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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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遭遇せし者

 松明のちらつきで狭い洞窟内が瞬く。湿り気のある空気が肺の中に吸い込まれていく。土の匂いと昼の花火で使われた火薬の匂いがうっすらと漂う。

 戦闘靴の靴底には土がこびりつくが、すぐに剥がれ落ちる。粘り気のある土は人の往来が多いせいなのかしっかりと固められていて案外歩きやすい。


 俺は腰の弾帯に取り付けておいた小物入れから懐中電灯を取り出してスイッチをオンにする。

 すると、壁に掛けられた松明のみで照らされていた薄暗い洞窟内が通路の奥まで見えるほど明るくなった。


「便利ですな。ヒノモト殿の世界では魔法はいらなそうですね」


「科学は魔法だって知らない誰かが言ってたぐらいだからな」


 タケさんの荷物から勝手に拝借した懐中電灯を軽く振り左右の壁や天井、地面を照らす。特に変わった様子は見当たらない。


「私も照らさなくていいから楽だな〜」


「夜間行動の際にも使えるな。なにかの合図にも使えそうだ」


 空いた両手を気ままにプラプラと振る義妹と、片手を腰に差した小剣の柄にかけ、おおよそ洞窟内では取り回しずらそうな槍斧を担ぎ警戒する義姉の対照的な姿が見ていてどこか面白い。


「合図なー、こういうのもあるぜ?」


 俺は素早く懐中電灯のボタンを押し、短い点滅を三回、長い点灯を三回、そしてまた点滅を三回行い最後にまた点灯させた。


「例えば今のはSOSだ。トンツーだぞ」


「エスオゥエス? トントゥー? ハジメ、それなに?」


「うーん……すいません()お助けを()してくださーい()かな?」


「つまり、今の点滅をしたときはお前は死にかけてるという意味だな?」


「意味が通じなかったら死ぬかもな。その前に助けてくれ」


 魔結晶による翻訳が上手くいってないのか、それともこの世界にモールス信号という概念が無いせいなのか、ルチアは説明しても小首を傾げて理解してくれない。軍属であるリーファは信号や合図の意味自体は理解しているのか一味違う解釈で理解してくれた。


「暗号みたいなモノですかね?」


「さすがアロイス先生。まさしくそれだな」


 もちろん他にも意味がある。だが、一般にモールス信号は聞き取り方が分からなければその内容は分からない。そういう面では暗号と言っても差し支えはない。今の……もっとも異世界ではなく現代の話ではあるがモールス信号を知らない世代が増えているのも事実だ。


「魔法使いである我々は自身の研究を暗号化することもありますからね。特に私のような古の魔法を使う者にとってはね」


「そうだな」


 アロイスとの会話を頷きで済ませ、俺はそっとルチアに耳打ちする。


「古の魔法ってなに?」


「う〜ん、なんて説明すれば……とにかくすっごい魔法かな?」


 俺がせっかく小声で質問をしてるにも関わらず、ルチアは普通の声量で答えにならない答えを言う。会話は当然アロイスに聞こえており、苦笑いをしていた。


「簡単に言えば自然では起こりえない現象を魔法で具現化したモノですね」


 アロイスが何も無い空間を指先でなぞると小さな赤い魔法陣が浮かんできた。さらになぞり続け、青や緑や茶、白に黒にその他に様々な色合いの魔法陣が出現する。


「例えばこれは火、これは水、土、風、これとこれは光に闇。あぁ、これは雷でこれが氷」


 ずらりと並ぶ拳大の魔法陣を次々と指差し、最後に手で撫でるとタバコの紫煙が消えるように掻き消された。


「これらの魔法は言ってしまえば自然の中に存在するモノ。なので魔力の感知が大小の差はあれどしやすいのです。エルフの間では魔法の声を聞くと表現されますがね」


 そういえばそんなことをラルクが言ってた気がする。エルフの、っと前置きをするあたり魔法を使う感覚は個人ごとに違うと思える。


「私だったら魔法を使うときはふわふわ〜サクッとギューンって感じかな?」


「なんだその抽象的な擬音は。わたあめ食べたときの感想かな?」


 俺が笑うとアロイスもつられて和やかに笑う。あの巨神兵オグマに起動の危機が迫っている現状は皆どことなく緊張感を漂わせていたのだが、今の会話で少しほぐれた気がする。


「ふふ、では話を戻しまして。古の魔法についてですが……」


 アロイスはそこでおどけるように手の平を上に向ける。


「我々の研究でも詳しく分かりません」


「分かんねぇのか?」


 思わず肩をがくりと落としてしまう。俺が魔法を使えるわけでは無いが、古の魔法とかと言われてトキメクのは男子なら分かるだろう。それが落胆に変わるのも。


「だから調べてたのですよ。あのオグマを。アレは恐らく古の魔法や技術を用いて作られている筈ですからね」


 それだけ言うとアロイスはピタリと足を止め通路の横にある木製の扉に手を掛ける。木の軋みの音を鳴らしながら開かれた扉の向こうには俺達が今いる通路と同じような光景が奥まで続いていた。


「まだ歩くのかよ……かれこれ一時間近く歩いてるぞ?」


「あとはこの通路を真っ直ぐに行けば到着です。魔法のありがたみが分かりましたでしょう?」


「その巨神兵とやらの道の途中に敵が隠れてる可能性もあるんだ。文句を言わず歩け!」


 リーファの足が俺の尻を突く。金属製のブーツによる一撃は軽めとはいえ俺の臀部を痛めつけるには充分な威力を持つ。


「へいへい、分かりましたよ。騎士様のおおせのままにってか」


 転移魔法を使わずに目的へ向かうのには意外にも利点がある。

 まず第一にアロイスの魔力の温存。そして第二に犯人の痕跡を探せるという利点である。

 魔力の温存は言わずもがな、犯人がいたとするならばその痕跡なりは必ず残り、運が良ければ犯人と鉢合わせして確保できる可能性がある。そのためにリーファとルチアという腕利きがいるのだ。


「ところでリーファ。お前、こんな狭いところで長物使って大丈夫なのかよ?」


 リーファが担ぐ槍斧は本人は当然のことながら俺の身の丈も超えており、一応ゴーレムもギリギリ通れる通路とはいえ長柄の武器を振り回して戦うのには向かない。突いて使うならまだしも、振り回されたら敵よりも前に壁に命中する。


「問題無いさ。小剣もあるしな。何より……」


 担いだ槍斧を下ろして構えると岩壁に向かって一振り。槍斧はまるで熱したナイフでバターを切り取るように、なんの抵抗感も無く壁を切り裂いた。壁には横薙ぎの真一文字の破壊痕が出来上がり、獲物を振るったリーファは得意気な顔で俺を見た。


「私にとってこの程度のモノは大したことはないのだよ」


「うげぇ……馬鹿力だな。そりゃ銃も効かない蜘蛛も真っ二つだわ」


 魔物保管所にてリーファは俺が全く敵わなかった巨大蜘蛛を一太刀で倒していた。あのときは飛龍のイーディの力もあっただろうがリーファ単身でも驚異的な戦闘力を誇っていることが今ので分かる。膂力は俺以上だと思って間違いない。


「イーディがいればもっと威力が出るのだがな。まぁ、あの子は狭い場所が嫌いだから連れて来れなかったがな!」


「……リーファ殿。咎めるわけではありませんが、一応ここは遺跡の発掘現場でもあることをお忘れなく」


「あっ! ……すいません」


 アロイスに注意されリーファは得意気な顔を一瞬で落ち込ませ、シュンっと小さくなってしまった。相棒ともいえるイーディがこの洞窟の入り口にてお留守番してるのは幸いだろう。こんなに恥ずかしそうにしてる姿を見られずに済んだのだから。


「あれ? ねぇハジメ。アレってなんだろう?」


 賑やかな声を交わす流れをルチアの訝しむ声が切る。白い指が指す方向に懐中電灯の光を向けると何かに反射しているのが分かる。

 天井を照らしてみても特に水が滴っている様子はない。つまりはそれ以外の液体だ。

 確認する為に近付くと俺はそれがなんなのか分かった。


「血だな。それもまだ……乾いてないな」


「血なの?」


 指で触れると湿り気のある感触が伝わり、赤い色が指にへばりつく。匂いを嗅ぐと血の独特な匂いがする。

 紛うことなき生物の血である。まだ粘り気があるこの血溜まりは何者かが近い時間にこの場にいた証明といってもいい。


「そう時間も経ってない。下手したら十数分前かもしれないぞ?」


「だとすればその血は誰のモノなのかが問題だな」


 この血は言うまでもなく俺達の血ではない。とすればそれ以外の存在の血だ。リーファの言う問題の答え合せは考えずともすぐに出る。


「犯人の……ってこと?」


 ルチアの剣呑な声が俺達の緊張感を高める。

 血溜まりはここだけではなく通路の奥、巨神兵オグマがいる間へと点々と存在している。


「誰の血かってのも問題だが、誰()ってのも問題だな」


 流血しているということは負傷しているということ。であれば誰が負傷させたのか。

 ゴーレムではない。確かに遺跡の警備にゴーレムは使われており、通路の地面を見ればその巨体の足跡が残っているのが分かる。だが今はゴーレム達は稼働停止状態だ。

 警備兵でも魔法使い達でもない。現在彼らは街の混乱を収めるために総動員で働いている。この遺跡の警備に人員を割く余裕がないほどにだ。

 ならば、誰が誰を傷つけたのか。まさか自傷行為を好む性癖(タチ)の犯人ではあるまい。


「なに、この先を行けば分かるさ。迷わず行こうぜ?」


 口でそう言いつつ俺は迷彩ズボンのポケットから手袋を取り出し手にはめ、89小銃に銃剣を着剣させて槍を構えるよう持つ。

 ルチアも腰の剣を抜く。ラルクから貰った片刃半曲刀のサーベル。その刀身に刻まれたルーン文字のような記号が露わとなる。


 アロイスが先頭に立ち先導するように早足で歩く。


「急ぎましょう。もう何分も掛かりません」


「なら走ろう。文字通り善は急げだ」


 確実にこの先に俺達の目標となるモノがいる。巨神兵オグマを狙うモノが、異世界からの人間である可能性があるモノが。

 提案の言葉を受けるまでもなく、俺達は全員駆けるように走っていった。


 一歩、二歩、三歩。数えるのもはばかれ、駆ける足によって飛ぶ土の塊を一切気にせずに。目的地に近付く度に空気中の土の匂いに混ざって香る血の匂いが濃くなる。

 そして、巨神兵がいる間に繋がる木製の大きな門扉の前にまで到着する。その門扉の鍵となる鉄の(かんぬき)はねじ切るように破壊されていた。


「うわぁ……滅茶苦茶に壊されてるね」


「異世界の盗人は力持ちなんだな。気を付けろよリーファ。お前を疑ってるんだぞ?」


「絞め殺すぞ」


「皆さん緊張感を。では行きますよ!」


 俺とアロイスがそれぞれ門の前に両方を同時に押して開く。ある程度開いたところでリーファとルチアが素早く中に入りそれに俺も続いた。


「っ!?」


 そして中のある光景(・・)を目の当たりにし、言葉を詰まらせてしまう。


 それは予想だにしない光景であり、想像することもはばかれる光景であった。


 天を見上げるように地面に倒れ、胸に短刀を突き立てられた、流れる血と同じように赤い髪色を持つ少年。


 血の気が引いたその白い顔と同じような、まるで白髪のような銀色の髪を待つ少年。


 倒れるヒュンケルと怪しく笑うフーバー。


 そしてその後ろの巨神兵オグマの目の部分と思われる箇所が、懐中電灯の明かりよりも強く光を放っている光景であった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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