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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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発動と始動

 風が吹いてきた。


 戦闘により暖まった身体から噴き出た汗が、僅かに冷えていく。黄昏時から初夏の夜へと変わる世界は、異世界であっても肌寒い。


「見せてやろうぞ。ブリューナクの力をな!!」


 ファムに吸われた分の魔力は回復したのか、ラルクの元気そうな声が出てきたばかりの星空に反響する。

 目に見えない、言葉で言い表せ無い力の流れが俺達の身体をすり抜け、空へと浮かびゆきアートマ学園の方へと飛んでいくのが分かる。

 川のせせらぎや鳥のさえずりのような癒しの音に、灼熱の太陽の照り返しや大地へ打ち付ける雨音のような厳しい自然の音。それら聴こえないはずの音が耳では無く身体に聴こえてくる。


「すっごい……魔力がこんなにも集まってる」


 魔法が使えない俺でもここまで魔力の存在を身体に感じるのだ。非凡な才能を持つルチアならば殊更強く感じるはずだ。


 これがラルクの言っていた魔の声と言うのだろうか。今まで生きてきた中で意識したことのない心の聴覚に俺は耳を傾けていた。


(これで俺も魔法使えるとかだったら御の字なんだけどな)


 邪念も少し混じっているのは内緒だ。


 ご都合主義のように上手くいくわけが無いのはこの異世界生活で痛いほど理解している。子供心が二度死ぬのは勘弁だ。


 渦巻く魔の流れは一箇所に集中していく。場所はアートマ学園の塔。隠れた街の名所として魔法都市の象徴となる三本の時計塔、その真ん中部分だ。そこを中心に街全体を取り囲むように魔力が循環していくのが分かる。


 魔法都市の外周を囲む円の城壁がそのまま魔法陣として機能しているのか、空を流星のような光の筋が飛び交い、アロイスがよく用いる魔法陣に似た文字の陣を天に描いていく。まるで空を色紙に神が自らのサインを描いているように俺は思えた。


「……あっ! しまった!?」


 拡声魔法越しにラルクのうっかりとした声が聞こえてくる。そしてバツが悪そうにギリギリ拡声魔法の感度に引っかからない小声で何かをぶつぶつと呟くと、バツが悪そうな声をなにやら出している。


 この期に及んで何かが起きたのかと俺達は心配そうに空を見上げいると、わざとらしい咳払いをして改まった拍子でラルクは俺達にあることを伝えた。


「ごめんハジメっち達。ブリューナクは今すぐにでも発動しちゃうんだけど……そこにいたら余波に巻き込まれるかもなんよ。拘束したらすぐさま離脱してって言うの忘れてたわ。ごめんちゃいッ! 何とかしてね!」


 俺達はその言葉を聞くと互いに顔を見やった。そしてすぐに行動に移る。


「……あの野郎。次会ったら拳骨でブン殴る」


 ならばよろしい。鉄拳制裁だ。ごめんで済んだら警察はいらない。


 魔法陣の展開の速さをみるに離脱をする猶予は無いと思われる。となればここに耐えられるだけの防陣を張らなければならない。

 慌てるルチアと、珍しく焦るファムがすぐさまに防壁となる魔法の盾や蔓を俺達の周りに構築させていく。ジェリコはあたふたした様子で周りの瓦礫の中から木の板を見つけると盾にするように自分の頭の上に載せた。手持ち無沙汰な俺は元の世界ではまず見られない、空を覆う文字列の渦を見上げて冷静にため息を吐く。


(世界の終わりってこんなのもあるんだろうな……)


 黒の夜空に白き文字が展開し、収束し、また広がり、練り上げ積み上げられていく文字の厚みに魔の純度。とてつもないエネルギーの質量が集まっていくのが分かる。


「何はともあれ……」


 ファムの蔓による強固な防壁が完成した頃、ラルクがわざとらしく前置きをして喉を整えている。


「ふはははッ! この好機逃すべからず! 神の木偶なぞ恐るるに足りず! 我の威光を神界まで伝えん! 断ち切れ、穿ち抜け、我らの怨敵射ち払え。滅ぼせ聖光……ブリューナクッ!!」


 尊大ぶるラルクの言葉を最後に風が止む。風どころか自然の音も全て無くなる。

 聞こえるのは拘束する蔓を前回と同じように、怪力と回転鋸の刃で切り抜けようと足掻くオグマの動きの音だけだ。


 巨体の動きが止まる。何かに気付いたように肉質の顔の目がギョロリと動いて辺りを伺っているようだ。

 その目に向けて、赤い一筋の光線が一本伸びている。目を凝らさなければ、はたまた、それに似た何か知っていなければ気付かないほどか細い光の筋が、風で巻き上げられた砂埃の中一つの道筋を作っている。


「アレは……もしかしてアレか?」


 赤い光に見覚えがある。


 レーザーポインター。つまり、レーザーサイト。銃にも照準補助具として用いられることがある。


 その目的は。


 撃ち抜く相手を正確に指し示すことだ。


 光線の無機質な赤が導線となり、集束された魔力の砲弾が放たれる。慌ててルチアが光魔法による防壁を強化し、襲いくるであろう衝撃から俺達を守る。


 脱皮した蝉の濡れ羽のような光魔法による防壁。その儚さすら感じる膜の向こう側には流星と見紛う光の瞬きがあった。光の線はオグマの醜悪な顔面に向けて一瞬伸びると塵のように消えていく。


 刹那。時間にしては秒にも満たない間を置き、野太い光の束がアートマ学園を中心としていた魔法陣から中央の時計塔に集まり、幾重にも重なった魔法陣を形成しそこから光が放たれ、巨神兵オグマの身体を撃つ。


「うおぉぉ!?」


 あまりの威力に道路の石畳がめくれ上がり光が放つ熱量によって焦げていく。四周を囲むファムの蔓が焼けているのか、植物が燃える独特の匂いもしてくる。


「おいおい!? 大丈夫かこれはよ!?」


「大丈夫。私、防御の光魔法はすっごく得意だから! うん……多分大丈夫だと思う」


「ファムは熱いの苦手だからダメかも〜」


 頼りにするべき二人の言葉が、 全く頼りないのは若干不安になる。


 幸いにも発動された衝撃こそ凄まじいが、本質は今なおオグマの身体を貫かんと伸びる光の束だ。アレが対象物を貫き壊すブリューナクの本体である。衝撃波は二次的な作用でありあくまでオマケだ。そのオマケに一歩間違えれば殺される訳だが。


 ブリューナクが描く光景は俺のいた元の現実世界では比較するモノが見つからないが、敢えて言うならば二次元の世界、そう、ビーム砲とでも言えば当てはまりそうだ。いわゆる荷電粒子砲。サイエンスフィクションのワンシーンに出てくるそれだ。流星を束ねて空に流したように、編み込まれた光の線は一つの破壊の光線を生み出している。


 さながら空想化学世界の景色を魔法で見ている。それは皮肉だとは思うし、言いえて妙だとも思える。


「魔法ってのは、進んだ化学って話もあるぐらいだからな」


「ハジメ? なんか言ったの?」


 首を横に振って誤魔化す。理科の時間じゃないんだ。異世界に来て化学談義をするほど俺はバケガクが好きでは無いからだ。


 バリアーのように張られた魔法防壁越しには、命懸けで戦っただけの戦果が映っていた。

 ラルクの魔法をあれだけ受けても、ファムにボコボコに殴られても、致命傷と言うべき損傷を受けていなかった巨神兵オグマの身体に確実にダメージを与えている。

 肉質的な顔面部は光線を真っ向に受けてしまっているので分からないが、振り払おうとしている円筒状の腕がブリューナクの光線に触れた瞬間に焼け溶かされたようにドロドロになっているのを見ると、熱量と威力は申し分無いモノを持っているのが分かる。


「フハハァッ! ダメ押しに私の魔力をさらに上乗せじゃア! お気に入りの一張羅の恨みは深いぞフーバーよ!」


 私怨を隠さないラルクの叫びと同時に、今まで白色の光線であったブリューナクの色が黒混じりの緑色になる。自らの魔力を込めて放っているようだが、俺からしてみれば己の内のドス黒い感情を吐き出してるようにも感じる。

 さすがは百歳越えの幼女だ。性根が腐ってる。本人が居ないが口には出さずにおいた。


「おっおっおっ? いけんじゃんこれってばさぁ!」


 頭の上に木の板を乗せ、頭部を守りながらジェリコが言う。


「これで行けなかったら天を恨むぜ」


 人事を尽くして天命を待つ。


 かつてタケさんに孫子について読書感想文を書けと言われたときに調べて知った言葉だ。

 厳密に言うとこれは孫子では無い者の言葉だが、今この状況でこれほどまで合った言葉は無い。間違えて調べて覚えたのは内緒だ。


「我こそは魔法! 魔法とは我! 故に、魔の全ては我の全て。全魔力フル解放! 続けて発動……スーパーブリューナクぅ!」


 拡声魔法の声を耳が痛くなるほど大きく響かせ、ラルクは叫ぶように魔力を全て込めた。応えるようにブリューナクの光線の束はさらに太くなりオグマの身体を完全に貫いていった。


 闇夜が支配する空に、白と緑と黒が混じった光の線が残り、やがては儚く消えていく。


 後に残ったのは、オグマの顔があったはずの部位にポッカリと空いた空洞。そして崩れ落ちるように完全に倒れていく巨神兵の身体である。


「やったか……?」


「ふぅ、やったかの?」


 図らずとも俺とラルクはほぼ同時に同じ意味の言葉を言った。呟くようにと、拡声魔法で伝達するようにの差はあれど思いは同じである。


 これで終わってくれなければ、もう為すすべが無いということを。


 大きな砂埃を立てて地面に倒れるオグマ。倒れた拍子に大きな地響きが鳴り地面が揺れる。体勢を崩してふらつくルチアとファムを俺は両手で支えた。


 辺りには何も音がしない。聞こえるのは俺の呼吸の音。そして、ただ、戦闘の余韻だけが空間に流れている。


「あーあ……余計なことをしてくれますね。本当に、本当に、邪魔者の脇役だらけで困りますよ!」


 その静寂を切り裂くように、若い、いや、子供の、男の子の声が聞こえてくる。拡声魔法独特のノイズのある声だ。


 うつ伏せに倒れたオグマの背中。その広かった背中の穴の空いた箇所から少し外れたところにナニか動くモノが見える。


 遠目だが俺にはソレがナニなのかが分かった。目が良いからではない。感覚として直感的に分かったのだ。


「……フーバー。生きてやがるのか」


 俺の言葉は聞こえないのだろう。当然、返事は無かった。しかし、返事の代わりとしてフーバーは先の遺跡で見せた秘密兵器、ロジー工房のゴーレムのシルエットを見せる。

 夜の闇に怪しく光る赤い単眼。砂埃の中で鈍く輝くそれは、まだまだ戦いが終わりではないことを教えてくれていた。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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