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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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成長

 竹の成長は早い。


 ネットで気まぐれに調べた情報でそんなことが書かれていた。なにやら一日で百センチほど伸びるモノもあるらしい。そんなに背が高くなってどうするってのが感想だった。


 モンステラという植物も成長が早いとのことだ。グングン伸びるので観葉植物として軽い気持ちで買うと大変だと知り合いが言っていた。


 何故そんなことを思い出したか。理由は目の前にある。


「お前の成長期は急に来るのか? タケノコモンスターか?」


「ん〜、ハジメェは鼻の下を伸ばしてどこを見てるのかな?」


 視線が胸の谷間に注がれているのはバレてしまっている。まさか初めて会ったときの性別不明の答えをここで知るとは思いもしなかった。

 相変わらず服の役目を果たしているのは葉の重なりのみ。とても際どい服装である。それにも関わらず、わざとらしく身体を揺するファムは俺が反応しかけているのを分かってやってるみたいだ。葉の隙間から見える白い肌が眩しい。


『えっ……ファムってこんなにグラマラスな子になれるのですか?』


「そうだよ〜! びっくりした?」


『長い付き合いですが、ここまでとは知りませんでした……そして、負けました……』


 主張の激しい肉体を前に、ノウは自分の胸に手を当て何度も視線を交互に行き来させている。はたから見てるとそれはとても見苦しい行為だ。枝豆と西瓜の背比べは誰がどう見ても大小が分かる。


「ハジメ……」


「ひゅいっ!?」


 不意に背筋へ氷柱の切っ先突きつけられたかのような悪寒を感じる。名前を呼ばれただけのはずなのだが、ルチアの低すぎる声色は普段の明るさとの落差も相まってか俺の全身の汗腺から冷や汗を吐き出させるのには充分だ。後頭部に降り注がれる厳しい視線の圧が俺を振り向かせることを許させない。


「やれやれ。ヒノモト殿にはこの事態に対してもう少し危機感を持って欲しいですね」


 どこからともなくアロイスの声が聞こえてくる。今までは拡声魔法のどこか反響がかった声だったのだが、たった今聞こえたのは普段通りの声であった。


 足元が紫色に光り、魔法陣が蓮の花が開かれるように構成される。

 この魔法都市に来てから何度も目にした光景だ。そして現れる人物も予想通りの人間だった。


「学園長はどちらに……あぁ、そちらにですか」


 開口一番に発したのはラルクの安否確認。しかし、地面の上で身体をビクビクと痙攣させる姿を見ると呆れたようにため息を吐く。


「あれほど魔力を解放し過ぎるのは危険だとお伝えしてたのに……」


「次は周りを見てから魔法を使えって小言もな」


「善処しますよ」


 ラルクの小さな身体をヒョイと軽く抱えるとアロイスは遥か遠くを見つめる。それは俺達の前方にいる巨神兵オグマを見ているようにも、在りし日の過去を見つめているようにも見える。


「魔法が発動されなかったのは不幸中の幸いと言えますが、アレに対する手段が無くなりましたね」


「アロイスさん、その……ブリューナクってのは発動出来ないんですか? あとどのくらい時間がかかるんですか?」


 俺もルチアと全く同じことを考えていた。

 俺達が必死に時間稼ぎをしているのは、ブリューナクという名の奥の手のためだ。無い頭を捻り出し、当てにならない切り札を頼りにし、暴走しかける大魔法使いという道のりを経ている。ここに来てまだ発動出来ないとなるとさすがに俺達がもたない。


「まだです。細かな制御は終えましたが、発動には今しばらく時間がかかります」


 帰ってきた言葉に俺は落胆を隠せず深いため息をつく。


「ハジメェ〜、ため息吐くと幸せ逃げるよ〜?」


 肩を落とす俺の背中をファムの大きくなった手がさする。


「ヒノモト殿。こちらのお綺麗な方はどちら様ですか?」


「ファムだ。あぁ、あんまり知らねぇか。ちっこい生意気な木の精霊で大食らいな馬鹿野郎だ」


「ぶ〜、バカって言う方がバカなんだよ〜!」


 さすっていた手を握り締めると、ファムは振りかぶってポカポカと俺の背中を叩く。大して痛くない。


「賑やかな方ですね。談笑を楽しみたいところですが、今は……」


 会話の流れを断ち切るように、ズシンと言う鈍い音と衝撃波が飛んでくる。

 巨神兵の大きな一歩だ。ラルクの猛攻によって妨げられていた歩みの遅れを取り戻すかのように、また一歩と足を出す。


「オグマの足止めをしなければなりませんね」


 アロイスが口にしたのは今や現実的では無い事柄だ。


「無理だろ」


 ポツリと零した俺の言葉に誰も目を合わせない。

 ファムの蔓で足止めしようにも砲撃で薙ぎ払われる。直接打撃を与えられるラルクは暴走の挙句ファムに根こそぎ魔力を食べられ再起不能だ。当然、俺が持っている89小銃やLAM如きではオグマの足すら壊せない。現代兵器は無敵では無いのだ。


 また一歩。オグマは歩みを進める。その度に捲き上る粉塵に倒壊する建物。踏み砕かれる文明。

 巨神兵の行進とは文字通りの方の意味で死の行進となっている。

 吹き荒ぶ衝撃波に目を開けるのもはばかれる。オグマが前に進むたびに周囲の建物が悲鳴を上げて崩れていく。

 破壊の波が迫る中、大きな足音に負けないほどの叫び声が聞こえてきた。


「ブゥハッ!? イッテェぇ! じぇ、ジェリコさんのお腹が六つに割れちゃうってばっ!!」


 視線を移せば、ラルクのクッションの役目を果たしていたジェリコが復活し、お腹を押さえて転げ回っていた。蜥蜴に腹筋があるかは疑問だが、とにかく五体満足で元気そうだ。


「あ。起きたんだジェリコ。静かだから死んでると思った」


「その言い方は可哀想過ぎるだろ」


 ルチアが毒づくのは珍しいが、今思えばジェリコに対しては最初から遠慮は無かった気がする。俺も同様だが。


「うっわっ!? オグマ近付いて来てんじゃん! どうするのよハジメちゃんっ!?」


「それを今考えてんだ。お前も早く案を出せ」


 騒がしい奴が一人増えたところで新たな作戦が生まれる訳では無いが、今は猫の手でも借りたい。ここで打開策を打ち立てなければこの街は破壊され、魔法都市マジカルテという名はこの世界から消える。


「う〜ん……案を出せって言われてもなぁ。お腹打ったから別のモノが尻から出そうだけど」


「ジェリコ最低。ねぇハジメ? 蜥蜴の尻尾切りって諺知ってるんだけど、どう思う?」


「ルチアちゃんってば博識で辛辣ぅ!」


 よくもまあそんな諺を知ってるモノだ。ルチアが知ってるということは昔の異世界から来た人間がこの世界に伝えたということだ。どうせ伝えるならもっと窮地の役に立つ諺を伝えて欲しい。


「うーん……良い案妙案打開案……うん?」


 ブツブツと呟くジェリコが何かに気付く。蜥蜴特有の真ん丸お目々が捉えているのは、この数分で姿が変わったモノの姿だ。


「おろ? ファムってば成長(・・)してんじゃん」


『えっ、ジェリコはこの姿知ってるんですか』


「えっ、ノウは知らないの? ファムが仲間になって数年は経つのに?」


 チロチロと先の割れた舌を出し入れすると、意外そうに顔を難しくしている。もっとも、元が蜥蜴顔なので少しばかり表情が分かりにくいが。


「あー……そっか。ファムの調査(・・)を担当したのは俺とウェスタとテッドだったけな。そうだそうだ。そうだったわ。あれ、他にも何人かいたな。誰だっけか?」


「おいジェリコ? 何をぶつくさ言ってんだよ?」


 小声で一人言を言い続けるジェリコに俺はしびれを切らし肩を掴んで揺する。

 破壊の巨人が迫る今、何も案が出なければ最悪の話、特攻するか尻尾巻いて逃走するかの選択をしなければいけない。思考に明け暮れるのは悪くないが時と場合によるのだ。


「うん。これなら行けるわ。やれるわ。むしろジェリコさんはこうなると最初から思ってたもんね!」


 爪の長い手で指パッチンを高く鳴らすとジェリコは上機嫌で俺に笑いかける。自信満々な笑みは思わず右ストレートを叩き込みたくなるほどのニヤケっ面だ。


「なんだよ。なんか思いついたのかよ?」


「ふふん! ジェリコさんにお任せあれ!」


 そう言うとジェリコはルチアの方を向く。


「ルチアちゃんってば魔法無くても戦えるよね?」


「魔法が無くともこの中で一番強いと思うよ」


「えっ、俺よりも?」


「ハジメより強いに決まってんじゃん。何言ってんの?」


 ルチアの何気無い一言が俺のプライドを傷付ける。


「そんでもってアロイスさんだっけか? ここから早く逃げた方がいいぜ。そこのジェリコさんをクッションにしたかわいこちゃんを連れてね!」


 傷付く俺を尻目にジェリコは話を進める。逃げろと言われたアロイスは訝しげな顔でジェリコを見やる。


「お言葉ですがね。ラルク様、もしくは学園長と呼んであげてください。あと、この方は酒のつまみの中で蜥蜴の丸焼きが好物ですから」


「そ、尊師ラルク殿には速やかに後退を願いまするッ!」


「言われずとも」


 さりげなく脅されたジェリコは改まった口調でお願いする。どうやら力関係は明白なようだ。


「では。ヒノモト殿、後の事は頼みましたよ。私も急いで起動させますので」


 転移の魔法陣が展開し、あれよあれよと言う間にアロイスはこの場から姿を消した。結局、俺達を助けに来たというよりも、ラルクを回収しに来ただけであった。


「さてと、どうすんだジェリコ。もうだいぶ近いぞ」


 話の間に歩みを止めてくれるほど奴等は気が利かない。すでに俺達との距離は近く、異様な巨体は空を埋めんばかりとなっている。


「いやー、この近いのがいいんだよね」


 特に焦っている様子は無い。どこかのんびりとした口調のままでテクテクと歩く。


「……ファム。我慢しなくていいよ。ぜーんぶ食べちゃえ。この大気中の魔力ぜーんぶさ」


 ジェリコの言葉はファムに向けられた。俺達の視線もファムに注がれる。


「えっ? いいの? 本当に? いいのかなー?」


 すっかり大人びた姿のファムは普段と異なり戸惑っている。

 普段は食い意地の張った腹ペコ精霊のくせに、今ばかりは食べることに抵抗感を感じている。その姿に少しばかり違和感を覚えた。


「いいって。ウェスタもファムを魔法都市に向かわせたのもそのためだって。……むしろお願い。このままじゃさ、ジェリコさん達は踏み潰されちゃうよ?」


「む〜。分かったよ〜。据え膳食わぬは恥って言うしね〜」


 それの意味は絶対違う。しかし、ここで余計なことを言って時間を食うのはよろしく無いので黙る。ただでさえファムは喋るのが遅いからだ。


 ファムは先程と全く同じように全身から蔓を伸ばし、オグマの足元まで飛ばす。そして口をガバッと開き、これまたラルクの魔力を食べたときと同じように魔力の渦を吸い込む。


「う〜ん、さっきのと比べると味が薄くて美味しく無いよ〜」


 ぶつくさと文句を言いつつも、効果はあるようだ。

 巨神兵の行進は止まり、その場に立ち尽くしている。動かすための魔力をファムが食べているので、あの巨躯を自由に出来ないのだ。


 だが、意味が無い。これでは同じだ。当初失敗した作戦と同じなのだ。先の二の轍を踏まざるを得ない。

 その証拠にオグマの円筒状の腕が俺達の方を向いている。薙ぎ払い、障害を滅する砲を放とうとしているのだ。


「おいジェリコッ! さっきと同じじゃねえか。死ぬぞ。俺達がッ!」


 俺の悲痛な叫びに対し、ジェリコはどこかニヤけ面で大きく指を突き出す。


「さぁッ! ファムちゃんやっちゃッテェェ!!」


「オッケ〜、ファムちゃんやっちゃうよぉ〜」


 突然周囲に大きな地震が起きる。昼間に起きた大地震と遜色の無い揺れに周りの家屋は軒並み崩れていく。

 地面が割れ、大気が乱れ、空が振動する。耳には今まで聞いたことの無い音しかしない。人が築き上げた建築物が崩れる音。文明が崩壊する音と言ってもいい。


「な、何をするつもりだよ!?」


「アハハっ! ハジメェは指咥えて見てなよ〜!」


 ファムの緑混じりの白い手が地面を撫でる。すると突如として太い蔓の柱が地面から生え、天に向かって突き上げるように伸びていく。しかもそれらは一本では無い。三つ四つ、十や百でも無い。数えるのも馬鹿馬鹿しい程に、周囲を埋め尽くす蔓畑となり俺達を囲む。


「うわ! ハジメ凄くないこの蔓。すっごく太くて硬いよ!」


「ちょっ!? 蔓触手が俺の……待て待て、そんな趣味はねぇぞ! 読んだことはあるけどよ!」


「ハジメェはうるさいなぁ〜」


 見たことの無い光景に感嘆の声を上げるルチアがいる一方で、俺は自分の大事な所に這ってくる一本の凶悪な形をした太い蔓と格闘していた。


 それらの蔓はぬるりと俺達の身体を捉えると徐々に包み込んで行く。


 気付けばファム以外の人間は蔓で覆われた丸い空間の中にいた。薄暗い中に濃い緑の匂いが充満する。


「ビビったでしょハジメちゃん!」


「お前……もしかして分かっててやったのか?」


 口では黙って得意顔で答えるジェリコ。苛つく笑顔に全力のロシアンフックのみで会話を試みたくなる。


『ファムがこんな凄いこと出来るなんて知りませんでしたよ……」


「そだね。ファムって普通の精霊じゃないのかな?」


 小さな御手手と細い指が太い蔓を指でなぞるのは、俺の肉体的と精神衛生上、この場に相応しく無いので咄嗟に目を逸らす。今はそんな場合ではない。


「ファムちゃんはねー。アレなんだよ。所謂、特異体ってやつ?」


 どかっとあぐらをかいて座るジェリコは楽しげに語る。


「五年前。幻想調査隊に大陸北部の精霊を調査しろという任務が下ったのよ」


 ジェリコは爬虫類独特の鱗が目立つ指を五本立て、徐々に閉じていく。


「曰く、その精霊は北部最強の種族である虫人族すら食料にしてたって。蟻人族の巣だっけな? 土の中の迷宮のような巣が全部蔓で埋まってたのよ」


 閉じた手に顎を乗せて昔を懐かしむように目を閉じる。


「そんでもってジェリコさんとウェスタとテッドで調査したのよ。んで、激闘を繰り広げたのよ。いや〜、アレは十回くらい死ぬかと思ったね。見る? 股間の近くにそのときの傷があるんだけどさ」


「斬り取られたいの?」


 腰蓑に手を伸ばすジェリコを制するようにルチアは剣の白刃をチラつかせる。ブルリと肩を震わせるとジェリコは話に戻る。


「まぁ、無事に確保したのよ。特異体改め、特別調査対象[成長(グロース)]を。そして王都に帰って調べてみたらびっくらぽんよ」


『あ、それってもしかして……確か、異世界転生者だと思ったら違ってたのですよね。幻想(スキル)が無いのにそれに近い特異的な能力を持ってる個体だって』


 特別調査対象と聞いて俺が思い出すのは強敵ばかりだ。


「そうそう。でも、せっかく確保したのに手放すのは勿体無いから隊員に加えたのよね」


「もしかして……それがファムなの?」


 ルチアの解にジェリコは大きく頷く。


「お腹が空いてるなら食べさせてあげよう。暖かい家庭の日々を。ウェスタが名付けたんだわ。[家族(ファミリー)]という意味でファムって」


 不意に俺達がいる空間の蔓が脈打つ。急上昇するエレベータに似た浮遊感に襲われる。


 胃が浮く感覚に耐えていると不意に上昇が止まる。


 そして周りを囲っていた蔓が徐々に解けていった。


「幻想調査隊の一人。[永遠の成長(エターナル・グロース)]のファム。この世界に魔力がある限り、ファムの成長は止められないってことよ!」


 蔓が完全に解ける。蠢く緑の空間から解放された俺達が最初に見た光景。それは。


 巨神兵オグマの顔面だった。俺と同じ目線にオグマの顔面があるのだ。数十メートルの距離を挟んで目と目が合う。


 恐る恐る下を見れば、眼下に広がる街並み。昔登った東京タワーの景色を思い出す。俺たちは今、地上から遥か彼方の場所にいる。


 そして、俺の横には……巨大なファムの顔があった。身の丈を遥かに超え、背伸びしても耳にあたる部分にすら届かない。


 頭ではなく身体で俺は理解した。


 俺達は巨神兵オグマに匹敵するほど大きくなったファムの肩に乗っているのだと……。


 幻想世界の魔法都市に巨神と巨人の二人。


 神々の時代の戦争書物にありそうな光景を、まさか自分が体感するとは夢にも思わない。


「恐るべし成長期……」


 思考が追いつかない俺にはその言葉を捻り出すのが精一杯であった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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