少年期② 複雑なキモチ
俺は、雪ちゃん先生が名前を告げた時、動揺してしまった。
まさか、あの子の面影を写した子が同名で現れたのだ。
恐らく、本人なのだろうが、人違いで恥ずかしい思いをするほど俺は馬鹿じゃない。
「初めまして、彼方っていいます。案内を仰せつかったので、少しの間ご一緒させてください。」
「………」
じーっと、見つめられた。
「ど、どうしました?」
「あっすみません。私ったら……。初めまして、天川彗子っていいます。よろしくお願いします。」
「じゃあ、我らが教室を案内しますね。」
「あっ、はい。」
そして、連れ立って先程出てきたばかりの教室に引き返す。
道中は、なんて話を振ろうか考えながらも、結局気の効いた話題が振れるわけもなく、気まずい時間だけが過ぎていく。
星は好きですか?なんて、言えるわけないよな。
そんなこんなで自分の教室に辿り着く。
「到着です。ここが我らが教室、2-Aです。といっても、この時間は皆部活道に精を出しているので、誰も居ないですけどね!」
「あれ?では、彼方さんは部活動は?もしかして、早退されるところでした??」
「僕は部活はやってないです。クラス唯一の帰宅部ですね。ウチのクラスは、文化系体育会系問わずやる気に満ちた生徒ばかりですね。天川さんも、誰かと一緒に部活やってみてはいかがですか?残念ながら、僕は部活に入ってないのでお役に立てそうにないですが………」
「そ、そうですね。転入したら考えてみます。」
「転入したら、他の施設や教室も案内しますね。また、職員室に向かいましょうか?」
「あっ今日はもう職員室に用はないので、このまま帰ろうと思います。」
「わかりました。では、私も帰宅するので校門まで一緒に行きましょう。」
「はい」
昇降口まで歩く道すがらも気の効いた話題など出るわけもなく、淡々と歩き進めていたら、唐突に彼女の方から口を開いた。
「そういえば、彼方くんの苗字はなんていうんですか?」
「僕は彼方が苗字なんです。下の名前は昴といいます。」
それを聞いて何か納得したような表情を浮かべている。
「彼方くんは、先程先生とお話されていたとき、星の話をされていましたけど、星が好きなんですか?」
「あれはもののたとえだよ。星なんか好きじゃないよ。」
「えっ…………どうして…」
「ん?どうかしました?」
「いえ、なんでもないです。」
危ない危ない。危うく、星の話なんかに流れが行くところだった。
そして、昇降口で靴を履き替え、校門に向かう。
校庭では、部活動に精を出す若人達があふれている。
全く、元気な奴等だ。
こっちはさっきからハラハラドキドキしているっていうのに。
「彼方くんが言われたように、部活動が活発なんですね。」
「そうですね。今日は………あっサッカー部と陸上部がグランド使ってますね。体育会系はクラブが曜日ごとに使用が分かれているんですよ。他にも体育館やテニスコート、近場の河川敷球場なんかも使われてますね。」
「なるほど。文化系はどこで活動しているんですか?」
「文化系は、クラブ棟の部室か、空き教室、科目室ですね」
「ちなみに、星を見る部活ってあります?天文部とか?」
またかよ。これは俺だと分かって疑いにきていないか?
「天文部なんかあったかなぁ…興味ないからわからないけど、多分ないんじゃないかなぁ…」
「………ど…してよ………………」
そして、心なしか彼女がソワソワし始めた気がする。
そうこうしているうちに校門に着いたので、振り返り彼女に別れを告げるべく話しかける。
このままでは、分が悪いのでとっととオサラバするに限る。
「じゃあ、僕はこっちなので、また学校で!」
それを聞いて、彼女は今日一番の驚いた顔をする。
「…カ……づ…さいよ」
「え?」
段々彼女の顔が怒った顔になる。
「バカ!!!」
「なんで、気付かないのよ!!」
「そんなに私の事忘れたかったの!!」
「子供の頃に一緒に遊んでいた天川彗子よ!」
そこまで言われれば、俺も確信に変わる。
もう、年貢の納め時かな。
相手は最初から俺だって分かってたようだ。
ちっ、試されてたのかよ。
「…わかっていたさ。忘れるわけないじゃないか。」
「なら、どうして!!」
「大好きだった娘と喧嘩して、謝ることも出来ないまま別れてしまったんだから、しょうがないだろ!!」
「っ!!」
彼女が驚いた表情で息を飲む。
「あの頃は、全てが無力で、どうする事も出来ず結局諦める事しかできなかった。折角、諦められたのに………なのに、なんで今になって…………」
「どうして、諦められのよ!!私なんか未だに……」
彼女は瞳に涙を浮かべながら訴えた。
言わなきゃ。今言わなきゃ、きっと俺は一生後悔する。
「…………ただずっと、君に謝りたかった。ようやく唯一の後悔から解放される。ごめんね。彗ちゃん。」
「昴………私こそ黙っていなくなっちゃってごめんなさい。私もずっと謝りたかった。本当にごめんなさい。」
「また、友人としてやり直せたらいいな。」
「あら?昴は、友人のままでいいの?」
キョトンとした顔でそう聞き返す。
「え??」
「私だって、………んだから///」
「ごめん、聞こえない」
「もう!!!!私だってずっと大好きだったんだから!!!」
「ええ!!」
「なんで驚くのよ!」
「だって、俺が好かれていたなんて、思ってなかったからさ」
「近くに昴しか仲の良かった男の子がいなかったのよ。しかも、星を語る昴は、素敵だったんだから!」
凄い恥ずかしい。校門で痴話喧嘩のような告白の演じあいをしていた。
下校している生徒には生暖かい視線を向けられている。
「で?良いの?友人止まりでいいの?貴方の口から言って欲しい。もし、今でも私の事を気になっているなら…」
「今言わなきゃ駄目?恥ずかしいよ」
「今ッ!!」
ホント厄日だよ。
これから口にすることは、この数年の俺では考えられないこと。
天川彗子という子供の頃好きだった少女に再会しなければ、彼女がイケイケゴーゴーな性格の持ち主でなければ……………まぁ、全ては諦めるしかないよな。
陰気な俺も一歩踏み出さないといけない時がきたのか…
でも、言おう。
二度と落ち込むことのないように。
「彗ちゃん、俺の彼女になってください。」
「うんっ!!」
満面の笑みで抱きつかれた。
冬だというのに、お互い顔が真っ赤であった。