【7話】ハレの夏祭り ~前編~
時間が過ぎていく、時間がたっていくにつれて薄れていくことがある。時間は嫌なことを徐々に薄れさせてくれる優しい薬。しかし同時に楽しいことも忘れさせてしまう苦い薬。そして心の中で常に警戒していた気持ちを薄れさせてしまう酷い薬。
天使であるからゆえに天使狩りは常に警戒対象であった。しかし、ここ最近は外出しても気にしなくなっていると奈々は思う。見た目が同じならばれないとわかるからだ。天使になって変わったのは親しい友人ができたということくらいだった。
奈々は部活に入っていないため暇であるが、学校の友人は部活をやっている。部活が忙しいのか奈々のところに誘いのメールは来てなかった。それは去年も同じで去年の夏休み明けに学校の友人が、休みがほとんどなかったと嘆いていた。そのため奈々は家でずっといることが多かった。しかし今年は違った。今年は恵美がいるのである。恵美も部活は入ってないので奈々は遊ぶことができて幸せだった。そして天使同士ということが一番大きかった。
▽▽▽
『夏祭りに行こうと思うんだけど大塚も一緒に来ない?』
奈々のところに珍しい人からの誘いのメールが来た。クラスの友人の砂川美波である。
砂川はテニス部に入っていてなかなか休みがないようで誘いのメールは珍しいものだった。
お盆時期に行われる夏祭り、恵美はこの時期は実家に行くといっていたのでちょうど予定がかぶる心配のない時期だった。
『いいよー。美波ちゃんもお休みになったんだね。』
返信ついでに部活で休みがもらえたことを遠回しで聞いてみることにする。
『そうそう! さすがにねー、お盆休みなかったらさすがにやる気なくなっちゃうよ。』
『確かにそうだねー。』
『大塚もテニス部に入れば辛さがわかるさ。だから一緒に部活やろう!』
『あはは、遠慮しておくよー。』
『そりゃ残念だな。あ、夏祭りに川島も来るみたいだけどいい?』
川島も奈々の友人だ。川島里奈はバレー部である。バレー部も無事に休みになったようだ。
『うん。いいよー。』
奈々も肯定する。
『ところで大塚は今家にいるのだろうか?』
突然の話題変更に少し返信が遅れる。どういうことだろうか。
『いるよー。』
とりあえず返信を送る。
すると即座にインターホンが鳴った。インターホンの画面を見ると、驚くことに砂川の顔がドアップで映った。とりあえずドアを開けに行く。
「やっほー! 大塚!」
「や、やっほー……。メールしながら歩いてきたの?」
元気に挨拶してくる砂川に奈々は軽く戸惑う。
「そうそう! 大塚絶対家にいると思ったからさー。」
「まぁ、合ってる。」
「やっぱりね!」
奈々が笑いながら言うと砂川は自慢げに笑う。笑うたびに砂川のポニーテールの髪がぴょこぴょこ動いた。
「何か用事があったの?」
砂川がリビングに到着したところで用件を聞いてみる。
「ん? 別に用なんかないよ……。あぁ、大塚が夏バテになってないか見に来たんだ。」
「なにそれ。」
砂川の言い分に奈々は笑う。
「美波ちゃんは夏バテになってない?」
テニス部のほうが外に出ている時間は長い、ということで奈々は聞いてみた。
「なってない、なってない。水分とれって先生うるさいからね。休みにすればいい話なんだが……。」
砂川は手を横に振った後げんなりしながらぼやく。
「大変だね……。」
「まったく、今日みたいに暑い日までどうして部活やんなきゃいけないのだか……。」
砂川の最後の言葉に違和感を覚えた奈々は確認をしてみる。
「え、ちょっと待って。今日部活なの?」
「そうだよ! ちなみに私は体調不良ということになっているのだ!」
砂川は奈々の問いに元気に返す。
「まぁ、サボったのよ。」
「そうなんだね。」
実際に部活に入ってない奈々は、咎めることもできないと思って黙った。
「ん? 気にしなくていいんだよ! 悪いのは私だし。」
砂川が慌てたように弁解する。少し微妙に話は違うがそこは無視することにした。
「そうそう、夏祭りのことなんだけどさ。」
「うん、何?」
「気合い入れて浴衣で来なくてもいいからねー。」
「え? そうなの?」
浴衣で行こうと思っていた奈々は少し驚いた。
「え……。マジで浴衣で行こうとしてたのか?」
「うん。浴衣で行こうとしてた。」
「待って、私も川島も浴衣着たことないし持ってないから。大塚だけ着てたらなんかおかしくなるから。」
砂川が大急ぎで止めにかかる。奈々も少し考えたそぶりを見せてから頷いた。
「ん。確かに私だけ浴衣なのも恥ずかしいね。わかった。」
「お! よかったー。それも少し心配だから来てみたんだけどマジで来てよかった!」
砂川もパッと笑顔になった。
「それはよかったよ!うちに来て、来て後悔した! なんて言われたらショックだからね。」
学校の親友に会えた奈々も上機嫌だ。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。 家でおとなしくしてないと先生に見つかったとき面倒だからさ。」
「うん。わかった。」
砂川は玄関の外に出ていきドアを閉めるときに声をかけてきた。
「じゃあ、夏祭りの時に!」
「うん。じゃあね!」
奈々もそう返事を返した。