頼れる存在
巻き上げられた粉塵が風に流され視界も良好になった頃。俺達は北区の演習場の手前にまで到達していた。
首が痛くなるほど上を見上げれば、そびえ立つは異世界の金剛力士像。視界を遮るモノがなくなったことにより、その全身が明らかになっていた。
巨神兵オグマは威圧的な肉体を誇っているのだが、胴体部分の屈強さと比べると四肢の部分は些か頼りない太さだ。鶏の足のような見た目の脚部に、腕の方は若干太い円柱の筒が取り敢えず装着したとしか言えないような不自然な形でくっ付いていた。
あの足ではアロイスが言ったようなことは起こらない。もっとも、十歩も百歩もこの街が両断されてしまっては変わらない話になってしまう。
その足が今動き出した。開けていた視界が再び粉塵によって塞がれる。あの体躯を支えきれるとは到底思えない足が演習場内を踏み砕いた。
「くっ……おい、建物の中に入るぞ!」
衝撃と飛散する木っ端や瓦礫。俺はすぐさま近くに建っている二階建ての宿屋へ飛び込む。遅れて入ってきたファムがドアを閉めると衝撃波が建物を揺らす。
「いやいやいやムリっしょハジメちゃん! あんなん半端ないってば!」
「分かってるっつーの!」
「ね、ねぇ……ここにいたら潰れちゃうんじゃない?」
ルチアの言う通り、ここは巨神兵オグマの真正面に位置する。余計な無駄口を叩いてる暇は無い。今すぐに対処をしなければ俺達は道端の蟻んこが如く潰れる。
「ファムッ! 任していいんだな? 本当に任せるぞ!?」
「オッケーハジメェ〜。ファムに任せて〜」
緊迫した状況でもファムはいつも通りだ。
のんびりとした口調で床に手をペタリとつけると、木製の床の所々から蔓のようなモノが出てくる。それらは徐々に増えていき、やがてファムの身体を薄っすらと覆う。
「何をやってんだ……?」
戸惑う俺の問いに答えるモノはファムの髪の毛の中から出てきた。蔓を模した髪の毛を掻き分け出でるのはノウだ。
『ファムはですね。なんでも食べる食いしん坊さんなんですよ。お肉に野菜に魚に果物。数ある中でも特に好きな食べ物はですね……』
ノウは小さな手の人差し指を一本立て、指先に魔力を集中させて放つ。
フヨフヨと空中を浮かぶ丸い魔力の塊。それをファムの手から生えた蔓が、まるで食虫植物のように先端がバカっと開いて塊を喰らう。
「う〜ん……美味しいっ! 食べ慣れた味ぃ〜」
自分の口では何も食べて無いにも関わらず、ファムはペロリと唇を舌で舐める。その頭の上にて何故か誇らしげに腕組みをするノウが、俺に対してしたり顔を見せてくる。
『魔力が大好物なのです。それこそ種類や属性問わずなんでもです』
つまり、ファムにとってこの街は丸ごと皿に乗った料理と言っても過言では無い。
文字通りこの街は魔法都市、魔法使いもいれば精霊もいる。そして何より……
「……魔力無限の野郎はファムにとっては食べ放題の御馳走ってことかッ!」
「そうゆうことよハジメちゃん! ファムは切り札だよってジェリコさんは言ったでしょ!? 信じてくれないんだもんなぁ」
得意顔で親指を立てるジェリコに近付いて俺は拳を合わせて軽く小突く。
巨神兵オグマの起動には大量の魔力が必要となる。聞くところによればその起動方法はゴーレムも同じという話だ。となれば、起動後にオグマを動かすのにもゴーレム同様に大量の魔力が必要となる。
その魔力をファムは食べているのだ。動かす魔力が無ければ巨神兵は動かない。いくら無限に魔力があっても、動かすための魔力を片っ端からファムに食べられてはあの巨躯を自由に動かすことは出来ないのだ。
「詳細を教えろっての!」
「へへ、驚かせようと思ってね〜」
「驚くというより安心だな。これで取り敢えずは……」
宿屋のドアをこっそりと開けてみる。外を見てみれば、目の前の道にはファムの手から生えた蔓が伸びており、その行く末は巨神兵オグマの方へ向かっている。
目を凝らして見ればオグマの鶏の足のような脚部は緑色で埋め尽くされており、全く身動きが取れなくなっているようだ。
「足止め成功だ。本当にファム一人で大丈夫だったか」
今回の作戦において俺達の役目は足止めして時間を稼ぐということ。その作戦を完遂してしまった現在、俺が出来ることは特に無い。
「けど、ここで油断は禁物だな」
敗北をする者とは、勝利の味より先に慢心の味を覚える者だ。これは以前タケさんから教えてもらった戦う者としての心構えである。優勢であるからこそ、敵の反撃の一手を喰らわぬように備える必要がある。
「……ん?」
ドアの隙間から覗いていると、オグマに動きがあった。円筒状の腕の片方をこちらに向けているのだ。筒の中は何も無く真っ暗だ。そびえ立つ巨神兵はそれ以外に何かするそぶりはない。
「なんか……嫌な予感がするな」
特に意味のなさそうな行動。それでも俺の胸は騒いでいる。
何か一つ見落としている気がするのだ。いや、気付いていないと言ったほうがいい。漠然とした感情が俺の第六感をビシビシと刺激する。
「陣地変換するぞ。今すぐにだ」
『えっ、移動するのですか』
俺はドアを完全に開けて前方を見る。道路を挟んで向こう側。さらにその先百メートルほど進んだ場所にここと同じような二階建ての建物が見える。小移動で向かうには丁度良い位置だ。
「ハジメちゃん、なんで移動するの? ここでいいじゃん」
「なんとなくだ。ほら、ファムも移動するぞ!」
「え〜、まだまだ全然食べれるよ〜? まだお腹空いてるよ〜?」
ファムを薄く覆う緑の被膜を手で取り払い、文句を言う身体をヒョイと持ち上げる。よく食べるわりには軽い体重をお姫様抱っこするように抱え込む。
「おぉ〜? ハジメェは変態だったねそういえば〜」
「誰が変態だ!」
謂れのない中傷に文句を言う。確かにファムの身体からはお日様の香りがするが、あいにく俺は幼女に興奮する性癖では無い。どちらかと言えば愛でる方だ。
「……ハジメ、ちょっと来て。なんか動きがあるよ?」
窓からオグマを監視していたルチアが俺を呼ぶ。呼ばれて窓から覗いてみれば、オグマの腕に何かしらの変化があった。
円筒状の腕に白い魔法陣のようなモノが浮かび上がっている。遠目で見ていて分かるので実際の大きさもかなりのモノだろう。やがてそれらは徐々に円筒の内部にも刻まれ、光の塊のようなモノを放出し腕の先端に集め出した。
そこで俺はピンと来た。今まで感じていた違和感と、これから何をされるのかを。
「待避ッ! 狙われてるぞ俺達はッ!」
鬼気迫る俺の声にジェリコとルチアは素早く反応して建物の外に出る。俺も続いて飛び出し指で進路を示す。
「走れっ! ダッシュしろっ! 全速前進だっ!」
次の瞬間。俺の嫌な予感は的中した。
巨神兵オグマの円筒状の腕の先端が地面に向く。そこに集まった密度の濃い光が一気に照射され、石畳の道路ごとファムの出した蔓を薙ぎ払う。それだけに留まらず、光の束は俺達が今の今まで居た建物を付近の区画ごとを薙ぎ払い、跡形も無く焼失させた。
「レ、レーザービーム……?」
「た、多分魔法だと思う……あんな魔法、私は知らないけど……」
巨神兵は兵という言葉が付く。即ち他者を攻撃するための兵であり、丸腰でいるはずが無いという事実を今身をもって思い知った。
あの円筒状の腕は砲身だ。あそこに魔力を溜め込み放っているのだ。
動かなかったのはファムに魔力を喰われていたことだけが理由ではない。移動の分の魔力を砲に回し、妨害するモノを滅するために動かなかったのだ。
「……うわ〜。今のはファムでも一口じゃ無理だよ〜」
俺に抱きかかえられたままのファムはそんなことを言う。食べ切れないと言わない辺りは食いしん坊の意地だろうか。
「それよりもヤバイってば! 隠れても無駄じゃんこんなんさぁっ!」
「確かにな。そんでもってアイツは俺達を逃す気は無いみたいだな……」
一瞬にして焦土と化した街。それを行った腕のもう片方が俺達が今いる場所に向けられていた。
先程と同じように魔法陣が浮き上がり、同じように光が集っていく。
「ハジメ! なんとかならないの!?」
「俺がなんとか出来るかってのッ! とにかくまた走るぞ!」
今、俺達が出来ることは避け続けるしかない。
あの光線を防ぐ手段は無く、ファムの力で動きを拘束しようにも薙ぎ払われ断ち切られる。
もちろん反撃しうる手段など俺には無い。銃やLAMはあくまで戦車を破壊するためのモノ、人が作ったモノを破壊する火器だ。神話の世界を破壊する武器では無い。
向けられた砲の光が一段と強くなる。
俺はとにかく砲の直線上から離れるように、射線に対して直角になるように走った。縦の動きではどうあがいても避けきれない。生き延びる可能性があるのは横の動きだ。
(それでも……無理……か……?)
考えてみれば最初から無茶な作戦だ。唯一の勝機であるファムの拘束が解かれた今、俺達は追い詰められた草食動物のように撃たれて狩られるのを待つしかない。
人の理で神に抗うが如く。もとより無謀な話であったに違いない。
今、俺達を滅する砲が向けられ。そして……
不発に終わった。
砲身となる円筒状の腕はナニかに叩き落とされたように根元からボキリと折れており、地面に転がっている。収束された光は段々と弱まっていき、やがて自らが巻き上げた砂埃に飲み込まれていく。
「フハハハァッ! この魔法都市には私がいるというのに、随分としてくれたなっ! そうだのう? フーバーよっ!」
どこか幼げな印象が残る高笑いが街中に響き、まるで竜巻のような風が四方八方から吹きこんでくる。
「それが古の巨神兵かぁ? ……ふふ、お似合いじゃあお似合いじゃあ! 子供の玩具に持ってこいだのう?」
高笑いをするかのような上機嫌な声が聞こえてくる。それも、俺達の真上からだ。
「……おいっ! 聞こえてるのだろう。拡声魔法は授業で教えたはずだろうて! お前が返事をせねば私が独り言を言う阿呆みたいじゃないかっ!」
上を見上げるとソレは居た。嵐のような暴風の中、ヒラヒラとスカートを舞わせる一人の少女が。いや、美少女が。空を飛んでいた。
「返事をせぬか! この……バーカバーカっ! フーバーバーカっ!」
「アイツは……!? ははっ、どっちがガキなんだよ」
俺は悪口を言う幼げな少女を見て思わず笑ってしまった。
そうだ。人の理で神に抗うのが無謀なら。人以外が神に抗えば良い。人では無い、彼女と共に抗えば良い。
「ラルクッ!」
この魔法都市における最強の大魔法使い。アートマ学園学園長。人外であるエルフの魔法使い。自称、百歳美少女ラルクが俺達の頭上で仁王立ちをしていた。