プロローグ
「夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である」ジークムント・フロイト
「すべての人間は生まれながらの心理的な力(psychological force)を無意識に共有する(集合的無意識)」
「われわれの意識は、 日常では脳の働きの5%しか使っていない。」カール・グスタフ・ユング
今にも降り出しそうな鉛色の空。閑散とした商店街。
少女は商店街の道の真中に一人突っ立っていた。
いつからここにいるのか、なんでここにいるのか全く記憶がない。気がついたらここにいたのだ。
少女は首を振り、辺りを見渡した。規則的に並んでいる店々に、どこか懐かしさを覚える。ここは母方の祖父母が住んでいる住宅街だ。ただおかしなことに、
「誰もいない」
日中であるにも関わらず、誰一人として道を歩いているものがいない。
確かとあるゾンビ映画でこのような場面があったはずだ。少女はそれを思い出してしまい、悪寒をを感じる。
ここにいてもしょうがないと感じた少女は、まずは祖父母が住む家にまで向かうことにした。
誰もいない商店街の中を、制服を着た少女が一人で歩く。
じめじめとしたぬくい風に、少女は嫌気をさしていた。
周りを見渡しても人っ子ひとりいない。店はシャッターが開いており営業しているように見えるのだが、店員の姿はない。
人の気配が感じられない商店街に不気味さを感じる。
祖父が住む店の前で、少女は立ち止まった。ドアの上にある看板には「中村電気店」と表記されている。店内には様々な電化製品が並んでいるが、祖父の姿はそこにはなかった。祖母が病気で死んでなお祖父は仕事を続けており、いつもなら店番をしているはずである。店奥の住居の中も隈無く探すが、祖父の姿は見つからない。
どこかに出かけているのだろうか?
少女は店を出て、人がいそうなところに向かうことにした。
商店街を抜け、駅前の道路まで歩く。車が数台路上駐車されているものの、どの車にも人は乗っていない。
「だれかいませんかぁ」
普段なら路上で大声をあげることはないのだが、恥より不安が勝り、少女に行動を強いらせる。
誰か反応をしてくれることを期待して待つが、答えてくれる声はなかった。
体の底から恐怖が湧き出してくる。
「え、駅には誰かしらいるよね……」
少女は少ない期待を持ちながらも、駅に向かう。
「やっぱりいない」
無音のコンビニ、喫茶店、改札口。駅内も閑散としている。照明は付いているため電気は通っているようだが、それでも人は見当たらなかった。
「どこに行っちゃったんだろう?」
大きな祭りが開催されるのか。それとも私に対する大掛かりなドッキリなのだろうか。 少女はこのおかしな状況に無理やり理屈をつけることで、この不気味さから目をそらすことにした。
カラカラカラ……。
突如、駅内からか金属を引きずるような音がどこからか聞こえてきた。
「誰かいるの?」
少女は駅内に入り、耳を澄まして音の発生源を探ろうとする。どうやらプラットホームから出ているようだ。おそらく一・二番ホームだろう。
改札口を飛び越え、音がする方へ駆け足で向かった。階段を駆け下り、プラットホームに降りてきた時には音は止んでいた。
「誰かいるんでしょ? 出てきてよ!」
少女の必死の願いに対し返答はなかった。
諦めて別の場所を探そうかと踵を返したときだった。目の前にフードを被った者が立っていた。
身長は彼女よりも五センチほど高く、全身を黒を基調にした傷んだローブを身にまとっている。フードを深く被っており、顔を確認することができない。かろうじて口元だけは光に照らされており、表情を読み取ることができた。両手には血を滴らせた大鎌を携えている。その姿はまるで死神だった。
「僕と遊んでよ」
ボイスチェンジャーで高くなったその声は少女の恐怖を増長させる。
「きゃぁぁぁぁ!」
晴れていた青空はいつの間にか積乱雲がまとい始め、雷がゴロゴロと音を立て始めた。まるで少女の恐怖を映し出したかのようである。
少女は振り返り全速力で走りだした。
「ヒャッヒャッヒャッ」
笑い袋に似た笑い声で追いかけてくる。
逃げないと、逃げないと、逃げないと……。
少女の頭の中は逃げることで頭がいっぱいになっていた。階段を駆け上がり改札口を飛び越える。駅前のロータリーまで来て、一度足を止めた。
「ハァハァ……」
後ろを見ると、死神はついてきていないようだった。彼女はひと安心し前を向いた。
いつのまにか目の前に死神が立っていた。
「ひぃぃ」
悲鳴を上げるものの、人などいないため当然助けなどやってこない。後ろに一歩二歩と下がるが、恐怖で脚がもつれて転んでしまった。
死神は一歩一歩ゆっくりとした足取りで少女に近づいてくる。少女はもはや恐怖のあまり身がすくんでしまい、動けなくなっていた。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。
死神は少女の前に立ち止ると、両手の大鎌を右に大きく振りかぶった。
「やめて……」
残りの力を振り絞って懇願するも、死神は聞き入ろうとはしない。
「ゲームオーバー」
死神は大鎌を少女の腹めがけて大きく振り下ろしていた。
「あぁぁぁ……」
大鎌は腹部を背中まで貫通していた。
死神は大鎌を少女から引き抜くいた。血が制服を赤く染め上げていく。少女はその場で倒れこみ、意識を失った。
死神は、満足気にニヤリと笑っていた。