【5話】真夏の一日
電車の中で街並みを眺める。いつしか見慣れた景色は見えなくなり高いオフィスビルが立ち並んできた。 快速で2駅といえど、自宅から一番近い駅で用事はほとんどすんでしまうため、めったに来ることはなかった。
途中に止まった駅で人が乗ってきた。幸いなことに朝や夕方並みに混みあうことがなかった。通学時のような身動き取れないほどの混みようは学校に行くときだけでいい。
電車は高層ビルが立ち並ぶ街並みを縫うように走り、やがてすぐ隣に違う路線が近づいてくる。電車の中に駅と乗り換えの案内放送が流れる。ドアは奈々の近いドアとは反対側のドアが開くようだ。恵美と目くばせをしてドアに近づき、ドアが開くとともに降りる人の流れにしたがって進んでいく。こういうのに慣れていない奈々は、恵美を前にして歩いたほうがよかったか、と思ったが後の祭りである。とりあえず改札を出よう。その気持ちで近くの改札口に向かう。
「ちょっと、奈々!」
恵美に呼ばれると同時に手をつかまれる
「へっ!?」
「どこいくつもりよ。そっち、私鉄の連絡改札だから違うわよ。」
奈々は改札の上の看板を見る。そこには赤文字で大きく、出口ではございません。と書かれていた。
「あぁ、ほんとだ。全然見てなかった。」
「こっちよ。」
恵美は奈々の手をつないだまま違うほうに歩いて行く。奈々は恵美に連れられ歩く。
改札口を出るところで恵美は手を離し改札を通り抜けていく。奈々も同じく改札を出た。大きな駅ビルの横をぬけ、地下鉄に向かう連絡通路の近くを通り奈々と恵美は駅の外に出た。
「やっぱりすごいね!」
地元ではあまり見ない高層ビルを見上げて興奮した奈々が恵美に話しかける。
「すぐ近くに住んでるじゃない。」
恵美がくすくす笑った。
「さぁ、行きましょ。」
恵美に促されてデパートに向かって歩いて行く。
デパートは駅から歩いてすぐだった。デパートに入って奈々は今まで気になっていたことを聞く。
「そういえば何を買いに来たの?」
「私はコーヒー豆を買いに来たのだけど。先に服を見に行くつもりよ。」
「コーヒー好きなの?」
「まぁね、お豆の種類はまだ少しかじった程度だけど。お豆は一番最後に買うわ。先に服を見ましょう。」
「うん、わかった。」
服屋があるのは2階だったのでエスカレータに乗って上に行く。
▽▽▽
しばらくして、それぞれ思い思いの買い物を済ませた2人は帰路についた。
買い物袋を持つ2人のバックにはおそろいのクマのキーホルダーがついている。奈々が買おうと提案したもので、奈々がピンク、恵美が水色だった。
駅まで歩いている途中で恵美がスマホで電車の時間を調べている。
「まずいわね。電車間に合うかしら……。」
スマホで電車の時間を調べた恵美が奈々に言う。
「何分の快速電車?」
「35分発があるのだけど……。」
「う~ん……。」
微妙な時間である。今の時間が15時28分で駅についてホームにつくまでには10分くらいはかかりそうである。
「少し急ぎ目で行こうか。」
「そうね。」
2人はそう言って歩くスピードを上げる。
改札が見えたとき、電車の気配があった。小走りになった2人はICカードを自動改札機にたたきつけるようにして大急ぎでホームに向かう。
「あっ……。」
しかし、急いだのもむなしく快速電車が見えた時にはすでに扉が閉まっていた。
「あ……。乗り遅れちゃった。」
走り去っていく快速電車を眺めながら奈々がつぶやく。
「しばらく待ちね。」
残念そうにつぶやいた奈々に恵美が言う。
各駅停車の電車も走っているのだが、残念ながら快速電車の3分くらい前に走って行ってしまっている。
次の快速電車までは15分くらいあった。
「今日は一緒に来てくれてありがとうね。」
「ううん。お昼にもいったとおり丁度買いたいものもあったから」
「いえ、そういうことだけじゃなくてね。」
ホームで恵美が話し出す。と、タイミングの悪いことに反対側のホームで通過列車のアナウンスも流れ始めた。
「私ね。ホントはすごく臆病だから……。 いつもばれないか心配だったの。奈々と初めて会ったときもね。私が偶然人どうりの少ないところを選んではいったのがあの路地裏だったのよ。」
そういう恵美の横顔には少し暗い表情が見えた。
「あの時のことは、私すごく感謝してるよ。」
あの時恵美に救われた奈々は素直な気持ちを口にする。
「私、怖い、って思う気持ち、今なら少しづつ乗り越えられる気がするの……。 だって……」
そのとき、轟音を立てながら貨物列車が通過していく。轟音にかき消された恵美の声は奈々の耳にはとぎれとぎれでしか届かなかったが、奈々を見て穏やかな笑みを浮かべる恵美を見ると、不思議と恵美の気持ちは奈々に伝わってきた気がした。
「もしよかったら8月の花火大会、一緒に行きましょ?」
貨物列車が通過した後、恵美の誘う声に元気な肯定の返事が続いた。
▼▼▼
大きな倉庫に大きな機械がおさまっている。前回病院で見た装置とその機械からチューブで別の大きな機械につながっていた。足枷と手枷も床に転がっている。
倉庫の半分をうめる機械に下村は声を失った。
「どうじゃ。大きいじゃろう!」
戸塚だ。下村が目を向けると自慢気に胸を張っているのがわかった。
「はい。かなり大規模ですね。」
「じゃろう。わしの考えが正しければこの機械を使って能力をためれるはずじゃ。」
そう戸塚が話していると機械の隣のパソコンの裏から研究者が出てくる。歳は下村と同じくらいか少し上に見える。
「戸塚先生、コンピュータの接続すべて問題なしです。」
「うむ。ありがとう。萩原君。」
戸塚がねぎらう。すると萩原は頭を下げた。
「萩原君の子供さんのためにも何としてもこの研究を完成させねばな。もちろんそれは病院で今なお待ち続ける患者の方々のためにもなるのじゃ。」
萩原が複雑そうな顔をする。戸塚は珍しくまじめな顔で話を続ける。
「天使の研究が成功すれば致死率は大きく下げることができるじゃろう。もちろん天使の能力がどの病気まで対応できるかはまだわからんがな。天使が協力してくれないなら仕方ないじゃろう。多少たりとも強引にいかねば。余命を宣告されている患者には今この瞬間にも死神が近づいているのだからな。」
これが戸塚の正義だった。決して天使を誘拐し研究しその能力を売るなどして、という金のために動くのではなく、純粋に助けたい、という気持ちで動いているように見えた。
「野山、そなたの力にかかっておるぞ。」
そうつぶやく戸塚の表情は、いつもよりもずっと真剣で、そんな戸塚を不思議な気持ちで下村は見つめた。