○○専用【ショートショート】
――日曜日。いつもならまだ寝ぼけた顔で遅めの朝食をとっている時間。僕は駅のホームで電車を待っていた。
五分ほどしてホームに電車が来た。僕は一番近くのドアから電車に乗り込むと、適当に空いている席へ座った。
しかし、なにやら周りの様子がおかしいことに気付く。よく見ると、その車両に乗って居たのは、いわゆるオタクと呼ばれる風貌の男女ばかりだったのである。しかも彼らの視線が何故か僕に集中しているように思えた。
「おいコルァ! おまえ一般人だろコルァ!」
突然、見事な巻き舌の怒鳴り声が聞こえてきた。
声のした方へ振り向くと、リーゼントをピッシリ決めたオールドタイプのヤンキーが、アントニオ猪木のようにアゴをしゃくらせて僕を睨みつけていた。
「おまえ、この張り紙が見えねぇのか? あぁん? コルァ!」
そう言ってヤンキーは車内の張り紙を指差す。そこには『アキバ系専用車両』と書かれていた。
「ア、アキバ系専用………?」
「そうだ、ここはアキバ系専用なんだコルァ! アキバ系の人しか乗っちゃダメなのっ! おまえ普通人だろ? とぉうりゃっ!」
ヤンキーはアゴをしゃくらせたまま、オーバーアクションで僕の横腹を強めにつついてきた。
「痛っ! ちょ、何するんですか! 痛っ、痛いっ、あ、ああっ……いい、もっと……じゃなくてっ! やめて下さいよ! っていうか、何なんですかアキバ系専用って」
僕はヤンキーの攻撃から身を守るため、手足をたたんで体を小さく丸めながら言った。
「何ってアレだよ、女性専用ってのがあるだろ。そのアキバ系バージョンだよこのダンゴムシ野郎」
「ええっ、そんなものがあったんですか?」
「そう、あったんだよ。だからおまえは降りろ」
そう言うとヤンキーは荷物でも扱うように、小さく丸まった僕の首根っこを掴んでひょいっと持ち上げ、もう片方の手で電車の窓を開けた。
「えっ、ちょっと何するんですか?」
「大丈夫。下は川だから死なないよ」
ヤンキーは親指を立ててウインクをした。
「えっ? 死なないってアンタ……まさか外に放り投げる気か! ……ってもう顔出てるし! う、うおぉぉーッッ!」
投げ出される寸前、僕は両手足をバッと開き、窓枠を掴んでなんとか踏ん張った。
「あ、ダメだよおまえ、手ぇ広げちゃ」
「だ、ダメだよって、アンタがダメだろ! 走ってる電車から人を投げちゃダメだろ!」
「いや、だってルールだしさ」
「ルールって、だったらあなたはどうなんですか? あなたオタクっていうよりヤンキーに見えますけど?」
「俺は名前が秋葉だから」
そう言いながら秋葉さんは僕を持ち上げている腕に再び力を込める。
「名前かよっ! ぎぃゃぁぁーっ! だから投げちゃダメだってばぁぁーっ」
その時、僕が暴れたせいで秋葉さんの胸ポケットからスマホが落ちてきた。
「あ、スマホ。ん? この待ち受け画面の女の子は……あれ? あそこにいる……」
「はっ、見るなぁぁっ!」
秋葉さんは慌ててスマホを掴んで僕に背中を向ける。耳が真っ赤になっていた。
「あのー、その待ち受けの女の子って、あそこに座ってる子ですよね?」
僕は、同じ車両の隅っこにうつむいて座っている髪の長い人を指して言った。
「はっ!? ななな、なに言ってんだかわかんねーし! はあ? は、はあ?」
明らかに動揺している。
「知り合いなんですか?」
「知り合いたいわ!! ……じゃなくて、知るわけねーだろコルァ! は、話したこともねーわ!」
ははーん。
「もしかして、あの子のことが好きなんですか?」
その言葉を聞いて秋葉さんは勢いよく振り向く。
「ばか野郎! おまえ、でかい声で何言ってんだコルァ! き、聞こえたらどうするのよ!」
何故か語尾が女の子言葉。どうやら図星のようである。
「大丈夫ですよ。けど意外ですね、あなたみたいなクソヤンキー、あ、いや硬派な感じの人がオタク系の子を……告白とかしたんですか?」
「そ、そんなことできるかぁっ! 話したことも無いっちゅーとるんに……」
やたらと恥ずかしがる秋葉さんを見た僕は、なんだか面白そうだったので、今ここで告白をしてみてはどうかと提案してみた。
秋葉さんはその提案を聞くと顔を赤くしてタコのような動きをしながら恥ずかしがり、ムリムリっと叫んでいたが、次第にその気になったようで、僕に一緒についてきて欲しいと女子高生のようなことを言ってきた。
僕はそれを了承した。
僕と秋葉さんは目当ての子の前に移動した。途中、僕は見ず知らずのヤンキーと何をしているんだろう? という疑問が頭に浮かんだが、空気を読んで流した。
相手の前まで移動すると、秋葉さんはズボンのポケットをごそごそと漁りだし、ガムの包み紙やらペットボトルのフタやらのゴミと一緒に『指輪』を取り出した。
こいつ指輪を用意してやがった。
相手と話したこともないのに。
あんなに恥ずかしがっていたのに。
プロポーズするわけでもないのに。
いきなり指輪って。
なんだかんだ言ってやる気満々だったんじゃねーかこの野郎。
すごくきもい。
……などと僕が思っていると、僕たちの気配に気付いて相手が顔を上げた。顔は重い前髪に隠れてよく見えないが、驚いているようだった。そりゃそうだ。
かまわず秋葉さんは指輪をずいっと差し出して叫ぶ。
「ああ、あの、いつも見てました! お、俺と、つつつ付き合って下さいっ!」
突然目の前に現れたヤンキーに、これまた突然告白された相手は、動揺して慌ててしまったのか、挙動不審になった。それを見て僕は少し気の毒に思った。
ヤンキーの告白をくらった相手はしばらくの間動揺した後、少し落ち着いたかと思うと、今度は下を向いて黙りこんでしまった。
そして長い沈黙の後、やっとしぼり出したような震える低い声で一言、こう言った。
「あの……すいません、ぼく、男なんですけど……」
――あの後、秋葉さんは目に涙を溜めながら僕に「この事、誰にも言わないでね」と言って、次の駅で降りていった。
彼は見ず知らずのヤンキーで、僕を電車の窓から投げ出そうとした男。好きか嫌いかでいえば嫌いだ。が、それでも僕は、この事は他言せずに自分の胸の中にそっとしまっておこうと思う。
了