【9話】心休まる休日
夏休みも中盤に差し掛かる。砂川と川島と行った夏祭りが終わると次は花火大会が近づいてくる。花火大会は8月の終盤ほどにあるため、花火大会が終わると一気に夏休みが終わる気がする。
{部活の1日も嫌だけど学業に励まなくちゃいけない1日も嫌~。}
と愚痴をこぼしていた砂川の声が頭の中をよぎる。奈々にとっては家でゆっくりできる夏休みだったので夏休みが終わりに向かうことはすごく悲しいことだった。
夏祭りが終わった翌日、奈々は親元に訪れていた。新幹線に乗って1時間移動し、そこから私鉄の急行列車に乗って30分ほど移動する。そこが最寄り駅である。母親が駅まで車で迎えに来てくれた。
「ひさしぶり、元気にしてた?」
奈々が車に乗り込むと母が話しかけてくる。バックミラーで優しい微笑を浮かべている母が確認できた。
「うん。元気にしてたよ。お母さんも元気?」
「うん。お父さんも彩音も元気よ。久しぶりの奈々を見たら彩音も喜ぶと思うわ。」
「そうだね。わたしも楽しみ。」
彩音は奈々の妹だ。小学5年生である。前回親元を訪れたのは正月のことだったので半年ぶりとなる。
車で20分ほど移動し、家に到着する。
「「ただいま~。」」
母と一緒に帰宅する。するとリビングから彩音が飛び出してきた。
「おかえりなさいー! お姉ちゃん!!」
そのまま彩音は奈々に抱き着いた。
「久しぶり彩音ー! 元気にしてた?」
「うん!」
彩音は奈々を見上げて笑った。
「さ、奈々手を洗ってきなさい。」
「うん。ありがと。」
母に促されて奈々は手洗い場へと移動する。
「もう少しで夕食にするからね。」
「うん。」
台所から母の声が聞こえる。奈々は返事をすると手を洗ってから彩音のもとに向かった。
彩音は丁度リビングのテーブルで夏休みの宿題にとりかかっているところであった。奈々が来るのに気づくとすがるような目を向ける。
「お姉ちゃんー。宿題手伝ってよー。」
小学生特有の宿題の多さでさらに奈々とは違って後でやるタイプらしいので、彩音の横には宿題の山ができていた。
「だからいったのよ。宿題やらないとお姉ちゃんが来た時に一緒に遊べないわよって。」
「だって……。」
母親がやってきて彩音に言う。
「あとどれくらい残ってるの?」
奈々が彩音に聞く。
「あとねー、国語と算数と、読書感想文。」
「おっ! もう自由研究は終わらせたんだね。」
「私が言ったのよ、さすがに自由研究だけは31日に泣き言言われてもどうしようもないから。」
母親の賢明な促しにより自由研究はないようだ。宿題の山ができているように見えたが中身を見ると終わっているものもあり、あともう少しというところだった。
「ほら、あともう少しだからがんばろ!」
奈々が彩音を励ます。
「今日はたくさん終わらせたから今日はここまでにする!」
しかし、彩音のやる気メーターはゼロになってしまっているようだ。
「彩音ー。」
奈々は困ったような声を出す。
「最終日に泣かないでよ?」
母は許すらしくそれだけを確認していた。
「いいもん! まだ夏休みはあるもん!」
「じゃあいいんじゃない?」
せっかく奈々が来たので彩音に宿題ばかりやらせるのも悪いと思ったのだろうか、母は案外あっさりしていた。
彩音は奈々に対して話したいことがたくさんあるらしく、話だしたら止まらなかった。しばらく彩音としゃべっていると、仕事だった父親が帰ってきた。
「久しぶりだな、奈々!」
「おかえりなさい。ひさしぶり! お父さん。」
父ともあいさつを交わす。
「おかえりなさい。さぁ、夕食にしましょう。」
父が帰ってきたことに気づいた母も出てくる。4人で囲む食卓は毎日1人で食べる奈々にとっては凄く温かいもので、いつもの大好物のものも今日は特別おいしく感じられた。
「奈々は今回はあまり長くいれないの?」
2日後には帰ってしまうことを知った母が奈々に聞く。
「うん。向こうで花火大会があって、友達と一緒に行こうって約束しちゃってるんだ。」
恵美との約束であった。
「そう、まぁお友達は大切にしなさいよ。」
「うん。ありがとう。」
実は天使になってそれつながりでできた友達、ということは伏せた。言わなくていいことは言わなくていい、両親や妹に心配をかけることは避けたかったからだ。
その夜、彩音や両親と会話を楽しみ、彩音は疲れて寝てしまった。
「彩音ね。今日のことすごく楽しみにしてたのよ。自由研究もね、お姉ちゃんとたくさん遊ぶから終わらすんだって。」
母から彩音のことを聞く。
「そうなんだ……。そんなにわたしに会うこと楽しみにしてくれたんだね。」
素直にうれしいと感じた。
「へぇ、それはうれしいな。じゃあ、ここにいる間はたくさん彩音と遊ぼうかな。わたしも寝るね。」
「そうね、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
奈々はそう言って寝る準備をする。彩音の横に静かに布団を敷く。横を見ると穏やかな彩音の顔が見えた。
「おやすみ、彩音。」
奈々は彩音に小さく声をかけて目をつぶった。
※
「奈々。朝よー。」
翌日、母に起こされて目を覚める。
彩音はテンションが高く、奈々は半ば振り回されるように彩音と遊ぶ。仕事の父は今日だけ半日休暇をとってくれたため、午後からは家族そろって出かけることになった。母のおすすめの服を眺めて、奈々も母の服を選び、母と父と奈々の3人で彩音の服を選び、父の靴を買った。
楽しい1日はあっという間に過ぎ、夕食はレストランで外食をした。
家に着くと奈々も彩音もあっという間に寝てしまった。
翌日、奈々が帰り支度を始めていると、しょんぼりした彩音が奈々のそばにやってくる。
「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「うん。」
「もう少し長くお家にいることできないの?」
「うん。ごめんね。」
奈々が顔を上げると頑張って涙をこらえている彩音の姿が映る。奈々まで目に熱いものがこみ上げてきそうで、それをごまかすために彩音を抱きしめた。
「また、遊びに来るから。それまで待ってて。」
「うん。待ってる。」
奈々はしばらく彩音を抱きしめて肩ほどまで伸びた髪をなで続けた。
その後帰り支度をすませ、車で駅まで向かう。
「じゃあね。彩音。」
「うん! バイバイ!」
車に乗り一緒についてきた彩音に奈々は別れを告げる。
「お母さんも、元気でね。」
「えぇ、またいつでも帰ってきなさい。」
「うん、ありがと。」
そういって奈々は駅に向かう。母と彩音は奈々の姿が見えなくなるまで見送り続けた。