寂。勝利の女神が微笑むのは次の瞬間であった。



 ―――――



 私の頬を石の拳が掠める。風圧により撫でられた皮膚は波打ち騒つき、脳を揺らす。


「ファイアーボール!」


 剣の先端から火球が飛び出しゴーレムの表面を焦がす。


 ラルクさんから貰ったこの片刃の剣はかなり出来が良い。魔力を通しやすい金属で刃は構成されており、手に込めた魔力が剣のから発動されるまで寸分の減衰も無い。むしろ特別な加工をして作られる魔法使い用の杖と同様に増強された魔法を放つことが出来る。その威力たるや、ただの下位の魔法である火球(ファイアーボール)ですら私の目を眩かせる。


 しかし、強化された魔法ですら石の腕には大した効果は望めなかった。


 表面がチリチリと焦げただけの腕は変わらず轟音を鳴らして地面ごと砕かんと振り回され、その度に私の髪が揺れる。


「非生物に火の魔法とは教養が知れますねぇ!」


「うっさいなぁ!」


 ゴーレムに搭乗するフーバーという少年は私の魔法に対し言いたい放題だ。言われなくても私の魔法が大した効果が無いのは自分自身よく分かってる。


 ゴーレムのように無機物の巨大な個体に対して火や風、水の属性の魔法で戦うのは相性的によろしく無い。火で焼こうとも燃えきらず、風で吹き飛ばそうにも重く飛ばず、水で押し流そうに上手くいかない。土魔法による土石弾などや雷魔法による雷撃などで打ち倒すのがセオリーである。

 けれども私は火風水の魔法はある程度使えても土属性や雷属性の魔法は使えない。個々の素質というものがあるのだ。

 私がもっとも得意とする光魔法は昼間の明るい時間や神聖な場所でなければ最大の効果は発揮できない。道端に倒れる壊れ掛けの洋燈や雲に遮られた月の明かりではイマイチな威力しか出すことはできないのだ。


「ウインドッ!」


 叩きつけるように振った剣の先から圧縮された風の塊が噴出し、ゴーレムの一撃を辛うじて弾き飛ばす。

 魔法の効果は今一つで隙も生じてしまうが、剣で防げば折られ体捌きで避けるのにも限界がある。やられもせずに良い塩梅で凌ぐには魔法を織り交ぜた戦闘がもっとも効率が良いと私は思う。


(凌ぐ……ね)


 凌ぐ、時間を、時を稼ぐ。いつのまにか私はそのように戦っていた。ファムが吹き飛ばされてから数分間は一人で戦っている。


 何故そのようにしてるのか、何も打つ手がないからそうしてるわけではない。


 待っているのだ。期待をしてるのだ。私よりも弱く、割と礼儀知らずな性格と口の悪さ。そして変に自己中な気がある彼を。


 このような窮地にこそ雄々しく戦い、最後まで諦めずに勝利のための思考を止めない彼を。私が思いもしない戦法で勝利を掴み取る彼を。


(あのブーツを脱ぐと足が臭いのがたまにキズだけどね)


 知らず知らずのうちにクスリと笑いながら、私は凌いでいた。


「オラァッ! 女のケツばっか追いかけてねぇでこっち来いやッ! むっつりスケベ野郎がよぉ!」


 猛攻を捌く私の耳にハジメの声が聞こえてくる。あのときと同じように虚勢混じりの声だ。でも、その声は私を安心させてくれる。

 見ればハジメは離れた場所で銃という武器を構えている。隣には再び大人に成長した姿のファムが立っていた。


「うるさいなぁ。そんなに先に死にたいのなら……お先に殺ってあげますよ!」


 私達などとるに足らない存在だと思っているのだろう。羽虫を潰すのに選り好みする人間はいない。ただ目に付いたモノから潰していく。それを今やられた。


 嫌味ったらしく赤い単眼の視線を動かすと、腕をブルンと大きく雑に振るいゴーレムは攻撃の対象を変更する。


 壊れた洋燈の微かな光の中、疾駆する巨大な影。地面を破壊しながら駆けるその姿は、破壊の波にも見える。


「ゴーレムちゃん! そっちに行っていいのかな?」


 ゴーレムが向かう先、つまりハジメ達がいる場所とは違う場所からジェリコの声が聞こえてくる。どこから聞こえてきたのかと周りを見渡せば、なんとジェリコは破壊され倒れているオグマの胴体、その際の部分で太い槍のような武器を構えていた。


 ゴーレムはそちらに見向きもせずに進んでいる。


「あれれ? いいんかな〜無視しちゃってさぁ。ジェリコさんが持ってんのはアレよ? ロケットランチャーよ?」


 ロケットランチャーという言葉が聞こえた瞬間、ゴーレムの動きがピタリと止まる。逡巡するかのように単眼をぐるぐると動かしている。


「戦車もぶっ壊すロケットランチャーよ! 固いとはいっても石で出来たゴーレムなんてコロリよコロリ。分かるぅ?」


 煽るように手に持つ槍のような武器を振り回している。

 暗くてよく見えにくいが、あの武器はハジメが持ってきていたモノのようだ。ジェリコは別に槍術が得意なわけではないというのにやけに自信満々だ。


「ロケットランチャーですか。……ふむ。そこらの魔法より厄介そうですねぇ」


 何を狙うのか決めたのか、ゴーレムはその巨体を反転させ一気に走り出す。向かう場所は私でなければハジメでも無い。槍状の武器を構えるジェリコの元だ。


「いいでしょう! 当たらなければ、撃たせなければどうということでは無いというのを教えてあげましょう!」


 ゴーレムは図体に似合わない小刻みなステップを踏みながら私の横を走り抜けていく。アレでは魔法や弓では当てられない。槍を投げる程度では百発投げても一つも当たらないだろう。


 あれよあれよと言う間にゴーレムは自身が操っていたオグマの残骸にまで登り詰めていく。機動に魔力を使っているのかその速さは他に類を見ない。


「ったくよ。速いし固いで厄介な奴だぜアレはよ。機動戦闘車かっつーの。もしくは台所の黒い悪魔か?」


 忌憚の無い感想を言い、私の隣にハジメが立っていた。戦闘中にも関わらず、寝起きの朝のようにどこか抜けた空気を漂わせている。


「ルチア。少し離れてくれ。んでもって耳も塞いどいてくれ。そう、もうちょっと横で尚且つ前の方にいたらいいかな?」


「え……?」


 戸惑う私に片手で指示を飛ばす。もう片方の手には銃を握っていたが、その銃も今地面に降ろした。まるっきり丸腰の状態だ。

 この場所だけ戦いの緊張感が解かれてしまったような空気の中、離れた場所からフーバーの声が聞こえてくる。


「ははっ! 当てられますかね? この僕に! ダークミスト!」


 フーバーが呪文を唱えるとゴーレムの身体をすっぽりと覆うように黒い霧が立ち込める。それは洋燈の街頭の灯りがあるとはいえ暗い夜の色に紛れ込んでいく。

 抜け目が無いとはこのことだ。ああなってしまっては攻撃を当てるのには至難の技だ。射撃能力に優れるハジメならばまだしも、今迫られているのはジェリコだ。しかも持っているのは得意の短刀ではなく槍のような武器。いくらリーチがあっても確実に当てられる保証はない。仮に当たったとしても私の剣でも切り裂け無かった相手を倒せるとは思えない。


「おー、ありゃ便利だな。夜の斥候にあんなのがあればめっちゃ楽だな」


 彼我の戦力差を分析する私とは裏腹にハジメは結構呑気している。

 相手は完璧に闇に紛れている。アレではいくらハジメの腕前が良いとはいっても何とか出来るモノでは無い。もちろんジェリコも同じだ。その証拠に槍を構えてはいるがあたふたしている様子だ。


 やがてゴーレムはジェリコに緊迫し、両腕を闇の衣から抜き出して大きく振りかぶり振るう。遠く離れているにも関わらずその音が聞こえてくる。


「ジェリコ!」


 咄嗟に叫び、助太刀しようと走ろうとする私の身体をハジメが制する。

 いくら私がジェリコのことが好みでは無いとはいえ、見殺しにするほど嫌いなわけでは無い。ハジメにとってもジェリコはある程度気心の知れた仲間のはずなのに何故このようなことをするのか。理解に苦しむ私にハジメはそっと笑いかける。


「遥か昔の中国って国でな。偉い人が兵法書を作ったのよ。内容は小難しくて全部は覚えて無いけどよ」


 チュウゴクという聞き慣れない国の名前を出すとハジメは右手をファムの前に出す。


「俺の国では二兎追うものは一兎を得ずって言葉がある。なまじ出来るやつはああやってやたらめったらと手を出しちまうもんなのさ」


 私の視線の先ではジェリコがゴーレムの攻撃を間一髪で避けている。ヒィヒィと声を出しているのが想像できる。


「中国にはな。孫子兵法書ってのがあるんだ。その中の一節にはよ……」


 私の視線の先に変化が起きる。


 戦闘しているジェリコの槍が突如バラバラに分解し、その破片がゴーレムの身体に巻きついていったのだ。それに続いて叫び声が聞こえてくる。


「ハジメちゃーん! 後は任したよ! ジェリコさんはもうギブアップ!」


 叫び終えるとほぼ同時にゴーレムに巻きついた槍の破片が一気に火を噴いた。途端に火に包まれる石の身体は一つの篝火へと姿を変える。

 あの炎の色は私の見知ったモノだ。火球。ファイヤーボール。その魔法が込められた魔結晶が砕けて暴発したときに出る炎だ。幼少の頃に何度も魔法に失敗していた私にはよく分かる。いつの間に火の魔結晶を手に入れたのだろうか。


 火の勢いから飛び出し逃げるようにジェリコはオグマの身体を器用に駆け下りる。蜥蜴の身体能力を持つリザードマンだからこそ出来る芸当だ。

 残されたのは火を点けられ闇夜に煌々とその存在感を示すゴーレムのみだ。


 そんな敵の姿に向けて、ハジメはいやらしい笑みを浮かべてみせた。正直、正義の味方よりも小悪党の方がお似合いと言える表情だ。


「ハジメェ〜。ファムはもうこれを中に入れるのやだよぉ〜」


 文句を言うファムの身体が二つに割れる。いや、割れるという表現は良くない。大人の姿のファムの身体から一つの武器が殻を破るように捻り出てきたのだ。


「悪りぃ。でも隠すにはもってこいなんだよな。お前の身体はよ。あぁ、見せかけの囮にもか」


 メリメリと音を立て、ファムの身体から出てきたのはハジメが持って来ていた武器。今さっきまでジェリコが持っていたはずだった武器。ラムと呼ばれる槍状の武器であった。

 大人の姿の抜け殻の中から元のサイズのファムがその武器の下を支え持つように出てきた。あまりにもよく分からない状況に私は思わず口を半開きにして見入ってしまった。


「敵を欺くには味方から。なんて言葉だったかな? そうだ。アレだ……アレだけは馬鹿な俺でも覚えてる」


 ハジメはその武器を受け取ると先端部分を弄り、細長い突起を伸ばす。そして普段通りに構えると最後の一言を口にする。


「……孫子曰く……」


 狙う先は一つ。今まで闇に紛れて狙いを絞らせなかった敵。今は著名な目標物として空に映る石の巨人。これならば片目を瞑っても当てられる。ハジメの腕前ならば尚更だ。


「兵は詭道なり」


 引き金に掛けた指が動きカチリと音が鳴る。


 爆音と衝撃波が同時に起こり、私は咄嗟に身体をくの字に曲げ耳を塞いだ。


 槍の先端部分が射出され後に残るのは筒状の胴体。その射出された部分は目標物とへと飛んでいく。


 全てがスローモーションに見える。黒い穂先は鳥の羽のようなモノを本体から出し、夜の空間を飛ぶ燕のように低空から一直線に進んでいった。


 向かう先は一点。身体に点いた火を振り払わんともがき、黒の中に赤の軌跡を作る石造りの巨兵だ。


「後方良しを言い忘れたぜ」


 ハジメの呟きとほぼ同時に槍の先端、燕の(くちばし)がゴーレムに着弾する。

 辺りに響き渡る轟音。刹那の衝撃波から立ち直った私が目にしたのは、爆炎に飲み込まれ半壊していくゴーレムの姿だった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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