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Assault 89〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
五章 魔法使いは幻想と共に
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蜘蛛の子を散らし

 銃を撃つのは好きかと問われれば、自衛官として仕事をしている以上嫌いとは言わない。射撃的のど真ん中に照準通り命中したときはえもいえぬ達成感に酔いしれることもままある。


 では人を撃つのは好きかと問われれば、どうだろうか。当然元の世界にいたときは迷わずに否定の言葉を言えた。無論、人など撃ったことは無かったし、撃たずに生涯を全うできれば御の字だと思っていた。


 ではこの世界に来てからはどうかと問われれば、答えは変わらず否定の言葉だ。しかし、その意味合いは例外を含むモノになる。


 大切なモノを守るためならば、今の俺は迷わず撃つ。たとえ相手の命を奪うことになっても。


 では、人以外はどうかと問われれば俺は何て答えるだろうか。


 猛獣の群れ。有害野鳥。ファンタジーな創作物に出てくる魔物。たとえば身の毛もよだつ不快な大型生物など。


 俺の答えは……


「いやいやいやいや無理無理無理無理無理無理無理ッ!?」


 産毛のような体毛に八本足節足生物。その姿を認めた瞬間、俺の身体は全身から冷や汗と緊急事態を告げ、心臓が早鐘のごとく鳴る。


 視認とほぼ同時に小銃の安全装置を解除しフルオートの連発機構を解放する。

 即座に放たれる銃火。曳光弾の弾筋。多量の光線。爆ぜる八つ目の中心部。遅れて飛び出た緑の液体に射撃音。手に感じる連射の反動。続くのは似たような蜘蛛眼共が飛び散る光景。この世界の武器ではまずお目にかかれない刹那の景色だ。


「デケェの来たぞッ!?」


 今日の天気の世間話をする間はもちろん、一息つく間も無く現れたのは大型の蜘蛛。猫ちゃんや子犬サイズの蜘蛛も中々に気持ち悪い生物であるが、それが大型のライオンサイズになれば気持ち悪いを通り越してしまい、嫌悪感を示す語彙力が限界を迎える。


 言葉も叫び声も挟む暇は当然無く、俺は引き金を絞る。変わらず放たれる射撃と排莢される撃ち柄薬莢。そして命中する弾丸。


「ッ!? 装甲車かよ!」


 虫もこの大きさになればちょっとした装甲車のようなモノだ。弾頭は大型蜘蛛の多脚に当たると肉を散らすことは出来るが貫通することは出来ず、跳弾して跳ね返り、その赤い跳ね返りは壁や床にも跳ね地下へと消えていく。大型蜘蛛は速度を落としつつも、依然として俺達へ迫り来る。


 だが腐っても、いや、腐っては無いが俺が撃っているのは小銃だ。生物を殺す為の武器だ。その弾丸は確実に蜘蛛の身体を削り歩みを遅らせ、確かな損傷を与えていた。


 しかし、ここで一つの予想だにしない事態が起こる。


 それは実際に銃の射撃を見たことがある者がこの場にほとんどいなかったことだ。


「ウワッ!?」


「ヒィッ!?」


「な、なんだこの音はッ!?」


 小銃射撃は蜘蛛軍団の前進を蹴散らすだけに留まらず、味方の行動をも二の足踏ませてしまったのだ。これでは味方の援護は得られない。

 けたたましい射撃にある者は驚き、ある者は顔をしかめて音に耐え、またある者は突然の発砲に放心していた。

 無理もない。誰だって初めての武器に、初めての射撃音には驚く。俺も最初の実弾射撃訓練はそうだった。


「止まれっつーのッ!」


 だが今の状況ではその反応は良くはない。少なくとも俺にとっては。


 大型蜘蛛は射撃に怯みつつも前進する。つまりそれはただでさえ短い戦闘距離が詰められるているということ。近付き肉薄されれば近接戦闘に移るしかない。けれども俺自身の近接戦闘能力はたかが知れてる。人間相手ならばまだしも巨大生物相手に通用はしない。


 つまり、詰め寄られれば即死である。詰め寄られる前に殺らなければならない。


 唸るフルオートの連射音。だがその発砲音の連続は永遠には続かなかった。


「弾切れだっ!」


 別に俺が考え無しに撃つから弾切れする訳ではない。単発(セミオート)ならまだしも連発(フルオート)での射撃というモノはそれだけ弾丸の消費が激しい。ならば無駄撃ちするなと言いたいところだが、この蜘蛛軍団と巨大蜘蛛相手ではそれこそ無理だ。必ずどこかで弾倉交換をする必要がある。

 三十発分の弾丸により大部分の蜘蛛は文字通り散らした。それでも巨大蜘蛛だけは足を数本を粉砕した程度である。硬い甲殻相手では数発まばらに当たっても動きは止め切れない。あくまで小銃は対人用火器なのだ。


「……」


 本来なら迫り来る多脚生物に焦るところだが、撃ちきったら弾倉交換という慣れた動作が俺の頭を冷静にさせる。だからこそ、一人の例外がいること思い出せた。


「オッケー、良いタイミングよ」


 銃の射撃に慣れている者がこの場に一人だけいる。桃色の髪をたなびかせ俺の脇を風のように通り過ぎる。白刃一閃煌めくと巨大蜘蛛の脚数本が宙を舞う。二閃目が縦に振るわれると蜘蛛の巨大な八つ目が四つずつの二つに斬り別れる。三閃目は周囲を斬り払い、遅れてミニスカートがヒラリと舞う。体液塗れの剣で空を裂くと刀身に付着した液が飛び散り最後に気持ちの良い笑顔を俺に向けた。


「いいね、作戦通りだな」


「そんな作戦立てた覚えないけど、良い感じだったね!」


 気持ちの良い笑顔で振り返り左手の親指を立てる。出逢った頃から良くやるそのポーズに俺も左手の親指を立てて拳骨同士を合わせる。


「油断しなきゃこんなものよッ!」


 得意気に鼻を鳴らしている。俺はその顔を嬉しそう見つめ、そして弾帯に備え付けてある銃剣の柄を掴むとその顔面スレスレへと抜き放ち、突いた。

 驚くルチア。肩の上には拳ほどの大きさの蜘蛛が乗っかっており、その八個ある目の真ん中を銃剣が貫いていた。


「油断しなきゃな。よく分かるよ」


 突き刺さった蜘蛛の死骸に手が触れないように、俺はおっかなびっくりした手つきで壁に擦り付けて落とす。


「……だね〜。今のがお目当ての蜘蛛なの?」


 少しバツが悪そうだが、ルチアは気を取り直して後ろに控えた兵士と魔法使い達に声をかける。


「あ……え……?」


 しかし声を掛けられた兵士は放心しているのか呂律が回らない。俺は少し疑問に思ったがさらに後ろにいるアロイスの方を見る。するとアロイスは視線を向けられたことに気が付いたのか咳払いを一つ済ませると首を振る。


「……お二方がこれほどまで強いとは思いませんでしたよ。幻想調査隊は精鋭揃いとの噂は半信半疑でしたが、訂正致します。確かに実力者だと」


 頭を下げたアロイスに対し俺は困り顔だ。そんな噂は知らないし、実力を疑っているのも知らなかった。

 俺はともかくとしてルチアは抜けた性格こそあれど実力は折り紙つきだ。可愛い顔してやるときはやるのだ。油断する癖こそあれどもの話だが。


「こいつはオスですね。互いのメスがまだいるはずです」


「オス……雄か? えっ? 大っきいのが他にいるのかよ?」


 そんな話は最初に聞きたかったのが正直な俺の気持ちだ。

 自然界では産卵する雌の個体の方が身体が大きいのはままあることだ。それを考えるとまだ見ぬ女王(クィーン)と呼ばれる個体は如何程の巨体なのか。暗闇を見つめる俺の視線は揺れる。


「ん、足音……か?」


 気の所為と言われれば頷いてしまうが、耳を澄ませばナニカが歩く音だ。確実にこちらへ近付いている。


「なんだよ。まさか異世界の雌蜘蛛は二足歩行だとか言わないよな?」


「なにその冗談。ハジメの世界にはバッタ人間でもいるの?」


 意外にも的を得ている発言に俺はドキリとしてしまう。日曜日の朝のヒーローがこの場に正義の味方としていてくれたらどれほど心強いか言うまでもない。

 無駄口を叩きつつも槓桿を引き薬室に弾を込める。空薬莢が地面に落ちると足音の主が姿を現わす。


「あれは……確か……?」


 構えた銃を降ろす。出て来たのはおぞましい姿の蜘蛛ではなく、可愛らしい顔をした女の子だったのだ。簡素な服の破けた箇所に血が滲んでおり痛々しい。足を伝う血の量は少し目を離せば水溜りのように溜まってしまうだろう。


「ぐうぅ……」


 虚ろで青白い顔に苦しそうな呼吸音と呻き声を上げ、俺の目の前で膝をついた少女。その肩を俺が触ると驚くほどに冷たく、カタカタと小刻みに痙攣してるのが分かる。


「この量……出血性ショックだッ! ヤベェぞこれはッ!」


 素早く手首の脈を取ると限りなく弱々しい。背中を触るとぬるりとした感触と鉄臭さが鼻をつく。大量出血による循環障害を起こしているのは明白であった。


「医者だ! 救急車を呼んでくれ!」


「きゅうきゅうしゃ? ……とにかくハジメ! 私が治癒魔法かける!」


 ルチアは俺の言葉に戸惑いを見せるが、今は考えるよりも行動が先と判断しすぐさま手に魔力を込める。淡く光る魔力の奔流が俺の腕に抱きかかえられている彼女に注がれる。その間もおびただしい血が俺の迷彩服を赤く染める。


「ダメ、私の治癒魔法じゃここまでの傷は無理だよ!」


 軽微な損傷や内出血程度ならばルチアもすぐに治せる。だが腕の中の少女は背中が割れているのではないかと錯覚するほどの深い傷が刻まれている。これほどの重症は現代医療でも治癒は難しい。


「撤退しよう! アロイスいいな?」


 外に出れば治癒魔法のエキスパートである神官のエレットがいる。その実力は直に見たことは無いが、先日の首無し騎士の件でエレットは当初イオンを治療しようとした。その際特に焦った様子は見られず、また治癒は不可能だという雰囲気も匂わせなかった。つまり彼女は自身の治癒魔法の能力の高さが分かっており、たとえ胸を貫通せしめた傷でも治せる自信があるということだ。


 ならばこの少女の傷も治せる筈だ。いや、そう思いたい。


 お姫様抱っこの形で抱え、地下への道に背を向けて走ろうとする俺の前をアロイスの腕が遮る。進路を阻むその腕は俺が払いのけようとしても動かない。


「……なんのつもりだ。アロイスよぉ?」


 アロイスの突然の行動に俺は無意識の内に彼を睨みつけた。当の本人は少しだけ困ったように顔をしかめる。


「一応お聞きします。何をするつもりでしょうか?」


「これが上腕二頭筋の筋トレに見えるのなら良い視力だ。オススメの眼鏡屋さん紹介するぜ?」


 それだけ言うとアロイスの腕を避けて俺は先に行こうとする。


「その子はオーク(・・・)ですよ」


 すれ違いざまに言われた種族名に俺はピタリと歩みを止める。

 腕の中で苦しそうに喘ぐ少女の肌は灰の色と自然の緑が混じったような色合い。流れる血の色よりも深い暗赤色の髪の毛。よく見ると途切れ途切れの息を吐き出す口からは犬歯というには鋭利過ぎる歯が覗いていた。


「だからどうした。お前もオークが嫌いなのか?」


「まぁ、好きでは無いですが、それよりも学園長がですね」


 アロイスは困ったように眼鏡の位置をいじる。


 言わんとしたいことは分かる。ロジーから聞いたエルフとオークの確執の話。それがあるのだろう。


「貴方が思っているよりも、学園長とは権力があるのですよ? それこそ、王国でいう各方面将軍と同等のです」


 少なくとも魔法使い達にはね。そう付け加えるアロイスの目は真剣そのものだ。


 俺だって何も知らない訳ではない。イオンから事前に聞いていたこの世界の情報。そしてプリシラから教わった魔法についての情報。それらを照らし合わせれば、あの見た目は生意気な小娘のラルクが実際はどれほど偉いのか分かる。


 ラルクがこの魔法学園を作ったのは三十年前。それまでは魔法の習得とは魔法使い達の一子相伝の秘術とされていて、今ほどは魔法は一般的では無かったらしい。

 それをふとしたことから王国に訪れたラルクが魔法をもっと広めようとエルフの知識を用いて普及させたことにより、爆発的に王国領内にて魔法の技術が広まったとのことだ。それが今日に至るまで続き、今では若年から壮年の世代の人間は魔法を使うのが当たり前になってきている。


 その功績故にラルクはあの身なり性格でも魔法社会においては甚大な権力を誇っているのだ。だからこそ、魔法に携わる者にとっては頭が上がらない存在なのだ。


「そんなもん俺は知らん。目の前の人を助けないなんて、人間としておかしいだろ?」


 再度止めようとした手を払いのけ俺は進む。周りの兵士達も戸惑いの色を見せているが気にせず行く。


「……ふー。勝手にしてください。頭を下げるのは慣れていますから」


「心中察するぜ。俺も元の世界で陸曹に昇任してたら近い立場だ。中間管理職は辛いな?」


 アロイスの嘆きに本心から同情する。もしも俺が下っ端の階級である陸士長ではなく部下を持つ一個班の長の立場となる陸曹の階級であったら行動は変わっていたかもしれない。

 それはあくまでもたらればの話になるので答えは分からない。そこを考えている暇は当然無いのでアロイス達に背を向けたたまま歩く。


「待ってよハジメ! ん、あれ……?」


 治療しながらなので若干俺よりも歩調が遅れるルチアは早歩きで付いてくる。その際に何かに気付いたのか俺の正面に回り込み、腕に抱かれるオークの背中に手を入れる。


「どうした?」


「いや、なんか……キラってさ?」


 言葉を交わしつつルチアはナニかを見つけたのか手の動きを止めて何かを手繰り寄せ引っ張る。


「何これ?」


 現れたのは白くキラリと光る線であった。線自体が光っている訳ではなく、室内を照らす魔結晶の洋燈の光を反射してキラキラと光っているのだ。その線はオークの少女の背中から伸び、後ろへ続いてアロイス達が今まさに進もうとしている地下の入り口の奥深くまで伸びていた。


「線か? いや、これは糸だな」


 何気なく呟き数歩進み、ある常識を思い出し立ち止まる。そして思考するよりも早く振り返り今まさに別れを告げたアロイス達へと叫ぶ。


「ッ!? アロイスッ! 逃げろ、俺が(・・)罠にかかっちまったッッ!」


 その瞬間。返事の代わりに返ってきたのはアロイス達の言葉では無かった。


 地下へと続く道。その道を穿つように飛び出てきたのは一本の大きな大きな蜘蛛の足。電信柱を三本は纏めた太さのそれはアロイス達がいた場所を薙ぎ払っていった。


 刹那の余韻すら残さず出来上がる紅い水溜り。そして割れる地面。


 思考も言葉も挟む間も無く、地面を突き破り現れたそれは、この大きな魔物収容所の天井にまで達する超巨大蜘蛛であった。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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