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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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無駄な足掻きと無策

 オグマの残骸の上に立っていたゴーレムは少し身体を屈めると勢いをつけて飛び跳ね迫る。猫のようなしなやかさと軽やかさは、今まで見たゴーレムとは違い生物的な動作を感じる。

 あっと言う間に俺達の前に着地すると赤い単眼をさらに血のように染め上げ見下ろしてくる。


「やられましたよ。本当に。してやられた。あれほどの威力だとは思ってませんでしたよ」


 忌々しそうに悪態を吐くフーバー。姿は見えないが恐らくは苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。


「魔法都市防衛兵器、ブリューナク。都市マジカルテを囲む城壁を魔法陣とし巨大魔結晶を増幅機関として発動する魔力の砲弾。資料を盗み見たが、まさかオグマを一発で仕留める威力とは……」


「観念しろ。玩具の試遊時間は終わったんだ。大人しくお縄につけよ」


 ゴーレムからやや距離を取りつつ、俺は銃を片手に前に立つ。手の届く範囲に立たないのはさすがに怖いからだ。


「意外だったのは貴方達もですよ。銃があるとはいえ、間抜けそうな男に女に子供。オグマの前に立ち塞がり、あまつさえ止めてしまうとはね」


「……ジェリコ。言われてんぞ。間抜けそうな男だとよ」


「絶対にハジメちゃんのことだと思うよ!?」


 不服そうに俺の名前を挙げるが、俺の方こそこの物言いは不服だ。


「足掻くなよフーバー。お前はアレだろ? 子供の見た目してるけど、転生者なんだろ。大人気ないぜ?」


 今までのやりとりからフーバーは元の世界からの人間であることは間違いない。俺の直感では大人である可能性が高い。

 北区の巨神兵がいた間。あの場面で見せたフーバーの悪意ある顔は年端のいかぬ子が出せる顔では無かった。子供のままで転移してきた者とは考えられない。


「足掻く? ふふっ、ふはは! そんなこと言われなくとも……」


 フーバーが搭乗するゴーレムの姿勢が低くなる。

 低く、低く、低く、それはまるで短距離走の陸上選手が全力疾走する。その構えに酷似していた。


 勢いよく、走り出すための構えだ。


「するに決まってるじゃないですかぁッ!」


 地を舐めるような低空タックルは目で反応するのがやっとな速度だ。踏み抜ける道路の石畳はただでさえ割れ砕けているのに小石サイズにまで粉砕されていく。


「あっぶな〜い。ガードヴァイン!」


 突き出されたファムの手から複数の蔦が現れ俺達とゴーレムの間を塞ぐ。一つ一つが俺の腕より太くそれらが編み合わさり強固な壁を構成する。この密度ならば銃弾すら防ぐだろう。


「そんなもの、大したことありませんよ! 紅蓮の剣よ、プロミネンスソード!」


 ゴーレムの手の平にある小さな魔結晶が赤く光り、そこから炎の剣が形成され切り付けてくる。緑の壁に赤い炎の一文字が刻まれ、さらに重ねて十字に炎線が描かれるとゴーレムは図体を活かした突進をし蔦の壁を突き破る。


「防げ、光の護封盾! ライトシールド・ウォール!」


 詠唱したルチアの声に合わせるよう視界一杯に広がる光の壁。盾の魔法である。光の魔力で敵意ある攻撃を塵にする魔法だ。


「ははっ! 闇が支配する夜に光魔法ですか?」


 嘲るように声をあげるとフーバーはゴーレムを急停止させる。慣性の法則を無視した無茶な動きはあのゴーレム自身に何かしらの魔法をかけているせいなのかもしれない。

 ゴーレムの右腕の先に黒い靄のようなモノがかかり、やがてそれは爪の形状をとりルチアが発動させた光の盾へと振り下ろす。


「魔法は属性と状況を考えろと教科書に太線で書いてありますよ! シャドウクロウッ!」


 どんな攻撃も塵にする光の盾が闇の爪によって容易く引き裂かれる。ゴーレムの手の甲からは三本の長い黒い爪が出現し、見るも無残にルチアの盾を細かく裂いていく。

 先ほどは炎の剣。今は闇の爪。ゴーレムの手からは様々な魔法による武器が出現しており、俺達が発動した魔法を無力化していく。


「分かっていませんねぇ? 人が乗ることを想定しているゴーレムなんですよ。魔法使いの能力を最大限に活用する工夫がされているに決まってるでしょうが!」


 吠えるとフーバーはまた何かしらの呪文を唱える。みるみるうちに岩石がゴーレムの腕を包み巨大な拳を作り上げる。人の背丈を優に超える石の塊が大きく振りかぶられ、次にその軌跡を逆に辿った。


「ストーンフィスト!」


 叩きつけられた拳は同じ物質である石畳の地面を粉々に砕く。もはや街を彩る優美な模様の道路は度重なる戦闘により跡形も無くなっていた。


 速く重い一撃であったがルチアとファム、そしてノウは咄嗟に避けることが出来たが、俺は高威力な魔法の数々に気圧され腰を抜かしかけていた。しかし、俺が石の拳に叩き潰されることはない。


「あっぶねー。サンキューだなジェリコ」


「ハジメちゃんは生涯ジェリコさんに感謝しなきゃダメよ?」


 間一髪のところで俺の身体をジェリコが抱え、今まで見せたことのない俊敏な動きで俺をゴーレムの一撃から回避させたのだ。


「……クソ速えけど、やれねぇことはないな」


 悔し紛れに言ってるのでは無い。実際にこのゴーレムの動きは異常と言えるほど速くはない。目で追うのがやっとということは視認はできるということ。ならば対策は立てられる。


 簡単な話だ。電車を至近距離で見れば早くてあっという間に通り過ぎるが、遠目で見ればゆっくりに見える。反応して回避する動きが間に合う距離で戦えばいい。すなわち俺の得意分野だ。

 背負っている対戦車火器であるLAMを、あの性根が腐った諦めの悪いクソガキが操る木偶人形にぶち当てれば勝ちという単純明解なことであるのだ。


 一つ。問題点を挙げるとするならば、確実に当てなければならないということである。当たり前のことなのだが、これがまた難しいのである。


 動き回る目標に弾を命中させるというのは口で言うほど簡単ではない。小銃ならばまだしも、反動の大きい対戦車火器では中々に難しい。さらに言えばLAMは照準補助具が射撃装置に組み込まれているとはいえ、あくまで目で狙って撃たなければならない。ロックオンとか、誘導装置などという気の利いた装備などこれには備わっていないのだ。

 ここにあるのが01式軽対戦車誘導弾ならばどんなに楽だっただろうか。いや、あれでは熱源が取れないと撃てないので返って無意味かもしれないが。


 勝利の方程式を必死に組み立てている間にも戦闘は続く。


 ルチアが振るう片刃の剣は的確にゴーレムを捉えている。

 鋭き刃は装甲を薄く削っていくが、いかんせん獲物の大きさが違いすぎる。丸太を束ねたような太さが相手では切り落とすのは無理があり、まともに打ち合えば剣が折れる。ルチアもそれが分かっているから攻撃は剣で防ぐことはせず、体捌きや防御魔法で避けている。反対にゴーレムは攻撃をしっかりと受け止めた上で堅実に反撃を行なっている。


 合間合間に魔法が飛び交い、互角に戦っているように見えるが相手は魔法学園で学を収める魔法使い。そして無限の魔力を持つ者。ルチアとファムが唱える魔法は全て弱点となる魔法で打ち消されていき、属性の相性からなのか防御用の魔法は全て簡単に破られていく。むしろ魔法で防ごうとすればするほど後手に回っている。それらを有り余る無限の魔力で好き放題に発動しているとなれば、やられるのも時間の問題だ。可及的速やかに対抗策を練らなければならない。


「やっぱりアレをやるしかないか?」


「アレって何よハジメちゃん?」


 実は策の一つは既に思いついている。問題はその策をどう実行するかと言うこと。実行するためには俺が信頼出来る仲間と、俺を信頼してくれる仲間が必要だということ。


 爬虫類の眼で俺の言葉を待ち望む仲間に半ば懇願するかのように頭を下げる。


「ジェリコ。とりあえずお前、囮になってくんねぇか? あのゴーレムの目の前に立ってさ。俺が撃つまで付かず離れずでさ?」


「……」


 声には出さず、呆れた眼で返答をされた。


「ハジメちゃん。作戦って言葉を広辞苑で調べてみ……プギャッ!?」


 言葉を遮るように轟音が鳴り、ジェリコの頭へ目掛けて緑の塊が飛んでくる。鈍い音を響かせぶつかったそれは綺麗に地面に着地すると、ぶつかりあった部位を撫でながらケラケラと笑う。


「いや〜、強いよね〜アレは。なんか良い方法見つけないと倒せないね〜」


 身体に付着した戦闘による汚れを蔓の腕で拭うファムは、今しがた衝突したことを気にするそぶりすら見せない。地面で悶えるジェリコの姿は流石の俺でも気の毒に思える。


「ファム、良いところに来てくれたな! おっと、今の良いところってのは蜥蜴の頭にヒップアタックで着地したことじゃないぞ?」


「ふ〜ん? ハジメェは何言ってんのか分かんないね?」


「今のは流してくれていいぞ? それよりも良い話がある」


 滑った話題に突っ込まれることほど胸に来るモノは無い。


 なにはともかくとして、俺はファムの頭とジェリコの頭を掴んで顔を寄せ、なるべく簡潔にして明確に作戦を伝える。一通り伝えると二人は正反対の反応を見せてくれた。


「おお〜? ハジメェは凄いねぇ! うんうん、そういうのファムはやってみたいよぉ!」


「……マジでクソだわ。一番危ないのジェリコさんじゃん。人の心ってのが無いのかよハジメちゃん!」


 少女の姿に似合った目を輝かせるファムの横でジェリコは荒んだ不良のように唾を吐き捨てている。


「いいじゃねぇかよ。一番おいしいぜ? 帰ったら表彰もんだぜ?」


「表彰状なんてケツ拭く紙にすらなんないってば!」


 反抗するジェリコの肩を叩いて俺は宥める。


 口では文句を言いつつも、俺が立てた作戦自体には反対していないのだろう。ぶつくさと小言を口にしながら作戦への支度を整えている。


「さぁ行くぜ? なぁに、冬山で一人で戦うよりかは勝算あるからよ」


 在りし日の思い出を振り返り、俺はそっとほくそ笑んだ。

 雪山の戦場の静けさと、異世界の夜の静けさはどこか似ていると思いながら、そこに響く戦闘音はまるっきり違うと感じながら。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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