巨人大戦争
「さぁ〜〜〜、やっつけちゃうぞ〜〜〜!!!」
大きく叫ぶファムの声に咄嗟に耳を塞ぐ。うるさいという暇も無いほどの声量だ。戦車の砲撃音すら比較対象にならない。
地面が揺れる。いや違う。ファムが動き出したから、足場となっている肩が動いているから、揺れているのだ。
俺達が肩に乗っているというのを御構い無しに、ファムは大きく腕を振りかぶってオグマに殴り掛かる。
「ファムパーンチッ!」
オグマの顔面をファムの拳が殴り抜く。金属音と肉が潰れる音が響き、巨神兵は倒れるドミノのように地面に激突する。
名前は可愛らしいが威力は可愛くない。予備動作の大きいテレフォンパンチだが、巨大化した身体から放たれる一撃は人間では到底出し得ない威力である。
自分の手で殴っていないにも関わらず、衝撃の強さが分かる。全身にドロップキックを食らったかのような衝撃波が俺を襲った。
「ぶふぅ!? ちゃっ、ちょっ、ファムッ!? 俺達が乗ってるの忘れんなよ!」
「あっ、ごっめ〜ん。でもでも、落ちないように掴んでるでしょ?」
大きく態勢を崩し、足元に突っ伏す俺の足元には太い蔓が巻きついていた。ルチアやジェリコの足元にも同じような蔓が巻きついており、命綱の役目を果たしていた。
「そりゃそうだけど……もうちょっとなんとかならないのか?」
「むぅ〜、ハジメェはワガママだなぁ〜」
ファムはこちらを見ずに指を一つ立て左右に振る。すると、俺達の周りに先と同じような蔓の繭が構成される。気を利かせたのか、椅子の形をとる蔓まで用意されている。さらに前方が見えるように窓枠まで形取られていた。
「すげぇ! なんかコクピットみたいだ」
「こくぴっと〜? それって美味しいの〜?」
「男子なら大好物さ!」
興奮する俺の気持ちは女の子であり精霊でもあるファムには分からないだろう。
実際、この場所は良い。振り落とされる心配も無く、銃を撃つには御誂え向きの窓枠もある。
早速俺は窓の下枠に銃を委託し、射撃姿勢をとる。
「ハジメちゃんよぉ。銃なんか効くのかね?」
「どうだろうな? 少なくともあの顔面は効きそうだぜ。鼻血ブー子ちゃんしてるしよ」
オグマは真っ直ぐの姿勢のまま立ち上がる。手足の造形もあるが人間のように上手く立てないのは、やはり機械人形たる所以だ。しかも、巨神兵のパーツの中で唯一生物的な部分である顔面部は、ファムに殴られたことにより血のような赤を鼻から垂らしていた。ダメージは明らかだ。
「射撃検定特級の実力を見せてやるよ」
狙うは一つ。オグマの顔面。その中でも特に柔らかい部位。眼球だ。気力の無い垂れ下がったお目々を完全閉じさせてやる。
照準補助具のスコープ越しに重なり合う視線。見れば見る程おぞましい外見だ。真夏の夜の悪夢と例えたい。
ゆっくりと、がく引きを起こさないように、平常時通りに引き金の指を引く。
「おっとっと!?」
射撃と同時に急な揺れが起こり、委託していた蔓から銃が跳ねる。
慌てて銃を持ち直すが、放たれた曳光弾は俺が狙っていた場所から遥か離れた箇所、筋肉質な大胸筋に当たって赤い火花を散らす。
「ナーイスショットッ! さすがハジメちゃん射撃特級。乳首当てゲームかな?」
「テメーの乳首引き千切るぞ」
「怖っ、正義の味方の顔してねーじゃん」
的を外したのを喜ぶジェリコに釘を刺す。どちらの味方なのかと問いたい。
人相が悪いのは昔からだ。それでもインテリヤクザみたいな風貌のタケさんと比べれば幾分マシなはずである。
「なーにイチャついてんのよ? 私に任せないって!」
左手で剣を逆手に抜き、右手を開いて正面に向ける。剣に刻まれた文字がルチアの魔力に呼応し輝き光る。
「あっ、ルチアちゃん! 魔法は……」
「アロウズ ・レイッ!」
ジェリコの言葉を遮るようにルチアは魔法を発動させる。……させたはずなのだが、何も起きなかった。
「……アロウズ ・レイッ! アロウズ ・レイッ! ええっと……どうしよう。ウィンド・ブラストッ!」
繰り返し呪文を唱えているが一向に何も起こらない。戸惑ったように何度も自分の手と剣を確認しているが、魔法の気配は微塵もしない。
「何で出ないの? 魔力の流れは感じるのに……」
「ルチアちゃーん。魔法は無理なんだよ。魔力を放出した瞬間にファムが食べちゃうから使えないんよ」
『うわ、そしたら私は全く戦力にならなくなるじゃないですか!』
「俺は関係無えや」
周りの蔓が盛んに蠢く。元気一杯な様子なのはルチアの魔力を食べたからだろう。
ジェリコがラルク達を退かせたのはこれが理由だ。魔法を使えない大魔法使いなど無用の長物である。
「だから切り札なんだよね。魔法使い相手ならばファムはほぼ無敵なのよ!」
「そういうことね。だから戦おうとしなかったのか」
魔物保管所の対大蜘蛛戦。あのときファムは虫は食べたくないからと言ったが、それだけが理由ではない。
対魔法使いに特化して能力。敵のみならず味方にも作用してしまう諸刃の剣では、周囲にアロイスなどの魔法使い達が沢山いる状況ではかえってマイナスの効果になってしまうのだ。ファムは自分の能力を理解した上で戦わなかったのだ。
「ファムちゃ〜んチョーップッ!」
手刀を振り上げて振り下ろす。それだけの動作に技名は必要無いと思うが、威力は抜群だ。野太い蔓の束によって構成された手を叩きつけられ、巨神兵の肩部が大きく凹む。それだけに留まらず地面に杭打ちされるようにオグマの足元が大きくヒビ割れ埋まっていく。
「やっふ〜! 美味しいモノ沢山食べたから元気一杯だよ〜」
大きな身体でファムは嬉しそうに飛び跳ね、腕の力こぶを誇示する。正直、それをやられると街の被害がさらに拡がるのでやめてもらいたいが、今は余計なことを言ってファムの気勢を削ぐのは悪手だ。
「続いていくよ〜! ファムファムスーパー……」
陸上の砲丸投げ選手のように、大きく腕を振りかぶって力を溜めるファム。
その隙を見逃すほど敵は甘く無い。
オグマの円筒状の腕が真正面にファムへ向けられる。筒の先には光が集まり、瞬時にして巨大な光球を作り出す。
先程、撃たなかった薙ぎ払い光線。そのエネルギーを必殺のカウンターとしてはベストのタイミングで撃ち込んで来たのだ。
「伏せろッ!」
咄嗟にルチアを庇うように伏せる。一瞬遅れてジェリコ。ノウは反応しきれなかったが、元々窓枠の壁よりも低いので伏せる必要は全く無い。
伏せているにも関わらず感じる光。眩ゆい光線は俺達の身体を包み込む。
「……ん?」
包み込まれたのだが、不思議にも特に痛みは感じない。
街を破壊した砲。それがまともに撃ち込まれたはずなのに俺達はピンピンとしている。
考えられる理由はもちろん一つ。オグマが撃ち出した魔力の光線をファムが食べてしまったということだ。ルチアの魔力と違い、相手は無限の魔力を持っているので発動はされてしまったが、結局はご馳走にしかならなかったようだ。
「まさか、ファムの力はこれほどまでに強いとはな」
「ウルトラ〜ミラクル〜……アンリミテッドぉ〜」
間延びした呑気そうな声がまだ聞こえてくる。
あまりのスケールの違う戦いに付いて行けず立ち尽くした俺の足に、太い蔓がシュルリと巻きついてがっちりと床に固定してきた。
ゾワっとする感覚が背筋を這う。
(あっ、こいつ。なんかする気だ)
蔓は足だけでなく、全身を覆うように身体中を張ってくる。さながらニッチなジャンルの成人向け書物の一コマのような状態になる。無論、周りの三人も同じ状況であり、ワタワタと慌てている。
「アルティメットぉ〜〜」
「多分ヤバイの来るぞッ!? お前らなんかに掴まれ!」
「「『どこにッ!?』」」
……確かに掴まるところなんて無かった。
「メ〜ガ〜ト〜ンッ! パーンッチッッッ!!!」
身体中を鈍器で引っ叩かれたような圧が襲う。
偶然、窓の正面にいて外が見えていた俺はファムが何をしたのか分かった。
ただ、殴っただけだ。普通に。けれどもその質量が違う。
ただでさえ巨大化したファムの腕がさらに肥大し、膨張し、引き締められてまた膨れ上がっていた。
拳の大きさ。オグマの胴体に匹敵する。はたから見ればお前が破壊の巨神兵だと言いたくなるほど馬鹿げた大きさだ。
その拳が巨神兵オグマに命中する。蔓が耳を覆っていたにも関わらず、鼓膜を捨て去りたくなる爆音か轟く。
俺が殴った訳ではないのに、ミシミシと金属の装甲が壊れる音と植物で出来た肉が千切れる音が腹に響く。
「巨人大戦争かよ……」
吹き飛ばした先は北区の端、魔法都市をぐるりと囲う高い壁に激突する。
あれだけの質量を持った存在だが、さすがは敵から都市全体を守るための壁。腹の奥底に響く轟音と砂煙中、健在している。その代わりと言っては難だが、地面を擦るように飛ばされたオグマによって地面は平らに整地されてしまった。
『も、もしかしたらこのまま倒せるんじゃないでしょうか?』
実際、こちらがかなり優勢だ。ファムの能力により魔法はほぼ意味を成さない。肉弾戦においてもリーチの差で勝っている。継戦戦闘能力もフーバーが魔力による巨神兵の起動をしている限り、こちらも無限といえよう。
さらに言えばこちら側は無理して倒さなくても良い。切り札であるブリューナクが発動すれば、ほぼ確実にオグマを仕留められる。
結論。圧倒的に優勢なのは俺達の方なのだ。少なくとも現時点においては。
「ファム、念のため深追いするな。この位置から拘束しよう」
「オッケ〜、ファムちゃーん……あー、技名考えて無かった〜」
ファムの腕から蔓が伸び、離れた位置にいるオグマの身体に巻きつく。
いまいち締まりの無い口調に呆れてしまうが、兎にも角にもこれで勝利はほぼ確信出来る。
太い蔓がオグマの全周を覆い、全身の色を緑に変えていく。あれでは身動き一つ出来ない。
「……タバコ吸っていいか?」
完全に巨神兵オグマを沈黙させた安心感と達成感からか、身体の緊張が一気にほぐれる。そうなると一服したくなるのは喫煙者の習性だ。
俺は防弾チョッキの脇から手を突っ込み、上着のポケットをまさぐる。常備しているタバコの箱に手を伸ばして一本取り出す。
「絶対ダメ。せめて外に向けて吐いて」
「ファムの中で吸わないでよ〜」
「……ごめん。もう火ぃ着けちゃった」
俺は悪びれるそぶりを見せず一呼吸し紫煙を吐き出す。あからさまに嫌な顔したルチアの方は出来るだけ見ないでおいた。
外を見ればこれだけの高さもあり、良い景色だ。空は近く風は心地良い。空を飛ぶ鳥も遠目に見えるし夜になれば星も見えるだろう。難を付けるとすれば街が破壊され、緑の蔓で覆われた巨神兵オグマが横たわっているぐらいだ。
「ん……」
そのオグマの周りを俺は注視する。
ギチギチに締まった蔓がオグマの身体をさらに締め上げる。万力のような力が込められており、生半可な生物では圧死してしまうはすだ。
そのはずなのだが、俺はどうにも違和感を感じた。
巨神兵の武器である円筒状の腕。丁度その部位の蔓の動きが変なのだ。そこだけは中に何かが蠢いているようにもモコモコと動き、緩んでいるように見えた。
「ファム。もっと締められないのか」
「う〜ん、これが最高かな? 近付いて直接締め上げるのも出来るけど?」
「いや、この距離でいい。……やっぱ待て。離れた方がよさそうだ」
「え、ハジメ? 何で?」
「何でもだ」
俺はタバコをまた強く吸い、紫煙を盛大に吐き出す。揺れる煙が空に紛れる。
煙が紛れて消えた。その向こう。動きが起こった。
蔓の一部が空へ弾け飛ぶ。裂かれ、切り刻まれ、薙ぎ払われ、拘束が解ける。それはオグマの残された片腕から始まった。オグマの腕には新たな武器が存在していたのだ。
「……隠し武器ってか?」
円筒状の腕の先。そこには球体が存在していた。ラルクを打ち落としたの同様のモノだろう。
球体の先にもう一つ伸びるように円筒状の腕が存在していた。丁度、人間の関節の役目を果たすように。
まだまだ歪なバランスの肉体だが、腕が長くなったことにより幾らか均整が取れてきている。リーチがあるということはそれだけ戦闘手段が増え、能力が上がっているということだ。
だが、問題なのは、武器なのは、そこでは無い。
二つ目の円筒状の腕の先。長く平坦な金属板の周りに装着された鎖状の刃。板の周りをグルグルと高速回転し、独特な音を鳴らしている。
俺はその武器に見覚えがある。
和名。鎖鋸。英名。チェーンソー。
植物を切り裂くためにある道具だ。
鈍色の刃が唸りを上げて回転数を増す。自らの周りの蔓を全て裂き斬ると巨神兵は再び立ち上がった。
「試乗期間は終わったってか? 上等だ」
吸いかけのタバコを唾吐くように空へ吹き捨て、再び銃の照準をする。
夜の帳が迫る中、第二ラウンドが始まった。