祭はまだ終わらない
「ハジメッ! 大丈夫だったっ!?」
建物から一歩外に出るとルチアが駆け寄ってきた。勢いそのままに抱きつき、俺の身体をべたべたと触りまくる。そして大きな傷が無いことを確認すると安堵のため息を吐く。
「良かった〜、足が無かったらどうしようかと思ったよ……」
「葬儀屋にはまだ御縁が無いみたいで何よりだ」
心配されるのは嬉しいことなのだが、それだけ危険なことやったたのだと思うと少しばかり俺は自分の命を軽んじている気があると思ってしまう。
【他人を救うためにはまず自分を救え。命懸けとはそういうことだ】
周りを見てみると兵士や魔法使い達が入り口からやや距離をおいて半円状に囲み、こちらを注意深く観察していた。
即席とはいえ悪くない陣形だ。現時点の戦力であの巨大蜘蛛と戦おうと短い時間で試行錯誤した結果が見て取れる。この陣形の練度を測る事態が起こらなかったのは幸運といえよう。
ルチアの肩をポンポンと軽く叩き、自分の身体から離すと上空から風が吹き付けてくる。地面の砂が巻き上がり、そのせいで目にゴミが入ってしまい俺は思わず目を押さえた。
「あ、リーファ義姉ちゃん!」
その風の発生源に向けルチアは嬉しそうな声で飛龍の主の名を呼ぶ。
「ほらほらルチア、危ないから近付いちゃダメだよ」
「うん!」
それなら離れた場所に降りろ、とは口が裂けても言えない。俺がそんなことを言ったらあの鋭利で肉厚なヤイバを持つ槍斧で本当に口を裂かれかねない。
バサッバサッと大きな翼の羽音をわざとらしいほど大きく鳴らすと飛龍は俺のことをジロリと見てくる。茶色の眼は現代日本でもたまに見かける蜥蜴や金蛇と同じような爬虫類の眼だ。何かを訴えかけているようにも見える。
「なんだこいつ、餌でも欲しいのか?」
「よく分かったな。この子はなんでも食べるぞ」
「そのなんでもに俺は入って無いよな?」
一歩後ろに退がるとリーファはケラケラと笑い、肩にかけている鞄から人参を一つ取り出すと飛龍に渡す。人参を一口咥えるとそのまま咀嚼し美味しそうに食べた。怖そうな見た目のわりには草食系のドラゴンさんらしい。
「よしよし、イーディ。お前のおかげで化け蜘蛛倒せたぞ」
「ふーん、イーディって名前なのか」
「えっとねハジメ、その子の本名はイーデヴァルト・セイノウス・カラドラ・イーノス・ジャンデビット・エンフィール・イウヴァルト・カノック・ンンデヒっていうんだよ」
「長えよ! どこの王族だっ! あれか、有名な画家かっ!?」
ルチアの訂正に思わずツッコミを入れてしまった。
「まぁいいや。とにかく助かったぜリーファ。危うく死ぬか取り逃がすかのところだったぜ」
俺は気を取り直してリーファに頭を下げた。当のリーファはイーディの頭を撫でながらウンウンと頷きルチアの方に顔を向ける。
「礼には及ばん。先の揺れが緊急事態だと判断し、イーディを呼び寄せ空から街を観察していたのだ。その時にたまたまこの場所を見つけ頼まれただけだ」
口では礼はいらないと言っているが、褒められて満更でもなさそうに笑う姿なのはあえて言わないでおこう。それに足して空からルチアの姿を判別できるのも単に目が良いからと考えておこう。その方が納得できる。決して愛する義妹だからどこでも見つけられるという理由では無いと考えたい。
「おや、ヒノモト殿。ご無事でしたか」
「ん? えっ……」
話の区切りになったところで声をかけられる。声の方向を見た俺は大きく目を見開く。
「アロイスッ! 無事だったのか、どうやって逃げたんだ?」
「私は転移魔法の使い手ですよ。五体満足で生き延びさせてもらいました」
一瞬で別の場所に転移する魔法だからこそあの場から逃げ延びれたというわけだ。戦闘向きでは無い魔法と勝手に思っていたが、こと回避に関してはあながちそうとは言えない。
「とにかく良かった。生きててなによりだ」
「まぁ……一部に転移が間に合わなかった者おりますので数名の犠牲者が出ていますがね」
その言葉を聞き俺は二の句が言えず口をつぐんだ。あの蜘蛛の手足に付着した血はその犠牲者のモノで間違いない。
「……貴方が気に病む必要はありませんし、暇もありませんから」
言葉に迷う俺の肩をポンっと叩くとアロイスはリーファの前に出る。それに変わってルチアが俺のそばに来て耳を出せと手で合図する。
「ごめんハジメ、オークの……ルゥ子ちゃんのことなんだけどさ……」
耳打ちするルチアの息が若干こそばゆい。小さな声の話の内容はというと俺達が助けたオークの少女のことであった。確かに外に出てから見かけない。
「目を離した隙にいなくなっちゃっててさ……治療が終わって動けるようになったから、多分逃げちゃったかも?」
「マジか?」
「うん、今はファムとノウとエレットさんが探しに行ってるけど見つからないかも」
そうなると少々困るかもしれない。
奴隷という言葉は使いたくは無い。だが、この場合はあの子は魔法学園が管理する保管所に収容されている奴隷そのモノであり、すなわちはラルクの所有物となっている。それをいわば他人の持ち物を勝手に持ち出して挙句に無くしたと言ってるようなモノであるのだ。
そうなるとあの自称百歳美少女がなにを起こすか分からない。オークの扱いについてロジーに対してわりと本気で怒っていた場面もあるので俺もどうなるかは分からない。あの二人はともかく、エレットに見つけてもらうのを期待するしかない。
「ヒノモト殿。少しお願いがあるのですがよろしいですか?」
リーファとの話を終えたアロイスは俺に改まった態度で話す。どこか申し訳なさそうにも、焦っているようにも見える。
「私はこれから北区の例の件で向かわなければ行きません」
「北区に……なんで?」
あれだけの揺れであればあの洞窟のような遺跡は落盤などで崩れかねない。だが、この非常事態においての優先順位は高くはないはずだ。
災害時の基本としてはまずは避難に関する指揮系統の確立、そして避難場所や物資の管理、衛生管理、確かな情報の収集、安否不明者の確認、治安維持などその他諸々のやること盛りだくさんで猫の手も借りたくなるほどの忙しさとなる。その中では遺跡の確認など後回しにしても良いことだと俺は思う。
「ロジー先生。説明を」
パチンッと指を鳴らすと示し合わせたかのようにロジーがどこからともなく走ってくる。いつ用意したのか大量の紙の書類と古びた羊皮紙を何度も落としかけては拾っていて、それなら一度置いてくればいいのではと思ってしまう。
「いやはや、アロイス先生、ヒノモトさん。結構大変なことが分かりましたよ。いわゆるスゲーヤベーって感じです」
どこか興奮した様子のロジーは口調を乱し手元の書類を何度も見返していて、ずり落ちそうな眼鏡を何度も手で直している。
「何がその……ヤベーってやつなんだ」
「ええっとまずはですね……改めて……」
何度も書類を落としかけているロジーは途中で面倒くさくなったのか書類を乱雑に地面に落とす。そして空いた両手で眼鏡をしっかりと掛け直した。
「まずはあのゴーレムちゃん達は人為的に動作が停止させられてました」
「へぇ、そうなんだ」
「へぇ、そうなんだ……じゃ無いんですよ! 分かりませんか? あの遺跡の侵入騒ぎの件と同じ手口なんですよ!」
「そ、そうか? そうだな、うん……」
つい先日の話なのだが戦闘後の疲れからか俺の頭はいまいちピンとこない。考えても分からず、困ってしまったのでアロイスの方を見て助け舟を求める。
「ほら、例の魔力を膨大に持つ者でなければ犯行は不可能というやつです」
そこまで言われても正直まだピンとこない。おぼろげな記憶を辿りながら俺は口を開く。
「いや、だってよ。アレじゃないのか。確かあのデカブツは動かすのに数十人分の魔力が必要になるんだろう?」
「学園長クラスの魔力が数十人分です。普通にいる凄腕の魔法使いでは数千人集めても全く届かないといったところですね」
「アイツってそんなにスゴイのかよ」
比較の対象がいまいち分かりにくいので頭の中で勝手にピコピコハンマーで戦車と正面から戦う想像を働かせる。それなら確かに数千人集めても戦車は壊さない。
「アレの起動云々はさておいて。あのゴーレムちゃん達は前日の夜まで元気に動いていたらしいです。そして今日の朝には動かなかったのです」
ロジーはここで眼鏡を外し、曇りと汚れを服の裾で拭く。
「ここからが本題です。調べたところ、この魔法都市内で通常稼働しているゴーレムの殆どが停止していたようです。今日の朝ですよ? 緊急時用の予備の魔結晶も使えなくなっていました」
「なに?」
さすがの俺でもキナ臭さを感じる。まさか偶然にも同じタイミングで同じように不具合を生じたとは到底思えない。誰かの、どこぞの第三者の存在がこの状況に関与している可能性があるのだ。
「それも通常の魔法使いでは到底無理な桁外れの魔力が必要となります。まぁ……さすがに誰がやったのかまでは分かりませんが……」
ロジーは言葉の終わりをゴニョゴニョと濁す。
(誰がやったか分からない、ね……)
俺はロジーが言い淀むのは分かる。実は俺は犯人と思わしき人物には目星がついていており、恐らくロジーも同じ人物を思い描いているはずだと確信する。
「なぁ、それって出来そうなのはもしかして……」
「ラルク様では無いですよ。あの御方がやるはずありません」
俺が名前を出そうとした人物の名前をアロイスが先に言う。その目は今までの理知的な眼差しでは無く、抜き身の真剣のように他者を斬り裂くが如く鋭い。
あまりの眼光に俺とロジーはもちろん、蚊帳の外で黙って話を聞いていたルチアまでも思わずリーファの後ろに隠れるほどだ。
「ラルク様……いや、学園長はこの魔法学園、魔法都市を作るために故郷を捨てる覚悟を持ってます。そんなあの人が自らの手でこの街を壊すはずありません!」
強い口調で言い切るとアロイスは荒くなりかけた呼吸を整えるように深呼吸をした。
「悪い。アレの起動は無理だとしてもゴーレムを全停止できる奴は他に思い浮かばなくてよ。すまん。俺が悪かった」
俺は深々と頭を下げる。
アロイスとラルクの関係性を単なる学園長とそれの補佐としか捉えてない俺にはアロイスがここまで怒る理由は分からない。だが、俺は自分が汚してはいけない領域に土足で踏み込んだのだけは分かる。
【人間には他人が踏み込んではいけない一線がある。それを超えてしまったら……魂を汚すのと同じだ】
嫌な空気が漂う場を飛龍の唸り声が流れる。その喉を撫でる手を止め、リーファはゆっくりと流れを断ち切るかのように真っ直ぐ手を挙げた。
「話を切ってすまない。アロイス殿。先の件を伝えたい方が良いのでは?」
「あぁ、リーファ殿。そうですね。机上の空論はさておいて、我々にはやらねばならぬことがありますからね」
フッと眼力が緩んだアロイスは咳払いを軽くすると改めて俺達を見る。
「手短に。ヒノモト殿とルチア殿には私と一緒に北区に向かってもらいたいのです」
「俺と……ルチアも?」
「私と……ハジメを?」
同時に顔を見合わせる俺とルチアに構わずアロイスは話を続ける。
「リーファ殿の飛龍に乗って向かいます。三名ほど乗れるというのでこのような人選にしました」
「その心は?」
「はい?」
俺の言葉に一度首を傾けたアロイスだが、言わんとしたいことを理解したらしく、一度髪を指で整えてから言葉を発した。
「理由は二つ。まずは私の魔力の節約。転移魔法は結構魔力を消費しますのでもしもの場合にとっておきたい。次に犯人がいた場合に腕の立つ者が必要なのです」
「なるほどね」
合点がついたと手を叩く。
要は今回の件は人為的なモノで起こされたとしか考えようがなく、なれば犯人の狙いは北区に眠る巨人オグマだ。他には思い当たらない。
とすれば、当然のことだが犯人と相対する可能性がある。そのためにアロイスは転移魔法を使わず余力を残し、さらに純粋な戦闘員としてリーファとルチアという布陣だ。逃亡した場合の追尾要員として飛龍もいる。
そして最後。なぜ俺が行くのか。それは戦闘員としてでなければイギリスの小説に出てくる架空の探偵ばりの推理を求められてるのでもない。
(今回の件、異世界の人間が関わっている可能性があるってことだな)
これほどの事態。異世界の人間、恐らく幻想を持つ者がいる可能性がある。異世界転生なのか異世界転移だかは分からないが、アロイスは同じ異世界の人間である俺に期待しているのだ。俺が幻想無しであることも知らずに。
「…………最善は尽くすよ」
「ありがとうございます。では事が事なので向かいましょう」
言葉もそこそこに、俺達は飛龍イーディの背中に乗る。馬にも乗ったことのない俺からすればどうにも地に足がつかない場は身体の収まりが悪い。
「どうした。空が怖いのか? 玉は付いてるだろうに」
「うるせぇな。弾無しだけど玉無しじゃねぇやい」
徐々に浮かぶ飛龍の身体。高くなる視線。頰を打つ羽の羽ばたき。離れ行く地面。
俺はリーファの軽口に悪態を吐き、残弾ゼロの89小銃を落とさないようにしっかりと抱えた。